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第三十八話

 深淵の樹海にはいくつかの火山地帯も存在し、樹林によって覆われてその造形は火山とは思わせないような形となっているが、地熱によって漏れてくる湯気はそれを証明してくれる。


 年中気温の高いこの地形で住む者はほとんどいない。だが、熱を自分で作り出す事のできない変温性の体内構造を持つリザードマンといった亜人にとっては最適な住処だ。


 西の森から流れ着いた亜人の難民達の中にはそういった種族もいる訳で、簡易拠点を作る際にはお世話になった。


 だが、元から住んでいる俺達にとってこの場所は多くの者達には欠かせない地だ。ずっと前にシェリー達のための浴場を作った際、森の住人の憩いの地である温泉を拝借した訳だが、その源泉が『ここ』である。


 湯を引くために穴を開けたせいでその分だけ浴場の湯の量が減っている事に文句を言われたこともあったが、逆にこちら側を改装して湯の出を良くした事によって解決した。


 俺は今、そんな大温泉の地にやって来ている。


 理由は議会の開演によるためだ。西と深淵――両者――の森にて根を下ろし続けてきた種族の代表達が挙って種族間の調整、領域の統治を円滑に行うための重要な出来事だ。


 出席する者は以下の人物達――。



 狼人(ワーウルフ)族代表――レキ――。


 牛人(ミノタウルス)族代表――フンバッハ――。


 馬人(ケンタウルス)族代表――ケイロン――。


 鬼人(オーガ)族代表――ガンダルフ――。


 子鬼(ゴブリン)族代表――アノフ――。


 蜥蜴人(リザードマン)族仮代表――ギーラ――。

 

 魚人(マーマン)族代表――ラノス――。

 

 蛇人(ラミア)族仮代表――レムリア――。



 森を実質的に統治する実力派の種族達の代表が勢揃い。


 しかし、西側の種族には亡くなった者が多いがため、副代表や仮代表を立てて今回の議会に出席してきた事実が強い。

 

 議会は何も議論を交わすためだけにある物ではない。両者の理解、そして信頼と親愛を深めるためにもある。荒ぶった心を鎮め、湯治の効果が身体の傷を癒すという要素は代表といった堅苦しい地位に付く者達にとってはまさにこの地は極楽。


 なので、本来ならば慎重に行うべき雰囲気が漂う議会が……。


「がっはっはっ! そうかそうか、おめぇの娘は元気に育っているんだな」


「もちろんさ、私に似て聡明になるに違いない」


「おんやぁ、それは喜ばしいことだねぇ。今度祈祷で占ってやるかいな?」


「アノフ婆の占いは頼りになるわよ。ぜひとも受けてみるのもいいんじゃないかしら、ケイロン様」


「オデ! オデモイキタイ!」


「もちろんですよガンダルフ、ぜひともアナタも我が里へいらっしゃいな」


 ワイワイと賑わう様はもはや懇親会だ。温泉に入りながら談話に意欲を奔らせ、浮かぶ桶に添えられている酒を肴と共につまむ。


「皆さん! 一体何をしているんですか! 事態は一刻と危機が迫りつつあるという問題があるというのにこんな…こんな戯れをするために私はこの場に赴いた訳ではないのですよ!」


 唯一、リザードマン族代表としてこの地に赴いたギーラだけはこの場にいる弛んだ様子の彼らに喝を入れた。元々、本来の代表であるユージーンが戦死したことにより、補佐であったギーラが保守的に収まったといった形であるリザードマンの統治は綱渡り状態に等しい。


 こいつらにとってこの問題の解決を一刻も早く求めようと急ぐのは分からなくもない。


「分かってねぇなギーラ坊、こいつは仕事で煮詰まった代表である俺達が得られる安息の時間ってもんだぜ?」


「ギーラ、一刻を争うのも分からんでもないが、そなたがいるからこそリザードマン族は小康を保っておると言えるのじゃ。本人が身体を壊し、倒れ込もうなら種族内の統率に罅が入り込もう」


「仕事も確かに大事ですが、ほど良く休息をするのも管理の一環だと思いませんか?」


 フンバッハ、レキ、ケイロンからの意見に「しかし……」とまだ受け入れきれないギーラは悩んだ表情をしながら湯を深くかぶった。

 

