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第四十五話

 陽の光を入れず、ランプの灯りだけが唯一の視界の明暗を支配する研究室。


 一度は大破し、ありとあらゆる物が散らばる惨状と化したが、主によって今一度再び命を吹き返し、部屋としての機能を完全に取り戻していた。

 

 机の上にあるのは特殊な蒸留装置に数種類の薬液が入った多種多様のフラスコやビーカー。緑の炎によって熱せられ、黄色から赤へと変化を成そうとする薬液から出た蒸留物が様々な管を通って分別していき、最終到達点としての冷却する事によって仕上がった結晶を主は採取していた。



◆◇◆◇



 まず、この結晶を純粋な水溶液として溶かした後はもう一方のビーカーにガラス棒を伝ってゆっくりと加えていく。混合した液は淡い青色に発光し、その存在を一層際立たせてている。この液を分量を設定したスポイトで吸い上げて三角フラスコへと一回、二回と緻密に加えていった。


「ふぅっ…」


 集中力を高めるおかげか、身体にちょっとしたコリが生じている。手首をちゃんとマッサージしてから俺は実験を再開した。

 

 三角フラスコの中身は黄白色に発光を帯びている。先ほどの青色の発光とは段違いのレベルで、だ。


 今度はラヴァクリスタルという黒緋色の結晶を投入してみた。ラヴァクリスタルが入るや薬液は瞬時に沸騰を起こし、今にも爆発しそうな様子だ。


「早くこっちの反応に移さないとな」


 俺は急いで研究室の隅にある実験器機へとその三角フラスコをセットした。これは縦横斜めと方向を見境なく回転し、円運動によってセットした物質を中心へとゆっくりかけて凝縮させる器機だ。もちろん俺の自作器機でもある。


 器機の稼働が始まり、望み通りの反応を見守っていく。






 数分後、反応が終わったら専用のトングでセットした三角フラスコを取り出し、用意しておいた陶器の受け皿にその中身を出した。あの黒緋色だったラヴァクリスタルは溶岩のように赤熱発光し、膨大な煙を噴出する状態へと変化していた。


「これで核は完成。あとはこいつを…」


 受け皿の表面が焦げ付き始める中、用意しておいた特殊な魔道術式を組み込んだケースへと皿から直接入れた。

 

 これで安全面は確保された。大抵の衝撃ではこの箱は壊れない。箱に入っているかぎりは加工済みのラヴァクリスタルは安定を保つだろう。


 俺はこの箱をさらに大きな機材を使って設計した通りに組み立てていった。造形は両手で持てる大きさの銃のような形をしている。バネとネジを手順良く取りつけていき、ついにそれは完成を果たした。


「こんな所か…」


 俺は出来上がった作品――魔導具――を最終確認するようにまじまじと見た。


 記憶から想定して復元してみたが使われた物と大差ない筈だ。


「おーっす! クリムいるかー?」


 研究室の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 おやおや、ちょうど『試し撃ち』に最適な相手が来るとは俺も運がいい。

 

 さて、出力を弱めて向かうとしようか。



◆◇◆◇



 世話焼きで口うるさい同じ人狼の女性からある意味逃げてきたライザはいつも通りの感覚でクリムの家へと入った。

 

 大きく呼びかけてこの家の主――クリム――を呼んだが、誰もやってくる気配がない。


「あり? いねぇのか?」


 シェリーやエレイシア、さらにはアリシアと妖精達の姿もどこにも見当たらなかった。

 

 もしかして行き違いになったか? と理由を考えていたが、奥から“ギィィ…”と静かにドアが開く音が聞こえた。


 ――やっぱり誰かいる。


 これを確信したライザはクリムの研究室がある方へと向かった。


「クリムー、いるんだったら返事してくれよ」


 道に従って角を曲がっていき、とうとう研究室のドアがある廊下へと顔を出した時、何かが向こう側から飛来してくる。

 

 熱気と突風が同時に吹かれてくる中、猛々しく真っ赤に輝く『火球』であった。


「ぬおぉぉぉぉっ!!」


 さすが亜人というべきか、とっさの反射神経によって身体を海老反らせ、その火球を危機一髪に回避した。目標を失った火球はそのまま更に後ろの壁へとぶつかり、爆散していった。家の壁はクリムによって硬化の魔導をかけられているので先ほどの火球ぐらいでは壊れることはない。


