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第八話

 それから数時間後、妖精達にとっての我らが妖精女王が不慮の事故にふりかかった事など露知らず、里中は暗くなりつつある空の下にて様々な灯が巨大樹を飾るように照らされていた。色彩豊かな光景は一種のアートです。赤青緑等と蝋燭程度の火では出せない光が妖精御用達の道具によって存分に発されています。


「では未来永劫、実りある日々を願い、贈り物をくださる大いなる意思を祝福し、我ら妖精の子孫繁栄を祈りまして…」


 ここにアリス様がスピーチ台で発言するように巨樹の特定の場所に立ち、下で居座って祝辞を静かに聞く妖精達に向けて始まりの言葉を言い放った。


「乾杯っ! ここに豊穣祭の始まりを宣言いたします!」


 持った杯をアリス様が掲げるや、下の妖精達も「わあぁぁぁっ!!」と一斉に大声を上げて同じように杯を掲げました。それに伴い、音楽の演奏が始まって妖精が演奏に合わせて詩を歌ったり踊りを踊ったりと大騒ぎです。

 

 木の実の殻や植物の蔓を特殊な処理を施して作り上げた小さな楽器が人間の扱う大きさに負けないほどの音を奏で、装飾を施した衣装で着飾った妖精が華麗な踊りを大きなお皿くらいのステージで舞います。


「ささ、どうぞお客人。遠慮なさらずお召し上がりになられてください」


 その中で私とエレイシアは妖精達の存在に紛れ込むようにして座っている。それでも、人間と妖精の大きさの比はあからさまです。見事なまでに浮きますね。


 クリムさんから寛いでおけと言われたからこうしていますが、やっぱり気まずいです。目の前の給支係として働いている妖精から「どうも…」と戸惑いつつ軽く一礼して皿から食べ物らしき物を摘みました。見た目は茶色の色をした団子ですが、これは何で作られているのかが私にとって疑問でした。妖精は肉や魚を口にしないとクリムさんから教えてもらった事があったからです。


「あのぉ…これはいったい何なんですか?」


 だからこそ、念のために聞いてみることにした。これで虫だとか言われればショック死すること間違い無し。私は虫が大の苦手なんです。特に芋虫は見るのも駄目なくらいです。


「ご心配なく、薔薇の蜜を煮詰めてそれを花粉でこねて作ったケーキですよ」


 意外な調理法に感心しつつ、まじまじとそれを見てからさっそく口に含んでみました。大きさは大豆程度で人間にとっては小さすぎておやつにもならないような量ですが、味は確かでした。


「美味しい…」


 口に入れた瞬間にほろりと解けるように舌の上に広がり、蜜の甘美な味が口全体へと伝わっていく。それだけではありません。薔薇としての香りも十分に封じ込めたケーキは口腔を通って鼻腔へと入り、芳醇な匂いを私の嗅覚に刺激させた。

 

 私が今まで生きてきた中で食べたケーキのどれよりも美味しい物でした。惜しむは量が少ない事です。ちびちびと摘んでは口に入れるという行為を繰り返しますが、できれば一気に親しみ深いケーキの形で味わいたかったです。


「あっ! あぅっ! あっ!」


 美味しそうな私の顔で興味をもったのか、エレイシアはケーキを食べたそうに手を伸ばしていた。これに「食べたいの?」と聞いてみると、言葉が分かっているかのように一層はしゃぎ出す。エレイシアにもケーキを与えることに決めた私は一先ずケーキを一粒含んで舌で転がし柔らかくした。


 次に唾液でほぐされたケーキを指で掬ってスープを吸わせるようにエレイシアに食べさせると、あまりの美味しさにエレイシアはますます笑顔で興奮した。


 …と、ここで唐突にエレイシアは私の胸元にしがみ付くようにして寄りかかった。小さな手で私の胸を軽く叩きながら「んまっ!」と何かを伝えたそうに声を出します。


「あっ、お腹すいたの?」


 さっそく授乳の準備に取り掛かる事にしましょうか。でも、その前に周りを見渡してみた。


 この場にいるのは妖精だけですが、『オス』の存在がいるかを調べてみた。でも、オスの存在はどこにも見当たらず、ほとんど全ての妖精が女性的顔立ちに見えます。ここで私はクリムさんに教えてもらった妖精に関しての知識を一部分だけ思い出した。


 ――妖精は精霊の一種であると同時に『星の母』を象徴する太陽の使者でもあるんだ。だから姿は女性を形取るが、実際のところ性別なんて物は存在しないぞ。


 妖精の生まれ方は生物のような卵生や胎生といった概念には当てはまらず、存在していて存在しないという矛盾を孕んだ法則を以って生まれてくるらしい。だからこそ、見られて恥ずかしいという羞恥心を浮かべる自体が間違っていると言えました。


