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第四十四話

「何だアリシア、お前もシェリーとついていくつもりか?」


「と、当然だもん! 私だってママと一緒にいきたい!」


「なら人里についたらお前の姿はどう説明する気だ?」


「それは、それは、えっと…うぅっ……」


 初めにアリシアの意思を確かめてみた。やっぱり何の考えも無しに決めていたか。


「お前が魔物だってバレた時点でシェリーは『魔物を操る危険分子』として排除しようとする行動に走る人間が出てくることだってある。それでもお前はシェリーとついていきたいのか?」


「い、いぐもんっ! ぜっだい、いぐ、もん!」


 あぁ、少々意地悪しすぎたかな。昨日の仕返しにとやってみたが、アリシアにとっては意地でもシェリーと離れたくないつもりだな。


 甘えてばかりじゃ何の解決にもなりゃしないぞ? さぁさぁ、こんな場合どうすればいい?


「お、ねがい、でず、ぐすっ! いがぜ、で、ぐだざいっ!」


 …及第点だな。意地を張り過ぎて台無しにするより人に助けを求めるのも成長の証だ。

 

 いいだろう、助けてやる。


 俺は今だ泣きじゃくるアリシアへと近づいてその場で姿勢を下ろした。

 

 そして、懐からチョーカーを取り出して優しくその首に付けてやった。するとチョーカーから光が激しく発し始める。同時にアリシアの身体に変化が起きた。

 

 瑞々しい緑色だった肌は人間のようにピンクと白を帯びた肌色へと変わり、あの花弁そのものだった下半身や付いていた蔓は分解されるように消え、代わりにアリシアの下半身は人間と変わらない両足がいつのまにか付いていた。


「アリシアが、人間になっちゃった…」


 シェリーはその様子に唖然としていた。


「これは『偽態のチョーカー』、持ち主を望む姿へと変える魔導具だ。変えるとは言っても実際は幻覚の魔導術式を付与した結界によって外側の対象には望んだ姿の幻覚を見せているだけだ。チョーカーを外せば元の姿に戻る」


 今回は俺の方から変える姿を指定してこの形にした。術式を上書きしない限りは付けさえすればその姿になれるようになる。


「ほぇ~…」


 アリシアは両足や身体中をぺたぺたと触っておかしい所がないか調べていた。


 次に妖精達の相手をしようと前に出る途中、アリシアだけに聞こえる声で、


「…シェリーを頼む」


 重大な役割を果たすようにと願いを込めた。

 

 驚いた顔をしているアリシアを余所に次の行動に俺は入った。


「妖精、妖精なぁ…」


 ぶっちゃけ、妖精に俺の魔導具を持たせても意味がなさそうだ。むしろ妖精自体が加護を授ける魔導具そのものに等しいからな。


「悪い、お前達の分はない」


 そう言って俺は妖精達の相手を止めた。

 

 後ろから「不公平だ!」やら「横暴!」やらと声が聞こえてくるが、無い物はない。素直に諦めて欲しいものだ。


 最後にシェリーの手の中で眠っているエレイシアを見た。


 ふむ、一番難しいな、補助的な魔導具はむしろ妨げにしかならない。かといって使うという意思をはっきり持てない赤ん坊のエレイシアでは殆んどの魔導具は持っていても宝の持ち腐れになってしまうだろう。


 では、こういった役割以外で活躍する魔導具とすれば…。


「こいつにしよう」


 考えに考え抜いて決めたのは小さな『髪留め』だった。


 赤ん坊の短い金髪にシンプルな銀細工の髪留めが付けられる。太陽の光でキラキラと輝くそれはちょっとした御洒落といった所か?


