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第三話

「コイツの名はライザ、種族は人狼(ワーウルフ)でプレイボーイ気どりでこの前、彼女に内緒で三股したことがバレてタマ蹴りされながらフラれた駄犬風情だ」


「ぐはっ! 相変わらず人の忘れたい過去であろうが正直に話しやがって…」


 一悶着が済んだ後、俺は改めてシェリーにライザの紹介をしていた。だがその内容は毒たっぷりな言われた本人にとって悪意が込められた代物ではあるが…。別に間違ってないから問題ないな。


 細かいことはいいんだよ。わざわざ良い所を述べて他人の評価を上げるような真似などあざとくてやってられるか。


「亜人…なんですか?」


「その通りだ。お前は亜人を見るのは初めてか?」


 シェリーの物珍しそうな顔を横で眺めつつ質問した。外界の情勢や一般常識など六十年前から知ることを止めた俺にとっては今の亜人と人間の交流状況の知識はライザ達――亜人側――の意見を少し耳に入れる程度だったから人間側での視点は知らなかった。人との関わり合いを拒んだ俺にとってそんな知識は必要ないのでほとんど頭に入っていないが。 


「本当にお前は…まぁいいや。俺達亜人が人里に出るのは明確な理由がある場合だ。今ほどではないんだけどよ、長年迫害を受けた亜人はそんな積年の恨みが募ってか人間を嫌っている奴が多いんだぜ」


「迫害……」


 ライザが俺の暴露に対して愚痴を零しつつシェリー分かりやすいように説明した。その内容にシェリーは肩身の狭い感情が浮かんでいるらしい。顔が暗くなりかけている。シェリーの性格から考えれば亜人を差別するような真似をしたことはなさそうだ。だが、自分と同じ人間が亜人達に対して多大な迷惑をかけた事に罪悪感を感じているのかもしれない。


「安心しな人間の嬢ちゃん。俺はそんな昔の事をウジウジと引きずるような奴じゃないぜ?」


 その顔色を気遣ったのかライザは(うつむ)くシェリーに笑顔でなだめた。だから余計な重荷を背負う必要などまったくないと(さと)すようにだ。似合わない真似をするものだ。こいつは…。


「どこのどいつが言うんだか…俺に初めて出遭った頃は問答無用に牙をむいて襲ってきたくせして図々しいな」


「あっはっはっはっ! そんな昔の話はもう止めようぜ? もっとこう柔軟にいこうじゃないか!」


「俺としては簡単に済まない問題だ。お前のおかげであの時、貴重な実験素材をいくつ台無しにされたんだか…」


 俺はジト目で見つめるが、ライザは若干油汗を流しつつ話をそらそうとしている。

 

 おいこら、特に忘れてはならないのが、失敗すればさすがの俺でもかなりやばい術式構成の実験途中にお前は初めて襲ってきた事を忘れちゃいないだろうな? あの時、術式の陣に使用していた魔力を俺が押さえきれなかったらこの森どころか樹海全体が吹き飛んでいたかもしれないんだぞ。


 ふと見ると、シェリーが俺達の過去に少し興味を持って会話を静かに聞いているが、好んで話せるような内容ではないのでその好奇心は押さえてもらおう。俺は目だけを動かしてライザだけにわかるよう「さっさと話を聞かせろ」と目配せした。


「そ、そうだクリム! ケイロン様がお前に報告したい事があるから代わりに言いに来たぞ」


「なんだ、あの『種馬』まだ生きていたのか?」


「おまっ! 仮にも族長を種馬よばわりとは恐れ多いぞっ!?」


「事実だろ。あいつ両手で数えられるほどの嫁さん作って子沢山な大家族築き上げてんだから」


 俺の人間を除いた交流関係は亜人と魔物を中心に幅広い。

 

 なお、赤霧の森を作り上げる以前にいた樹海の者達とは初めから親しかったと言えなかった。対立し合ったのは日常茶飯事、協力関係になり得てもそこに友好的感情は持たなかった。それでも何人、何匹かは俺という存在に一方的に興味を持って自ら歩み寄る者も存在した。ライザや今の話に出てきたケイロンという人物もそんな一人だ。ちなみに、ケイロンは人馬族(ケンタウロス)族の族長の名前だ。


