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第五話

「ぜぇっ、ぜぇっ…クリムさん。ちょっと、待って……」


「おいおい、まだ歩き出してニ十分程度だろ。どんだけ歩き慣れてないんだお前は?」


 次の日、約束通りに俺はシェリーとエレイシアを連れて出かけている。


 その間はエレイシアを女の身であるシェリーにずっと抱きかかえさせるのは酷だと感じた俺は代わりを請け負った。でも、普通に抱いていくのは肉体的に無駄な労働力を使うので、物体浮遊の魔導でエレイシアを空中に浮かばせて運んでいる。


 ちなみに言い表せば魔術は『火、水、風、土』といった属性を携えた力であり、化学に近い。魔導はこれらの属性に当てはまらず、魔力そのものを別の力に変換して扱う物理に近い。


 それゆえ、魔導のジャンルには『圧縮、拡張、強化、弱化』といった精密な魔力の制御をおこなえる事を行使の第一条件とし、瞬時の演算処理能力を要する技術が多いのだ。


 これを極めし時、初めて一人前の魔導士として認められる。俺の場合は自分で勝手に認めたけどな。


「どこまで行くんですよぉ…最初に教えてもらったっていいじゃないですかぁ……」


「そうしたら楽しみにならないだろうが」


 シェリーは俺がわざわざエレイシアを抱いて重い負担をせずにできるようにしてくれたのは感謝していたが、今の状況には思いっきり不満があるらしい。

 

 それはそうだ。うっそうと茂った雑草をかきわけ、デコボコと歩行を困難にする地面から浮き出た木の根に四苦八苦しながらしだいに傾斜になっていく道を進んでいるからだ。こんな道など必要でない限り使う機会はないだろう。だがこの道でなければならない。


 俺が選んでいる道は地脈に沿っており、正常な気と魔力が廻っている絶好の浄化地点が入っている。今から行く場所には悪い気、いわば(けが)れを持ちこむと手間がかかる仕掛けが施されているからだ。


「クリムさん、至急、休憩を求めます!」


「駄目だ、この時間じゃないとあそこはたどりつけない」


 今は正午あたりで太陽が最も高い場所に位置する時間帯だ。


「うぅ、エレイシアだけずるい」


「ふぇあっ?」


 シェリーは俺の物体浮遊の魔導で何不自由なく道を自動に進んでいる自分の娘を正直羨(うらや)んだ。そんな自分の母の羨望の表情を見たエレイシアは赤ん坊ゆえ何でそんな顔をしているのか理解できる筈がなかった。


「しっかりしろ。エレイシアはともかく、成人であるお前にはこの森程度、難なく進めるようになって貰わなくては俺が困るんだ」


 俺は飽くまで極力は助けを与えず、シェリー自らの力で歩く事を強要した。


「うくっ、足が張っちゃうよぉ」


 弱音を吐きつつもシェリーは俺から離れぬようしっかりとついてきている。エレイシアは良い天気で気分良く疲れずに散歩(歩かず)ができるので喜んでいたが…。まぁ、確かに不公平だわな。






 どれだけ歩いたのか時間が分からなく頃、俺達は傾斜の頂上となる高台にたどり着いた。木々の生い茂る樹海の景色と違い、ここはまっさらな草原が微風に吹かれてさわさわと音をざわめかせている。

 

 俺は草原を見渡して入り口となる『鍵』を探した。

 

 一方、ここが俺の言っていた良い所なのだろうかとシェリーは正直、期待外れな気持ちでいた。まぁ、単に草原が広がっている場所が良い場所だと言うならば、この世は絶景に満ち溢れているだろう。気持ちは分からなくはない。

 

 ここが普通の草原であればな…。


「ちょっと待ってろ」


 疲れてまで歩いてきた自分のこれまでの苦労はなんだったのかと認められないでいるシェリーを背に俺は一人で進んだ。今まで浮かべていたエレイシアの物体浮遊の魔導を解いて再びシェリーに抱き上げさせてから…。

 

 さてと、ざっと探してみれば鍵は難なく見つかった。巧妙に隠蔽しているようだがまだまだ甘いな。所詮は羽虫共の浅知恵か…。

 

「これか、結界の中心は」


 俺は草原の中にいくつかある石のうちの一つに目を付けて近づいた。漬物石大ほどの大きさを誇る石だ。その場に立ち尽くしシェリーが何をするつもりだろうかと様子を眺めている中、俺は唐突にゆっくりと右手を上げた。拳を力強く握りしめて今にも振り下ろそうとする姿勢で静止している。


