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第三十七話

 唐突で申し訳ないが、俺の家にある食糧は豊富とは言えども、無尽蔵に貯えられている訳ではない。本来は稀に取り出して俺自身が調理するというスタイルを保っていたがため、消費は少なく問題視せずとも済んだがそうもいかなくなっている。


 何せ四人と三匹で合計七つ分の食事を朝昼晩ときっちり作るのだから以前の何倍もの早さで消費が進んでいる。長年この家に住んではいるが、俺は食糧集めに時間を費やした事は全くと言っていい程にない。獲っては固定の魔導をかけて放り込むという大雑把な収集方法だから計画性なんて彼方そのものである。

 

 つまり、俺が何を言いたいのかというと…研究以外の事に時間を費やさねばならない行動が一つ増えたという事だ。


「ふんっ!」


「プギイィィィッ!!」


 そういう訳で俺達は結界から少し離れた樹海で食糧調達を行っていた。この樹海は魑魅魍魎が住まうような危険な土地としてかなり有名な場所ではあるが、同時に人の手が付かないために豊富な食糧が満ち溢れている。


 まぁ、人間にとっては毒となる物も多く存在しているから興味本位で採ろうとすれば痛いしっぺ返しを食らうから要注意でもあるがな…。


「さてと、さっそく血抜きをしてと…」


 猛進してきた巨大なイノシシを見事な返し技でひっくり返し、素早く急所となる延髄を叩き潰した俺は右手を手刀の形にし、魔力で覆って刃を作り上げる。次には優しく撫でるようにしてイノシシの頸動脈を狙って首を切り裂くや、噴水のように勢い良く血が噴き出していく。


 食糧を得るためとはいえ、生き物を殺すことは良心の呵責に悩まされる行為かもしれないが、俺にとっては日常生活のように慣れた物だ。そりゃあこの樹海に住んでから自分を殺そうと襲ってくるような輩が数え切れない程いたからこの程度で迷っていては生き残れないと自然に分かる。


「次は解体作業…」


 無駄な思考は一旦中断。今は目の前のことに集中だ。

 

 血を流し終えたら毛皮と肉の解体と入る。だが、イノシシの毛皮なんぞ俺には必要ないのだが、取れる所は取っておく。もったいないもんな。

 

 俺は片手だけだった魔力刃を今度は両手に魔力を纏って形成し、その指先を矛のようにして倒れ込んでいるイノシシへと向けた。

 

 一度深く深呼吸し、脱力から始まり…。


「ふっ――!!」


 一気に手刀による連突の嵐がイノシシの身体へと襲った。速度の乗った刃はたちまちイノシシの肉を削ぎ落とし、骨と毛皮を分離していく。乱暴に見えて正確無慈悲な斬撃だからこそ可能にする芸当。解体していく度に肉と毛皮は宙に舞い、骨と血と無用な臓器は地面に全て叩き落とすや、俺は道具袋を広げて宙に舞った肉と毛皮を中へと広げていく。


 道具袋はまるで掃除機のように目標を吸い込んでいき、空間の拡張を担う術式のお陰で目分量以上の物を仕舞っていった。


「さてと、残りは、と」


 残った骨と無用な臓器は土の魔術を行使し、腐食化を進めて樹海の養分へと変換させ、地面へと埋めた。お陰で無駄のない解体作業がものの数分もしない内に終了した訳だ。


 肉は取った、魚も取った――後は野菜類が必要だな。

 

 そっちはシェリーに役割を頼んでおいたからいいかもしれんが、ちゃんと食べられる物を取れているかが些か心配な気がするが…。事前に色々と教えてはいるんだが、やはりここ樹海の生態系はかなり複雑だ。慣れている俺でも多少迷う事例も出てくる。


「ふむ、素人には少し厳しかったかもしれん」


 とにかく様子を見に行ってみようか。



◆◇◆◇



「これ食べれたかなぁ、いや、確かあれだった気が…」


 今手にしているのは茶色い傘で白い亀裂のような模様が特徴的なキノコ。

 

 私の頭の中では図鑑で調べたキノコの知識が何種類も飛び交わっており、どれが正解かを必死で探っていますが、中には毒キノコにも当てはまる物もありますので慎重を要します。