 ただ、黒い煙を上げるだけという結果となった。


「この出力じゃ速さが足りなくなるか。やはり出力は上げておいて――」


「おいおいおいっ! ちょっと待て! 止まれ、止まってくれ!」


 続けて何かしようと用意し始めるクリムを慌てて止め、ライザはすぐさま傍へと近づいた。


「人様にそんな危ない物を向けて撃っちゃいけません!」


「撃つなとは勘違いしているな。これの用途は元よりそういう物だぞ」


「そういう意味で言ってんじゃねぇんだよっ!」


 相変わらずの自己中心的な思考にライザは頭を悩ませつつも、クリムが構えているそれを見てみた。“ガチャッ!”とクリムが筒に付いているコックを一回引いている。


 その瞬間、部品として付いている箱らしき物が高速で回転を起こして発光を始めていた。


「族長達の要望で西の森で人間が使ったとされる魔導具を復元したんだ。特殊加工したラヴァクリスタルから抽出した火属性の魔素を凝集して砲撃する類だな」


「まさか本当に作っちまうとは…お前天才だよまったく」


 族長から聞いてはいたが、たった一日で理論も設計も一から仕上げるなんてクリムの技量の高さには相変わらず驚かされた。

 

 ただ、その実証として自分を使うのだけは本当にやめてもらいたいとライザは思うのだった。


「そういや嬢ちゃん達はどこ行ったんだ? さっきから全然姿が見えないんだが?」


 もしかするとこの家の庭に建っている温泉浴場にいるのだろうか。

 

 あそこで使っている温泉は自分も源泉の方で入った事はあるが、中々良い物だった。

 

 今度久々に入ってみるのもいいかもしれない。そんな他愛もない事を考えていたが、


「出ていった」


 たった一言なのに、衝撃的な事をクリムは言った。


「…なんだって?」


「お前も耳が悪いって言いたいのか?」


「本当、なのか?」


 まさか、嘘かもしれないと一瞬考えたが、下手な冗談が嫌いなクリムの事だ。

 

 こんな事、ふざけた意味で使う筈がない。


「…追い出したのか?」


「おいおい、俺がそんな仁義の欠けた人間だって言いたいのか? シェリー自身がこの家を出るって決断したんだよ」


 前者の言葉に否定できる要素が見つからないと考えているのを頭の中で秘めつつ、クリムの言う事をしだいに冷静になって理解していく。


「けどよ、嬢ちゃんなんだかとんでもなくでけぇヤマに関わってそうな感じだろ。もしこの森を出てそのヤマに遭遇したらとんでもねぇ事になるくらい分かっていた筈だろ?」


「本人が立ち向かうと判断したんだ。俺が邪魔する術はない」


 クリムは淡々と言葉を交わしながら魔導具を弄っていた。だが、納得できないライザは更に追及を進めていく。


「お前よぉ、少しは良心って物くらいはあるだろ? 一応隠しているつもりだったが、あからさまに厳しい状況に追われている嬢ちゃんを野に放つだなんて猛獣の前に兎を放り込むと変わりねぇんだぞ?」


「ライザ、確かにあいつは甘ちゃんで愚図で抜けていて臆病でどうしようもない所は確かにあるだろう」


 本人が聞いていたら涙目必須な酷い物言いにライザは顔を引き攣らせるが、クリムの真意を聞くべく黙っていた。


「だが、あまりあいつを『嘗めないほうがいい』。あいつの本当の力は困難に直面した時、想像だにしない真価を発揮する。下に見ているとお前も足元を掬われるぞ?」


「へぇ…そいつはおもしれぇ話だな」


 あのクリムがそこまでシェリーを評価するようになっていた真実を知るや、ライザは改めてシェリーという人間の真髄を自分自身で見つけてみる。

 

