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最終話

結構強引な入り方です。

ご了承くださいませ。

 俺にとって退屈というのは何事にも勝る天敵だ。


 趣味も数度繰り返せば飽きが出てくる。

 

 だが、それは変わり映えがない趣味に限った話になる。






 人との関わりを極力断った俺は唯一、観察と称して今後の行方を裏から見守る存在を作った。

 

 ――恐ろしく優柔な性格を持ち、楽しいくらい小さな勇気を持つ女だった。


 あれは良い女だ。性的な意味じゃなく、性別を気にしないくらい見てて面白くなる女だった。


 あの女を伴侶に迎えられた男は俺からも幸運だと宣言してやりたい。


 実際はこれに気付く事もできない馬鹿だったがな…。


「おい、俺の聞き間違いじゃなきゃもう一度言ってくれ」


「おごごごごっ!!」


 愚かにもそいつは自分の娘を魔導兵器の核として使おうと考えていた。


 娘――エレイシア――を、だ。


 紅玉は魔道士として最高峰の素質を持つ者の証。また、魔導具として最高の触媒にもなる。


「舌が千切れてる訳じゃないんだろ? 俺も忙しいんだ。話せる事は手っ取り早くが基本だぞ」


「ふごががぎぐごごごごっ!!」


 もうここまで来たからには秘密も意味を成さないか。

 

 薄々気づいていたが、シェリーの正体は思った通り大層な肩書きを持っていた。




 本名――シャーロット・ルスカ・ソルティン――。


 世界で最大の軍力を誇る国家ソルティンの第二王太子妃なんだとよ。

 

 まったく、こんな立派な名前を持っているのに本人が普段はあんな感じじゃあ名前負けだろうが。


 ちなみに、エレイシアの本名はルクレツィア・シエラ・ソルティンだそうだ。


 そんな第二王太子妃が何で俺みたいな隠居魔導士の元へやってくる羽目になったのか? 事の末端は先ほどの通り、エレイシアが紅玉を持って生まれてきた事にある。


 ソルティンは現在、戦争をしている。

 

 敵国の名はブレンダ。獣人を国民としたソルティンに引けを取らないもう一つの大国。戦況はどちらかというとブレンダに軍配が上がっており、じわじわと攻められていた。

 

 これの逆転策としてソルティンは強力且つ有効な兵器を製作中だった。だが、肝心の核となる存在が中々見つからない。


「おーいクリム、俺にもやらせてくれね? このもやしには俺も結構ムカついてたから」


「じゃあお前は下の方を頼む」


「よっしゃ任せろ!」


「た、頼む! 止めてくれ! いぎゃあぁぁぁっ!!!!!」


 伝説でもある紅玉が目の前にあれば背水の陣である国は使わぬ手は無い。

 

 これを思いついた王族含めた上層部がエレイシアとシェリーの身柄を狙った訳だ。もし戦争中じゃなければエレイシアはソルティン最強の魔術師として育てられていただろう。だが、如何せん時間がなかったからこっちの策に走ったんだな。


 シェリーもシェリーだ。


 あいつと今、俺の足元にいるグラ――グラ…忘れた、めんどくせ。


 婚姻を結んだのは双方の同意じゃなかったらしい。こいつからの一方的な権限を使った物だったそうだ。


 シェリーは魔力分解能力者という希少な能力者の一人。昔から魔術類が使えず、能力を所有していると判明するまでどんな境遇に合ったかは俺にも知らん。

 

 能力者と知られてからは何かしら変わった事はあった筈だが、シェリーには気分が良い物じゃなかったに違いない。


「おぅら! 偶に地下牢へ来てはふざけた事ぬかしやがって! 正直眠りたくて仕方なかったぞ、こら!!」


「ぐぎいぃぃぃーーーーーっ!?」


「引っ張り過ぎだ。強すぎると首が抜けるから気をつけろ」


 ソルティンの王族は家系の成り立ちが独特だ。

 

 女は特に起筆することは無いが、男に問題がある。

 

 ――正妻を持たないそうだ。

 

 理由は正妻の子が必ずしも優秀な子だとは限らないからだと言われている。だから第一、第二、と愛人的な形の妻として婚姻を結ばされるという訳である。


 シェリーはそんな王族――現国王の第二王太子と婚姻を結ばされた三番目の妻に位置していた。

 

 一番目と二番目にはさんざん苛められていたらしい。元の地位は辺境の子爵令嬢だからと身分を重視する性格ブス共にはプライドが許せなかったんだろう。

 

 しかも当主――シェリーの父親――が平民混じりだという事にも拍車がかかっていた。




 嘗て、俺の森に迷い込んできたあの少女はシェリーの『祖母』として今も健在だ。

 

 やっぱり思った通りだった。

 

 怨んではいない、ただ…幸せになれた事は分かればいい。


 当時、不治と呼ばれた流行り病を見事に治した薬――俺の特効薬――に浅はかな企みを以ってシェリーの祖母へと近づいてきた新興宗教の一団。彼女は彼等に母を人質にされ、やむを得ず俺の存在を知らせてしまった。

 

 せっかく助かった母の命と俺の命、彼女にはどちらが大事だったか考えられなくもない。

 

