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第三十四話

 そこら中から奇異な目で俺達は見られている。他にも恨みや憎しみが籠った刺々しい視線も増々だ。


 こうされる理由は俺達は一番良く知っているが、実際やられるとあまり気持ちの良い物ではない。堂々と、堂々とだ。弱気を見せたら向こうにたちまち付け入られるからな。


「レキは何か言っているのか?」


「いんや、とりあえず丁重に迎えてこいとしか言われてないぜ」


「今だレキ殿はご健在ですか、もうまもなく80歳を迎えなさるというのに…」


 ヘレネは人狼の族長――レキ――に感心を抱いていた。レキは俺も古くから知るこの樹海にとっての実力者だ。

 

 ちなみに、三大種族であるミノタウルスとケンタウルスの族長は、

 

 ミノタウルス――フンバッハ――。


 ケンタウロス――ケイロン――。


 二人は代替わりして就任した族長で樹海の中では若手に入る。こうした中でレキの老いてもなお闘争心の強い人狼をまとめ上げる裁量は俺も評価せざるを得ない。

 

 だが、俺から言わせれば早く引退して後任に任せておけと言わせてもらいたい。突然ぽっくり逝って何も決まらずにいると、後が色々と大変になるからそこん所の準備も施しておいてもらいたい物だ。

 

 まぁ、恐らくあの『老犬』の事だ。そこも抜かりはないんだろうな。


「よし、俺が案内できるのはここまでだ。後はお前達に任せるぜ」


「おいおい、最後まで案内してくれてもいいんじゃないか?」


「馬鹿言うなよ! 背中にいるこいつらを背負ったまま胃に悪そうな雰囲気漂わす場所へいけるかってんだ」


 ライザはげんなりした表情で俺の提案を否定した。別にお前はいてもいなくても変わんないしな。冗談で言っただけだから気にするな。


 確かに…常人なら心が耐えきれないような場所だ。人狼の里にある集会場はレキを始め、里の代表である重鎮――いわば幹部――が勢揃いしている。


 今後の里の体制や他種族との交流の仕方を決める重要な役割を担っているやつらが日々論議を交わす場所こそ集会場なのだ。


「それに、ヘレネの手に持っているラミアが一体何なのかは俺は敢えて聞かねぇぞ、聞かねぇからな!」


「大丈夫ですよ、物騒な理由はありませんから。なんなら食用として保存食に仕上げましょうか?」


「ひいぃっ!」


 ヘレネがラミアに横目で視線を向けながらそう言うと、これに反応したラミアが小さく悲鳴を上げて震えだす。


「いやぁ、さすがにラミアを食い物にするのはちょっとなぁ…」


「では、鱗と皮を剥がして防具を作りましょう。代金を払ってくだされればの話ですが…」


「あ…ぁ…あぁ……」


「それなら俺にはこいつの眼球をくれないか? 魔眼殺しの装備を作るのにこいつの網膜が必要になるだろうからな」


「あは、あははははは……」


 俺達は三人そろって嫌な笑みをラミアに向けて『素材』にとって恐ろしい事この上ない話をしていく。すると、恐怖で情緒が崩壊しかけたのかラミアは泣きながら狂喜した。


 さて、冗談はこの辺にしておこう。今のやり取りは単なるヘレネの悪戯だ。


 ライザも良くやるものだ。先ほどまでヘレネをカサンドラと勘違いして膝が生まれたての子鹿のように震えあがっていたのはどこにいったのやら…。おまけにいきなり逃げ出そうとするから思わず尻尾を掴んで引きずり戻してしまったじゃないか。


「そろそろ行くぞ」


「…そうですね」


 ラミアに関しての話は今は置いといて、集会所へと俺達は向かう事にした。


 里の奥には一際大きく目立つ石造りの建物。自然に覆われた蔓が装飾として機能している。

 