「あ、こっちの野草は大丈夫よね」


 一旦キノコは保留としてその傍に生えていた食用の野草を摘み取っていく。若い芽は残して成熟した芽を摘み取るのが野草採りの掟。育てば種が出来てそれが風に乗り、新たな命として更に数を増やしていく。小さい出来事がやがて大きな結果として残されるのが自然の摂理。


 クリムさんに狩りを専門とする肉での食糧調達の方を担ってもらったのは本当によかった。やっぱり自分はこういうやり方が似合っている気がする。

 

 ですが、覚悟はしておかなければならないかもしれない。


 自分は魔物を研究しなければならない身。いつかは自分で魔物を捕獲してその生態を直接調べる実習をする予定だとクリムさんから聞かされている。


「わかっているんだけど、やっぱり戸惑いそうだわ」


 来る時を考えると気が滅入りますが、自分で選んだ道だ。後悔はするつもりはない。何せ大事な家族のためである。椅子に座って縄で括りつけてでも続行する気持ちを持たなければ駄目になる。


 そのまま野草の採取に集中して注意深く見分け、集めた物をクリムさんから貸し出された道具袋へと入れていく。もちろん、道具袋はクリムさんの使用している物と同じで目分量以上の物を仕舞える構造。試しに中を覗いてみた事があるものの、奥深くまで続く闇が見えるだけで入れた物がまったく確認できないんですが、入れた物を思い浮かべながら手を入れてみるときっちり取り出せました。

 

 魔術、魔導の知識は軒並みしかない私にはこの原理は理解することは現時点では到底無理な話でしょうね。


「ふぅ、ここらへんはもう充分かしら?」


 目星の付く成熟した野草、木の実、キノコといった食糧を規定量まで採り終えた私は次のポイントへと向かうことに決めた。


 昼食までには戻る予定なので出来るだけ多く採らないと当初の目的を達成できない。

 

 自分の採れる量では微々たる物ですが、採れる限りは採り続ける。幸い、道具袋は物理的質量は加重されずに袋の重さだけを保っているので体力の心配は無用なんです。



◆◇◆◇



 だが、シェリーはまだ注意心が足りていなかった。

 

 この樹海は本当はとてつもなく危険な場所でもあるのだ。だからクリムは「結界の近くで採れ」と警告していた。

 

 ここは結界の外、魔除けの加護を受けられる範囲は狭くなっている。なのでシェリーにとってはあまり遠くに行くべきではない場所でもある。


「お、ミズダマダケ! これってスープのダシにちょうど良いのよねぇ」


 お望みの食糧を見つける度についついその場へと行くのを繰り返すがために結界から大分離れている事にシェリーは気が付いていなかった。

 

 失態は形となって現れる。樹海の影で遠くからシェリーをうかがう者が一匹、二匹…。

 

 その正体はここ深淵の樹海に生息する魔物の一種であるグレイパンサー。強さは中位種でこの樹海ではまずまずといった程度だが、常人には退治に手こずる魔物だ。灰色の毛並みを微かに奮え立たせ、獲物と定めた人間の背中を静かに追っていた。


「今度はオタマニンジン! ふふっ、今日は御馳走になるかな?」


 シェリーは採取に気を取られていて後ろから静かに近づいて来る者達の存在に気付かなかった。


 この樹海では一瞬の気の緩みが命取りとなる。

 

 だが、今まで最強の保護者からの保護を受けていたシェリーにこの樹海の暗黙の了解を深く理解するには時間が足りなかった。


 グレイパンサーはもはや手を伸ばせば届く距離にまで近づいていた。さっそく口を開け、鋭く伸びた牙を覗かせてシェリーの首元へと食いつこうと弓引きのように力を溜め、勢い良く飛びかかろうとせんばかりだ。


 ――万事休す。


 そう思えるがそうはならない。グレイパンサーこそが知らなかった。己が今、何をしようとしているのかを…。


「カッ……!?」


 一瞬の出来事であった。

 

 グレイパンサーは行動の合間を取られて不意打ち同然に上から飛来してきた魔力弾に頭を撃ち抜かれ、そのまま絶命した。

 