 なので、再びやってきた。シェリーと同じ魔力分解能力者を以ってして…。


 この頃は『能力』という存在の概念は無く、不思議な力か神の奇跡程度の認識で上手く知られていなかったな。


「クリムさん! さすがにまずいですよ!? 死んじゃう! その人死んじゃいます!」


「んーお前にとってもそれでいいんじゃね?」


「…それでも駄目です!」


「一瞬考えたな、御夫人!?」


 彼女は俺へと再び近づいた。

 

 猛毒のナイフをその手にして…。


 あそこで俺を刺さなければ母親の命がどうなっていた事やら――油断した俺も悪いか。


 この頃は今みたいに無茶できるような身体じゃなかった。年齢に沿ったおじさんだったからな。

 

 髪もちゃんと赤髪のまま――。


 人間の限界がちゃんとあった。

 

 俺を刺してしまった彼女が何故に涙を流しながら謝罪しているのか考える心の余裕もあった。


「確かにこの人はどうしようもない人ですが、それでもあの子の父親なんです」


「いや、俺としてはこんな奴を父親として認識させたまま過ごさせるのが恥だと思うぞ?」


「直ぐに離婚して良識ある男と再婚してそいつを父親だと貫き通せば万事完了だぜ!」


「って、私はお二人みたいな人間破綻した判断で人生過ごせませんから!」


 霞む意識の中、俺の研究室を荒らし始めて根こそぎ成果を奪っていこうとする人影――彼女に行動を強要させたやつら――。


 死に恐怖を抱きつつ、俺は決して奪われてはいけない物を最後の力を振り絞って手にしていた。

 

 俺の師であり、母親代わりでもあったカオリが後悔を抱きながら生み出してしまった代物。


 永遠を望む者への毒薬。


 『魂の牢獄』――。


 師は異世界人(エトランぜ)だった。

 

 そんなあの人がこの地で家庭を持つ事を決める時、どれほどの葛藤があったかは近くにいた俺も良く知っていた。だけど俺は師にはぜひとも幸せになって欲しかった。

 

 俺と師が牢獄であり、俺の住む屋敷であった場所から抜け出してから幾年もの間。俺達の元には同じ志を共にした同志が集い、世界に師の持つ医術を広めるための一団が出来上がっていた。

 

 求婚したのはその中の一人、いわば俺の弟弟子だ。年齢は彼が上で俺が下だったが、関係なく気さくに話しかけてくれていたよ。

 

 求婚されてからは師と彼の間で色々あったが、俺や一団の仲間達が後押ししたおかげで見事ゴールイン。

 

 師と彼はその後に一人の男の子を授かったんだが…。


 五歳ごろに末期の癌にかかっちまってな、それが師が伝説とされる万病薬を作る研究を始めるきっかけになったんだ。

 

 当然、俺達も研究に協力したさ。でも上手くいかなかった。


 上手くいかなかったからこそ、一団の行動がしだいに乱れてくるようになった。


「それにしても、ここに来るまでこの国最高の魔術師とやらに遭遇したんだが…」


「お、あいつどうなった?」


「久々に怒りが湧いたな。あの程度で最高を語るだなんて魔術師を嘗めてるな。そんな奴にはあえて魔術と魔導は使わず杖で思いっきりぶっ叩いてやった」


「あーさっき城からどっかへと飛んでいったのはあいつだったのか?」


 早い話が人体実験――。


 少数派の奴等が俺達の目を盗んで禁止していた実験を行っていた。これの撲滅として、世界中に散らばる不届き者へと俺は駆け巡ったんだ。


 でも、時間がなかった。

 

 延命治療で師の息子さんの命はなんとか持ち直していたが、限界があった。

 

 この現実が師には耐えきれなかったんだと思う。師は自らが禁止していた人体実験に手を出してしまったんだ。


 俺が世界を駆け巡っている間の事だった。


 万病薬は完成する事はなかった。その副産物として出来上がったのが『魂の牢獄』と名付けられる魔導霊薬。効果は使用者の範囲にいる生命体の命を吸収し、己の生命力・魔力・気へと変換する。


 しかし、その分、使用者の機能を失う副作用を伴う。


「それより、あそこでのびている王様どうすんだよクリム?」


「『犠牲が必要なのは当然だ』とか、『平民混じりの子爵令嬢風情が国に歴史的な貢献が出来るのだから光栄に思え』だとか、聞かせて欲しくもない事を勝手にベラベラと喋る自己中心ぶりがうざったらしかったから思わず殴っちまったが、当分目覚めさせないでくれ」


「…クリムさんの自己中心ぶりの方が大概かと思いますよ。一人でこの国の要である城にどかどかと乗り込んでくるんですから」


 ここまでくればこの通りだ。

 

 俺はあの日、師が生み出した負の遺産をやつらに渡さないため…。

 

 結局間に合わず息子さんは死に、最後に後悔と喪失感だけが残ってしまった師との約束を果たすため…。


 俺は死に際に魂の牢獄を身体の中へと隠した(打ち込んだ)。

 

 自分の身体が作り変えられる壮絶な激痛。

 

 やつらの命を吸収しようとする薬による効果。

 

 次々にミイラと化して消滅していった侵入者。

 

 この光景に彼女が入ってなかったのは一種の幸運なのかもしれない。純粋な悪意を以ってして行動に移した訳じゃない彼女の命を喰らう事だけはしたくはなかった。そう思えるのはあの日出会った時、数十年ぶりに人から頼られるという事実が何より嬉しかったんだ。