 しかし、ライザが見ているシェリーの部分ではクリムが考えているような真価を見つけられなかった。情報が足りないのが原因だろう。


「…だめだ、考えられねぇや」


「そうかもな、良く見ておかないと滅多なことでは表には出さないからな」


 降参する素振りをみせるが、クリムはそれを咎めはせずむしろそれが当たり前だと伝えてきた。


「俺が大事にしたいと思う人間として二人目に見事入ったという訳だ。これは誇ってもいいくらいだ」


「そういや一人目はお前の師匠だってずっと前に聞いたな。今頃になって聞くんだがどんな人だったんだ?」


「どんな? 語る事は多い物だが、一言で言うなら…そうだな、『太陽』だった。俺だけではなくあの人に関わる全ての人にとってのな」


 この話題になると、決まってクリムは普段はめったに見せない優しい顔を見せる。


「きっとシェリーは師と似通った人間になれる。これを楽しみと思わずして何と思う?」


 本当に楽しそうな顔だった。


「なぁなぁ、せっかくだからもっとお前の師匠について聞かせてくれよ」


「これ以上は俺としてはご法度だ。それになぜお前程度に俺の大事な師の事をベラベラと喋らなきゃいけないんだ?」


「はいはい、わかったわかった」


 いつもの憎まれ口を含んだ言葉が出てくるって事は無理をしている様子はないだろう。


 さっそく族長から頼まれていた件の物を預からせてもらう事にしよう。

 

 ライザは手を伸ばし、クリムの持っている魔導具を渡してもらうよう交渉した。


「いや、まだだ」


 だが、本人曰くまだ足りないとの事だ。

 

 先ほど言った通りに実証が完了してないので渡すには早いとしていた。

 

 ならばどうすればいい? 決まっている。


「てな訳で、実験に付き合ってもらうぞライザ」


「お断りします」


「却下」


 ライザの拒否権虚しく、クリムはさっそく魔導具の筒先をこちらへと向けてきた。その姿を見るや、顔を真っ青にしたライザは廊下の窓を気を纏わせた全力で蹴り破り、強制的に家の外へと逃げ出した。


「逃がすかぁっ!」


 大事な実験動物もといモルモットを逃がさないと言わんばかりに蹴り破られた窓から狙いを定め、クリムはボタンを躊躇なく押した。


 瞬間、筒から火球がすさまじい勢いで放出され、背中を向けて走っていくライザへと真っ直ぐ飛んでいった。


 だが、ライザは持ち前の身軽さを利用し、火球をなんとか避けた。目標を失った火球はすぐ傍にあった木へとぶつかり、その表面を黒焦げに変えた。

 

 その威力を目視したライザは顔だけ振り返りながらクリムを非難し始める。


「人に向けて撃つもんかよこれがっ! この鬼、悪魔、魔王!」


「魔導士だ」


 今度は出力をさらに上げた火球を発射してきた。そのスピードは比較にならず、どうにか無様に地べたへと倒れ込んでなんとか避けることに成功した。


「熱っ! 尻尾少し焦げたぞっ!?」


「ちっ、これだと避けられるか」


「お前は俺に何か恨みでもあるのかよおぉぉぉっ!!」


 ――飽くまで実験である。怪我してもちゃんと治療してやるから安心しろ。

 

 そんなまったく安心できない論理で事を突き進むのがクリムという男だった。






 赤霧の森の賢者は今再び孤独の多い生活へと逆戻りすることになる。

 

 だが、それは彼にとって悲しむ事ではない。むしろ今回のケースは喜ばしい事でもあった。

 

 一時期とはいえ、自分の元で学んだ教え子が世界へと羽ばたいていったのだ。

 

 その行方を見守り、一体どう化けるのかと期待して教え子との再びの会合を楽しみに待つ。さながら寝かしたワインをじっくりと熟成させ、蓋を開けるのを今か今かと待ち構える健啖家の思いと同じ物だった。


 だが困難という名の傷害から守るのはワインの持ち主である【彼】の義務でもある。

 

 優しすぎず厳しすぎずとバランスを保って見守る技量も必要になるだろう。


 そして、ワイン自体が持つ運という名の『可能性』。


 運命は果たして彼女をどのような高みへと上り詰めようと働くかは彼でさえ分からない。


 どこまでも続く青い空、今頃きっと彼女も同じ物を見ているのだろうと予感し、胸焦がれし未来が訪れてくるのを待ち構えるべく、彼はこの森で今日もまた自由気ままに生を紡いでいくのであった。

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