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第三十話

「では、私はここら辺りで御暇させていただきましょう」


 ほくほく顔なヘレネを前に俺達は見送りを始めている。


 シェリーは友好的な笑みを向けて「また来てくださいね?」といった言葉を贈りはしたが、アリシアと妖精達は家の扉辺りで顔を半分出してびくびくしながら様子をうかがっていた。


 さすがに刺激が強すぎたんだな。まぁ、何度もあんな目に遭わされては実質たまった物じゃないか。アフターケアぐらいはしてやるから少しは堂々とした姿勢を見せてもらった方が俺としてはいいんだが…。


「あぁ、そういえば言い忘れていたことがありましたが、母の事なのですが…」


「行方が分かったのか?」


 この世界で最も深いガルナ海峡に転移させてはみたが、やっぱり案の定あの不死身にはこたえなかったようだ。大方、五千メートルもの海底から這い上がってきたんだろう。アルケニーが海を泳げるだなんて報告、俺が普通の人間の頃で学会に提出すれば笑い物になるふざけた話だ。


「南の国にあるリゾート海岸にて水着姿で日焼けしている姿が見られたそうです」


「アルケニーが海水浴と日焼けを楽しむな!」


 つい突っ込んでしまった。相変わらず後先のわからない行動をする奴だ、カサンドラは。そもそも日焼けできるのか? あいつの人間としての身体は飽くまで擬態なんだが…案外気分の問題なのかもしれない。

 

 そのリゾート潰れやしないかいささか心配だな。ひょっとすると『不幸な事故』による遭難者が多発しそうで向こう側も頭が痛くなるかもしれん。


「あーちくしょう。まーたオ・モ・テ・ナ・シしなきゃなりそうだ」


「ま、またあの人が来るという事ですか?」


「お土産は期待できそうにないがな」


「うぅ…私あの人苦手です」


 シェリーもいつか来る災厄に俺と同じく頭を悩ませた。

 

 ふとヘレネの様子を見ると、その顔は口元を軽く押さえながら笑っていた。


「クリム殿を見ていると本当に不思議に思えてきます。人間、魔物を問わず大抵の者ならば母が己の元に来ると知れば狼狽し、恐れ慄くのが普通ですので」


 もはや慣れたからな。腐れ縁とは言いたくないが、どちらか一方がこの世からお去らばしない限りはこういった問題は延々と続く可能性が出ている。


「それに、ああ見えて母は意外と寂しがり屋なんですよ。生まれて間もない頃から親に恐れられ、駆逐されかけたがために誰よりも愛情を求めるんです。けど、母にとっての求め方は長年の苦痛により狂気に溢れた形で曲解してしまいました」


「お前達を産んだ理由もそんな所、か…」


「アルケニーは卵を多く産むんですけど、自分の子供として育てるのは幼期の生き残りで残ったごくわずかなんですよね?」


「そうだ、この習性は血によって引き継がれていく。決して抗えない(カルマ)としてな」


 シェリーが覚えた知識に間違いがないか俺に真偽を問いかけてくる。人間と魔物では常に命の危険性を察しする価値観が違うんだ。一見、弱くて強い子供に食われたアルケニーの幼生体は一般に「ひどい」か「かわいそう」と同情する物だと人間は考えるかもしれない。


 だが魔物では違う。「弱く生まれたがためにこの後、他の者に殺されるくらいならいっそ…」と慈悲の意をかねてこういった形を取ってもいるのだ。


「シェリー、言っておくが同情はするな。同情はカサンドラにとって生き方を否定されるに等しい侮蔑行為だぞ。アイツにはアルケニーなりの矜持としてその生き方をなぞっているんだ」


「はい……」


「だが、あの性格はいただけん。あんな悪趣味が無ければ俺としてもちょっと付き合い方を変えてもいいんだがな」


 本当に必要ない要素この上ない狂気だからな。


「そういうクリム殿もそんな母の考えを熟知しているがゆえに毎度聞くような激しい戦いをなさるのでしょうね」


「いや、俺は単に研究の邪魔になるから追い払っているだけだ」


「母は「そういう所が『ツンデレ』って言うのよねぇ!」と仰ってましたが?」


「あ"ぁ"っ?」


 思わず声色が荒くなってしまった。

 

 ほほぅ、もう少しヘレネからあいつの事を聞く必要があるらしい。

 

