表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/49

第三十五話

「気が付いた時には辺り一面が火の海だったんだ。あたし達は命からがら逃げのびたんだけど、他の連中は駆逐し尽くされて…」


 両腕で肩を抱え、震えながら語るラミアの言葉をこの場にいる皆が一字漏らさず耳を傾けている。

 

 ある者は苦悩の表情を…。


 またある者は青ざめた表情を…。


 十人十色の顔が浮かべるその光景はある意味異様だ。まだ十分程度しか経っていない。質疑応答の時間も入れてこの様だが、一時間は感じるほどに濃密な空気が場を支配していた。


「ミュロス嬢、そなたの森が制圧されたのは侵略が始まっていかほどか?」


 ちなみに、あのラミアの名前はミュロスというらしい。今までずっと名前など聞いていなかったが、俺としては今後会うかどうか分からない者の名前を覚えていても仕方がないのが本心。


「最初に被害を聞いたのがあたしの住処に来る前の二日前だから…最後に聞いて五日後くらいだと思う」


「なんと、西の森がたった五日で制圧されたというのか!」


「いや、ミュロス嬢の話によればまだ三分の一じゃ。それでも驚異的な速度ではあるが…」


「西の森にはかの高名なリザードマン剣士のユージーン殿がおられる場所だぞ! 人間に後れを取るなどそんな馬鹿な筈が…!」


 人狼達がミュロスの話に信じ切れぬ顔をしてそれぞれ議論を交わす。

 

 そういえば今ではこの樹海はなんと呼ばれているのかいささか気になるな。俺の住居を中心とした結界の範囲を『赤霧の森』と呼ばれていたのは知っているが、この樹海の本当の名前は別にあった筈だ。


 ちょっとした好奇心から俺はヘレネに聞いてみる事にした。


「そうですね、他にはない強力な魔物や亜人の住処とされ、熟練の冒険者でさえ入るのを躊躇うとされる未開の地として『深淵の樹海』と呼ばれています」


 深淵――。


 底知れぬ地という意味で名付けられたのかもしれない。

 

 話に出てた西の森というのは確か『木枯らしの森』だったな。あの森は毎年森の中とは思えぬ乾いた冷たい空気が漂う場所でもあるからそう名付けられている。


 赤霧の森という名は本当にもはや伝説となってしまったんだろう。むしろ知っている人間の方が珍しいという現状か。

 

 そうすると、シェリーはよく知っていたという人間となる。


 あと教えた人間といえば…。


「クリム殿?」


 おぉっと、いけないいけない。どうもこの手の考えは持ってかれてしまう。

 

 ヘレネの声に俺はハッと意識を戻した。

 

「少し、外に出てくる」


 外の空気を吸うついでに済ませておきたい事があるのを思い出し、ヘレネにこの場を少々任せて俺は集会所から一旦出ていった。






 入口を出た瞬間にあの番人が一瞬様子を慌てさせていたが、すぐに目を険しくさせて俺の事をキッと睨んできた。


 この程度など気にする物ではないので無視して俺はローブからある物を取り出す。右手に羽ペンとインク、左手に羊皮紙と手際よく手紙を書くためのセット。


 それぞれに物体浮遊の魔導をかけて浮かばせ、手紙を書く用意をしてさっそく羽ペンの先にインクを濡らし、羊皮紙にペンを走らせていく。

 

(たぶん驚くだろうな、こんな形で伝える事になるんだからな)

 

 書き終えた俺は羊皮紙を綺麗に四つ折りにしてから掌に乗せる。次に口元へと寄せてその羊皮紙目掛けて息をフッと吹き掛けて空中へと飛ばした。普通ならばこのままひらひらと舞い落ちると誰もが予想するだろうが、俺の術は既に完了している。


 羊皮紙は俺の息に乗って空中に飛ばされると思いきや、四つ折りの形からしだいに形を変えていく。変形が終わった頃には俺の目の前には一羽の小鳥が翼を羽ばたかせて滞空している。


 羊皮紙の身体で作られた小鳥が…。


「行け」


 俺がそう命令すると小鳥は「チチチ…」と小さく鳴いてから空高く羽ばたいていった。


 これこそ、俺が使う形質変化の魔導の応用だ。本来の形質変化の魔導は術者が触れている限り発動させられる限定があるのだが、先ほどの小鳥は俺の唾液自体に術式を乗せて発動させた遠隔操作式の術だ。


 この魔導を発動させるには緻密な演算処理と術式陣が必要となる。軒並みの魔導士や魔術士には術式を組み立てる自体無理な代物に違いない。見送りと休憩も済んだ所で俺はさっそく集会所の中へと元に戻っていった。






