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第二十八話

 何度目だろうか、こうしてシェリーをベッドにまで運んでくるのは…。


 習慣的になっている気がするが、こんな事を毎日続けるのはさすがに御免こうむりたい。疲労に引き続き今回は気絶――そこからやる事に変わりない。


 シェリーをベッドに寝かせたら後ろで待機している子供衆に言い聞かせる。


「いいか、俺が良いと言うまで絶対に部屋を出るんじゃないぞ」


「えーどうしてー?」


「ふぇあ?」


 俺の唐突な指示にアリシアとエレイシアが首を傾げて聞くが、あえて教えないでおこう。代わりに規制済みな言い訳でこの場は乗り越えればいいか。


「これから大事な話をするんだ。邪魔されちゃ困るからだ」


「まぁ、確かにこのメンバーで静かにするのは難しいしね…」


「納得」


「でも不満!」


 ヤンを筆頭にしてシェリーの世話をしていた妖精達が個々の反応を示してくる。

 

 この場は勘違いしていろ。何が何でもお前達をヘレネの前に出す訳にはいかないんだ。特にお前達みたいなのはな。


 姿で分かるかもしれないが、あいつは仮にも『あの』カサンドラの娘だ。普段は落ち着きを示した態度で接してくるが、カサンドラ程ではないにしろ、ある意味で危うい面を持っているんだなそれが…。


「とにかく、俺が戻るまでシェリーの世話を頼んだ。分かったな?」


「はーい!」


 念には釘を刺して再度言い聞かせたところで俺は寝室から出た。ヘレネも俺に正式な用があってこそ尋ねて来たんだ。母親と違ってその礼儀正しさを無得にする訳にはいかない。


 ただ、どうしても『あの趣味』だけはどうにかしてもらいたいんだがな。現にその趣味で傷害的という物ではないが、人間側に被害が出た過去がある。本人曰く「リピドーが鎮められない」からだそうだ。


 リビングに着くと、そこにはテーブルできちんと座っていたヘレネが俺を見るや一礼してくる姿があった。


「どうでしたか? 先ほどの人の具合は」


 シェリーの心配か具合を俺に尋ねてくる。


「心配するほどのものじゃない。少し時間が経てば自ずと目を覚ますだろう」


「それは良かったです」


 安堵するヘレネ。シェリーが勝手に気絶したとはいえ、少なからず理由が自分にあると思うところが律儀だ。

 

 ふむ、シェリーの事は一旦置いといて…何故に俺の元を訪れたのかを聞きたい。直接的な手助けはできないが、何か間接的な手助けならばできるから偶には来いと俺はヘレネに以前から申しつけている。ならばヘレネがここに来た理由は限られてくるだろう。


 ヘレネは北の国で三姉妹として洋裁店を営んでいるアルケニーの長女だ。次女のレヴィアに三女のロスメルタと人間側では美三姉妹として有名。普段は擬態して人間の姿をとっているから知らぬ者には美貌満ち溢れる女性達と見られているらしいがな。


 そのあまりの美しさに男達が逢引や求婚を求めたのは数えきれないが、三姉妹は本当の正体の事もあってか全て断っている。中には貴族や恋人がいる者もいたとか真相は明らかではない。もはや遠い昔の話だ。


 当然、馬鹿な奴も出てきた。愚かにも強引に三姉妹を手篭めにしようと強硬策を取った人間もいたが、糸や針を扱うためにあるような華奢な身体付きの見た目に反して、魔物の上位種であるアルケニーの力を使って襲撃者を半殺しにしたのは一度や二度ではない。半殺しにした後は次女のレヴィアお得意な催眠・暗示の魔眼を使って記憶をうむやみにするというパターンが多くあったな。俺は魔導だが、カサンドラも同じ魔眼を扱える。技を教えたのはあいつだろうがな…。


 初めは北の国の首都で店を構えていたんだが、こうも勝手に問題が起きてしまうので首都からなるべく離れた場所に店を移動させたんだ。その移動を当時に手伝ってやったのが俺だ。店を部品にして解体し、そのまま転移先で組み立ててやった。今は大手からの請負として三姉妹の親しい人間が仕事を持ってきて、そこから服を仕上げるといった働きをしてると聞いている。


 これだけで見れば正体が魔物なだけの腕の良い洋裁店の三姉妹と言えるが、知る人がいればやっぱりあのカサンドラの娘達だと納得してしまう秘密が三姉妹それぞれにある。これを知ったらヘレネ達の評価は『残念三姉妹』になり下がること間違いない程だ。


「それで、用件はなんだ? 店の援助だとかなら見返りを求めるぞ」


「いえ、そこまで上等な悩みではないんです。じつは、妹のメリーのことなのですが…」


 メリーというのはロスメルタの愛称だな。


 なんだ、家族的問題かよ。ずっと前にお前らの母親であるカサンドラが「一緒に住む!」だなんて言い出して母娘全面戦争に勃発したくらいの問題は二度と御免なんだが…。

 

 もし、あの時カサンドラを受け入れていたら店が訪れてくる依頼人の命がいくつあっても足りなくなる魔の巣窟に大変貌していた可能性が大だ。その時の俺がやった事は後始末として店中に散らばった毒液や血液や損害といった全てを綺麗に片づけた事だ。傷跡だけでも四人の喧嘩の壮絶さがうかがえたくらいだもんな。何個か四人の内の誰かの身体の一部が床に転がっていたくらいだし。


「ロスメルタに何かあったのか?」


「何かあったとい言いますか、むしろなっていると言いますか…」


 ヘレネは口をまごつかせている。


「恋を、しているそうなんです」


 俺は一瞬背中の筋肉が強張った気がした。


「相手は?」


「店に来る依頼人の一人です。家の建築を担う土建屋の職人でして、作業服をウチで仕立てにしばしばと」


 まぁ、別に…いいよな?