 師の息子さんの危篤を聞き、戻ってくれば全てが終わっていた。

 

 そこで俺が出来た事は師から罪の告白を聞く事のみ。

 

 俺達が築いた全ては誇りにできぬほど汚れてしまった。

 

 努力をした。誰もが努力をしていた。

 

 努力の方向が間違っている事を認めぬまま…。


「そういやさっきから誰もこの場所にやって来ないのはお前の仕業か?」


「結界を幾重にも張って人の意識がここへと向かないようにしている」


「あぁっ!? 顔色がどんどんと土気色にっ!!」


 だから師は全て壊すしかなかった。贖罪――責任を取る――という選択として…。


 築き上げた全てを捨てる覚悟を決め、一団の活動本拠地である建物へと籠城して火を放った。


 ――全てが灰と化した。

 

 だが悪意までもが全て消える事はなかった。師が亡くなった後年でも元一団の団員が人体実験を伴うような禁忌を犯す研究を広められた事もあった。何人かは正しい形で広めてくれた者がいたが、現在もどこかで前者のような非道を尽くす人間は多く出てくる。

 

 誰も師の真意を汲み取ってはくれなかった。


 俺にはそれが我慢できなかった。

 

 潰しては潰しては、と繰り返してはどこかで悪意ある研究は続けられていく。俺達が生み出した『技術』のせいで…。


 気付けば人と関わる事が気持ち悪くなっていた。


 苛立ちと嘆き、責任感と悲壮感は俺を徐々に蝕み、『逃走』を選択した。

 

 俺は世を捨てたかったのではなく、現実から目を背けたかったのかもしれない。


「そういやさぁ、これからこの国どうすんだ? 結局言ったって戦争は回避できそうにないし…」


「知らないのか? ブレンダといえばルーメンの故郷だぞ?」


「…あっ! そういえば……でも今は何してんだ? 十年も牢屋に閉じ込められてたから外には疎いんだわ、俺」


「持ち前の腹黒さ満載な策略で宰相の地位に上り詰めているらしい」


「……まじで?」


 後に赤霧の森と呼ばれる所へと閉じ籠っていた俺が必要とされると知った時、歓喜が湧きあがっていた。だから彼女の願いを――母の命を救う手助け――を叶えた。


 その結果が今の俺という訳だ。

 

 無様にも程があるんじゃないだろうか?

 

 勝手に簡単には死ねない身体になって、勝手に人を嫌って、勝手に…。


 自分を省みる瞬間が人生で何度あった事だろうか?


 ――自分は悪くない。


 だから、俺のくだらない人生は終わりを迎える事を許されなかったのかもしれない。


「リスクはあるかもしれないが、手紙でも送って相談しておこう。実質ブレンダの実権を全部握ってんのあいつらしいし」


「性格は最悪でも有能だし、良く刺されねぇな。まぁ、あれでも一応ブレンダ随一の弓の名手だ。まだ腕は健在かは知らんが」


「あの、何だか私程度じゃ手に負えない様な内容の話をしているんですがそれはどうなんですか?」


 しかし、だからといって今さら俺はこの生き方を変えるつもりはない。

 

 シェリーとエレイシアとの出遭いは偶然ではなく、昔の縁から始まった。

 

 本当に縁とはおかしい程にしつこい。人としての関係はこの身になってから完全に切れたと思っていたんだがな…。


「さてと、次の方針が決まった所で…寝てないでさっさと教えろ。シェリーの家族をどこに隠してる? 別に俺は探し回ってもいいんだが、極力無駄な労力は避けたいんだ。言っている意味が分かるかボンクラ、んっ?」


 こうなったら徹底的にやるしかあるまい。中途半端は嫌いだからな。

 

 たとえ一国全体が相手だとしても怯むつもりはない。というか、俺には無問題だ。


 とりあえず、この屑王子がシェリーを言いなりにすべく謀った人質を解放しておく事が次の問題だ。

 

 まったく、完全に気絶してるな。しょうがない、記憶を読み取る魔導を使って手っ取り早く済ますか。


「それより、お前はこんな事していていいのか――バエル――?」


「んっ、何か問題でもあんのか?」


「牢獄に捕えられている罪人とはいえ、こうしてソルティンの危機となる存在が出現したらこれを撃滅する役目を担う限り、刑を軽減する事を条件とした盟約をこの国と結んでいるんだろ? 見た目に寄らず義理固いお前が進んでこんな事するとは思えないんだが…」


「単なる襲撃者だったら文句は言わねぇよ。だけど、お前が相手だと俺も剣の振り方を選ばなきゃいけねぇからな」


「そういう割にはノリノリで全力の斬撃を放って城の後ろにある海原を何度も割っていた気がするんだが?」


「いいじゃねぇか! そういうお前こそ、久々に魔術を使ってきたと思えばあん時のよりも派手に威力が上がってただろうが! さすがの俺も死を覚悟したわっ!!」


「そう言いつつも真っ向正面から剣で拮抗させたお前も大概だと思うがな…。腕は相変わらず落ちていないようで安心した」


 さっきから俺に話しかけてくる男の名はバエル。

 

 至高の斬撃を会得したとされる剣士――剣聖バエル――とはこいつの事だ。

 

