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第四十一話

 ゴムのようにしなやかで薄鋼のごとく丈夫な材質を誇るローブは物質変化の魔導によって竜の翼へと概念を一部変化させていた。


 風を受けてその翼膜を膨らますことにより、使用者の滑空を自由自在に操り、一度羽ばたけばその力強さは重力に逆らって体を宙に浮かしていく。


 滞空に伴う急激な気圧、気温変化や空気抵抗は盾の形をした結界で防ぐ事によって苦痛や不快感を生む事はない。


 温泉から出てきた頃にはすっかり黄昏時を迎えており、夕陽の眩しさから目を守りながら俺は家へと向かっていた。遠目には大樹の上に巣を作っている魔物が我が子達を自分の身体で包んで夜の冷たさから守ろうとしていたりと、彼らもまた夜に備えて活動方法を切り替えつつある姿が映る。


 逢魔が時に悪魔は踊るとは良く言った物だが、夕陽で出来た俺の影が下の樹海を縦長に覆うようにしている姿そのものがまさに悪魔みたいだ。


「悪魔か…」


 数人の知り合いから鬼や悪魔などと言われているが、これでも優しさを包んで対応しているつもりだぞ。少なくとも昔の知り合いの一人みたいにあわよくば自滅することを願って仲間を死地へ送り込もうと打算を謀ったり、他の知り合いを騙して戦わせ合ったりと心ない腹黒い考えをするあいつなんかよりずっと俺は良心的な気がするんだがな…。


 思えば、約二十年前に起きた世界にとっての『災厄』。


 その頃に集まった俺を含めた五人は揃いに揃ってかなりアクの強い連中ばかりだったな。


 あいつら今頃どうしてんだ? 災厄の日でしか直接顔を合わせた事しかないからあの日から二十年以上は連絡取っていないからなぁ。

 

 えっと、おぼろげな記憶と斑な情報によれば一人はもう死んでいて、もう一人はとある国で未だ現役活動中で、更に一人は服役中だったっけか?

 

 残りの一人は俺でもまったくわからない。生きているか…いや、あいつはある意味もう死んでいるんだよな。どこで暮らしているのかまったく情報の掴みようがない。


「やつの事だから、おそらく暗闇に関係する所に潜んでいるんだろうな…」


 あの頃は本当に色々と楽しかった。俺の場合は研究素材の大量確保を目的とした大規模狩猟だが、他のやつらにも各々の理由を持っていた筈だが、聞いた訳ではないので解ってはいない。

 

 でも、俺も含めて五人共やり過ぎたせいで昔は美しい渓谷であった場所が今ではどこまでも草と岩とクレーターと裂け目が続く平原に変わってしまった。


 さすがにあれは酷かった。この俺もさすがに反省したくらいだしな…。


 「あんな風にいったい誰がした!」と知り合いの話によると、世界各国がこの事について色々と追及し合っていたそうだ。元々、俺達の『災厄』への介入は国中が存命を賭けて対策を図る必死な思いの中、横から勝手に何者の目に触れられぬようにして殴りこんできたに等しいからな。


 その時の五人はいわば偶然集まってお互いの目的と利害が一致した事により、協力体制を取ったにすぎない。


「だけどな、やつらを絶滅危惧種になる寸前まで追い込むほど殲滅するのは俺もどうかと思うんだが…」


 みじん斬りにバラバラにするわ――。


 ハチの巣や風穴開けまくるわ――。


 気と魔力吸収してミイラにするわ――。


 はっきり言って敵側に同情するぞあれは…。


 俺は当時の光景を思い出していた。俺も魔術や魔導を使った攻撃でドンパチ派手にぶちかましていたが、あいつらの攻撃も大外オーバーキルそのものばっかりだった。


 なんせ、あの時だけが俺達にとって本気を出せる場だったんだ。いつもは自制し、余計な被害を出したり後ろを気にしなくても済む状況だからこそ、俺達のこれまでの成果を発揮できる機会だった。


 言いかえれば我慢する方がおかしかったのかもしれないな。


 懐かしい思い出にふけていたが、いつのまにか森の結界を通過して家まで目前に近づいていた。術者にはこの結界の特性である幻覚は効かないよう設定しているので、俺の視界にはいつも通りの森と家の光景が映っている。