 そいつらとの年に一度は全員で集まってやる宴会は楽しくなる。色々と台無しになってお開きになるのが大半ではあるが…。酒豪共が絡むのが一番の原因だな。注意しても全然聞きやしないから身体で言う事聞かせるしかないんだこれが…。


「話は三つある。まず一つは近頃、人間が何の理由があってか樹海に入り込もうと騒いできているって話だ。今のところ下の連中で十分に追い返しているがな」


 その原因となる存在が傍にいる。件の人間が騒ぐ理由はエレイシアを除いてこの場にいる全員が一瞬にして答えが上がる。俺とライザから向けられる視線にシェリーはたじたじになって事の追求をされるのではないかと恐れていた。


「…言った筈だシェリー、何も聞かないと」


「す、すみません……」


 話してもいいが、シェリー本人が話したくないと意思を表明している以上、俺は何も望まなかった。付き合うつもりかライザも同じようにあやかった。

 

 一方、不穏な空気が漂いつつあるというのに、シェリーの腕の中にいるエレイシアはすやすやとお昼寝タイムに入っていた。まったく暢気(のんき)な赤ん坊だ…。


「何やら、訳ありと言う事だから俺も黙っておいてやるよ。じゃあ次に二つ目だ、この二日間で森の中に存在する魔素(マナ)の濃度が異様に高くなっている場所が現れている」


「ほぉ……?」


 魔導士として興味をそそらせる話題が出てきた。俺は話を聞くや目を細めた。

 

 魔素とはその名の通り魔の源、いわば魔力を作り上げる霊的素材(エーテル)のことを指す。気を生命力とするなら魔素は精神力(スピリット)。魔導士の間ではこの世に『存在するべく力』として言い伝えられていた。


 生命が誕生する際に魔素も同時に生まれるのだが、近頃は大きな出来事が起きる兆候も見られないのに魔素の濃度が高まるとは不思議な異変だ。ひょっとするとシェリー達の出現に繋がるかもしれない。俺は頭の中で過程と結果を推測でまとめる。これが正しければシェリーの身体の調査は直ぐに終わりそうだ。


「そんで三つめ、これが一番厄介でな…カサンドラが近頃お前に会いに来るそうだ」


「うぇ……」


 俺はその名を聞くや、猛烈に苦虫を噛み潰したような嫌そうな顔をした。

会うどころか名前さえも聞きたくない相手だ。


 そこへ、カサンドラとは何者なのかを知りたかったシェリーは俺に質問した。


「どういう人なんですか? そのカサンドラって人は」


「いや、人ではないんだ。魔物なんだがなんていうか…その……」


「俺的に一言で言うと…『変態』って奴だ」


 それも単なる変態ではなく大のつくほどの変態だ。性格に難あり、趣味に難あり、魔物での社会交流に難あり。どれをとってもこの世の不適合者と表現せざるを得ない。俺としてはもう二度と会いたくない相手だが、やつは世界中を人間の姿に変装しつつ旅をしている。

 

 また『つまみ食い』なんかしてないだろうな? 昔、俺との初対面の際、「私のコレクションに加えさせてあげる!」と嬉々とした顔でご自慢の爪で俺の首を刈り取ろうと実行してきたくらいだからな。それから三日三晩ぶっ続けで戦ったが、決着が付かずに停戦をお互いで申し込んだ事もあった。


 ここで重要、飽くまで停戦だ。今でも隙あらば俺の首を狙いに何度か俺の家にやってくる。俺にとっては一種の災害に等しいやつだ。

 

 ライザがカサンドラについて話していいのか戸惑う中、率直に述べた俺の言葉をいまいち理解できなかったシェリーは疑問に思った。


「クリムさん、カサンドラという魔物はどんな――」


「止めてくれ、あの変態の話題など口にしたくも耳に入れたくもない」


 頑固として話は終わりだと言わんばかり意思表現して俺は研究室へと戻った。俺にとってその名――カサンドラ――は禁忌(タブー)にしている。やつの姿を思い出しただけで悪寒が走る。頭を押さえながらふらふらと俺は追求を拒むようにこの場から立ち去った。


「嬢ちゃん、悪いことは言わねえ。カサンドラに興味を持つことだけは止めておけ」


 その場に残っていたライザがシェリーへカサンドラに関して危険を臭わせる物言いをした。遠くからライザの気まずそうな声が聞こえている。


 やはりお前もそう思うだろライザ。お前はカサンドラにとってコレクションになりえないと判断されたから執拗(しつよう)に狙われることがなかったんだよな?