 俺からの評価でもこいつを超える剣士などこの世に存在する筈もないと言えるやつでもある。 






 約二十年に起こった『災厄』。


 嘗ては大陸中を闊歩し、空を支配した竜種。


 やつらは今とは比較にならないほど数多く存在し、人々を脅かしていた。竜種が引き起こす被害は壮大であり、計算するのも億劫になるほどの規模でもあった。

 

 それを率いていたのが竜達の王――竜皇(りゅうおう)――。


 現在は未開の地として触れられずにいる北の大陸。


 希少な魔物が数多く生息する南の大陸。

 

 これら二つの大陸でそれぞれ二匹の竜皇が覇を競い合いながら支配を始めていた。やつらの動きは極みに極まり、ついにほぼ全大陸を跨いだ闘争が進められていた。


 これこそ災厄――竜皇戦争とも呼ばれていた。

 

 災厄により被る人間側の被害は絶滅としか予想できないと言われた事もあった

 

 ――ただ我々は指をくわえて見ているしかないのか?


 人間達はこのまま終わるつもりはなかった。

 

 だからこそ、集めた。

 

 当時の国中で希望を賭けた最強の四人を――。


「良い時代だったな…あの頃は……」


「あぁ、確かに良い時代だった」


 正確には俺を入れて五人だな。俺は実際、部外者として参加した。

 

 バエルを含む四人は『人類の存続』を目的としていたが、俺の場合は『素材集め』で割り込んできたんだ。

 

 全員が当時の俺と正面切って戦えるようなやつらだったよ。


 『剣のバエル』――。


 『弓のルーメン』――。


 『呪術のシゼル』――。


 『銃のアルフレッド』――。


 特徴づければこう分けられる。


 俺を分けるとしたら『魔術』か?


 別に今更決めても仕方ないか。


「でもやり過ぎたよな?」


「だよなぁ、決戦の場として選んだ高原が俺達の攻撃による影響でまっさらな平原に変わったくらいだからな」


「ずっと前に見てきたが、あそこ草が生えて緑の絨毯に仕上がってたぞ?」


「そっか、今度見てみたいもんだ」


 災厄は阻止された。


 竜種を絶滅危惧種と認定する結果も同時に生み出して…だ。


 全てが終わってからは俺達はそれぞれの国や土地で元の役割や地位に戻った。数年間隔ではあったが、極稀に連絡を取って己の状況を知り合っていた。深い関係とはいかなかったが、それなりに繋がりを持っていた。


 こうして二十年経った今、俺以外の現状がどうなっているかを大雑把に述べると。


 バエル――凶悪犯罪者――。


 ルーメン――ブレンダ公国宰相――。


 シゼル――行方不明(おそらく放浪中)――。


 アルフレッド――故人――。


 一人を除いて見事に一癖や二癖ありそうな現状を謳歌しているそうだ。


 まぁ、俺も人の事言えないけどよ…。


「とりあえず、ずっとこのままここにいるのも何だし外に出てみるか」


「おぉ、いいねー。数年ぶりのシャバの空気をもう一度じっくり吸うとしよう」


「え、ちょっとっ! あのもしもし!? この光景をほったらかしのままにする気ですか!? 城の内部なんて崩壊寸前なんですよ!?」


「別に死人は出ていないから大した問題にはならないんじゃね?」


「いや、そういう事言っている訳じゃ…あぁもう! クリムさんレベルの人が一人増えて余計に大変になって…頭が痛いのを通り越してもう思考停止したいよぉ……」


「悩め若者、それこそ人生だ」


「悩みの塊が言わないでくださいよ!」






 城の外へと出ると、大きな五つの影が俺達を迎えてくれた。

 

 だが、彼らが待っていたのは俺でもバエルでもない。

 

 親愛なる主人(マスター)――それはただ一人。


「主! よくぞ御無事で!」


「しゅるるるるっ!!」


「シ~ちゃんだいじょ~ぶ~?」


「皆…」


 シェリーは若干涙を溜めていた。

 

 あの日、俺の家から旅立って長い旅路を過ごす中、シェリーは多くの友を得た。

 

 人間ではなく『魔物』のだ。

 

 もちろん、人間も何人かいるにはいるが、この場にはいないので割愛しておこう。



「主の身体にいつ危険が及ぶやと私は心配で心配でっ!」


 聖獣ユニコーン――。


「しゅーしゅー! しゅしゃーっ!」


 邪眼蛇王バジリスク――。


「ねぇ、ア~ちゃんとル~ちゃんは~?」


 仙竜(幼竜)ブリトラ――。



 壮絶な光景だな…。

 

 どいつもこいつも伝説に乗ったり一個中隊や一個師団に相当する戦力を将来携える可能性を持つ魔物じゃないか。

 

 最初はアルラウネのアリシアのために始めた魔物の研究。そこからシェリーはしだいに『魔物使い(トレイナー)』としての力を開花させてしまったそうだ。

 

 その成果としてあるのが目の前にいる三体という訳だ。


「アリシアとエレイシアは何してるんだ?」


「城下町の人達の所へ避難させてます。もしもの時のため、私がアリシアと妖精達にお願いしたんです」


「姫殿下が見当たらないと思っていたがそういう事だったのか。中々やるじゃないか御夫人」


「俺も感心した。まさかこいつらが危険を顧みずに俺の元へと助けを求めてくるとは…信頼されているな」


「はい! …信じてましたから」


 俺がシェリーとエレイシアを救いに直接ソルティンへと赴く切欠を作ったのはシェリーの魔物達だ。こいつら、初めて俺が会った頃の主人――主人――と同じ事を俺の家でやった。