 

 俺はしだいに斜め下へと降下を始めて庭に着陸する準備に取り掛かった。地面まで直前となった所で一度ふわりと浮かんで勢いを殺し、そのまま静かに着地する。翼に変化させたローブを物質変化の魔導を解いていつもどおりのローブの形状へと戻しておく。翼が柔らかくなるようにしな垂れて固まった形状が布として広がり、やがて縮んで長さが自動的に整えられた。


「…手際がいいな。俺が帰り始めるのを見計らって既に去ったか」


 正体不明の侵入者の気配はもう家にはない。どうやら俺の事をよく知っているようだな。だが安心しろ。この家に俺の断りも無く勝手に入る不届きな輩には必ずお礼参りに向かうようにしている。あまり目立った被害を出していないから最低限の程度にはしてやる情けぐらいはかけてやろうか。


 俺は色々と考えながら家の扉を開けて「帰ったぞ」と言って入った。

 

 だが、いつもは返る筈の返事は聞こえてこない。

 

(おかしいな、シェリー達は確かにこの家の中にいるのは感じられるんだが…)


 とりあえず気配を感じるリビングの方へと向かってみた。






「シェリー、そこにいるのか?」


 開いているドアから顔を覗かせてリビングを見ると、テーブルにはこの家の住人一勢が座っていた。

 

 テーブルにはそれぞれと料理が盛られた皿が席ごとに置かれてはいるが、誰もその料理に手を付けていない。それどころか不思議そうにシェリーを眺めているエレイシアを除いた全員がどこか表情が浮かない。


「…どうした?」


 なんだか俺が場の空気を読まないで入って来た乱入者のように思えるんだが、気にせずにしておく。

 

 シェリーは無言のまま顔を俯かせた状態でふと右手を俺に向けてくる。良く見るとその開かれた掌には何か小さい物が置かれていた。どれくらい小さいかと言うと、ギリギリ一センチあるかないかを思わせるくらいの紙だ。

 

 紙切れかと思いつつ指先で摘んで近くまで持って来て見てみると、何やら文字が書かれている。どうやらこれは手紙だ。


「…まじかよ」


 使われている物は全てが人間界には存在しない代物だ。それにミジンコ並の小ささで綴られた文字の筆跡には俺にも見覚えがあった。


「ちょっと待ってろ。あぁ、食事は先に始めても構わないからな」


 俺はそう言ってリビングから出て研究室へと向かった。

 

 やはり返事は返って来ない。いったいなんだって言うんだ…。






 研究室に入るや、俺は机から拡張ルーペを取り出して右目に装着し、倍率を十倍ほどに上げて手紙の小さな文字による内容を読解していく。


 そこにはこう記されていた。



『元気にしているかしらクリム? あなたに予約を取らずにした家への訪問についてはまず謝らせてもらうわ。本当はあなたに直接話していくつもりだったんだけれど私も隠れ里を離れていられるのも限度があってね…しかたなくシェリーにも話した内容と同じ事を手紙で残していくことにしたわ』


『豊穣祭で私の予知見で見たエレイシアの運命はとてつもなく大きい力が備わっていることは前にも話した通りだわ。けどね、他にもクリムとシェリー――あなた達の運命も念のため見ておいたのよ。面白い因果がうまい具合に絡まってとても複雑な形をしていたの。その結びつきはお互いが強く繋がって切れることはないようにね』


『けど、エレイシアの因果は予想以上に強い存在だったわ。たとえ賢者と呼ばれたあなたであろうと、血の繋がりを持った母親であるシェリーであろうと、この二人の運命を以ってしてもエレイシアの運命は抑えきれない。あの子には『修羅』としての性質が芽生えつつあるのよ』


『例えるならクリムが堅牢なダム、シェリーが清らかな湖、エレイシアが超大型の魚のような物ね。徐々に湖の水を濁して腐らせ、ついにはダムを決壊させるほどの力を持つ可能性こそ、紅玉を携えたエレイシアの運命…いえ、宿命とも言い表すべきでしょうね』