 おいシェリー、何をそんなに怯えた表情をして俺のこと見ているんだ? 大丈夫、理性が飛ぶくらいに頭が沸騰しているつもりはないさ。


「詳しく、聞こうか?」


「いえ、私はこれからシェリー殿の服を仕立てに店へ帰らねばならないので…」


 ヘレネは顔には出てなかったが、腹の中で「しまった!」と冷や汗を流しながら先ほどの失言を後悔しているようだった。


「なぁに、大丈夫。すぐに済むから…」


 悪い意味での良い笑みを浮かべながらヘレネに俺は近づいていく。すると、このまま捕まると面倒なことになると判断したのか、ヘレネはお得意の瞬間移動でこの場から急いで立ち去った。シェリーには突然ヘレネが消えたように見えただろうが、俺には分かる。

 

 大急ぎでこの森から抜け出そうとアルケニーの筋力を以てして全速力で走り去っていくヘレネの姿が。


「待てコラアァァァッ!! 誰がツンデレだあぁぁぁっ!!」


 俺は瞬時に狙いを定めてつま先に力を込め、魔力をブースター代わりに放出してヘレネを追いかけた。凄まじい土煙と風起こりがこの場を襲っていたが、頭に若干血が上っていた俺には気にする(よし)もない。


「い、いってらっしゃーい…」


 後ろからは遠慮しがちな声でシェリーは去った後の俺に挨拶を送るのだった。






 しばらく追いかけると加速中のヘレネの後ろ姿が見えてくる。俺の姿に気付いたのか、ヘレネは口をあんぐりと開けて絶句しつつ、さらに足を速くして俺を引き離そうと必死になり出した。


「御待ちをクリム殿! 私が言ったのではなくて母が――」


「知るかあぁぁぁっ!! だったらなんでわざわざ言った! 少なからずお前もそう思っているからだろうがあぁぁぁっ!!」


「そんな理不尽な!?」


 実際の所、ヘレネもカサンドラの言葉の通り、俺の事を少しそう思っているのは紛れもない事実。俺にとってはそういった心を見透かすのは簡単である。


 つまるところ言い訳不要、悪即成敗。

 

 超高速で変化していく背景を後にして俺達は森の結界から抜け、樹海地帯へと入っていく。このままでは樹海を抜けてでも追いかけ回されるのは確実だと悟ったヘレネは多少の制裁を覚悟に謝罪することに決めた。


 しかし、それは止めた。

 

 濃厚な殺気の気配が樹海奥から伝わってきたからだ。

 

「むっ……」


 俺も察知した。ヘレネの傍に寄りながら警戒心を上げて樹海の囲まれた光景を探っていく。


「匂いますね…血の匂いが……」


「気をつけろ、中々力が強い相手だ」


 何者かが近づいてくる。ずるずると地面に何かを引きずる音を響かせながら、遠くから枝木を圧し折りつつこちらへと確実に…。


 血の匂いを漂わせるという事はこの樹海にとって決して友好的な者とは限らない可能性が高い要素。

 

 初めに現れたのは血まみれになったグリズリーの姿。その後からそのグリズリーを片手で引きずりながら返り血なのか、同じく血まみれになった女性の姿が見えた。だが普通の女ではない。下半身が丸太ほどに太いびっしりと並んだ鱗で覆われた大蛇の尻尾となっていた。

 

 アルケニーと同じ魔物の上位種の一人である上半身は人間の女、下半身は大蛇の姿をつかさどった魔物。


 その名を『ラミア』と呼んだ。


「へぇ、食事中に騒がしく来てみたと思えば…人間じゃないか」


 ラミアはそのままその場で手に持ったグリズリーの亡骸を手で引きちぎり、その肉片を頬まで避けた口を大きく開けて頬張った。咀嚼する度に飛び散る血しぶきは一部を鱗で覆った人間部分の肌を真っ赤に染め、カールかかった紫の髪もまた赤に染めていった。


 にもかかわらず、ラミアの銀色の瞳は見る者を金縛りにさせるかのように妖しく光りつつ、俺達の方へと向いていた。


「ラミア…おかしいな、この樹海にはこの種族の魔物は住んでなかった筈だ」


「…もしや、先の西の国と北の国での戦争による大規模討伐から逃れてきた魔物では?」


「おや、よく知っているねぇ。その通りだよお嬢ちゃん」


 どうやら他の森から流れ着いてきた魔物――俗に言う流れ者――のようだ。


「だが変だな? お前ほどの上位種ならすぐにライザから連絡が来るはずだが…あぁそうか、そういうことか」


「族長達の了承を得ずしてこの樹海の敷居を跨ぐ無法者という訳ですね」


「なんだい、やけに魔物の私情に詳しいんだねぇあんた達。その通り、あたしは誰かに押さえられて生きるってのはどうも苦手でね。隠れつつ好き勝手やらせてもらっているって事さ」