「今度はどんな魔導具ですか?」


「いんや、これはただの髪留めだ」


「ただの…ですか?」


「そうだ。『ただ』のだ」


 本当はある機能があるんだが、ネタばらしはずっと先にしておこう。きっと面白い事になるだろうからな。






 さて、ようやく俺からの贈り物は配り終えた。次はこの樹海をどう出るかだな。

 

 全く問題ない。こんな時のために良い乗り物がある。俺は懐に入れていた矮土の喚鐘を軽く振り、かつて浴場作りで世話になったドワーフ達を呼ぶ事にした。この樹海を素早く抜けるにはあいつらの操縦するダンゴウシ車が一番心強い。

 

 それに、族長達に俺の知らない間にシェリーの事を勝手に喋った事についても追及させてもらおうではないか。


 澄んだ鐘の音が森に響き渡っていき、通行許可証としての機能を果たすように森の木々が自分から移動して来るべき者のための道を作り上げた。その道を通ってこちらへと近づいて来る存在が土煙を上げてしだいに全貌を露わにしていく。


 ドワーフが手綱を持つダンゴウシ車。


「ご無沙汰しておりやす旦那!」


 御者の席から声をかけてきたのはこのドワーフ一団の親方として名を馳せるモリア。呼ばれたのが嬉しいという風に顔はホクホクの笑顔であった。荷台には数人のドワーフ達も同席している。


「今日は工房ですかい? それとも家の再建になりやすか?」


「いや、そんな大事ではないんだ。ちょっとしたおつかいみたいな物だな」


 俺はシェリーに目配せをして前に来るよう意思疎通を図った。

 

 シェリーが進むと共に後ろからは同じようにアリシアや妖精達もモリアの前へと出てくる。


「こいつらを樹海の外へと送ってやってくれ。位置は東の出入り口で人里へと続く道に続く場所だ」


「えっ、それは…どういう……?」


「聞こえなかったのか? もう一度言ってやろう。東へこいつら連れてひとっ走りしてこい」


「別に難聴ってぇ訳ではねぇんですが…どしてだ?」


 何をそんな間抜け面して驚いてるんだお前は。俺の元からシェリーが出ていく事がそんなに信じられないとでも思っているのか?

 

 まったく、こういうのは一から説明するのは一番面倒なんだよな。


「説明は後でか本人に聞け。それとも勝手にこいつの存在を族長達にバラした件に関して今から清算してもいいんだが?」


「本人に聞かせて頂きやすっ!」


 指の関節を鳴らして良い笑みを向けてモリアにそう言うと、前者は絶対に選ばないと急いで決断し、有無を言わせず準備に取り掛かっていった。

 

 これでチャラにするつもりはないが、お仕置きは慈悲をかけてソフトに変更しておいてやろう。


 荷台のドワーフ達もまたシェリー達が乗れるように詰めてスペースを作っていく。モリアが「早く乗ってくんなせぇな姐さん!」と急いで先導して俺のきつい視線から一刻も早く逃れようと必死になる中、シェリー達は入っていった。


「よろしくー!」


 まず中に入ったのはアリシア。下半身のバネで跳ねてそのまま荷台に入るや、ドワーフ達に元気よく挨拶をしていた。


 『偽態のチョーカー』によってアリシアの姿は幼げな人間の少女にしか見えないようになっているので、ドワーフ達は気前よく挨拶を返してくる。おそらく別に正体が魔物だと分かっていても危険性がなければドワーフ達は同じ対応をしてくれるに違いないが…。


「途中までお願いしますね」


「出発出発!」


「ゴー! ゴー!」


 次に入ったのが妖精達。礼儀正しくしたヤンを余所にボーとキキは荷台の中ではしゃぎ回っていた。ドワーフの髭を弄ったりと興味を持つ物は何でも触りたがる妖精の習性にドワーフ達もたじたじになり始めている。この原因の二匹をヤンが慌てて止めようと必死になっているが、静まる様子は全く見られない。


 やがて、最後の乗員としてシェリーと抱きかかえられているエレイシアが荷台へと入ろうとした。

 

 だが、そのまま荷台には入らず手前でいきなり立ち止まる。何をするつもりかと俺は静かに見守っていたが、唐突にシェリーは振り返って俺へと視線を向けた。


「今まで、本当に…本当にありがとうございましたっ!!」


 深々と頭を下げて今できる俺への最高の礼を尽くしてきた。


 これに俺はあえて何も答えず最後まで様子をうかがった。ゆっくりと頭を上げるシェリーの顔はどこかオドオドとした様子であった。

 