 考えの整理がついた私は上着を下からめくって上半身をはだけ、たわわな乳房をエレイシアへと差し出した。これをエレイシアが()れた様子で吸いついてゆっくりと母乳を吸い取ろうと頬張った。


 その瞬間が若干くすぐったいのですが、何度もやっていれば私にとってはもはや日常行動です。


 私達が授乳の体勢で固定されている中、周りの妖精達はしだいに私達へと興味を持ち始めていた。妖精には幼初期もなければ赤ん坊の頃もない。存在した瞬間に姿形は固定されるのだ。だからこそ、子を育てるという行動を初めて見る妖精にとっては珍しいと感じるのでしょう。

 

 いつのまにか周りの妖精達の視線が自分に集中していると気付いた私はゆっくりと周りを見渡してみました。


「何してるの?」


「美味しいの?」


「もっちりもっちり!」


 私の近くへと寄りつつある妖精はたちまち一匹、二匹と数を増えていきます。すでに百匹以上は集まってそうです。その光景に私は頭から冷や汗を流した。



◆◇◆◇



 上位妖精御用達の控場に隠れるようにして作られた座り場には俺とアリスは酒盛りをしている。真下で祭りを楽しむ妖精の群れが騒いでおり、光の芸術という絶景が眺められる。。


「ぬふ~! 気をたっぷりと浸潤させた蜜酒はやっぱさいこ~よね~?」


 アリスは酒気で顔を赤く染めつつ、小さな杯に注いだ蜜酒を一気にるや満足げに言った。これに同伴して俺もまた蜜酒を口へと通した。


 本来なら芳醇で甘美な華蜜の味を楽しむ華蜜酒なのだが、味覚のない俺は別の方法で楽しんでいる。蜜酒に五年分も浸潤させた気をじっくりと体内に吸収させていく。


 気はいわば生命力…人間が摂取することによって滋養強壮や疲労回復といった身体の活力を上げてくれる効果が大いに期待できる。


「気を込めながら料理を作る…そういえばあなたのお師匠さんとクリムが一緒に考えた魔力制御の修行法の一環だったわねぇ」


「おかげで修業と称して一緒に活動していた当時はいつも料理当番させられた物だ。…別に嫌ではなかったがな」


 思い出していた。魔導士になると決めた若い頃を…。


 思えば、知識の探求に関しては徹底的に励んでいた。自分が言うのもなんだが、当時は慎ましくしていた自分に対して師は今の自分以上に破天荒な性格をしていたな、と俺はしみじみとふけた。


「昔を思い出してて考えていたんだけど、クリム、あなたってどうして今の偽名を使おうと考えたの?」


「…そうだな、俺の本当の名前がその意味でイメージとしてあまりに似合わなすぎたのが一つ。もうひとつは…忘れたくないと思ったからだ」


 杯を下に置いて揺れ動く水面に視線を降ろした。


「それでもね、だからって古代語でいう意味で『咎人』だなんて名前にしたのは皮肉すぎるんじゃない?」


「いいんだよ、あんな甘ちゃんでいた馬鹿馬鹿しい自分をきれいさっぱり忘れようとするのは都合が良すぎるからな」


「ホント、そういった所だけは真面目よねぇ」


「失礼だな、俺は何時でも至って真面目でいる」


「…どの口が言うのかしら?」


 アリスが溜息をついてから何杯目かの蜜酒を再び煽った


「ぷは~、関係を持ってもう五十年近くなのよねぇ…私達って」


「お前ら妖精にとっては些細な年月かもしれないが、俺としてはお前との出遭いを色々と考え直そうとした経験がたくさんだ」


「あらひっどーい! 仮にも妖精女王に認められた初めての人間のくせして贅沢なこと言うのね?」


「ほざけ、昔のように『泣き虫』と呼んでやろうか?」


「いいですもーんだ」


 口は悪いが、言い合ってても俺とアリスは悪くない気分だ。こうして本音を言い合える相手がいるだけ人には幸せなのかもしれない。


 しばらく一人と一匹だけの酒盛りは続いたが、ふと騒がしい様子が向こう側で起きているのに俺達は気が付いた。


 単なる祭りの馬鹿騒ぎではなさそうだ。中には悲鳴が混じっている。いったい何事だ?


