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第三十九話

再開です。

 クリムさんが同時刻にて少々一悶着を起こしているとは露知らず、私達は通常通りに日常的生活に勤しんでいました。


 洗濯と掃除を妖精達とアリシアとで協力して終わらせ、次なる家事は遅く帰る予定のクリムさんの分を含めた夕食作りの仕込みだ。

 

 この土地に来る前まで握った経験が幾分かある包丁の腕はここに来てから更に磨きを上げた気がします。包丁捌きとは一言に言えども、食材の種類によってその角度、刃の位置、力の入れ用は様々あります。ただ素早く刻めれば良いって事ではないのです。


「ママー、お野菜洗ってきたよー」


「ありがとう、籠と一緒にそこへ置いといてくれない?」


「うん、いいよー」


 台所で川魚の皮を剥ぎ取る工程に入っていた私の所へアリシアが蔓を使って野菜を持ってきてくれた。籠の中の野菜は水で汚れを洗い落とされた後によってか露のようにキラキラと陽の光が反射していて珠の輝きを放っていた。


「シェリー!」


 アリシアと入れ違い様にやって来たのはヤン。その小さな手には調味料の入った小さな麻袋が紐を握られて吊り下がっている。


「これで全部揃ったよ。じゃあ私はエレイシアの子守りに戻るから」


「お疲れ様」


「さてと…ボーとキキが羽目外しすぎてないかチェックしてこないと……」


「子供だからそれが普通じゃないの?」


「いやいや、妖精の遊び心を嘗めちゃいけないよシェリー。興味の出る事は思いついたら直ぐ試そうとするのがあいつらの習性って言っても良いからね」


「そ、そうだよね……」


 日頃見ているボーとキキの行動パターンを想像と重ね合わせても、歯止めが利かなくなる未来が凄くありました。

 

 「それじゃあ後でね」と言い残してヤンはエレイシアがいる寝室へと飛び立った。調理し続けていると、私は微かですがヤンの怒鳴り声とボーとキキとエレイシアの笑い声が聞こえてくる気がしつつも、悪いようには成らないだろうと判断して調理に集中した。


 アリシアからの最後の食材の運搬が終了した後はアリシアもエレイシアの面倒を見てもらうようお願いした。さらに騒動が激しくなったのは言うまでも無い。

 

 ですが、日頃の定番パターンなので、私は苦笑しつつも包丁を動かして野菜を手頃な大きさと形に切り分けていく。今回作るのは川魚の煮付け。煮汁の温度を上手く整えて調理すれば良い味わいが出せます。火力を弱めにして鍋の中でコトコトと煮込む魚に私は最終段階として気の挿入を行った。


 心をリラックスし、身体も余分な力を抜いて内側を廻る力を奔流として大きく感じて絶妙な力の扱いにより、蛇口のように気を指先から捻り出して手に握るおたまから鍋の中身へと浸透させていく。何度も何度も料理の度にクリムさんから教わった気の扱い。私にはどれくらい上達したかは尺度の測りようはありませんが、最初の頃よりは断然と上達したと認識しています。

 

「おいしくなーれ、おいしくなーれ…」


 小さく集中を乱さない程度に私はそう呟きながら数分とおたま以外を微動だにしない状態を保った。その様は見ていて微笑ましいかもしれませんが、私からしたらクリムさんに見られたら恥ずかしさでいささか身を悶えさせる自信がある行動です。


 この場には子供達しかいません。それならばたとえ見られようが羞恥心を刺激される程度にもならないからです。

 

 そう、子供達ならば…。


「ふんふんふ~ん」


 ついには鼻歌まで歌い始めた私はふと視線を鍋から逸らして窓から眺められる外の光景を目に映した。


 緑を中心とした色彩豊かな庭。日干しのために風にたなびかれて乾かされる洗濯物。ニコニコと微笑みながらこちらを見つめる金髪の妖精…妖精?