 ――土下座したんだよ。


 主人を救ってほしいと恥を忍んで地べたに頭を擦りつけていた。


 その時は俺、断っていたな。


<前達は頭を下げれば俺が簡単に動くと思っているのか? お前達にそれほどの価値があるというのか?>


 思えば頑固過ぎたかもな…。


 俺だって最初から強かった訳じゃない。師から無償の愛を授かったからこそ現在(いま)があるのに、俺こそ何様のつもりかと省みたよ。

 

 師も言っていた、「手を差し伸べられる人こそ本当に強い人だ」と――。


 これを思い出させてくれた奴がいる。さっきから向こうで激しい戦闘を繰り広げているんだが…。


「はあぁっ、破動掌っ!」


「ぬぅんっ! 黒曜烈剣っ!」


 城の屋根で凄まじい衝撃波を生じながらお互いの技をぶつけ合う二人の影。

 

 もう何十分戦い続けてるんだか…。こっちはやる事やって既に終わってんだけどな?


「ライザさん、義兄(あに)様……」


「そういやライザと戦っているのは誰なんだ?」


「聞いてないのか? この国の第一王太子ガルガント殿下だ。ちなみに俺の弟子」


「弟子? お前が弟子を取ったのか!?」


「弟子とは言っても、殿下が小さい頃に探検兼ねて俺が幽閉されている最深牢獄まで来てな? それを機に暇つぶし程度で剣の振り方を扉越しで口伝してやったくらいだがよ」


「馬鹿、十分だ。『剣鬼帝』とまで称されたお前直々に教われば大概どうにでもなるだろう」


「…ま、若くして将軍務めるくらいだから元々才能はあったんだろうがな」


 とにかく、俺のソルティン特攻を最終的に決意させたのが不本意だがライザな訳だ。本当は連れて行きたくなかったが、どうしても引かないと言うのだから全速力でお供させてやった。

 

 結界で影響がないとはいえ、音速ぎりぎりの飛翔は身に堪えたのもつかの間、ライザはスイッチを切り替えて俺と共に城へと突撃してきたんだよな。


 そんなライザは俺の背中を任せた。追撃を阻止する事を役目とした物だ。

 

 無茶はしないと判断してみたが、まさかこの国における戦力の要と決闘してるとはな…。普段はお調子者だがああ見えてもあいつは好戦的だ。

 

 闘争心に火を付けちまったんだろう。


「人狼、私は貴様のような戦士に出会えた事を誇りに思える! 戦地に幾度と赴いたが、この渇きを潤せる者がいなかった私にとって貴様という存在を長年待ち焦がれていたのだ」


「そいつはありがとよ! 人間なんざただ一人を除けば実力なんて大した事ない存在だと考えていた俺にはお前のような奴がいると知れて嬉しいぜ!」


 死戦を繰り広げているというのになんて面だ。戦闘狂としての性質が大らかに(あらわ)れちまってる。

 

 あれか? 張り合える強敵(とも)に出合えちまったのがそんなに嬉しかったのか?

 

 言葉遣いは違うが二人とも同じ性質を携えた者という事か。


「この一撃に全てを賭ける!」


「来な! 剣と拳、本当に強いのはどっちか身体に直接教え込んでやるぜ!」


「笑止!」


 剛拳と剛剣。


 使い手の性質が同じならば決着もまた早く。

 

 人狼族に伝わる型を構え、気を最大出力で放出するライザ――。


 剣聖に教わった至高の構え、魔力を刃に一点集中するガルガント――。


「若いっていいな、クリム」


「俺もそう思うぞ、バエル」


「ひょえぇぇぇっ!! 城中が揺れてます! 何が起こるか予想できなくて怖すぎます!」


 二人の余波が大気を奮わせている。

 

 シェリーは立っていられないようだが、俺とバエルは何事もなく立って二人の様子を見つめていた。


「はあぁぁぁっ!!」


「でりゃあぁぁぁっ!!」


 二人がぶつかり合ったと思われたその時瞬間、音が消えた。


 代わって耳をつんざくほどの耳鳴り。

 

 この場が一瞬だけ真空になった証拠。


 時間が止まってしまったかの間隔。


 だが、変化はすぐに現れた。全てを吹き飛ばす突風が向かい風として俺達に衝撃ごとやってきた。ある程度は予想していた俺とバエルは結界やら障壁やらを行使して予防は完了していた。


「良い剣士を育てられたな」


「出来なんざ気にしてはなかったが、ここまでとくれば少しは嬉しいかな?」


「それに比べて…」


「わーん、飛ばされるうぅぅぅっ!!」


「あるじいぃぃぃっ!!」


 俺が育てている方は全然だ。

 

 素質は確かに良いんだろうがよ、経験が足りないのが問題だ。度胸ぐらいはうまく身に付けてもらいたい。


 やがて突風が収まった。

 

 拳と剣を突き出した状態のまま左右対称に位置する二人の姿。

 

 どちらが勝ったか?

