現実では出来ない触れ合い
夕食と学校の課題を済ませ終わったのが十九時半ごろ。
余った時間でこれからやるゲームの事を攻略ページで調べたりした方がいいかなって思ったけど、やめておいた。
彼氏に紹介されて始めるなら、事前に完全に下調べするより基本情報だけ浚っておいて、後はゲーム内で武蔵に教えてもらう形の方が自然そうだと思ったから。
そんな風に待機してたら、そういえば名前が取れるか確認しなきゃいけないんだってことを思い出してヘッドフォンにバイザーをつけたような形のブレインネットワークを起動させる。
そして思考操作でギフト受け取り枠を確認して、セレネダートの利用権を受け取る。
後は僅かな新規サーバーログインユーザーとしての情報をやりとして、アカウント作成画面に。
僕はそこで迷わず女性アカウントを選び、アバターの調整に入る。
アバターの調整とは言っても、色々な制約から弄れるのは顔でのリアルばれを防ぐための顔の造型の美醜バランスを傾けるくらいだ。
ココは素直に綺麗な顔になる方へ数値を振っておく。
後は種族選択をして、もう少し修正が入る。
僕は製造をするためにドワーフを選ぶつもりだ。
このゲームのドワーフは筋骨隆々のずんぐりむっくりではなくて、ちょっと筋肉質な身体付きで身長がリアルより少し低めになり、男女共に髪をお下げにしているのが外見的特長の種族だ。
ちょっと武蔵にはロリコン疑惑が掛かっちゃうかもしれないけど、僕の頼んだ時点でその覚悟はできてるだろう。
なにせ僕は男の癖に145cmしかないのだ。それがさらに縮むとなったらもう小学生だ。
こうして種族を選んだ僕は次に初期スキルを選ぶんだけど、裁縫と細工と料理の三つでいいかな。
素材は基本的に武蔵が持ち込んでくれるらしいし、僕は戦闘スキルはとらなくて良いだろう。
武蔵がいなくなったらどうするのといわれそうな構成だけど、武蔵が辞めたら僕も辞める。
何も問題ないね。
さて、名前は……ミールはダメだった。他にもミノン、ミルルとかもダメで、結局決まった名前はミルレール。
キャラ作成が終わって後はログインすればゲームが始まるというところで一旦ゲームを終了して、武蔵に電話する。
名前が変わったことと、種族をドワーフにしたから更に小さくなっていることを告げると、実は少し笑ってからそれはまた随分と可愛くなってそうだなって笑った。
……ちょっとだけ、武蔵に冗談じゃなくて現実に可愛いっていってもれたらな、なんてことを考えた。
そんな下準備を済ませて、九時少し前にログインする。
少し意識が眠りに落ちるような感覚がした後、僕が白い石で作られた神殿のような建物に立っていた。
周りを見るとNPCを示す三角錐のシンボルを頭上に表示された人が何人かの人に話されてるので、多分ここはチュートリアル的な建物なんだな、と辺りをつけているとポンという音と共に視界の端にメールマークが現れた。
メールを開くのは思考操作なのですぐに開くと、武蔵からだった。
内容はゲーム内での名前、シムスを伝え忘れた事とチュートリアル教会前の噴水でもう待っているという物だった。
僕は武蔵、シムスに合流する為に外に出る。
教会の前はちょっとした公園のようなつくりになっていて、気に囲まれた広場にベンチがいくつか配置されているけど、人はあまりいない。
だから噴水に腰掛けている立派な鎧の男がシムスだとすぐに解った。
僕はついついリアルのような感覚で武蔵に声を掛ける。
「やっほ。お待たせ」
「ん?お、おぉ。ミルレールか」
「うん。ねえシムス。このゲームってプレイヤーネーム表示できないの?」
「それなら思考操作でオプション出してみ。ON/OFFできるから」
「……ん、ほんとだ。ありがと」
「あんま調べずにインしたみたいだな」
「基本的なことはシムスが教えてくれると思ったから……ダメ?」
ちょっと人のいる場所に出る前に練習とばかりに小首を傾げて武蔵を見上げつつ、メールをで僕の恋人感演出法を送る。
メールに対するものか、僕の問いに対するものか、両方かもしれないけど、武蔵は頷いた
「解った。今日は色々基本を教えてやるよ。お前には不要かもしれないけど、一応狩りの基本とかも含めてな」
そう言った武蔵は僕の手を引いて歩き出す。
そして人が居ない事を確認してからのんきな調子で僕の顔を褒めだした。
「いやぁ。しかしお前現実でも可愛いのに、そこに綺麗も加わって無敵だな。ほんと、そこらの女じゃ敵わないぞ」
「……現実の僕、可愛い?」
「おっと。お前に可愛いは禁句だったな」
「えと、まぁね。そういうシムスはあんまり顔弄ってないんだね」
「元が良いんでね」
本当は武蔵に言われるとどうしてもテレが隠せないから言わせないだけなんだけど、という僕の気持ちを知ってか知らずか、イケメン宣言。