 ここで魔力を一気に込めて身体強化の魔導を付加。

 

 この場に何も知らない者が見れば普通に石を殴ろうとしているのだと予想するが、正解は半分合ってて半分違った。


「ふんっ!」


 俺の拳は石へと向けて確かに放たれた。ありえないほどの衝撃を伴って…。


 石は割れた。だが、周りの地面もまるで隕石が衝突したようにクレーターを形成している。そんな光景にシェリーはあんぐりと大きく開いた口が塞がらなかった。おまけにエレイシアもそれでびっくりして泣き出した。


「よーしきたきた」


 これを余所に不思議な現象が起こり出した。石が割れるやしだいに草原の景色が揺らいだのだ。まるで蜃気楼を間近に見ている感覚だ。


 そんな中、俺はクレーターから大きくひとっ跳びし、そのままシェリーの近くへと着陸して傍に近寄った。


「あいつらはこうして独自の結界を張っていて隠れ里を作るからな。こちらから結界を破壊しない限り入れないんだ」


 俺は説明を始めるが、要点が抜けているためにシェリーには何が何だか理解が追い付いてない状態だ。


「あの、一体私達はどこへ行こうとしているんですか?」


「まぁ、これから入るからもう話してもいいか。これから向かうのは妖精の隠れ里だ」


 妖精といえば、あの三匹がシェリーの頭の中に思い浮かぶ事だろう。良く晴れた日にはエレイシアの遊び相手をしてくれる陽気な小人達の事を…。


「妖精の隠れ里…素敵な場所かもしれませんね」


 里となるとあの仄かな淡い光を身体から放つ幻想的な存在がたくさんいるという訳だ。シェリーが想像した光景には無邪気に遊び、歌を歌い、踊りをする妖精達の姿がたくさんいた。


 おもわずうっとりとした表情をしているシェリーには悪いが、本来の妖精の事情はそんな幻想的な夢物語で語れるような物ではない。

 

 妖精には『下位、中位、上位』と主に三つの階級が布かれている。一般的に目撃情報が多い妖精は下位に関してがほとんどだ。それ以上はめったに情報が入ることはない。

 

 中位、上位は立派な存在とされる。森を作り、森の生命を守る種族としての働きを課され、俺が住んでる秘境のような場所を作ってくれる。


 だが下位は真実を言うと酷い扱いだ。いわば消耗品としての認識をさせられている。

 

 しかし、これは仕方のないことなのだ。下位には中位や上位のような高等な知識を携えられない。それゆえに無邪気、一生が子供としての性格。さらには名前を授けられることもない。あの三匹もこれまで名乗ったことがないのはそのためだった。


「…くるぞ」


 俺の足音でハッとしたシェリーは視線を前に戻すや、目の前の光景で自分の目を疑ったに違いない。今まで殺風景だった草原がいつのまにか木洩れ陽の溢れる森の道に変化していたのだからな。


 やはりこの場所はいつ来ても良いものだ。今までの疲れがどんどん取れる感覚に包まれてくる。この癒しはシェリーにも伝わっている筈だ。

 

 先ほどまで泣いていたエレイシアでさえ安心し切ってすやすやと寝息を立てて眠っているのだ。感じない訳がない。

 

 身体も軽く、走った疲れも現れずシェリーは直ぐに俺に追いついてきた。この状況を不思議に思っているシェリーの姿を面白く思いながら俺は理由を話した。


「前にも話しただろ? 妖精は加護を授けてくれる存在だ。そんなのがたくさんいるとなれば土地そのものが魔力や気に満ち溢れ、余計な穢れを浄化してくれる聖域となる」


 ここは俺にとってもお気に入りの場所であると一言付け足してシェリーに教えてやった。


「こんなところがあるなんて…」


 シェリーは俺に尊敬の眼差しを向けながらそう呟いた。悪い気はしないな…。だがこういった類は多くなると厄介な物に変わってしまう。






 そうしてしばらく歩いていたが、ふと唐突に俺はその場に立ち止まる。


「…気付かれたか」


 ある位置にさしかかった瞬間に俺の探知の魔導が反応を示した。これは少し急がないとな…。そう考えてシェリーへと振り向いて身体を抱きかかえた。


「えっ、あれっ?」


 いきなり何をするのかとシェリーが追求しようとする直前、俺はシェリーの足を両腕で抱えるように持ち上げて右肩に背負った。


 準備が整うや、身体強化の魔導を行使。


 さっそく地面を強く蹴って駆け出していく。木洩れ陽の森を人間の出せる筈がない速度で、だ。


「どうしたんですかクリムさんっ!」


「黙ってろ、でないと舌を噛むぞ」


 質問は後で受け付けると言い渡して俺で逃げだすように走った。すると、後ろから(うごめ)く気配を察した。背負われて俺とは反対方向の視線に向いているシェリーもまたそれに気が付いた。