 

 しばらく見てみると、赤い鮮血が飛び散った。


「あがっ! ふぐぅっ!? ぐ…っ!!」

 

 血を流した主は膝をついてしまう。その膝を伝って屋根には血だまりが滴っていた。相当に深く抉られたようだ。


「これで終わりか…」


 もう片方は自分の獲物を下ろし、何かを悟った顔をしていた。

 

 同時に、残念だと感じているようだった。まるで楽しい遊びが終わってしまったと言わんばかりな満たされた顔だ。


「これ程までに心が踊る体験をしたのは実に久しぶりだ。人狼…いや、ライザ殿よ」


 未だ立っていたのはガルガント。


 ――立っている、俺達に言わせれば「よくやった」だな。


「中々楽しかった。敬意を込めて貴殿に礼を言わせてもらう」


 この言葉を皮切りでガルガントの身体を今頃に衝撃が貫いた。

 

 見たとおり、ちゃんとライザの拳を受けていたようだ。服ごと殴られた部分がめり込んでいるぞ。


「そしてこの勝負、貴殿の勝ち…だ……」


 急所を打たれたんだ。

 

 喋る事どころか立っている事さえ苦しかった筈だ。

 

 敵ながら天晴れ。

 

 さて、回収に向かおうとしよう。


 俺が跳び上がるとバエルもまた行動していた。どうやら考えている事は同じだったようだ。屋根に辿りついた俺達はそれぞれ怪我人の介抱に向かった。

 

 バエルはガルガントで俺がライザの方へと枠に当てはめる風に。


「へへ、勝ったぜクリム…」


「…お前にしては良くやったと思うぞ」


 喜べ、今日の俺は紳士的だ。

 

 黒い害虫だって丁重に扱って外へ逃がしてやれるくらいに気分がすこぶる良いんだ。俺が直々に治癒魔術を使ってやろうじゃないか。


《真理と摂理、湧き立つ血肉の籠、夢幻を掴む灰色の腕、還れ、満たせ、理を覆す境界にて働け!》


 完全詠唱による魔術の行使。

 

 俺の本来の威力と効力を発揮するための鍵。

 

 長らく封印していた行為を俺はこの国と張り合う際には解放していた。本気で魔術を行使した回数は今日だけでどれくらいだったか?


《リバースウィスパー!》


 ライザを囲うように七色の靄が杖から溢れていく。靄は包帯状に伸びてライザを包むと傷口が煙を上げて元の状態へと戻っていく。

 

 この術はただ傷を塞ぐだけの効果じゃない。失った血を体内で再構成し、疲労も分解して消滅させられる。完璧な恒常性身体機能を一時的に会得させる魔術だ。


「うおぉっ!? すげぇ! 身体がめちゃくちゃ調子良くなってる!」


 ライザは激戦の疲れや痛みなど元から無かったかのように軽やかな動きを見せた。


 ――騒ぐな、うるさいからじっとしていろ。


「便利だよな~お前の魔術は。こっちにもかけてくんねぇか?」


「面倒くさい。あわよくばお前、俺に無料働きさせようと考えてるだろ?」


「ちっ…ばれたか」


 バエルは気を使った『治癒功』という術でガルガントの身体を治療していた。

 

 俺の治癒魔術よりは劣るだろうが、普通に動ける程度までは治るだろう。

 

 話は変わるが、バエルが放つあらゆる物を切り裂く斬撃を可能とするのは俺が魔術・魔導を使う際での精密な魔力制御の原理とほとんど同じだ。

 

 普通の剣士は魔力を剣自体に纏わせて強化を行うんだが、バエルはその先を更にいく。刃先のみという肉眼には到底見えない範囲で魔力を『幾重』にも纏わせて頑丈且つ極薄の刃を作り上げる事によって全てを切り裂ける。


 これを達成させるのにどれほどの研算を積んだことやら…。


 しかも剣を振る事によってさらにその刃は研ぎ澄まされた物へと変貌する。

 

 まさに悪夢だ。

 

 剣士は魔術師に勝てない等と世の中が言っていた時期があったが、真向に否定させられるな。


「そうだクリム! ガルガントから聞いたんだけどな、この国の全兵力がまだこっちへと向かってきているんだってよ!」


「何だ、まだ残っていたのか?」


「そりゃそうだ。城にいるのは何かしらで認められた実力派だったが、その他大勢な残りの兵士(ヒラ)は腐るほどいるんだ」


「もう帰って来ても遅いんだがなぁ」


 城以外にいた駐屯の兵士達が城の異変を聞いてから総出で集中している。

 

 バエルに説明を受けたが、俺にとっては今さらだった。既にこの国の中心は麻痺しているも当然。本人達にやる気があれば国はやり直しが聞くだろうが、あの王と第二王太子を見る限り、期待は望めない。


「そうですね、例え兵達が集まっても賢者殿と先生を止める事など到底不可能でしょう」


 いや、まだ望みは捨てなくてもいいかもしれない。

 

 怪我から意識を取り戻したガルガントが立ち上がった。


「お初にお目にかかります、赤霧の森に住むと言われた伝説の賢者殿。先生から貴方の事は度々聞いておられます」


 ガルガントは歩み寄るや、俺の前で膝を折った。

 

 おいおい、仮にも王族だろ? 簡単に頭を下げてもいいのか?


