第九廻「怪しい物売りご用心」
「申し訳ありません! まさか神族の方とは思わなかったのです!」
マリアさんが西洋式懺悔のポーズでよし子さんに謝り倒してた。
「神族って何だ?」
対するよし子さんは頭の上に目一杯の『?』を浮かべて困惑してた。
「マリアさん、良かったら神様について詳しく教えてもらえませんか? 僕たち随分と遠い所から来たみたいで……」
僕の問いにマリアさんはキョトンとした顔をするが直ぐに快諾してくれた。
「えっと、はい。私の国の周辺では多数の宗教が布教しています。数や司る物もさまざまでどの神を信仰するのも自由です。数ある宗派の中でも信者と規模が大きいのが十大神と呼ばれる十柱の神々ですね。その神々は現人神と呼ばれる神の代行人を選び力と不老不死の肉体を与えます。それが神族なのです」
「へぇ、じゃあここには目に見えて触れる神さんがいっぱいいる訳だ」
「触れると言っても主神様はお姿もお声もわかりません。現人神の方々も500年で主の元に行き、次の後継者が選ばれます。人選は正に神のみぞ知るという選び方で下は10歳から上は老人まで、信仰する宗教も種族も問わず、直接ご神託が下ったあと現人神様がお迎えに行かれて引き継ぎをされます」
「じゃあ、跡目争いはねぇんだなぁ」
「私は随分と幽閉されていましたから引き継ぎを見ていないので……ヨシコ様はどの神様の現人神なのですか?」
マリアさんのこの言葉に僕たちは微妙な顔をする。
まさか元が異世界の地縛霊なんて言えない。
しかも神格化されても、祟り神・邪神扱いなので余計に言えない。
「いや、あたし、現人神ってかもう人ですらねぇし……」
「えぇ、神託を受けた時点で現人神になりますからね」
「いや、現人神ってか私死んでるし、神託なんて受けてねぇし……」
「死んでる? あぁ、死ぬ直前に神託を受けたんですね?」
「だから神託受けてねーっつんだよ! もう、くたばってから四十年は便所に取り憑いてんだよ! ただの地縛霊だったのがいつの間にか学校の怪談になって妖怪化して、馬鹿共のせいで神格化しちゃっただけなんだよ!!」
「……??」
よし子さんの叫びであったが、マリアさんは首をかしげるばかり。
その顔からは何一つ理解できていないのがありありと見て取れる。
「そんな目で見るな! そんな顔で首をかしげるな!!」
やがてよし子さんはマリアさんの純真なーーーあるいは天然なーーー笑顔に精神的に追い詰められて身悶えるようになってきた。
一般的に言う、悪い人が小さな子供から純粋な尊敬の眼差しを受けたような、良心の呵責と言うか、後ろめたさと言うか。
よし子さん的に全く非はない、さらに身に覚えの無い事で追い詰められている。
そこにトドメを刺したのが次の言葉だった。
「ヨシコ様って……かわいいですね」
はにかむような笑みで、クスッと笑ったマリアさん。
それはまさに絶世の美少女。
男子なら一瞬で恋に落ちる威力がある仕草。
「…………ガフッ!!」
それに、よし子さんは吐血した。
「よ、よし子さん!?」
僕は慌てて倒れ行くよし子さんを支えようとする。
あ、よし子さんって一応は幽霊のアレだから触れるのだろうか。
しかし、よし子さんから蹴ったり殴ったりはよくされるので触れることはできるはずだ。
僕の不安は徒労に終わり、よし子さんを難なく支えることが出来た。
霊体だからか比喩ではなく羽根のように軽く、氷のように冷たい体だった。
「初めてよし子が負かされるところを見たわ」
「ざwまwぁw、ですわね!」
「二人とも言ってないでどうにかしてよ……」
この二人が僕の言葉を聞いてくれるハズもなく、笑い転げていたけど。
その時、村長さん宅の前がにわかに騒がしくなった。