『このままではあなた達はこの樹海にとって混沌へと導く中心渦になってしまう。そんなことは決してあってはいけないことぐらい過度な干渉を嫌うクリムでも理解できる筈よね? 私だって嫌よそんな運命をこの樹海が迎えるなんて事は…。ならばどう解決するか、ここまで読んだクリムだったらすぐわかる筈よ』


 ――全てが壊れる前に一度ダムを開いて濁った水と魚を湖から追い出すしかない。


『あなたにとってあの子達がどれだけ大切な存在かは十分に知っているわ。けど、私は妖精女王よ。妖精達の上に立つ者として皆を危険から守る義務があるの。言い方が悪いかもしれないけど、たった人間二人をこの樹海から追い出す事で樹海、加えて私達の隠れ里を混沌から守れるのなら私はあなたを敵に回してでも追い出す事を選ぶわ』


『決断の時が来た訳って事よ。シェリーもいつまでも守られる存在でいては駄目だって諭したりとあの子にとっても辛い事だろうと選ばなくてはいけなくなったのよ』


『きっと今夜に全てが決まる。クリム、あなたも決断しなさい。永遠に会えないって事ではないけど、少なくともこの樹海に三人で暮らす事は禁忌を犯す行いになるかもしれないから…本当に、ごめんなさい……』



 何度も何度もその小さい手紙に綴られた文章を俺は読み返した。内容は全て理解し、一句一句と暗記できるくらいに読み返しても俺の求める文章の内容はどこにもなかった。


 俺は椅子に“ドカッ!”と力なく重力のまま寄りかかって深く座りこむと大きな溜息をついた 同時に喉の奥に何か引っかかるようななんとも言えない感情が湧き上がってくる。


「――けんなよ」


 両手で頭を挟み込むように押さえ、上体を静かに椅子に座ったまま腰を曲げていく。大腿部の上に肘を乗せて椅子の上での悩み事という題名が付くような独特な姿勢が取られた。


「ふざけんな…なんで今頃になってそんな重要な事を……」


 ぼそぼそと俺はこの姿勢のまま呟く。静寂が漂い明かりだけがゆらゆらと揺れる研究室。


「俺に同情したのか、あいつは…楽しそうだからその生活を壊すのは可哀想だと思って豊穣祭の時では何も言わなかったって訳か?」


 もちろん、アリスがそんな甘ったるい配慮を俺に対して行うようなお節介は持ち合わせていないくらい俺はよくわかっている。

 

 だが今の俺はどこかおかしくなりつつあった。


「く、くくくくくくっ――!」


 腹の底から込み上げてくる笑いに俺の喉が鳴る。実に滑稽、ここまで自分自身が滑稽な存在だったという認識をこの流れで自然に選んでしまった。


 よって、自分自身に向けて浮かんでくるのは明確な感情。


「あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!!!!」


 ――憂鬱と憤怒だ。


 この二種類が俺の全てをこの時だけ支配した。俺は目の前の机を下から手をかけるや力任せにひっくり返しながら上へと投げつける。その次には傍にあった棚を思いっきり投げ倒し、追い打ちに踏みつけをして更に破壊していく。


 またさらに、それ以上に、俺自身による破壊行動は容赦なく続いていった。






 しばらくして俺は動きを止めた。


 そこに残ったのは見るも無残な研究室の残骸。


 長年の研究の英知をまとめ上げた資料、貴重な研究素材、一から作り上げた研究器具。

 

 ――バラバラ、全てが完全にバラバラだ。


 興奮も冷めず息は荒くなる一方で心に落ち着きは今の俺にはない。


「はぁっ…はぁっ…はぁっ…はぁっ……」


 どうしてこのような行動をとったのかさえ分からなくなっていた。自分自身に分からない物ができたせいで不快感は募る一方。

 

(…一体どうした)


 俺はこんなにも弱くなったというのか。こんな簡単な事に心を乱したのか俺は! これではまるで子供の駄々ではないか。

 

 上手くいかず暴れて我欲を通そうとするこの様は恥ずかしい事この上ない姿だ。


「クリム、さん……?」


 後ろから『彼女』の声がかかる。

 

 その瞬間、俺の体が硬直を起こした。

 

 ――やめろ、やめてくれ。今の俺のこの姿を見ないでくれ…。

 

 ――でないと俺は、お前を…コワシテシマウ。 

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