 今から行く場所は駆け引きが重要。ご機嫌取りなど愚の骨頂。ある程度は覚悟しておかなければならない。






 表情が険しくなっていたのか、俺の姿を見た集会所の番人は息を飲みつつ通行の遮りをしてきた。


「失礼だが、族長達は重要な議論をしておられる。終わるまでそこでお待ちいただこうか」


 待てとは言っているが、元から入れるつもりは無さそうな言い方だな。


「こっちも重要な話がある。下手をするとお前達の里の存亡をかけた物になるかもしれない程のな」


「そんな話を部外者である貴様から信じろと?」


「別にお前が真偽を求める必要はないだろう。もし、お前によって里がこの話を知らぬために最悪の結末を迎えることになった時、お前に責任は取れるのか?」


「人間の話など聞くつもりは無い! たとえそれが真実だとしても、貴様のような人間に恩を売ることになるのだけは我々にとっても恥だ」


「恥? いいや違うな。お前の言うそれは単なるくだらない意地だ。感情にまかせた独りよがりの考えなど犬に食わせとけ。あぁ、悪い…物覚えの悪い犬そのものなお前にこの言葉は正しくないな」


「貴様っ!」


 番人が俺の服を両腕で掴み上げてくる。敢えて手は出さない。交渉術は先に手を出すと不利になるのはどうあってもあからさまだからだ。


「安い怒りだな。口で勝てない相手を暴力で従えようとするのがお前達誇り高き人狼だとするなら、俺は喜んでこの喧嘩買わせてもらってもいいぞ?」


「うぐぐっ!」


 屈辱に顔の毛を逆立てる番人は腕を震わせて殴るか殴るまいか決断に迷いを生じていた。


「何をしているのかな?」


「オ、オズワルト様!」


 その時、建物の入り口から番人がオズワルトと呼ばれる若老の人狼が出てくる。


 確か重鎮の一人だったな。種族の中での深い情勢はあまり知らないから最低限の事にしている俺には重鎮自体が何人いるかも知りえない事だ。


「ほぉ、これはこれは珍しいお客様が参られたものだ」


 オズワルトは俺の顔をじっくりと値踏みをするように見る。だが、他の人狼のように嫌味を含む視線ではないので別段と嫌悪感は浮かばない。


「そちらのお嬢さんは…もしや、カサンドラの関係者かな?」


「えぇ、カサンドラは私の母です。初めまして、長女のヘレネと申します」


「これはご丁寧に。私はオズワルト、以後よろしくお見知りをヘレネさん」


 おぉ、ヘレネをカサンドラと間違えなかったか。なかなかの慧眼を持っているようだな。


 ヘレネとオズワルトは親愛の印としての握手を交わしていた。


「では、お二人方は何用で我が里を参られたのかをお聞きいたしましょうか」


「お前達にとっても有益な情報を証人揃えて持ってきた」


 俺はそう言ってヘレネに目線で合図を送ると、ヘレネは掴んでいたラミアを前へと引っ張りだした。現在は目と口を塞いで耳と鼻だけを開けた状態で糸によって拘束されているが、暴れる様子は見られない。


「この頃、樹海付近で見られるという人間の冒険者や兵士の正体と戦力についての情報だ」


「おや、すると前にこの樹海には深くまで入って来れなかった者達に関してですかな?」


 以前、樹海へと何人か人間が入り込もうとしたようだが、圧倒的な実力差によって打ちのめされて慌てて逃げかえっていったという話を聞いた。


 単なる調査、力試しの線で入った事として当初は見送ったが、この頃はそうのんびりと傍観していく訳にはいかない。


「他の森から避難者が流れてきている。大抵は被害が出る前に出て行った者だが、このラミアは『体験者』だ。曖昧な供述をするやつらよりは信憑性は高いだろう」


 情報の重要性はこういう場所に住んでいる俺達にとっては良く知っている。早い者勝ちがどれほど価値があることかも…。


「なるほどなるほど、良い手土産ですな」


「レキに会えるか?」


「会われる条件としては好都合ですが、他の者達があなたの参議を認めるかは私と言えどもわかりませんな」


「別にお前達の決め事にケチを付ける訳じゃないんだ。そこは理解してもらいたいものだな」


「ふーむ……」


 オズワルトはため息を付きながら何か考え込むように顎に手を当ててその場で目を瞑る。その場で数秒沈黙した後、考えがまとまったのかカッと目を見開いた。


「分かりました、参議を認めましょう。ですが、後に起こる『不幸』は我々上の者は関与していないと認識してもらいたい」


「保険という訳か…いいだろう、俺も必要以上に追い詰めるつもりはない」


 ようやく交渉がまとまり、集会所への入所に許可が出された俺達はオズワルトの後ろに着きながら入っていく。

 