 大丈夫だ、失敗なんかしていない。ならばこう言わせてもらおうか。


「またな。元気にやれよ」


 素っ気ない言葉だが、俺は飾り気のある言葉の方がこの場では似合わないと考えるがための選択。


「…それだけですか?」


「何の問題がある?」


「いや、こういう場合は『いつでも遊びに来い』とか『再び会う日を楽しみにしている』だとか言いません?」


「俺にロマンティストを求められてもしょうがなくないか?」


「ですよね…」


 シェリーがはがっかりした顔をしてため息を吐いた。


「それとも何だ? こういう場合は別れのキスでも御所望とでもいいたいのか『お嬢ちゃん』?」


 俺は意地悪さを含んだ言葉をシェリーを馬鹿にしたような笑みで言い放った。こういうのは必ずシェリーならば「何言ってるんですか!」と顔を真っ赤にしてテンパると考えていたからだ。


 だが、神の悪戯か俺の予想をは大きく外れた。


「…いいですよ」


「はっ?」


「むしろキスぐらいならクリムさんにはいくらでもしてあげます」


 そう言うと、「んっ……」と目を瞑って口を差し出すように顔を前にしてきた。顔はほんのり赤くなってはいるが、緊張しているとは言い難い。


 俺は考えもしなかったシェリーの行動に冷や汗が流れた。

 

 横目で外野を見てみるとドワーフ達は期待の眼差しで…てめえら後で泣かす。


 アリシアは「あわわ…」と目を手で隠しているが、隙間見ているのが丸解りだ。


 妖精達は興味津々とトーテムポールを形成してじっくりとその先を見たがっている。

 

 この場で唯一眠りに付いているエレイシアが今の俺には羨ましく感じた。


 ――師よ、俺にはまだまだ越えねばならぬ試練があるのですか!

 

 なぜだろうか、これでいかなければ「このヘタレがっ!」と師から罵声を浴びせられる幻聴が聞こえてならないんだが…。


「…………」


 俺は無言のまま目の前のシェリーの様子を見るが、姿勢はそのまま変わらない。

 

 無視したらいいのだが、これで逃げたら樹海中のやつらになんだか馬鹿にされる未来が見えてならないので、ゆっくりとその顔に近づき、重ねるようにしてその唇へと――。


「やっぱやめとく。やったらやったで色々と逆に面倒になりそうだし」


「それどういう事ですか!」


 ――合わせる事はなかった。あと少しという所で俺は振り返ってこの場から離れようとする。

 

 これに納得がいかなかったシェリーは異議を唱えながら俺の後ろをついてきた。


 それこそ俺の『狙い』とは知らずに…。


 突如として俺は歩を止め、勢い良く振り返り――。


「待ってください、説明を求めます説明を――」


「なんて、な…」


 ――シェリーの肩を両手で掴んで顔を近づけていく。


「ふぇっ、えっ、えっ!?」


 予知できない俺の行動にシェリーは最初と違って身体は強張り、目をぎゅっと閉じながらうろたえた。

 

 このまま目の前の男に唇を捧げるのかと、『不安』と『期待』の思いで来るべき感触を不恰好な形で受け止めようとする。


 俺はそのまま慌てるシェリーにキスをしてやった。

 

 『唇』にではなく、『額』にだ。


「悪いが、年寄りには年寄りなりのやり方ってもんがあるのさ」


 俺はこう見えても実際はかなりの歳を喰ったジジイでしかない。

 

 そんなジジイがロマンチックにかなり年下の女性と唇を重ね合わせる。違うよな、これ絶対に違うよな! 定義は違うけど下手したら『ロリコン』の烙印を押される!

 

 なので親愛を込めた意味でのキスとして俺は額を選ぶ事にした。


「ふ、ふ、ふ…」


 キスをした後、離れてシェリーの様子をうかがっていたが、だんだんシェリーの顔が熱を持っていく。あぁ、こういう場合はあれだな。


「ふにゃあぁぁぁぁっ!!!!!」


 やっぱり爆発しやがった。計画した本人が自滅してどうするんだまったく…。少しは不測の事態ぐらい察して耐性でも身に付けておけってんだ。


 それと、そこの野次馬ども、さっきからにやにやした顔でこっちを見るんじゃない。瞼を縫い合わされたくなきゃとっとと出発の用意に取り掛かっておけ。

 

 できるだけ、急げよ…。


 正直言って俺もこいつと今は顔を合わせるのは…。


 ――って何を言わせんだこんちくしょう。

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