なんだよもう。そんなことだから女の子に囲まれて困るんだよバカ。
「さてと、手繋ぐぞ」
「え」
「俺達恋人、手ぐらい繋ぐだろ」
「あ、うん……そうだよね」
180台の後半ある武蔵のアバターと僕の130台アバターは、ちょっと頑張らなきゃ手をつなげないし、僕が引きずられないようにする為には距離も近くしなきゃいけない。
武蔵の傍で、手を引かれて、恋人というより親子みたいだけど、本人公認で武蔵の傍にいて触れ合っている状況に思わず俯く。
顔から火が出るほど恥ずかしい。
だって、手の繋ぎ方だって普通の握手じゃなくて指先同士を重ね合わせる、俗に言う恋人つなぎなんだ。
その状態でエスコートするように歩幅をあわせてくれる武蔵につれられる。
現実じゃ出来ないのに、現実にならないからこそ、嬉しくて、少し辛い。
でも、前を向いて明るくしなきゃ。僕は武蔵の恋人なんだから。
「ねぇねぇシムス。あそこの人達ってアイコンないからプレイヤーだよね」
「おう。この始まりの街シューティングスターは流れ星って言われてて、転送ポータルの行き先も多いから人通りが多くてな。店のもてないプレイヤーが良く露店をだしてるから。良く捜せば探し物がみつかるかもしれないぞ」
「へぇー。そうなんだ。露店での取引ってやっぱりお店出してる人と話するの?」
「ああ。上手く話せば値引きしてくれるかも知れないぞ。ミルレールかわい……美少女だし」
「……可愛いって思うなら言って良いよ?」
「いいのか?お前可愛いって言われるの気にするじゃん」
「ここはゲームの中だよ?その中でくらい、シムスの好きにさせてあげる」
「そっか。あんがとな、ミルレール」
その後も色んな施設を説明されながら街の中を一回りして、僕達はフィールドに出た。
フィールドにはほうぼうに白い毛玉みたいなものが飛び跳ねていて、それがファーボールという、このゲームで一番弱い敵なのだと教えられた。
同時に、アイテムトレードを求められて、簡素な木の棒を渡された。
渡されたと言っても行く先はアイテムボックスなので僕の手には無いのだけれど、そこで武蔵の説明がはじまった。
「アイテムボックスは表示非表示を選べる。で、アイテムの装備は思考操作でこれを着けたいってのを選ぶだけ。アイテムボックスは表示してなくても、中身を把握してれば自由に装備付け替えられるからな。ボックス内のアイテムを使う時のショートカットも同じ要領だ」
「ふーん。便利なんだ」
僕は相槌を打ちながら棒を装備してみる……んだけどなんだか視線を感じるような気がする。
具体的に言うと、武蔵みたいな立派な装備をした女性プレイヤーが僕達を遠巻きに見てる。
「装備できたな。じゃあ俺が敵の標的になるから、ミルレールはその棒でファーボールを思いっきり叩け」
「はーい。叩くときの感触ってどうなってる?あんまり生々しいのは……」
「設定で変えられるけど、デフォルトならアルミ缶を叩いたくらいの手ごたえかな。ま、やってみ」
武蔵はそういうと、適当なファーボールに挑発スキルを使って自らをターゲットにする。
僕は言われたとおり武蔵の防具に包まれた脛にぱさぱさ体当たりする毛玉を狙って棒を振るけど、全然当たらない。
それでも十回も振ればまぐれ当たりするもので、すこーんと白い毛玉を吹き飛ばす。
これには武蔵も苦笑して、無造作に抜き放った剣でなおも自分に向かってくる小さなモンスターを真っ二つにした。
「お前ほんとアクション系だめな」
「……知ってて誘ったくせに。意地悪め」
「いやー。生産でも経験値入るようになっててよかったな。スキルなに取った?」
「裁縫と細工と料理」
「見事に器用さ重視の編成だな。じゃあ明日にはギルドの皆に紹介するから俺の個人ホームの場所教えるよ。スペース余ってるからそこで生産すればいい」
「え、あ、うん。解った。先に延ばしてもしかたないもんね」
「だろ。じゃあ行こうぜ」
こうして僕はとことんアクションの出来ない人間なのを思い知らされてから、流れ星にある武蔵の家に連れて行かれた。
その時結構なの数の女の人が誰なの!?とか言っているのをドアが閉まる前に聞いたけど。
作戦は、今の所成功なのかな?と思ったところで僕はログアウトする事にした。
だって街が広くて一巡りするだけで二十三時になってたから。
もうお風呂に入って寝る支度をする時間だ。
僕は基本的に徹夜をしない人間だって武蔵も知ってるから、笑顔で別れる。
ログアウトして、お風呂に入ってる間に僕はぼんやり考えた。
明日はギルドの人に紹介するって言ってたけど、女の人とかいるのかなって。
セレネダートの話をあんまりしないよう武蔵に気を遣わせたのは僕だけど、そういう人がいるかもしれないと気づいて、僕はちょっともやもやした気分で眠りについたのだった。