「そうよ、もしあなたが倒れたりでもしたらユージーンの娘のヴィオラちゃんがどう思うかしら?」


「レムリア殿! なっ、なぜヴィオラ様の名前が出てくるのですかっ!?」


「あら、知ってるわよ皆? 意外といい雰囲気出してるそうじゃないの。ユージーンだって認めるのも悪くないとか呟いてたし…」


「…御冗談を。ユージーン様の忘れ形見であらせられるヴィオラ様とは幼い頃共に遊んだだけの仲です。私のようなつまらない侍史風情が親しめるような方では……」


「もう、固いなぁ! 男は度胸だって言うだろ! 真に愛を抱く者ならそんなの関係ないさ」


「ケイロン殿…」


 まぁ、色々とそっちはそっちで大変なようだ。もはや雑談と恋バナが混じった懇親会になり下がってしまっているが、ちょっと気になる事が俺には一つある。

 

「そういやなんか一人足りなくないか?」


「確かに…ラノスはどこいった?」


「あれ、さっきまで一緒に入っていた筈よ?」


 俺達は周りを見回してみるが、マーマン族の長であるラノスの姿はどこにも見当たらなかった。


 いや、俺だけはかすかに異変を捉えた。


 俺は今、族長達と一緒に温泉には入ってはおらず、岸の上で座って見下ろす形になっているのだ。それゆえに全体を見渡せたのが幸いとなった。


「おい、あそこなんか泡立ってないか?」


 さりげなく俺は異変の起こっている場所を指差して族長達に伝えてみた。


「あ、そういえばラノスって温泉初めてだったわね?」


「一度温い水に浸かってみたいと言っとったから連れてきたんだがのう…」


「タブン、オボレテル」


 無意識的に泡を見ながら全員が呟いていったが、一言一言を理解していく内に全員が事の重要さを認識し始め、最後には全員が挙って大急ぎで泡立つ場所へと直行した。


「うおぉぉい! 水ないか! あっちに川あったよなっ!」


「馬鹿かそなたは! 命を犠牲にしてまで温泉を楽しむことがあるか!」


「クリム! 至急水をください!」


 何人かがラノスを湯の底から引き揚げていく。しだいに湯立った様子の青味を帯びた鱗で覆われた魚頭を持つ亜人が湯から現れた。


 ――あぁ、だめだありゃ。完璧白目向いて失神してるわ…。


 俺は仕方なく水の魔術を行使し、一気にラノスの頭上目掛けて水塊を落とした。

 

 水塊は重力によって形を変え、滝のようにしてラノスを覆って一気に潤いを与えていく。


「はっ! ミーは一体!」


「よ、よかった。気が付いた!」


「心配かけんなよおい……」


「あり? どうしたんだいユー達は…なんかあったの?」


「…あなたがそれを言うの?」


 ラノスは水の恩恵により、すぐさま意識を取り戻すや、彼特有のとぼけた感じの態度で状況を呑みこんでいくのであった。






「いやーやっぱミーは水が一番ね! 温泉も良かったけど」


「あれで良いって言うのかい、あんたは…」


 熱冷まし専用で作られている水風呂にてたむろしているラノスの陽気さにアノフが若干呆れつつも、最悪の事態は防げたので俺達は一先ず安心した。


「ラノスよ、そなたは好奇心の趣くがままな行動が多すぎるぞ!」


「悪かったよ、次からは気を付けるね!」


「…本当に大丈夫でしょうか?」


 ケイロンのその一言がもやもやとする不安を残していく。ラノスの奇行は今に始まった事ではないからな。だが、こんな奴でも種族として最大人数を誇るマーマン族の代表なんだからな。世の中理不尽だぜ…。


 まぁ、見た目では判断できないという訳でもあるがな。


「おいクリム、おめぇもせっかくだから入ってこいよ」


「そうですよ、せっかくの温泉なんですから」


 俺だけ一人、蚊帳の外な感じなのが気にかかるのか、フンバッハとケイロンは俺にふと声をかけてきた。


「いや、遠慮しておく」


 だが俺はあえて断っておく。これには俺の魔導士としての秘匿主義に関わる物がある。


 俺の肌にはある理由ゆえに生成し続ける膨大なエネルギー(魔力)を抑えつけるべく、所々と封印の術式を組み込んだ多種多様の血印を刻んでいる。


 血印とは謂わばタトゥー。普通なら墨を使う彫物ではあるが、俺はあえて自分の血液を使って身体中に刻んでいた。


 苦しかったぜ。地獄の痛みに耐えながら自分自身を切り刻むような自傷行為そのものな施術ははっきり言って二度とやりたくないと思ったぞ。


 つまり、いわばこの血印は俺の血と汗の結晶である秘術であり、他人にはそうやすやすと見せられる物ではないのだ。たとえ親しい者であろうと決してな。


「んなつれねぇこと言わないでよぉ、ほれっ!」


「それとも、私みたいな美女がいたら恥ずかしいのかしら?」


 「んふふ……」と妖美な笑みを浮かべつつ、レムリアが挑発する感じでふくよかな胸を強調して俺へと見せるように向けてくる。


「年増処女に興味はない」


「ちょっとおぉぉぉっ!! それどういうことよおぉぉぉっ!!」


「レムリア、オチツケ!」


 これに俺は左へ受け流すように棘の付いた言葉を投げつけると、逆鱗に触れたのかレムリアは怒りを露わにして湯を跳ね上げつつ俺へと迫ろうとするが、ガンダルフが後ろから太い腕でがっしりと羽交い絞めをして止めた。