 ラミアは最後の一口としてやや大きいグリズリーの肉片を一気に頬張ると、腹の中へと納めていった。

 

「それは許可致しかねますね。この樹海では一応他の森からの避難者を受け入れているようですが、テリトリーに忠実なために一定の領分を守っていただかないとバランスが壊れてしまいます」


「はんっ!、強い奴が弱い奴をどうこうしようが知ったこっちゃないね」


「そうはいきません。魔物も(ルール)を守らねばただの畜生と同じです。ですから――」


 ヘレネが続きを言う前にラミアはこちらへと蛇独特の蛇行をして素早く近づいてくるや、御自慢の長い尻尾で縛りあげようとしてきた。

 

 俺は瞬時にその場から離れて避けたが、ヘレネはそのままラミアの尻尾によってギチギチに巻きつかれた。


「人間が魔物に生き方を問うつもりかい? そりゃ御立派だねぇ。ならもうちょっと小腹を満たすために私の食事に付き合ってくれないかい?」


「うぐっ……」


 ヘレネは苦しそうにラミアの尻尾に拘束されているが、俺はこの状況にいささか疑問に思った。なぜヘレネは『わざわざ』ラミアに捕まる行動に入っていったのか?


「そらそら、このまま身体中の骨を砕いてやろうか?」


 ラミアはそんな俺の思考も露知らず、ヘレネを潰す勢いで締め付けの力を上げていく。


「ぐっ、――者め」


「あん? なんか言ったかい?」


「馬鹿者めと言ったんですよ蛇女。何が強い者が弱い者を好きにしていいですか。そんなたかが自分の欲を満足させるだけの言い訳でしかない御遊びに付き合っている余裕なんて私にはないのですよ」


「はぁっ? 何を言って…ぇっ!」


 ヘレネは人間ならば割り箸のように圧し折れてしまう程の力から真っ向に抵抗して強引に尻尾の拘束を押し上げていた。ありえない行動にラミアは当然ながら度肝を抜かれている。


「…クリム殿」


 ヘレネは一言言うと、突然自分の服を脱ぎ始めた。足で尻尾を押しのけて出来た隙間から腕だけで匠に衣服を脱ぐ様はまるで慣れているようだった。そのまま衣服をヘレネは投げて俺の方へと寄越した。


「な、何してんだいあんた!」


 ラミアもいきなり全裸になったヘレネに目を丸くしながら叫んだ。

 

 まぁ、さすがに獲物と思っていた者が衣服を脱ぎだす光景なんて見たら誰だって混乱するだろう。


「さすがに一々戻る際に服を破いてしまってはもったいないですので、脱がせていただきました」


 ヘレネはさらに力を入れて尻尾を押しのけていき、いつの間にか尻尾の方がヘレネの腕によって形を歪にするほど変わっていた。

 

 それにしても、あのラミアも不幸なやつだ。この樹海の法を知らなかったがために、手を出してはならない者を知る事が出来なかった。


 この樹海が平和だって? 


 とんでもない。あまりにも実力がありすぎるから敢えて弁えているだけだ。人里にまで出て人間を襲おうとしないのも人間に理解を示しているからとほざくが冗談ではない。むしろ人間を嫌悪している亜人や魔物が大半だ。族長の中にもそんなやつが一人や二人いる。


 俺はそんなやつらの引き起こす行動は自分に降りかかる事以外ならば基本関与しない。樹海の中で稀に来る人間をたとえ(なぶ)り殺しにしていようがな…。


「では、身体で解らせて差し上げましょう。いかにあなたの論理が子供染みた戯言かを…」


 こうしてヘレネは擬態を解いていく。下半身が膨らんでアルケニーの形を取り始め、鋭い爪がラミアの尻尾に一本、二本と引っ掛けられていく。人間の腕からは鋭い爪が伸び、顔には額に沿って八つの赤眼が露出し出す。

 

 それにしても、ヘレネが荒事に介入しようとするのは珍しい。洋裁仕立ての方が好きなやつだが、こういう『分からず屋』の魔物には突っかかる。

 

 ラミアもヘレネの正体がアルケニーだと解るや、うろたえていた。


「あ、あんた…アルケニーだったのかい!?」


 ――しばらく見てみるか。


 上位種同士の魔物が戦う光景はめったに見れないし、結果も分かっている事だ。さて、ヘレネ…どこまで強くなったか確認させてもらおう。

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