 

 シェリーはカサンドラの正体が気になって仕方なくなっているかもしれないが、世の中…知らない方がいい物がたくさんあるのを教えておいたほうがいいぞ。普通の人間なんかがカサンドラを知ろうとすれば逆に狙われかねないからな。






 研究室に戻った俺は先ほどの三つの話のうち一つを忘れるべく研究を再開した。もちろんカサンドラに関してだ。あれは頭にとどめているだけでも俺にとっては有害物質でしかない。


 とりあえず魔素濃度の高度化の話から一つの理論を組み立て、さっそく昨日採取しておいたシェリーの血液を保存場所から取り出して空のフラスコに数滴入れた。次に机の引き出しから大きめのボトルを取り出してフタを開け、その中身をピンセットで摘み取った。現れたのは七色に光を反射させる透明な水晶の欠片だ。


 魔瘴水晶(マジッククリスタル)――。


 純粋な魔力を抽出する原材料として扱われる魔力が結晶状に固まった物だ。いわば魔力の化石と言い表したほうが理解しやすいだろう。

 

 俺はそれを同じフラスコに一欠片入れて弱火をかけて反応させていく。


「…やっぱりな」


 しばらくすると予想した通りの反応結果が出た。フラスコの中から消え去っていたのだ。普通、火にくべたり熱した程度では反応を起こさない魔瘴水晶が、だ。

 

 結果が目に見えていても俺はさらなる確認として魔素の有無を調べる試薬をフラスコの中へと入れた。すると…。


魔力分解能力者(マジックブレイカー)だったか。魔術士や俺達魔導士の天敵がこの場に現れるとは…」


 フラスコ内は見事なまでにどす黒い色合に変化した。魔素がフラスコ内に充満している証拠だ。この実験からシェリーの異様な体質が判明した。


 魔力分解能力者――。


 その名の通り、魔力を分解して魔素へと戻してしまう能力をシェリーは生まれつき持っているんだ。とても珍しい能力だ。十万人に一人いるかどうかと言われているほどに希少とされる。


 この能力の利点はどんなに強力な魔術や魔導をくらわせようが、それが魔力を以って発動されている以上、必ず無傷でいられるだろう。当たる前に魔素に分解されて無に(かえ)してしまうのだからな。


 しかし、常に魔力を魔素に分解してしまうから能力者自身も簡単な魔術や魔導を扱えなくなってしまうのが不利点でもある。


「だから森の結界も通過できたという訳か…」


 全てが納得した。形状固定の魔術をかけていた皿が割れたのも魔術自体が効力を無くしたのが原因だったんだろう。待てよ、となるとシェリーが近づいた場所は全て自分のかけておいた魔術や魔導の効力が無くなっているんじゃないか?


「…勘弁してくれ」


 そう思いつくや、俺はすぐさま調理場へとかけつけた。もちろん俺の予想は見事に当たっていたのは言うまでも無かった。


「やられた。この部屋にある道具全てにかけておいた魔導がきれいさっぱり術式の根本から魔素に分解されてやがる」


 食器、テーブル、棚、他にもあったが形状固定の魔導を含めた魔導が消えていた。このままではかけ直してもまた分解させられるのがオチだ。対策を考えねば…。さすが魔力分解能力者ということか。

 

 この後はシェリーの作った昼食を言われた通りに食べにやってきて「…普通だ」と朝食と同じ評価を与えた。これにシェリーはしょんぼりとしていたが、それより気になることがあった。なぜに俺の隣で駄犬――ライザ――が一緒に食事をしているのか。

 

「おい、さっさと帰れ」


「うんや、お前ほどではないとはいえ嬢ちゃんの料理もなかなかだからな。食わずに帰るのは損になるってもんよ」


「私が頼んだんです。作ったとはいえクリムさんの分をこのまま捨てるのはもったいないと思いまして…」


 二人ともいつのまにか仲良くなっていた。研究室に小一時間籠っている間に一体どうやって心陸を深めたのやら…。抜け目ないライザに俺は呆れつつ、それを尻目にライザは一気に昼食であるサンドウィッチを平らげた。口周りに付いたパンくずや肉かすを長い舌で舐めとった後は床で腹這いの状態で遊んでいるエレイシアに近寄った。