「そのような事、思い上がりにもはなはだしい唯の意地でしかありません。二十年前、世界を存亡の危機から救った伝説の英雄である賢者殿の存在を比べれば私など単なる王子という地位を持つだけの矮小な人間です」


「…バエル~?」


「あ、いや~暇つぶしに竜皇戦争の事を話していたら必然的にお前の事が口に出てしまってな」


 目をちゃんと見て言えよ? 俺の事は口に出すなと極力伝えておいたのが無駄じゃねぇか。


 いや、もはや存在を隠す必要性はないだろうな。現に俺は自分から存在を大きく真っ平にしているんだし…。






 風音がどこからか聞こえてくる。

 

 ふとした乱入者に俺達は意識を尖らせるが、すぐに鎮めた。


「皆さ~ん!」


 シェリーがブリトラに乗ってこっちへと向かって来ていたからだ。


 そういや先ほどの衝撃で飛ばされた筈だが今までどこに行ってたんだ?


 この疑問はシェリーの姿を注視してみるとちゃんとした理由がそこにあった。シェリーの腕にはエレイシアが抱かれており、後ろには続けて『嘗ての同居人達も』乗っていた。


 屋根の上に降り立ったシェリーは一か所に集まっている俺達の元へと駆け寄った。考えて見ればシェリー達に直接会ったのは約半年ぶりだな。時折、遠隔操作の魔導具で秘密裏に様子を窺っていた程度だったし…。


「おぅ! 妖精達じゃねぇか! しばらくだな!」


「ライザも久しぶり!」


「再会! 再会!」


「嬉しい!」


 妖精達は変わらずに持ち前の陽気さを振る舞っている。

 

 その奥には…。


「相変わらず無茶やってるのね? ちっとも変わらないわ…クリムって」


「…………」


「何よ? 私の顔に何か付いてるの?」


「いや、お前、誰だ?」


 本当は分かっている。

 

 目の前の正体を気付かせてくれる特徴ははっきりと出ている。


 だが、俺にはそう聞かずにはいられなかった。


「あらやだ痴呆? 姿は若い癖して脳みそは劣化が始まってるのかしら?」


「…調子に乗るんじゃない」


「きゃっ!? ちょっと髪掴まないで! いや、そこは駄目! 花いじっちゃいやぁ~!」


「強がっているようだが、弱虫の根っこは変わらずか。なぁ――アリシア?」


 俺がくれてやった偽態のチョーカーをついでに外してやれば真の姿が現れた。それでも劇的な変化をとげている。


 花を乗せた水色の髪に橙色の瞳…。


 下半身を包む花弁に艶のある緑の肌…。


 特徴としては変わっていない。


 だが、あの頃みたいな幼さは無くなって美貌溢れたスレンダーな美女へと変貌していた。魔物の成長は種類によって早い者がいるとは知っていたが、ここまでとは予想できなかった。

 

 でも、精神の成長はまだまだ時間をかけなければならないだろう。


 散々と弄り倒してやった後、後の事をライザに任せて俺は一番会いたかった者の元へと向かった。


 愛する母の腕の中で俺をじっと見つめる無垢な瞳を持つ者。


「…元気にしていたか?」


「あいっ!」


「喜べ、お前の母さんを苦しめる奴は俺が全部お仕置きしてやった」


「あいっ!!」

 

 久しぶりに見るこの笑顔には俺も感慨深くなる。

 

 俺って子供が好きなのか?

 

 思い出してみれば、弟子時代では子供に対してだけ愛想笑いを浮かべてやっていた覚えがあるな。

 

 どうやら長く忘れていた感覚だったようだ。


 エレイシアの相手をしていたが、シェリーは唐突に俺から離れた。次に向かったのはガルガントの元だった。


「…ガルガント殿下」


「よい、今だけは私の事を義兄といつも通りに読んでくれ」


 シェリーとガルガントは関係が悪い訳ではなさそうだな。


「…義兄様、私は…国に背いてしまいました。偶然にも王族の一員として迎えられた身でしたが、私には非情さを最後まで持てず、国に尽くす事を止めて私情に唯々走りました」


 エレイシアを国へと差し出せなかった事だな。

 

 ふざけた要求ではあったが、王族は基本的には国家の繁栄のために働くような人間だ。甘えた事を述べる事は許されず、いかに残酷な結末を迎える事になろうがこれに感情を殺して受け入れる。

 

 そんな覚悟が必要となる時もある。


 しかし、シェリーはこれを拒んだ。

 

 これを周りが許そうとはせず、執拗に追いかけて責め立てた。


 諦めずに王太子妃としてではなく、一人の母親である事を貫き通した。


「いや、そもそもの間違いはあのような愚弟に貴方のような素晴らしい女性を妻として迎え入れた事だ。私とあやつは近々後継者を決める儀を取り組む手筈であり、その手柄を立てるべく愚弟はちょうど勃発していた戦争を機転としてあのような暴挙を…」


「義兄様だけがあの案に反対してくださった事、今でも忘れておりません」


「駄目だ、忘れてほしい。結局は何も変わらなかった。無力だった私を許してくれ」


 ガルガントの懺悔とシェリーの懺悔。


 二人は罪を告白しながら互いに互いを認め合った。


「貴方は…この国を捨てるか?」


「…はい」


「それでいい、今のソルティンは貴方にとって苦痛でしかない」


「ですが、王族としての義務を放棄する事は大罪です」


「いいや、貴方は何も悪くない。悪いのはこの国その物です」


 ガルガントはゆっくりと立ち上がると、俺達へと向かい合った。

 