******
村長さん宅の前にでると村の人たちが集まって何かを見ていた。
数人ではあるが密集しているためここからではよく見えない。
麻実さん達はそれを見にずんずん進んでいく。
僕はよし子さんを背負って追いかけた。
「ーーーいいかね、諸君」
すると誰か老人が喋っているのが聞こえて来た。
その声はがらがらでしわがれていたが良く聞こえる不思議な声だった。
見ればそこには背の小さな老人が居た。
身長は150cm代、猫背のためにさらに小さく見える。
頭頂部は禿げ、後頭部と側頭部には髪が残っており、顔はシワだらけ、目の周りは落ちくぼみ、目玉は飛び出しているかのようだ。
口には仙人のような長い髭を蓄え、腕や脚は枯れ木の枝のようだ。
服装は膝丈まである長い紺色の甚平に灰色の半ズボン。
甚平の前は空いており腹巻のみで肋骨は浮き出ている。
「苦境を脱しようと欲すれば行動せねばならない。諸君らは今のままで良いのか?」
「良いわけがないだろう!」
老人の言葉に村人の一人が大声を上げる。
「ならば諸君らにはチャンスを与えてよう」
言うや老人はどこからか小さなかごを取り出した。
中で何かがガサガサと動いている。
「これぞ、火竜『サラマンデル』の子供である。3日もすれば大人を丸呑みにし、敵を焼き尽くす最強の守り神になるであろう。しかも、今はまだ子供であるから手懐けるのも簡単だ」
「……本当か?」「嘘くさいな」
村人の疑問の言葉を聞いた老人はその村人に詰め寄った。
「なに? ワシの、『大仙人』『大賢人』と呼ばれた、このワシの言葉が信用できないのか!? 諸君のような凡夫には理解できないだろうが、ワシは難関と呼ばれた『だらず学』を最優秀で修め、博士号を取っておる。さらに関東の威庵馬関大学では名誉教授の称号すら持っているのだ」
異世界にも関東とか大学とかがあるのだろうか?
大学の名前はともかく。
「なんかわからんが凄そうだ……」
村人さんたちも老人の威圧に負けてしまったようだ。
「さらに今なら幸運と健康を招く秘伝の丸薬も、特別に、特別に! 諸君らに譲って差し上げよう。しかし、対価はいただくぞ。通常、金貨3枚のところを特別に金貨1枚だ」
この言葉に村人はざわつく。
しかし……。
「何これ? ただのヤモリじゃない」
麻実さんがいつの間にかかごを持って中を覗いて居た。
これにギョッとしたのは老人だ。
彼は急いで麻実さんからかごを奪い返す。
「大事な商売道具に何をする!!」
その老人を麻実さんはじっと眺めていた。
「……あなた、どこかで……」
「わ、ワシはお前なぞ知らん! 失礼する!」
老人は怒るとかごを抱えてこちらに近づいてきた。
「なんじゃ小僧! 邪魔だ!」
言うや老人は僕が背負っているよし子さんを凝視した。
「げ、げぇっ!? よし子!?」
「んぁっ?」
その叫びによし子さんが目を覚ますけど、老人はすでに走って行ってしまった、なんて足の速さだろう。
「よし子さん異世界に知り合い居るの?」
「居るわけねーだろ。つか、あいつ」
「あーっ! 思い出しましたわ! あいつ、妖怪『だらず爺』じゃありませんこと!?」
鏡子ちゃんの言葉に僕は首を傾げた。
「妖怪? ここは異世界なのに?」
「あいつは海坂町周辺の土着妖怪よ。他人を騙して金を稼ぐ妖怪なんだけど」
「よし子さん、そんな妖怪と知り合いなの……って、居ない?」
僕は背中のよし子さんに声を掛けるけど返事が無い。
あまりに軽いせいでいなくなったのすらわからなかった。
すると、遠くの方から「ひぃぎえぇーーっ!!」という老人の悲鳴が聞こえ、やがてよし子さんが老人を引きずりながら帰って来たのだった。
