続いて欲しい、この奇跡
「おいみのる!ごめんって!マジ反省してるから!口きいてくれよみのる!」
僕より足が長くて、僕を追い越すなんて簡単なはずなのに武蔵は僕の後ろから肩を掴んで軽く引きとめようとする。
どうせなら、抱きしめていって欲しいと思ってしまう僕は最低だ。
「昨日はやりすぎたよ。キスまでするなんて、ほんとやりすぎだった。嫌だったよなみのる。マジごめん」
キスしたのは事実だ。でもそれはゲームの中での事で、普通なら気にするような事じゃない。
でも武蔵は僕がそれに対して怒っているように思えるのか何度も謝ってくる。
昨日キスの直後にログアウトして、携帯にも出なかったのは単に、僕が幸せな気持ちに浸りたかっただけなのに。
それが今日になったら武蔵が凄い勢いで謝ってきて、気にしてないといえる雰囲気じゃなくなってしまった。
こうなったのは武蔵のギルメンが、あいつのマイホームに招いた時の出来事が原因だ。
客だったギルメンの内の一人が、僕が料理をして皆にお出ししようとしていた間にキスとかもう済ませてるの?という話になったらしい。
武蔵はそれについ、あるよ、と答えてしまったらしい。
それでどのくらいの回数とか、頻度とか、俺にもしてくれるよう言ってくれよとか馬鹿話になったらしい。
武蔵はその馬鹿話に乗りながら、人前じゃしないとか言ってたらしいんだけど、キスってどうすればいいのか教えてくれよなんていうくだらない、僕ら年頃の男には重要な事を聞かれたらしい。
この質問に武蔵はエアキスで答えようとしたらしいんだけど、わかんねーとか言われたらしい。
それで、料理を運んでいって、武蔵の横に座った僕の顎をすっと持ち上げて、体を屈めてすっと落とすように僕の唇に唇を重ねてきた。
僕は突然のキスに驚いて、混乱して、でも嫌な気分はしなくて。
眼を見開いて、眼前に迫る武蔵の精悍な顔を見つめたあと、夢心地になってこちらからも唇を求めて動かしてしまった。
その様子にギルメンの人達が騒ぎ出したので正気に戻った僕は。
自分に対する嫌悪感とか、武蔵への申し訳なさとか、そういうので頭が一杯になってログアウトしちゃったってわけ。
そんなわけで、武蔵は僕に必死の謝罪をしてきてるんだけど。
僕は武蔵を許すのが怖い。というか、どのくらいで許した態度を見せれば不自然じゃないのか解らない。
あんまり簡単に許すと男として変な感じだろうし、頑な過ぎても関係が壊れる。
そんな事を考えていたら、武蔵の声が段々弱々しくなってきた。
だから僕は慌てて、さすがにそこまでは怒ってないことを伝えたんだけど……。
「じゃ、じゃあさ。なんかお詫びするからなんでもいってくれよな、みのる」
言えるなら、じゃあリアルでもキスしてよってお願いしたい。
でも、そんなこといえるわけないじゃないか。
僕はホモって言われても仕方ない気持ちを抱いてるけど、武蔵はノーマルなんだよ。
この間も、井坂先生が執筆してるリオ・フランテの神話的体験っていう、名状しがたい物語の主人公が可愛いって言ってたし。
僕みたいな女の子っぽいけど男なんていう半端な奴は、お呼びじゃないんだ。
それはさておき、本気で悩む。
どの程度が正しいのか、それに悩むあまり、ついつい武蔵に助けを求めてしまった。
「なぁ武蔵。お前が僕にキスされたら、何をすれば僕を許すと思う?」
「え?ええと、うーん……みのるが相手じゃなぁ……」
「僕が相手じゃなぁってどういう意味だよ」
「いや、みのる女顔だし。実際にされてみないとわかんねーっつーか」
「え」
「なんなら、して見るか?キス」
僕はパクパクと口を開け閉めした。
幸運だと思う、この上なく幸運なチャンス。
もしかしたら、これを機会に武蔵も男同士も悪くないななってことに……いやいや、それは都合の良すぎる妄想だ。
でも、武蔵公認でキスできる。
もしかしたら、こんなチャンスもうないかもしれない。
そう思ったら僕の答えは決まってしまっていた。
「じゃ、じゃあ。して見る?」
武蔵を見上げる。それでああ、背高いなこいつ。って思ってたら、路地の方に連れて行かれた。
それでバカみたいにガチガチに緊張した顔で良いんだなって聞いてきたから。
僕は頷いた。
初めてのキスは、体育の時間に使った制汗剤の独特な香りの中で、少しかさついた唇の感触で。
接触は五秒もしなかったと思う。
ただ、武蔵が嫌な顔をせずに。
「お前の口って柔らかいな」
って照れ隠しにいってくれたのが嬉しかった。
嬉しくて、涙が出て、武蔵に大慌てであやされた。
武蔵の逞しい腕の中であやされている内に、僕はぽろぽろと涙を流すのに釣られるように僕の気持ちを伝えてしまった。
好きだと自覚し始めたのは中学の時、学園祭の演劇でロミオとジュリエットの主演を二人でやらされた時。
それからずっと好きで、触れたくて、でも気持ち悪いと思われるのが嫌で、ずっと友達でいるつもりだった事。
仮の恋人役を任せてくれた時、本当に信頼されてるんだって嬉しかった事。
でも、その内結局は偽者の恋人モドキなことが辛くなった事。
全部全部、武蔵に吐き出してしまった。
その間、武蔵は黙って僕の告白を聞いてくれていて。
全てを聞き終わってから、頑張ったなって、もう一度キスしてくれた。
それで、ちょっと困った顔してから言った。
「参ったな。お前とのキス、嫌じゃないみたいだ。……あのさ、ほんとにってみるか?恋人」
僕はその言葉を必死に否定しようとした。
男同士なんだ、おかしいんだ、武蔵の気持ちは気持ち悪くないっていうだけで好きじゃないんだって。
思いつく限りの僕に不利な言葉を絞りつくした。
でもそんな僕に武蔵は言ったんだ。
「友達としての好きが恋人の好きになるか、そんなの俺にしか解らないんだ。だから今は俺のしたいようにさせてくれ」
酷く勝手な言葉だと思った。
もしそうならなかったら、僕は全て失ってしまうのに。
でも僕を抱きしめる武蔵の腕は振り払えなくて。
僕は間違った道に誘い込んでしまった武蔵に心の中でごめんといいながら、リアルでも武蔵と付き合う覚悟を決めた。
それからはゲームでも、現実でも、武蔵の恋人らしくしようと頑張った。
女装はさすがにしないけど、料理とか家事を母さんに習って、ほんの少しいつも傍に居る武蔵との距離を近くして。
隠れるような恋人関係を続けた。
そうした僕が言えるのは、そんな関係がアレから一年以上続いている事。
肉体関係っていえるほどの物は無いけど、恋人関係は続いてる。
ずっと続くといいな、と武蔵とも言っている。
これが僕の、非現実が現実を変えた、奇跡見たいな体験だ。
この奇跡はずっと続く。
そう信じよう。
ね、武蔵。