 その途中、先ほど突っかかってきた番人が忌々しそうに俺の事を睨んでいたが、実質知ったこっちゃない。






 中へ入ってしばらく進んでいくと奥から怒号のごとく音声が俺達の耳の中へと入り込んできた。


「だから、ケンタウロスの村にいる避難者達への支援物質は食糧2の衣服1が的確であろう!」


「何を言いなさる! 今年の収穫量と過去の収穫量を統計してみるとその比率では我が里の食糧が追い付かなくなりかねんですぞ!」


「ならばミノタウロス達と集計を図って負担を分配すれば良いではないか!」


「それだと時間がかかり過ぎる! 避難者はまだ増える可能性が大きいんじゃ!」


 角を曲がって会議場の入り口をちらっと覗いてみると、人狼の顔ぶれとも言うべき重鎮達が一台のテーブルを囲って声で殴り合うかのように激しく言い争っていた。

 

 そこへ渦潮よりも激しい渦の中へと俺は躊躇なく入り込む。これは度胸ではない。胆力による賜物だ。


「やぁやぁや、ご無沙汰かな? 人狼諸君」


「「「「「……っ!?」」」」」


 俺の姿が表に出るや、一同はありえない物を見たかのように驚いて視線を俺に集中させてくる。


「おぉ、来たかクリム。数ヶ月ぶりじゃのう」


「まだまだポックリ逝きそうにはなさそうだな、レキ」


「ほっほっほ、若い者にわしの代わりを任せるなどまだまだ早いわい」


 一番奥の席にて鎮座していた人狼の族長――レキ――が俺の姿を見るや、おかしそうに笑って返事を返す。これに俺はわざと憎まれ口を叩いてみるが、気にする様子はなく軽く流された。


「何しに来た! 魔導士!」


「ここは我ら人狼の中心の場だ。下賤な人間風情が入るべき場所ではない。態度を弁えるがいい!」


「部外者はさっさと去ね!」


 しかし、他の者達は俺を目の敵にして罵詈雑言を始め出す。普通ならこれほどまで自分に集中した敵意には怯んでしまうものだが、俺は慣れている。周りの意見など気にも留めず、人狼達の座るテーブルへと進んでいく。


 そして、傲岸不遜に前足を思いっきりテーブルに踏み付け、軽い脅しをかけておく。これによって先ほどまで騒いでいた者達が一瞬にして静まり返った。この状況から俺は言葉を発し出す。


「別に帰ってしまっても構わないが、本当に帰ってもいいのか?」


「何ぃ?」


「俺は元よりこんな辺鄙な場所へ来るつもりはなかった。だが、偶然にも手土産が手に入ったんでな。お前達の視野を広めるにはちょうどいい教本として俺はわざわざ運んで来てやったんだ」


 交渉の時に必要なのは決して自分は相手より下の立場にいるとは思わないことだ。状況の真実がどうであろうと、弱気になればそこで負けだ。優位というのは自分から作らねば生まれない。ペースを維持することだ。


「族長……」


「…何、それは本当か?」


 俺を余所にレキの耳元でオズワルトが何やら囁いて伝えていた。


 おそらく俺が集会所の入り口で簡易的に話した内容の事だろう。


「諸君、どうやら我々は避難者の支援のみにかまけている暇はなくなりそうじゃ。近頃、西と北の人間の国では戦争が勃発するかもしれん状態なのは皆も承知の筈じゃろう」


「えぇ、それがどうか?」


「これを説明するには…クリム、お前の言う証人をここへ」


 合図と同時にヘレネが件のラミアを放り投げるように引っ張りだすと、床に転がってレキ達の元へとラミアが姿を現した。


「それじゃあいいですか? 今の話の通り、あなたが住んでいた元の森での体験を正直に話しなさい。あぁ、嘘を言ったら更に罰が待っていることをお忘れなく。それでは始めてください」


「はいぃぃぃっ!! お姉さまあぁぁぁっ!!」


 変な方向に躾けられてきたなこのラミア…。


 ヘレネは今後こいつをどうするつもりなのかいささか不安に思えるが、今は考えないでおこう。


 では、楽しい楽しい討論といこうか。

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