さすがはよし子さん、仕事が早いね。
そして。
だらず爺は村の広場でよし子さん、麻実さん、鏡子ちゃんを中心に村人たち全員に取り囲まれていた。
「やい、だらず! テメェ、こんなとこで何してやがんだ!!」
言うやよし子さんはボカリとだらず爺の頭を殴った。
「あ、痛っ! なんじゃ! 老人を労らんか!」
「都合の良い時だけ老人ツラするんじゃねぇやい! テメェ、どう勘定しても400歳は超えてんだろが!!」
またよし子さんはだらず爺の頭を殴る。
「まぁまぁ、よし子さん。あんまりボカボカ殴っちゃいけないよ」
「そこの若いのはよくわかっとる! きっと将来大物になるぞ」
「テメェに言われたら将来ロクな奴になりゃしねぇよ」
よし子さんはだらず爺の頭をベシンと叩く。
「あんた、どうやってこの世界に来たのよ」
麻実さんの問いにだらず爺は答えた。
「わからん」
すぐさまよし子さんがだらず爺の頭を叩く。
「いたたた、叩くことないじゃろう! だいたい、本当になんでこんな世界におるかわからんのじゃ!!」
「また良からぬ金儲けでも企んでたんだろ?」
よし子さんは腕を組んでタバコを吸っていた。
「なんじゃい! だいたい貴様らは世界移動くらい使えるじゃろうが!! ワシはただの金儲けが好きなだけのいたいけな老人妖怪じゃぞ」
「よく言いますわね」
あれ?
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた来たような。
「ちょっと待った! 今、よし子さん達は世界移動が使えるって言った?」
するとよし子さん達は腕を組んで考える。
「私は無理ね」
と麻実さん。
「入ったことのある鏡なら繋がりますわね」
と鏡子ちゃん。
「入ったことのある便所なら行き来できるな」
とよし子さん。
それを早く言ってよ!
「それを早く言ってよ!」
おっと、あまりの衝撃に思っていることが口から出てしまった。
「待ちなさい。ここは異世界でせいぜい中世くらいの世界よ? まともな鏡もトイレもあると思ってるの?」
「いや、鏡やトイレはあると思うんだけど」
僕の言葉に麻実さんはため息をついた。
「あなたバカ? 異世界舐めてんの?」
「酷い言われようじゃない!?」
すると鏡子ちゃんが言う。
「この世界の鏡って金属鏡だけらしいですわ。しかも磨きが甘いものばっかり。ガラスすら付いてないような曇った鏡には入れませんわ」
「でも水鏡ってのもあるし。水面でも……」
「水面が揺らぐとうまく繋がりませんの」
僕はよし子さんの方を向く。
「個室便所がありゃ良いんだけどよ。どうも無いらしいわ。もっぱら野◯ソらしいし、大きな街なら壷に入れて窓から捨ててるみたいだな」
その言葉に僕はうなだれた。
しかし、よし子さんも女性だろうにスラスラとトイレ事情を説明しないで欲しいものだ。
トイレのよし子さんだから仕方ないのかもしれないが。
「盗賊のアジトになら洞窟の一角に排泄室があったからの。個室便所と言っていいのではないか?」
「ほぉー。って、なんでテメェが盗賊のアジトの中を知ってんだよ!!」
「あ痛ぁーーっ!?」
よし子さんに蹴られるだらず爺の言葉で、僕達は盗賊のアジトに行くことになった。
海坂町怪奇大図鑑
だらず爺
学校の怪談では無く、もともと土着の妖怪。
妖力はあるものの特にコレと言った能力はなく非力な妖怪に分類される。
口が上手く、不要な物、怪しい物の購入を勧めるほか儲け話を持ちかけることが多い。
大抵、だらず爺から買い取った物はゴミだったり価値のない盗品だったりするうえ、儲け話もだらず爺が儲けるだけの儲け話である。
『だらず』とは方言にあたり、愚か者、馬鹿者のような意味。




