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プロローグ

学校の怪談。

それは、古い学校には必ずと言っていいほど付きまとう都市伝説。


戦前から建っていると言われる、ここ。

海坂高校にもそれは存在する。


夜な夜な死者を集めて演奏会が開かれるという第二音楽室。

飛び降り自殺をした生徒の霊が彷徨う北校舎の屋上。

二階の観覧席からステージを眺める霊が現れる体育館。

事故死した生徒が這いずり、生者を追い掛けあの世へ追い込むと言う南階段。

あの世に繋がり、ドッペルゲンガーが住まうという演劇部の大鏡。

失恋をきっかけに首吊り自殺した生徒の霊が現れる、校庭の大木。


そして、あるはずの無い四番目の個室が現れる技術棟一階の男子トイレ。


所謂、学校の七不思議。

これらを戯言と片付けるのは、いささか、早いかもしれない。

貴方のそばにも闇の住人は潜んで居るのだから……。




******




初夏の風が頬を撫でる。

木々のざわめきと高い空。

ひと気の無い渡り廊下を歩く少年が一人。

僕、海坂高校一年、平澤ひらさわ 広太こうただ。


まず、海坂高校の事を説明しよう。

海坂町に有る公立高校、海坂高校は海坂町を一望する山の上にある。

誰がこんな不便なところに学校なんて建てたんだか。

学校の歴史は古く、古くはこの場所にあったお寺が寺子屋として使われ、やがてお寺が潰れた戦後に学校として建物が造られた、流石に改築や修繕はされてるけどね。

海坂高校は四階階建ての南校舎と三階建ての北校舎、体育館と技術棟からなる大きくは無い高校だ。


南校舎には、

一階に教職員室、保健室、校長室。

二階に三年生、一組から四組の教室と予備の教室が一つ。

三階に二年生、同じく教室が五つ。

四階に一年生、同じく教室が五つ。


中庭を挟んで向こうの北校舎には、

一階に家庭科実習室(調理室)、第一理科室、第二理科室、理科室準備室、美術室。

二階に特別室(英語実習室)、パソコン室(二部屋使用)、パソコン

室倉庫、第一音楽室。

三階に図書室、空き教室三部屋、音楽準備室(旧第二音楽室)


各校舎には西と東の端に階段が設置されているし、西側と東側の渡り廊下で繋がっている。


僕が向かっているのは北校舎の北西に有る小さな建物。

一階に木工室、二階に電工室がある、技術棟だ。


時刻は丁度お昼休み。

クラスの皆は今頃教室で弁当箱を開いているか、購買で争奪戦か。

僕は友達とオカズを交換する事も、購買部の前でラグビー部に押し潰される事にも、無縁だ。


…………だって、ぼっちだし。


昼休みに一人で弁当箱を持って、生徒が群がる購買や教室の正反対の一番端、技術棟に向かう。

つまり、ぼっち飯、又の名を便所飯。

今は技術棟の木工室も電工室も使用頻度が皆無で生徒は近づかないし、ましてや設計ミスで造られた技術棟の裏側のトイレになんてくる奴はいない。

でも、周りが山なので小鳥のさえずりや木々の音が心地いいし、誰も使わないから汚れない、むしろ昼休みに僕が掃除してるくらいだからピカピカだ、技術棟の中に入れば昔教員が使っていた電子レンジもあるし。