 私は思わず空いている手の方で目を擦ってみた。目をほぐして疲れやごみを取ってみることで視界の明確さを取り戻したつもりですが、目の前の光景は変わる事なかった。


 それどころか、金髪の妖精はシェリーが自分に気付いたとわかるや、手を振ってアピールしていた。


「えぇ…」


 私はその正体が分かるや、唖然とした態度を取り出し、ゆっくりかき回していた筈のおたまの動きも止めてしまう。

 

 驚き様はごもっともかと思いますよ。なんせ相手は見る事はおろか、会う事でさえ、人間の人生では一生に一度か永遠に無いんですから。


 ありえないという考えが私を支配していき、しだいに気の流れが不安定になってきている事に気付かない私は“ボンッ!”という激しい破裂音に身体を跳ね上がらせた。


「わわ、わあっ!?」


 結果、鍋の中身は黒い煙を上げて酷い有様だ。先ほどまで美味しそうな魚の煮付けの出来かけが鍋の中に入っていたというのに…なんとも残念。この頃はこんな失敗はしなかったのに…。私のがっかり具合は激しかった。


「あーらら、もったいないわねぇ。けっこういい具合だったのに」


 金髪の妖精は窓を自分から開けて家の中へと入って来くや、台所の上にスッと降り立ってきた。「あーあ…」と残念そうな顔をしてぷすぷすと煙を上げる鍋の中身を見つめていた。


「な、ななな、なん、なん…で……」


「何よ、そんなに私がここに来る事が意外だって言いたい訳ぇ?」


 私がしどろもどろになる中、金髪の妖精は“ぷんぷん!”といかに「怒ってます私!」と伝えたいばかりに頬を膨らませて私に異議を唱えた。


「あ、当たり前ですよ! どうしてここに来ているんですか『アリス様!』」


「んー暇つぶし?」


「疑問形!?」


 そう、妖精女王のアリス様だったんです。


 本来ならば妖精の隠れ里にて外界との関わりを断ちつつ妖精達の統制を図るいわば『世界の中心の一人』とも呼べる存在がたった一人(一匹)でこんな場所に来ている。妖精を研究している人間にとっては存在自体を認知することさえ奇跡に等しい物なのに…いくら知り合いの家だからといって楽観的すぎやしないかと私は疑問に思った。


「いやー最近リーネや護衛が喧しいことこの上ないから仕事ほっぽり出してきたのよ。あ、大丈夫、一応直ぐ戻ると伝えてあるから」


「いやいやいや! 絶対そんなノリで休めるほどアリス様の仕事って楽じゃないですよね!?」


「そーうるさく言わないでよー。あ、このとうもろこし一粒もらっていい?」


「あ、どうぞ…」


 アリス様はそのまま自分の家でくつろぐかのようにバリバリと私が野菜の盛り付けで使う筈だったトウモロコシを素手で手掴みして頬張り、身体を横に楽にしてダラダラとし始めた。

 

 そこにはどこにも妖精女王としての威厳もへったくれもありませんでした。


 言葉を失う私を余所にクリムさん風で言うならば「ホントこいつ何しに来たんだ?」と思えるほどくつろいでいました。


「あ、ワインない? できればクリム秘蔵の三十年もので」


「はっ! いや、だから一体どういった用でここへ…」


「もう、せっかちねぇ…少しは場を和ませてから本題に入るという心の配慮はないの、シェリー?」


「…すみません」


 何故か怒られてしまった。解せない…。


「ママーどうしたのー?」


「誰か来たの?」


「あぅっ?」


「お客お客っ!」


「お出迎え!」


 そこへ、先ほどから叫んでいた私の声で何かしら異変が起きたのかを感じた子供達がこの場にやって来た。ぞろぞろと興味津々な顔をしてやって来る子供達は私の目の前にいるアリス様を見るや、まずヤンが膝を曲げた。


「女王様!」


「あら、同族じゃない。それも中位妖精…んん?」


 未だ敬意を示そうと姿勢を整え、隣のボーとキキにも無理矢理でも頭を下げるよう指示しているヤンの姿を見たアリス様は何やら違和感を感じていた。

 

 クリムさんの話によりますとヤンは中位妖精に相応しい力を保持しているそうです。ですが、霊的物質がどこか濁りを生じているらしく、本来なら純粋な存在としてが完全な妖精を示すのですが、純粋でなくともこれほどの力の強さ。


 その不相応な強さは自然の流れを受けて進化する妖精としてはありえないという話です。


 アリス様は看破していらっしゃったのでしょう。


「はぁー……」


 「また面倒事を作り上げたな」と言わんばかりにアリス様はため息を吐きつつ、とりあえずこの問題は原因が帰って来るまで保留しておく事に決めたようです。


 次に視線を移したのは魔物としては珍しいアルラウネ――アリシア――。


 まだ幼体であるために魔物としての本能に目覚めていない。しかし、着々と『核』が成長し続けている事を魔力の流れから透視できるそうです。

 

 おまけに魂の波調がどこか私と似ている気がすると答えてくれました。これが一体どういう事を意味するかは現時点では理解できませんが、危険となる可能性は低いので危険視はしないとの事です。