「種族は違うとはいえ、子供というのはやっぱり良いもんだな。ほーれよしよし」


「あいっ!」


 ライザはにこやかな顔でエレイシアを撫でていたが、突如としてエレイシアがライザのたてがみの次に立派な髭を鷲掴みした。無邪気な笑顔でエレイシアはライザの右鼻に生えた髭を思いっきり玩具で遊ぶように引っ張っている。


「あだだだだっ! 髭はあかん! 髭はあかんのやっ!」


 エレイシアに悪気は無いとはいえ、ライザにとって髭を引っ張られるというのは髪を引っ張られるのと同じくらいに痛い筈だ。強引にかつ優しくライザはエレイシアを引き離そうとするが、中々放してくれそうにないな。

 

「こら、エレイシア、止めなさい!」


 おいたも程々にした方がいいと言い聞かせるように、シェリーが叱りつつライザと共に髭から手を放させるのを慌てて手伝った。だが、予想以上にしっかりと握っていて中々放してくれないし、無理に引っ張るとライザには激痛が走るという拮抗状態が続いた。


 まったく騒がしいヤツ等だ。仕方ない、俺が直々に解決してやろう。

 

 さっそく俺はローブの内側に忍ばせてある投げナイフを取り出し、狙いを定めて思いっきり投げた。エレイシアの手とライザの髭、正確にはライザの髭を俺の投げナイフが通り過ぎた。


 同時にライザの髭にかかった力が無くなり、もう大丈夫だと一瞬安心していたが、ライザはエレイシアの手に持つ物を見るや、大口を開けた。なんせライザの髭が何本かエレイシアの手に握られているからだ。

 

 恐る恐る引っ張られていた髭の部分にライザが手を当てているがそこに髭は無かった。生えていた筈の髭がすっかり短くなっていた。


「うわあぁぁぁっ!! 俺のひげえぇぇぇぇっ!!」


 ライザの顔は髭のバランスが崩れたおかしな物になり変わっていた。半分ハゲにされたのと同じくらいに恥ずかしい姿となったライザは投げナイフを投げた張本人である俺に詰め寄ってきた。


「どうすんだよクリム! これじゃデートはおろか仲間達にも顔を見せられねぇよっ!」


「いいんじゃないか? その方が人狼の雌達にとって安全だと思うが…」


「おい、そりゃあどういう事だてめぇっ!」


 ご自慢の顔にこんな酷い悪戯を仕掛けた俺にさすがのライザも本気で怒っている。実は秘密裏でライザの女あさりをどうにかしてもらいたいと人狼の族長との実験用素材の取引の際に頼まれていた事もあり、そのための処置として同時に施した。元からライザの調子に乗り過ぎた行動を問題視していた事もあってか俺はここでちょっとした釘を打ってみたんだ。


「毎回毎回コケにしやがって…今回ばかりは許さーん!」


 怒りに身を任せてライザは俺に向かって前足蹴りを放った。人狼の強靭な筋力から放たれる蹴りはとてつもなく鋭いのは知っている。

 

 だが、俺にとってはのろい。半身ずらすように引いて無表情のままその蹴りを簡単に避け、逆に右足でライザの右足を後ろから引っ掛けた。

 

 そして蹴りを放つ勢いのまま近づいてくるライザの顔面目掛けて思いっきり右平手をはたきつけた。


「ごぶぷあぁっ!?」


 後転一回転をしてライザはうつ伏せで床に倒れ込んだ。この技は俺の師から習った『アイキ』と呼ばれる武術でそのうちの技の一つである『入り身投げ』という技だ。俺が師からアイキを習う時は技の実験的に色んな物をかけられまくったのは懐かしい思い出だ。この武術は魔導を中心としている俺にも画期的な存在と評価づけられる。


 余談だがエレイシアに握られていた方の髭は数分ほど遊んだら飽きて捨てられたそうだ。まったくもって哀れだ。それとも、赤ん坊としてのこれほどまでに無邪気な行動に感銘(かんめい)を受けるべきなのか…。

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