まぁ、日当たりが若干悪いのと空気の流れが悪いのはあるけど。


僕は鍵の壊れた窓を開けて技術棟に侵入、電子レンジを拝借して弁当を温める。

この弁当は僕の自作だ。


趣味と実益。

作ってくれる親もいないし。


僕は両親がいない、小さな時に事故死したらしい。

だから、僕は祖父母の家に預けられた。

幸い祖父母は優しかったし、事故の保険やら遺産やらでお金には困らなかった。

しかし、全て上手くは行かなかった。


あっちとこっちは違う。


たった、それだけの理由だった。

小学校の頃、周りは僕の扱いに困っていた、教師も生徒も。

僕を気遣う人もいたけど、子供同士ではそう居ない。

はじめはちょっとからかわれるくらいだった扱いがエスカレートして行き、やがてイジメに変化した。

暴力や無視などいい方、かなりの頻度で物が無くなった、ドブで見つけた事も何度もある。

給食など、まともに食べられる方が稀だ、それも子供が食べたく無いメニューを押し付けられた時くらい。

教師も面倒が嫌で、両親がいない僕へのいじめは見て見ぬ振りだったし。

僕は祖父母に心配させたくないと我慢した。

やがて無くなるだろうと。


まぁ、無くならなかったから今も便所飯なんてしてるんだけど。


もう高校生なんだし、極力影を薄く暮らして来たから直接のイジメは無い。

むしろ、その場に居るか居ないかすらわからない、認識されないくらいだ。

わざと無視されてる訳では無い、多分、言い切れないけど、きっと。

でも、今までの生活のせいか人と付き合うのは苦手だし、気楽で良い。

今は僕も祖父母の家を出て一人暮らしだし、学校生活、私生活ともにぼっちライフ満喫中だ。


僕は温めた弁当を持って男子トイレに向かう。

何故技術棟で食べないかは、木工室はおが屑だらけで弁当箱を開く事すら出来ないし、二階の電工室は入口が施錠されていて入れない。

あと、どちらの教室も足の踏み場も無いくらい散らかっている。

大きな機材の後ろからでもホコリが沸いて出て来るから掃除もキリが無いし。


でも、その時はまだ、あんな事が起きるなんて予想して無かったんだ。




……数分後。





「…………」


僕は扉を開けたままで固まっていた。

いつもと同じように男子トイレに入り、いつもと同じように奥の個室の扉を開けたハズだった。


「…………(ぷかぁ~)」


そこには僕を見返す一対の瞳。

ってか、一人の女性が煙草を吸っていた。


「…………ふぅ~….…」


女性は煙を吐き出した。

……そして。



ジュッ!



「……あづぁっ!?」


僕のおでこで煙草を消していた。

ビックリするわ、熱いわ、痛いわでもんどりかえる僕を女性は容赦無く蹴り飛ばした。


「……失せろ、ションベン小僧」


バタァンっ!


勢い良く、目の前で個室の扉が閉められた。

僕はただただ、弁当を抱えてそれを眺めるしかできなかった。


「……えっと、ここ男子トイレで、未成年の喫煙は禁止されてて……あの、すいませんでした!!」


思考回路が復帰した僕は慌てて頭を下げていた。

一体僕は何をやっているんだろうか……。

とぼとぼとその場を後にしようと男子トイレ一番奥”四つ目”の個室の前から立ち去ろうとした。


……ん?


おかしいな、ここの個室は三つのはずだよね?


僕は背筋に薄ら寒いものを感じた。


僕もまことしやかに囁かれる学校の怪談くらい知っている。


幻の四つ目。

あるはずの無い個室。


どこのトイレか忘れて居たが、たしかあの怪談は……。


「……ぎ、技術棟……一階男子トイレ……」


僕は頬を引きつらせる。

身体中から血の気の引く、サァーっという音が聞こえた様な気がした。


「……おい、そこの少年」

「……ひっ!?」


突如後ろから声が聞こえた。

驚きで飛び上がりそうになった僕は恐る恐る振り返る。


そこには、さっきの女性が立っていた。


紺色のセーラー服の袖を捲り上げ、下は裾の長いスカート、腰にはチェーンを下げている。

この学校、今はブレザーになっているのでセーラー服の生徒は居るはずがない。

腰まで届く黒い髪を後ろで束ねていて、強調されたおでこには一つの傷跡があった。

その女性は壁に寄り掛かり、腕を組んで煙草をふかしている。

心なしか少し透けている様な気がした。


僕が彼女を見ていると、組まれた腕がゆっくりと動き、僕を指差した。


「迷惑料だ、置いてきな」


え?

置いてくって、何を!?

い、命!?


僕は恐怖のあまり声すら出せず、ただただ腕を強張らせた。

腕と胸から温めた弁当の温度が伝わってくる。


それを見た彼女は眉間にしわを寄せて僕を睨みつける。

目つきがめちゃくちゃ悪い。


「……そういうつもりなら、奪い取るまでさ」


そう彼女呟いた次の瞬間、僕の目の前には拳が迫っていた。




******




ガッガッガッ!

ムシャムシャムシャムシャ!

ズズズゥー!


僕の前で行われる惨劇。


ガッガッガッガッ!

ムシャムシャ!


目の前では僕の……僕の!







僕の”弁当”が無残にも彼女の胃袋に納められてゆくのだから!


「……んぐっ!? んん~っ!!」

「あぁ、そんなに掻き込んで食べるから……」


僕は水筒からお茶を入れて渡す。


「……んっ、んっ、んっ! ぷっあぁ~!」


蓋を閉めた便器の上であぐらをかいて、おっさんの如くお茶を飲み干す彼女。

海浜高校、技術棟一階男子トイレに取り憑く悪霊さん、五十嵐いがらし 良子よしこさん。


対して、僕は便所の地べたに正座だった。


「……ふぅ….…久々に飯なんて食ったぜ! やっぱり人間、食ってヤツぁ大切だよなぁ」


人間ってか、あなた死んでますけどね。

僕はそんな事を考えながらも逃げ出せないでいる。


するとよし子さんはポケットから煙草を取り出して火を付けた。


「……あ、あの、未成年の喫煙は……」

「あん!? こちとら、生きてりゃ三十路越えてんだよ!!」

「ご、ごめんなさい!?」

「それに、煙草は人生の楽しみってな」


僕はよし子さんに睨みつけられた瞬間に綺麗な土下座を披露していた。

……いや、貴女の人生もう終わってますけどね?


「……ふぅ~……まぁ、美味かったが……すくねぇな」


すると、よし子さんは煙草を僕に突き付けて驚くべき発言をしたのだった。


「明日は三倍の量作って持って来いや!」


「……え? えぇ~!?」


こうして僕の不思議な学校生活が幕を開けたのだった。


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