「進展はあったか?」


「迷走中と言えます」


 ヘレネからその後の状況を大雑把に聞いてみるが、進展は無さそうだとうかがえた。相変わらず激しく議論を交わす人狼達の姿が俺達の視界に映る。


「人間は新たな魔導兵器を開発したのやもしれぬ。でなければここまでの規模にはならん!」


「どうする、我々も戦闘の用意を施しておくべきか?」


「手ぬるい! いっそのこと西の国の王を直接仕留めるべきじゃ!」


「馬鹿を申すな! そのような暴挙、川の流れに小石を投じるに等しい行為ぞ!」


「ではどうすればいいか汝は考えがおありか?」


 これは駄目だ、低迷だな。結論を求めるための過程が人狼好みで占められている。人間相手には人間用に考えた相性というのを頭に入れておかなくちゃ良い策など浮かびやしない。これ以上ここにいても時間の無駄だな。


「ヘレネ、もう行くぞ」


「え、あ、はい」


 俺の唐突な提言にヘレネは一瞬呆けたが、若干戸惑いつつ俺の後に従った。


「こりゃ、待ていクリム! どこ行くんじゃ?」


 そこに、俺達の行動に気付いたレキが慌てて俺達を呼び止めてくる。


「決まっている。帰るんだよ」


「これほど重大な情報を持って来て後は全て任せるなどと無責任にも程があるまいか?」


「無責任? 何を言っているんだ?」


 俺は無表情のまま人狼達を見据えた。


「嘗て住居を勝手に建てた非礼は既に詫びた。それにもかかわらず、お前達、人狼は力づくで俺を迫害しようと向かい、俺の財産である魔導をいちぢるしく破壊もした。これも俺は許そう、ここまで寛大さを見せている俺が今回はさらにお前達にとって有益な情報を授けた。…にも関わらず、俺から案を求めようとする」


 俺は静かに人狼達の元へと歩いていく。


「ちょっと虫が良すぎやしないか?」


 少し説教をさせてもらおうか。

 

 今だに自己基盤と優位感覚で敷き詰められたプライドの高い馬鹿なお前らを見て呆れるよ。子供にでもわかることだぞ? 人に物を頼む時はどうするんだ? それぐらいしてみろ。


「そもそも、俺はこの情報をお前達の存命を意図して送った訳じゃない。そうだなぁ、敢えて言うなら…暇つぶしだ」


「ひ、暇つぶしだとっ!?」


「人間を相手にするくせに、人間の事を微塵も知ろうとしないお前らの議論は面白かった。人間相手の情報を得る手段が少ないから仕方ないのかもしれんが…」


「どこまでも愚弄するか! 人間が――」




「いい加減にしろよてめぇらっ!!!!!」




 俺のどなり声が人狼達の言葉を全て吹き飛ばす。

 

 すると、すぐさまこの場に静寂が訪れた。


「人間がとか亜人がとか関係ねぇんだよこれは! 戦争が起きようとしているんだ! それも大陸同士のでかい規模で…これがどういう意味だか本当に理解しているのかこの駄犬どもがっ!」


 俺の怒った顔など初めて見る者もいれば久しぶりにいるかもしれない。だが、構わず俺は怒号を続けていく。


「大勢の命が死ぬ。この事実は覆せないんだ! なぜなら俺達は当事者ではないからだ!」


 問題は西の国と北の国の出来事には俺達のような隠居者達は大きく関われないという事実を理解できていない事にある。


 戦争というのはいわば大きな波の連続だ。第一波を防いでも、続いて第二波、第三波と襲ってくる。はっきり言ってこの樹海の亜人や魔物では最後まで耐えきる事はできないだろう。確かにこいつらは強い。そこらの人間が束になっても勝つのは難しいくらいに。


 けど、それは数十単位での話だ。数百単位や数千単位といった数の暴力になると多くの犠牲は免れない。それも何度も重複するから比例して多くなるだろう。これで『間接的』なのだから嫌になる。もし直接となったら被害はさらに大きくなる事が想定される。


「お前達がするべき事は来るべき戦乱にどう戦うかじゃない。いかに生き残れるかを打算することだ。いいか、俺達は外部の者だ。これを履き違えるんじゃない!」


「その言い方では我らが人間相手では背を向ける腰ぬけという事ではあるまいか!」


「腰ぬけがなんだこら、それに、相手側はお前達の言うような誇り高き生き様なんざ関係ないんだよ。くだらん矜持にいつまでもしがみ付くんじゃない。無様にも程がある」


 人狼が人間に無関心なように、人間も人狼に無関心だって事がある。向こうは大事(おおごと)しか捉えてない。いちいち小事なんざ気にするつもりなどないだろう。なんせ相手は『国』丸ごと一つだ。これを相手にするなんて人狼では小さすぎる。


 俺ならば…国を相手にするのは造作ない。暴力的な意味でだが……。

 

 だが、俺は国盗りといった馬鹿げた行動に本気を出すつもりはない。…とは言っても、俺が本気を出すことは到底ありえないだろう。

 

 まず第一に被害が大きすぎる――。


 人里ならなおさらだ、周りを気にせず全力で力を出すとなると、そこが滅ぶことは確定する。決して比喩ではない。さすがの俺も本気を出すと特定の場所や人だけを攻撃するという器用な真似が出来なくなる。


 第二にさすがに他人には無関心な俺でも世界中から今になって『大量虐殺者』のレッテルを張られたくはない――。


 だから今まで俺は自制(殺意の抑制)というスタンスは崩さなかった。

 