 

 ふむ、ラミアの怪力を抑えるのにオーガの腕力は最適だろう。


「じゃあ聞くが、同世代の中でお前だけ男から精を絞り取れなかったのはなんでだ?」


「うっ!」


「大方、人間っぽいロマンあふれる恋愛から始めようとしたけど現実に打ちひしがれて玉砕したんだろ?」


「ぐっ!」


「そして、最後には「ラミアはちょっと……」的なパターンになって振られた、か?」


「ごぼぉっ!!」


 俺から送られた言葉の槍がレムリアの胸を容赦なく抉っていく。そのまま力無く湯の中へと沈み込んでいき、最後には顔を半分だけ出した状態のまま涙をドバッと流し出した。


「うぅぅ…何よ、相思相愛に憧れるのどこがいけないのよう。私だって、私だって…うわあぁぁぁんっ!!」


「こりゃこりゃ、気を落とすでないレムリア。いつかきっと良いことがあるからね」


「うえぇぇぇんっ!! アノフ婆さまあぁぁぁっ!!」


 この中で二番目の年配者であるゴブリン族代表――ゴブリンシャーマン――であるアノフは幼児を慰めるようにレムリアへ優しい言葉をかけるのであった。


「でもミーが聞いたことによればその男、話を聞いて怒った他のラミア達が仇打ちとして散々搾り取った後、魔眼で石化させて粉々に砕いたって話よ」


「あれ、それって結果的には大人数で寝取られた形になってなくね?」


「…やはり女性は怖い時があるのは種族が違っても同じなのですね」


「ほっほっほっ、ケイロンよ、そなたひょっとして……」


「違いますっ! もう浮気はしてませんっ! 誤解ですっ! というか二度としません!」


「羨ましいね! ユーは一度爆発するね!」


 そんな二人の様子を窺いながら男性陣はひそひそと小声で何やら話していた。


「そうじゃクリムよ、そういえばそなたの所は人間の娘と同棲しておるそうじゃな?」


「えっ、ミー初めて聞いたよ!」


「嘘! それ本当なのクリム!?」


 レキめ、余計なことをこんな状況で話してきやがって…。


「単なる利害関係による物だ。お前達が期待するような関係じゃない」


「そうは言っても、人間嫌いなお前が他人を家に置いとくとはな…」


「珍しいどころではないです。もはや奇跡ですよ」


 おいこら、そこ、珍しい物を見るような目をして俺の方を向くな。


「ドワーフの頭から聞いとるぞい。なんでもその娘のためにここの源泉から引いた温泉浴場を作らせたともな」


「イガイダ」


 モリアか! あいつめ余計なことをっ!

 

 …何だお前達、何をそんなにやにやした顔を俺に向けている?


「つまり……」


「あのクリムに(つがい)が…」


「できるかもって話ね…」


 よし、むかついた、舐めた顔をしやがって…。


 俺は水の魔術を行使していかにもからかうネタが見つかったと打算してそうな三人の顔を水塊で包みこんでやった。


「「「がぼがぼぼっ!!」」」


 ふん、しばらくそうしているがいい。


「馬鹿なことを抜かしている暇があるなら本格的な議会をとっとと始めろ」


「でもクリム、ユーは普通の人間みたいに恋人や妻を持った経験がないから約百年もの間ずっと童て――」


「ぬんっ!」


 不埒な言葉を言い終わる前に俺は圧縮の魔導を行使し、かつてカサンドラ戦で使った赤紫色の雷の球を極小の威力に調節してからラノスの入っている水風呂の中へと投げ飛ばした。


「あっびゃっびゃっびゃっびゃっ!!!!!」


 水風呂が若干蒸発するほどの熱を生んだが、一応生きている。感電し気絶したラノスをそのままにして俺は温泉の方へと向き直った。


「何か聞きたい事でも?」


 これに全員が首をぶんぶんと横に振って否定した。


「さて、お遊びの時間は過ぎた。これより議会を開始するとしよう」


 結局、最大の謎は明かされぬまま、俺達はここに来た本来の目的を遂行するのであった。

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