「変だわ、妖精同士は喧嘩沙汰なんか起こさないのが普通なんだけど?」


「とにかく様子を見てみるか」


 念のため確認しに行く事にした。少し早めに移動速度を調整して騒ぎの中心地へと急いだ。すると、そこへ一匹の妖精がこちらへと向かってくる事に俺とアリスは気付いた。


「おい魔道士! あの人間の女は貴様のツレだろう! 私達では色々と手に負えんからどうにかしろ!」


「どうかなされたのですか?」


「じ、女王様!?」


 近づくや、俺にいきなり文句を言ってきたリーネは俺の影からふっと現れたアリスを見るや畏まった。まったく相変わらずこいつは堅物だな…。


 リーネは俺の時とは打って変わって即座にアリスへ状況を説明した。アリスはアリスで先ほどまでのだらしなさなど微塵の雰囲気も出さずに女王としての姿勢に早変わりしていた。本当に猫かぶりが上手だな、逆に感心するぜ。


 なお、当の問題の中心はというと――


「触れ触れー!」


「やわらかそー!」


「ふかふかー!」


 ――妖精達が多勢でシェリーに群がっていた。


「ひゃあぁぁぁっ!! やめてえぇぇぇっ!!」


 正確に言えばシェリーの胸元あたりを目掛けてだ。シェリーは好奇心の塊となった大勢の妖精達から走って逃げている。だが、一度火が付いたら離れにくいとされるのが妖精の習性だ。逃げ切れず何匹かはシェリーの胸をクッションのようにして触ったり遊んだりしていた。おまけにシェリーの腕に抱かれているエレイシアと逃げ回っている中で戯れ始めているのも存在する。


 完璧に弄ばされていると言ってもいい状況だ。。


「こ、こらお前達! 女王の御前だぞ! さっさと控えなさい!」


 リーネが一生懸命騒いでいる妖精達を鎮めようとするものの、聞く耳持たず。基本、気ままに生きる趣向の下位妖精に言う事を聞かせようというのはかなり難しいものだ。中位、上位の妖精達も色々と大変だろうな。こいつらに言う事を聞かせるなんて…。


「はぁ…」


 めんどくさそうにしながら俺は妖精だけを吹き飛ばすように調節した風の魔術を行使して突風を起こした。シェリーに張り付いていた妖精達を吹き飛ばした。おかげでシェリーは自由になり、抵抗を感じなくなったことで恐る恐る顔を上げてこちらを確認してくる。


「はぁっ、はぁっ、クリムさん…ありがとうござい――」


「ちょ、ちょっとシェリー!?」


 助けてもらった事に感謝してお礼を言おうとしていたが、唐突にアリスがわなわなと震えながらシェリーを指差した。女王としての言葉遣いを一瞬忘れる程に…。

 

 ここでシェリーはようやく気が付いたらしい。今のシェリーがどれほどまずい恰好をしているか。


 上着は完全に脱ぎ捨てられ、下着も引っ張られたのか脱げ欠けていて肌が過激なまでに露出。ほぼ全裸と言っていい姿で俺達の前に立っていたシェリーはしばらく互いを見つめ合った後…。


「きゃあぁぁぁっ!!!!!」


 盛大に顔を紅潮させて頭に小さなキノコ雲を作り上げて甲高い声を上げるのであった。






 こうして、五年に一度の妖精の里での豊穣祭は『喜劇』と『奇劇』の両方を起こして幕を閉じることとなった。妖精達は後片付けをして俺達は家へ帰る予定だったのだが…。


「おい、いつまで籠ってる。さっさと出てこい」


「いやですうぅぅぅっ! もう私ここで一生暮らしますから! どうせふしだらな母親なんですからほっといてくださいうえぇぇぇんっ!!」


 俺に裸を見られた事で顔から火が出る勢いで悶えて巨大樹の一室に立て籠っていた。シェリーの羞恥心の深さは分かるには分かるが、家へ帰る事とは関係ないので俺は無理やり引っ張り出すことに決めた。


「いやあぁっ! 見ないでぇっ! こんな私を見ちゃ嫌ですびえぇぇぇんっ!!」


「やかましい、静かにしていろ!」


 最後まで涙や鼻水で酷い顔をしながらシェリーは抵抗していたが、俺の力の前には空気同然であった。


 結局、シェリーが自分の足で立つようになるまで俺は引っ張ることとなった。その間、シェリーは手で顔を覆ってまともに顔を合わせたくないと意思表現をしていたが…。


「その、シェリー…災難だったわね。だ、大丈夫よ! むしろ女には見せつけられるほどの身体があるほどいい女になれるんだから! ほら、私なんかあなたと違って『ナイチチ』なんだから誇ってみなさいってばっ!!」


 帰る際、アリスからは憐れみと共に同じ心の痛みでも分けてもらおうと自傷的発言を出させる始末だ。


 全てがグダグダとなりつつあった。そんな気疲れが現れたのだろうか? シェリーは帰り途中眠ってしまったのだ。涙の痕を残した顔のままで…。


「お前の母親は色々と大概だな」


「んあっ?」


 今日は祭りで気分が良い。たまにはこんなことをするのも一興だ。そう考えて、俺は眠るシェリーを背に物体浮遊の魔導で浮かんだエレイシアと話もどきをしながら我が家へ向けて夜の樹海を進むのであった。

クリムって名前は実はCrime(罪)のスペルつづりから思い浮かびました。

勘の鋭い人にはわかりましたか?

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