 その眼には強い意志を宿していた。


「義妹をお願いします、皆様。私はまだこの国でやるべき事を成さなければならない」


 ほぉ、悪くない面構えだ。どうやら面白い事になりそうだ、この国は。


 ひょっとすると歴代を超える名君が生まれるやもしれないな。


「捨てるべき物と得るべき物がしっかりしているのなら俺にも何も文句は言えない」


 ――だから人間は面白い。






 さて、ここでやる最後の仕事でも済ませておくか。

 

 シェリーの家族なら既に信頼に足る奴等を馬鹿王太子から記憶を読み取ってから救助に向かわせてある。救助されるのも時間の問題だろう。

 

 派手に暴れ過ぎないかが唯一気にする点ではあるが…。


「おー派手に集まっているな。ざっと二千人ほどか?」


「恐らくまだ多くなります先生。私が彼等の停止を指示しにいきましょう」


「いや、そんな事だと時間もかかるし確実性に欠ける」


 俺は屋根の端に立つと目を細めて遠くを見つめた。


 大勢の人間がこの城を目指して遠くからやって来ている。

 

 ――ふん、御苦労様なこった。


「シェリー!」


 振り向かず、俺は大声を出してシェリーに聞こえるよう言う。


「お前はこれからは自分の愛する家族達と共に暮らすのがいいだろう」


 これは見送りの言葉であり、


「だからここで本当にお別れだ」


 決別の言葉でもある。


「だがな、実を言うと俺にはお前に教える事がまだまだたくさんある。魔物研究はまだまだ完全とはいかないからな」


 選択もまたさせる。


「本当に良ければの話だ…その……」


 ――えぇい、いじったらしい! 言う事さっさと言っちまえ!


「もう一度、皆で暮らさないか?」


 …子供みたいな願望だな。


 この俺がまさかこんな事を言うようになるとは…。

 

 おまけに『できればそうなってほしい』と考える自分もいる。


「答えは俺が帰って来てからだ。…待っているぞ」


 顔どうなっているんだろうか?

 

 にやついていたらこの場にいる奴等に見られたら最悪極まりないな。


「はい! 私も待ってます!」


「あぅっ!」


 元気な二人の声が返ってきた。


 …やれやれ、お預けか。

 

 偶には待つ側になるのもいいかもしれない。


 俺は笑みを浮かべながら飛び立った。大空を舞うように大きな翼を広げて…。

 





 これから行うのは顕示だ。

 

 お前達が相手にするのはどのような存在かを知らしめるため。

 

 俺にとっての最強の魔術をその場で放つ。

 

 無論、被害は出さぬように空へ向ける予定だ。


 騒がしい大地を見下ろす。誰もが俺の存在を下から見上げていた。

 

 ――さぁ、一世一代の寸劇を始めてやろう。


≪君臨せし炭と塩の王、光と闇を調停せし(かんなぎ)宇宙(そら)より参りし明星(みょうじょう)の種!≫


 杖に全魔力を注いで術式を構成していく。

 

 詠唱によって強固な陣を紡ぎ上げていき、完全な物へと仕上げていく。


≪灼鉄の嵐、散りばめてこれを握れ、(けが)れし守護霊の息吹、許しを得てこれを嗅げ、羅刹の契約をここに交わす!≫


 ライザとガルガントが起こした大気の振えとは比較にならない揺れ――地震――が発生していく。

 

 騒動が強くなって遠くにいる俺にもはっきりと聞こえてくる。


≪万象は崩れ、蒼は朱へと染まる、来たれ、無垢なる終焉の白!≫


 今こそ知れ。

 

 赤霧の森の賢者と呼ばれたこの俺の力を――。

 

 圧倒されろ! 恐れ慄け! 逃げ惑え!


 お前達がいかに弱小な存在か知るがいい!


≪ハルマゲドン!!≫


 最後の一言が呟かれた時、世界は白に染まった。

 

 眩い光が多くの人間の目を眩ませ、思考を停止させる。

 

 それは空へと伸びて消えていく白の世界。

 

 脅威とは考えられないほど美しく、芸術とは考えられないほど残酷。


 余波はすぐに表れた。大地を粉砕するほどの天変地異がこの場にいた全てを襲った。

 

 風が、重力が、熱が、その他大勢が見えない何かとなって薙ぎ払っていく。


 

 『ハルマゲドン』――。


 この魔術は生涯をかけて完成させた俺の最高傑作。

 

 その威力はまともに当たれば大陸一つに大穴を開ける。

 

 対人戦では決して使える筈の無い禁呪指定物だ。



 何もない空へと放っただけでこの有様。それでもこの術に恐怖を抱かない者はいないだろう。


 彼らにとっては永遠の恐怖だが、俺には一瞬の作品だ。

 

 これで全てが終わった。


「これを目の当たりにして戦意を喪失しない奴などいないとは思うが…」


 向こうの反応が正しい選択を選べる物だと信じておきたい。

 

 これ以上は無粋だ。俺は仲間達の元へと戻る事にした。

 

 後で文句を言われそうな予感がしたが、やってしまった以上は仕方ない。

 

 本当にこの世界は何者にとっても公平で不公平だ。幸運か不幸は人生という舞台で戦い、人々が選択した結末による出来事だ。


 俺の舞台はまだ終わる事は無い。ただ、昔よりは楽しめるに違いない。


 そんな来るべき未来を密かに胸を高鳴らせながら膨らませ、大空を翔ける翼を羽ばたかせるのだった。

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