 それに、こんな事したら知り合いであるあいつらが黙ってられないだろうから余計な荒波は立てたくない。


「レキ、今回の状況だと議会を開かざるを得ないだろう。そこで本格的に語り合う事にするぞ。俺からは以上だ」


 もはや人狼だけの問題ではない。今後の行方は樹海の代表達による議会で最終決裁を行うべきだと俺はレキ達に聞こえるよう宣言したところで今度こそ、俺達は集会所から出ていった。


 外へと出ると、いつの間にか里中の人狼達が集会所を囲うようにして集まっていた。ちょっと声が大きすぎたか…。大方、俺の怒号を聞いて不測の出来事を予期していたのに違いない。


「…どけ、見せもんじゃねぇんだよ」


 低い声色で呟いた俺の言葉によって人狼達は息を飲みながら道を開けていく。出来た道を俺達は人狼達の視線を目いっぱい浴びながらだ。その中にはこの里に来る前に出遭ったあの少年達もいる。もちろん、敵意丸出しにして…。


 こうして、俺達の人狼の里訪問は波乱を帯びたまま終えていった。






 里を離れからは俺とヘレネは例の崖の上で別れる事にした。


「色々とつまらないことに付き合わせてしまったな。すまなかった」


「いえ、ちょっとした観光がてらで私は楽しかったですよ、クリム殿」


 ヘレネは微笑んで「そんなことはない」という感じで俺に一礼した。


「では、また会う日までごきげんよう。依頼通り、服が出来しだいお届けに参りますので――」


 そう言った瞬間、ヘレネは足に力を込めて一瞬にして崖を下っていく。登るより簡単な下りは瞬時に崖下へと到着し、続けて土煙を上げながら樹海の奥へと消えていった。

 

「…相変わらずだな」


 これに続いて俺も崖から飛び降り、重力に従って地面へと激突する瞬間を狙って物体浮遊の魔導を行使し、衝撃をゼロにして地面にゆっくりと降り立った。


「さて、約束は約束だからな」


 俺はさっそく振り向いて壊れた状態の崖を治し始めた。崩れた岩石を崩れた場所から予測して物体浮遊の魔導を駆使して持ち上げ、パズルのように貼り付けると同時に結合の魔導で形を作り出していく。


「…で、いるんだろ。ライザ?」


「へへっ、やっぱりバレたか」


 いつの間にか傍の樹林の上から俺の様子をうかがっていたライザに出てくるよう催促した後、俺は崖の修繕の作業を続けた。


「今回も派手なことぬかしたなぁ。まーた里が荒れるぞ?」


「そんな事など俺の知ったことじゃない」


「ま、そりゃそうか。…んで、族長から速達だ。『この度も見事な演技に感服した。毎度、憎まれ役を担ってくれて本当に感謝している。これでまた樹海内の関係が強固になる要因が生まれるだろう』とよ。族長も中々だったと思うけどな…お前もそこん所どうよ?」


「勝手にやってろとでも言っておけ」


 ライザはぶっきらぼうな俺の言葉に「やれやれ」と手を挙げた。


「それにしてもよ、重役の頭でっかち爺共は本当に能天気だぜ。昔は領域争いで他種族間で殺し合いをするほど争って立ってのに、どこのどいつのお陰で種族間の調停がなされたかそれぐらい察しろっつーの! 「皆で憎ったらしい『あの人間』をやっつけよう」ってな感じの目標を作ったのが始まりだろうが」


「そうか、お前はつまり俺が恩着せがましい人間だと言いたいんだな?」


「いやいやいや! 別にそこまで悪く言っちゃいねぇよ!」


 ライザをからかっている内に崖の修繕は既に完了した。もはやこの場に用は無い俺はローブに形質変化の魔導をかけて翼にし、空を飛ぶ準備に入った。


 もうあの手紙も届いている筈だ。ちゃんと読んでいればそれでいい。


「あぁ、それとよ…族長こうも言ってたぜ? 『何か良いことがあったか?』ってな」


「……さぁな」


「あ、おいっ!」


 最後の質問に詳しく答える前に俺はこの場から飛び去った。下でライザが騒いでいるが無視して家へと戻る事を優先した。最後に聞こえたのは「お前が連れてきたラミアの方は俺達がしっかりと面倒見ておくからな!」という話であった。






 悠久の日々を過ごした俺にとっては短い時間だったが、やはり自分の家はいい。愛着が湧くというのはこういう事を指すのだろう。

 

 滑空で静かに足を地面に付けた所でローブを元に戻し、自分の足で家に歩み寄る。しばらくすると、家から何者かが出てくる様子が視界に映った。


 シェリー、エレイシア、アリシア、ボー、ヤン、キキ――。


 我が家の同居人が勢揃い。皆が俺へと手を振って迎える準備万端といった様子だ。


 ただ、シェリーの様子だけは一際目立った。満面の笑みを浮かべながら手を振る。正確には『羊皮紙』を手にした手を、だ。


(どうやらちゃんと届いていたようだな)


 『試験結果』の連絡がな。

 

 さてと、百年来に初めてできた生徒の今後でも考えておくか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