 森が『動き出した』。そう、風に(なび)くとか比喩で言い表すのではなく、言葉通りにだ。木が、草が、さらには地面までもが俺達を後ろから捕まえようと蠢いていた。もはやそれらは別の生物同然な奇怪な存在に変化している。


「なんですかあれはっ?」


「高位妖精達が作り上げた隠れ里専用の外敵排除だ! あの羽虫共、またえげつない物を作り上げやがって…」


 迫りくる木の枝や(つる)に対し、後ろを振り返らずに避けつつ足と同時に口を動かした。


「おぶっ! ク、クリムさん…もうちょっと、ゆっくり走ってっ!?」


「森の養分にされたいのなら別だが?」


「いえっ! そのままのスピードでお願いします!」


 担がれて荷物のように扱われるシェリーは俺が動き回る度に伝わる振動で身体が不調になりかけていた。少しでも振動を押さえて欲しいとお願いしてきてはいるが、その甘えで待ち受ける悲惨な結末を知らせると我慢する事にしたようだ。その間でもエレイシアをしっかりと守る様に抱きしめて…。


 だが、前を向いて逃げている俺と違って迫りくる障害物を間近で見てしまうシェリーには半端の無い恐怖心に襲われているに違いない。現に小さく悲鳴を上げつつ必死に目を(つむ)って見ないようにしている。


「踏ん張れ! もう少しで出られる!」


 腕から伝わるシェリーの身体の震えから怯えていることを感じた俺は励ました。これ以上はシェリーの心身に悪影響が及ぶの考慮し、この窮地から一刻も早く逃れるべくスピードをさらに上げた。

 

 おかげで迫りくる障害物はみるまに追いつけず遠のいていったが、逆にシェリーの身体はほぼ逝きかけていた。


「あばばばばっ! お腹がっ! お腹が死んじゃうっ!」


 この時、シェリーは恐怖心より苦痛が上回っていたのは見るまでも無かった。






 シェリーの顔が青ざめて失神しかける中、大きく踏み込んで急ブレーキをかけた。この時の一撃でシェリーは口から女として出してはいけない物が出かかったが、持ちうる根性で寸での所で阻止することに成功した。

 

 俺は背負っていたシェリーをゆっくりと降ろして自分で地面に立たせた。


「さぁ着いたぞ。良く頑張ったな」


「うぅっ…ひどいですクリムさん……」


 右腕でエレイシアを抱き上げつつ、しゃがんで痛むお腹を左手で(さす)り、シェリーは俺に対して自分の扱いに文句を言ってきた。これに「悪かった悪かった」と軽い口調で悶絶しているシェリーの背中を擦りながら謝っておいた。


「それより見てみろ」


 体調が整って俯いていた顔を上げてシェリーは俺の言われたとおりに目の前を見てみると言葉を失った。


「…きれい」


 シェリーにこれ以上の言葉はいらなかった。ただその一言だけで十分だった。

 

 樹齢千年以上をはるかに凌ぐほどの巨樹が堂々とした姿で陽の光で幹を輝かせ、水気溢れる青々とした葉が生え揃えた一種の芸術とも呼べる存在が俺達の目の前に存在している。


 一方、シェリーが感動に満ち溢れる中、俺は別の物を見つめている。それは巨樹に小さく開いた穴でもぞもぞと蠢いてこちらをうかがっている。一つや二つではない。俺は目に身体強化の魔導をかけているから見えているが、ここからではシェリーのような普通の人間には見えない小さな穴が巨樹に数多くあった。


 別にそれ自体は珍しい物でもなんではないのだ。なんせここは妖精の隠れ里なのだからな…。


 すると、機を見計らったのかその小さな穴から何かが一斉に飛び出してきた。それらは俺達を目掛けて飛来し、素早い動きで近づいてくる。


「な、何っ! 何なんですかっ?」


 何が起こっているのかわからないシェリーは慌てるばかりだが、俺は落ち着いたまま右手を早速払って三人を中心に透明な膜を作り上げた。

 