「ま、別にいっか…」


 その別、どうせ意味も無く魔物なんて傍に置いておくような奴ではないとアリス様も理解していたようでした。


「うっ…!?」


 最後に、じっとアリス様の事を目をキラキラと輝かせて見つめてきている赤ん坊――エレイシア――。

 

 それを見つけるや、アリス様は顔を真っ青にして身構えた。恐らく、初対面の時にやられた『トラウマ』を思い出したのでしょうね。


「…ふっふっふっ、ところがそうはいかないもんね。私だってこういう場合の対策ぐらい立てちゃってるんだから!」


 すぐさま自信を誇った顔に変えて得意気に笑い出した。

 

 さっそくアリス様は詠唱へと入り、何やら術を行使しようと準備に取り掛かっていた。数秒ほどの詠唱を高速で紡ぎ、終わるや周りの空気が風も無いのに騒ぎ始める。同時にアリス様の身体がしだいに光を放ち、その空気を取り込むかのように纏っていった。


「さぁどうよ! かかってきなさい!」


 光と暴風が鎮まるや、さっそくその場で目を塞いでいた私達は目を開けた。すると、そこには人並みの大きさに変化して台所の調理台に腰かけながら手を伸ばし、突撃するであろうエレイシアを迎えるポーズをしたアリス様の姿があった。


「すごい…変化の術だ……」


 ヤンだけはその術の高度さに目を張っていた。自由度全開で態度も振舞いもフリーダムなアリス様ですが、その実力はクリムさんも認めているそうです。

 

 こういうのを『腐っても鯛』というかなんというか…。


「あいっ!」


 「その挑戦、買った!」と言わんばかりにエレイシアは見よう見まねで覚えたお得意の物体浮遊の魔導を行使し、人間大のアリス様の胸の中へ飛びかかった。


 ずしりとした赤ん坊としての重さをアリス様は楽々と受け止める。


「むふふー、ほれほれ、ここか? ここがいいんかいなー?」


「きゃっきゃっきゃっ!」


 そして、エレイシアを存分に撫でくり回した。そのこそばゆさにエレイシアもたまらず笑いだし、面白おかしくはしゃぎ出した。


「おりゃりゃりゃっ! くすぐり千手の刑だーっ!」


「うきゃーっ!」


 ついにギブアップか? と思われたが、ここで私は気が付いた。


 何だか、異様に…『焦げ臭い』んですよ。

 

 その根本を探りますが、あっけなく直ぐに見つかった。なんと、調理場の火付けをしてある炭にアリス様の服の一部が乗っかっていたのだ。

 

 至極簡単な原因。焦げ臭いにおいは服が引火して出た煙が原因でした。


「アリス様、服! 服がっ!」


「えっ、服? …ってなんじゃこりゃあぁぁぁっ!!」


 私の指摘によってようやくアリス様は自分が危機的状況に達していると理解した。抱いているエレイシアを気遣う暇もなく、そのまま暴れるようにして火消しと取りかかったのです。


「うえぇぇぇっ!? エレイシア危ない!」


 放り投げられたエレイシアを間一髪とキャッチする私を余所に、アリス様は火消しに集中を向けていた。


 叩き回しても火種は中々消えない。ならばと火に効果的な物質である水を魔術で呼び起こし、迅速な消火を行いました。


「ほっ…危なかったわー」


 ちょっとした危機から脱出に成功したアリス様は引火した痕をまじまじと見ながら「どうしようかな」と悩んでいましたが…。


「あのですね、アリス様?」


 私もそろそろ黙っていられないんですよ? 見てくださいよ、この台所の無残な姿を…。せっかくの盛り付けやらが台無しなんですよ? どう責任とってくれるんですか?


 この時、冷や汗を流してアリス様は絶対に私の方を振り向こうとしなかった。


 まぁ、その行動はある意味正解ですよ。さすがの寛容な私もこれ以上は黙ってはいられなかったんですから…。


 私は目を怪しく真っ赤に光らせてアリス様の後ろからじっと見つめていた。こめかみには青筋を浮かび上げて…。

 

 アリス様はゆっくりと私の方へと振り向きました。この時、見たのは恐らく大きく息を吸った私の構え。そして――。


「いい加減にしなさあぁぁぁいっ!!」


「あんぎゃあぁぁぁっ!!」


 森を響かせる大音量で発せられた私の珍しい怒号でした。

 

 さらには大地を震撼させる岩を叩いたような重々しい音も静かな森に響くのでした。




 教訓――普段本気で怒らない人間を怒らせるとかなり怖い――。

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