 音も無く、鼓動が止まった事によって徐々に倒れゆくグレイパンサーを影が覆い、続いて相方の成り行きを見守っていたもう一方のグレイパンサーにも覆って「ギッ!」と小さな叫びを漏らしたの最後にこの場から消え去った。


「んっ?」


 最後の小さな悲鳴にシェリーがようやく後ろを振り返った。だが。何もない。今まで通りの静寂に包まれた樹海の光景が目に入るのみ。


 気のせいかと疑問に思いつつ、シェリーは採取を再び続けていくのだった。



◆◇◆◇



「残念だが、お前の肉は食糧に向かないんだよな…。と言う訳で、とっととここから失せろ」


「ギャンッ!」


 まったく、気の緩みにも程があり過ぎるぞ。どう対処するか見守っていたのだが、とんだ期待外れとなったために慌てて助けに入った。帰ってきたら気配の察し方を重点に特訓を課してやろう。

 

 そう考えつつ、俺は右手に掴んでいるまだ生きている方のグレイパンサーを調べた。尻尾を掴んでいるものだからぎゃんぎゃんとうるさいネコ科特有の鳴き声を上げて暴れ回っているが、俺の手はびくともしない。

 

 そんなグレイパンサーを俺は思いっきり樹海の彼方へと投げつけた。かなり遠くへ飛んでから地面へと転がっていったが、さすが魔物というべきか颯爽と立ち上がってどこかへと走り去っていった。


 やむを得ず仕留めたグレイパンサーの方は前と同じく土の魔術で樹海の養分化して地面へと埋めておいた。

 

 無駄な殺生はしない主義だが、致し方なかった。


(…少し慌てたか?)

 

 俺ともあろうことが慌てるだなんて柄にもない事をするとは。


 まぁいい、とりあえず食糧採取はシェリーがあと少し採り終えたら俺から声をかけてやろう。






 こうして、俺にとっては数十年ぶりの食糧採取は何事も無く事を終え、無事に俺たちは家へと戻った。

 

 家に着くや、庭に採って来た食糧を並べていった。

 

 シェリーは大籠三つ分の野菜類の食糧が山となって道具袋から出てきたが、俺は肉類だからかなりの量がかさばって出てきた。まるで肉のバザーそのものだ。これなら当分食糧には困らないだろう。


「よくぞここまで…」


 何を引いている。こっちは色々と面倒なのを我慢して励んだんだぞ。逆に感謝してもらいたいな。


「とりあえず俺はこの食糧を保存する処理をするからお前は昼食にとりかかっておけ」


「あ、はい」


 後は餅は餅屋に任せるといったところか。

 

 シェリーが家へと戻っていくのを確認した所で大規模な魔導を行使していく。


 選ぶのは固定、物体の状態を半永久的に保存するのに役立つ魔導。

 

 陣を広めて庭全体を囲うほどの大きさにし、魔力を練り上げて発動した。淡い光が食糧を包み込み、沁み込んでいくかのように集まって入っていく。


「……ふぅっ」


 慣れてはいるが、魔力を使うのは量によって虚脱感に襲われる強さが出てくる。少量でも息がわずかに乱れるのが俺にとっては不快感そのものだ。


 そういえばシェリーが初めてこの家にやって来た頃は魔力分解者の能力が効果を発揮しまくって大変になったものだな。あの時も魔導をかけ直す際は魔力をいつも以上に使ったものだから虚脱感がさらに激しかった。


 …思えば、俺ってシェリーのおかげで意外と苦労かけられまくりなのか?

 

 術壊されるわ…。


 魔物に襲われて目が離せないわ…。


 俺の言う事時々聞かないわ…。


 おや、何か色々とおかしくないか? 仮にもあいつって居候だよな?


 対価が見合ってない気がするのは俺の気のせいなんだろうか? そもそもシェリー達を当初の俺が家に迎えた理由といえば…。


「止めだ止め、余計なことを考えるなってのに…」


 こんな事は再認識する物じゃないだろう。俺は自分にそう言い聞かせて理解しないでおく方も良い事を知るのであった。

 

 だが、この鬱憤はきっちりと本人に払ってもらうとしようか。今回の特訓は…冗談抜きで泣かしてやろうか?

 

 よし、今決めた。そうしよう。

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