 これは魔導士が使う『結界』と呼ばれる魔導であり、使用者が魔力を込める量でその大きさ、硬度を変化させる技だ。


 結界が出現した直ぐ後に近づいてきたそれらは結界におもいっきり張り付いてきた。いや、張り付いたというより結界の存在を知らずにぶつかったといった感じだ。


「また来たな侵入者! 我らの里に今度は何の用だ!」


 シェリーにはこれによって近づいてきた物の正体が分かった。


「これって…」


「考えている通り妖精だ。お前の知るあの三匹と違って中位の妖精だがな」


 結界には大勢の妖精達が今にもこちらへ襲いかかろうと言わんばかりに張り付いている。一匹一匹の表情を見てみるが、友好的ではないのがはっきりと分かった。


「なんか妖精達怒ってますよクリムさん!」


「そりゃそうだ、結界勝手に壊しといて堂々と入って来た侵入者を歓迎する筈がないだろうが」


「…ってそれ全部クリムさんが悪いじゃないですか!?」


 何を当たり前と言わんばかりの俺にシェリーは強く突っ込んできた。勝手に入ってはいけない妖精の隠れ里に侵入するのを付き合わせた事をここで初めて知ったからか? 小さい事気にしてるといつかハゲるぞ?


 シェリーは「謀られました!」と叫んで慌てだすが、俺は気にせず目の前の妖精達と向き合った。


「赤霧の森の魔道士よ! 我らの里に何の用だと聞いている!」


 そのうちの一匹が俺に向けて声を上げた。この姿にシェリーがあの三匹で見てきた無邪気な姿は微塵も見られなかった。


「おいおい忘れたのか? 俺は五年ごとに例の行事へ参加すると言った筈だが?」


「それはお前の勝手な言い草だ! 我らはお前の参加を誰も認めてはいない、早々に立ち去るがいい!」


「言い草とは失礼だな。この事はアリスからも伝えられているんだろう?」


「ぐっ! そ、それは……」


 俺と妖精は勝手に会話を始めた。妖精がこっちに抗議を申し立ててそれをこっちは軽く受け流すという構造でだ。


「認めないぞ! たとえ女王様がお前の事をお気に召しているといえども…」


「まさか前の祭りでやったことを根に持ってんのか? いいじゃねぇかあんなもん沢山あるんだし。一つぐらい持っていっても支障ないだろ?」


「きさまあぁっ! 開き直る気かあぁっ!!」


 別にいいだろ。酒の一つや二つぐらい持って帰ったって…。妖精の里でしか作れない『蜜酒』を目の前にしてこの俺が放っておくと思ったのか? 


 しばらく妖精と俺の言い争い…とは言っても俺にはその気はない物がしばらく続いたが――


『おやめなさい』


 ――突如としてその場に響き渡る声で騒いでいた妖精全てが静まり返った。


『また来てくださったのですね、魔導士殿』


「その様子では変わりないようだな、アリス」


 この場には誰も喋ってはいない筈なのに不思議にもその声は響いていたが、長年の知り合いである彼女に俺はそう言葉を返した。


「き、貴様! 女王様を呼び捨てにするなどなんて無礼なっ…!

『リーネ、名前ぐらい普通に呼ばれても私は気にしませんよ?』


「ですがっ!」


 リーネと呼ばれた妖精が突っかかり、敵意を示しながらアリスと呼ばれた声の主に抗議を申し立てた。


『あなたも良くご存じの筈ですよ? この方がこの地を作り上げてくださったおかげで私達はこうして今も平和に暮らせるのだと』


「あ、うぅっ……」


 そう言われるや、リーネはこれ以上、抗議するのを止めてしまった。


『さぁ、どうぞこちらへ。付き添いの御方もご一緒に』


 その声を最後に巨樹が根元の幹を変化させ、一人分が入れそうな穴を形成した。俺は今まで行使していた結界を解いてその穴へと向かった。これに習ってシェリーもついてくるが、周りから向けられる妖精達の視線に気まずく感じていた。


 安心しろ、こいつらは無駄な殺生は行わない主義だ。殺るとしても俺だけを狙う気でいるだろうな。要するに早く慣れろ、だ。

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