 

 そりゃあアルケニーは子孫を残す際の行動は『あれ』だが、良識のあるこいつらならカサンドラのように相手を無得に扱うことはないだろう。


「いや、こういう事は俺がどうこうする問題ではない気がするな。このまま陰で見守っておくのが――」


「それが出来ないからこうしてクリム殿の元へと来たんですよ! なんせその相手がですね――五十過ぎの中年なんですよ!」


 ヘレネのその一言が家に木霊した気がした。同時に先ほどヘレネに言った言葉に揺らぎが出てくる。


「…ちなみに本気か?」


「本気と書いてマジです! その者を相手にメリーが話をした当日の夜はあの子による惚れ気話で埋め尽くされるくらい盲目な状態になるんですよ? 姉としてこんな問題放っておけません!」


「いや、だが…しかしなぁ……」


 これにはさすがの俺も言葉が出ない。三姉妹の年齢はほぼ同じ時間で卵から生まれてきたから同年齢だが、二十代半ばと人間換算無しでもそのくらいになる。

 

 ――何者かが言った。恋愛に年齢など関係ないと……。

 

 実際関係なく結婚まで漕ぎ着けた年の差カップルなんて何人もいるんだがなぁ。


「分かりますかクリム殿! メリーだけは信じてたんですよ? レヴィアは同性愛者――レズ――ですし、私も多少問題ありますが…最後の良心とも言えたメリーがまさか『オジコン』だなんて真実どう受け止めればいいか私には分かりかねます!」


「落ち着け、テーブルが壊れるから叩くな」


 アルケニーの力でテーブルをバンバンと叩きつけて憤りを表すヘレネを俺は諌めようとするが、ヘレネの荒ぶる心は静まる様子がない。叩きつける度にテーブルが“みしみし”と悲鳴を上げている。まだ壊れないでいられるのは強化の魔術のおかげだろう。だが、拮抗しかけているのでこれ以上は本当にまずいかもしれん。

 

「その、なんだ…別にアルケニーが人間のような体裁を気にする必要はないんじゃないか? アルケニーの生殖法は逆強姦っていうのが定番だしな」


「喧嘩売っている気ですか! 確かに私達アルケニーは種をもらうだけ十分な習性ですが、相手ぐらい選びます! それが年食ったオヤジだなんて…」


「まぁ落ち着こうな、な? なんだか俺達何言ってんのか分かんなくなってきているから」


 はっきり言おう。


 ――すんげーめんどくせぇ…。

 

 なまじ誠実さがにじみ溢れているから多少無理して話題に乗ってしまった。これ以上は本当に時間の無駄だ。相談かと思いきやただ愚痴を聞かせに来たとなっては俺としても付き合う必要はないんだ。


 それに、せっかく忠告してやったのにわざわざ地獄の釜へと飛び込みつつあるあいつらにも少々躾が必要だろう。

 

 俺は浮遊の魔導を廊下へと続く壁の陰で隠れてこちらを見ている子供衆に行使し、無理やりリビングへと引きずり出してやった。


「ひゃあぁぁぁっ!!」


「しまった、バレた!?」


 アリシアとヤンの焦った言葉と同時にエレイシアとボーとキキも固まって姿を現した。


「ん、どなたかし…ら?」


 ヘレネは俺と向かい合っていたから直前まで後ろの様子は分からなかっただろう。だからまだ経験の浅いヘレネには自分が見られているとは気付かなかったんだ。カサンドラなら近づこうとする時点で分かるかもしれんが…。

 

 ヘレネは改めて目の前に出てきた子供衆を見つめた。


「いきなり酷いよクリム! なにも乱暴に扱わなくても――」


 一足先にヤンが文句を言いだそうとしたが、目の前に佇むヘレネの顔を見て言葉を失った。

 

 どんな顔をしているかって? 単調に言えば『良い顔』だな。目が野獣のごとく光っているのがなければ良い笑顔と言えたんだが…。


「か、か……」


 ヘレネはぷるぷると震え始めた。言葉が途切れ途切れと出ているが、まだ何と言っているか分からないだろう。


「か?」


 アリシアは首を傾げてきょとんとした。これが致命的。


「か…か、かかかかわいいぃぃぃっ!!」


 叫んだ瞬間、母親譲りの俊足でヘレネはまずアリシアの傍に近づき、その小さな身体を感情のまま抱き寄せて頬ずりした。


「やーんすべすべぇっ! アルラウネの幼体だなんてキュートだわぁっ! 瑞々しくて冷たくてお人形みたいな姿でかわいいよぉっ!!」


「うにゃあぁぁぁっ!」


 これまでの誠実感溢れる淑女の態度とは百八十度打って変わって乙女心満載で一心不乱にアリシアへと頬ずりする。そんなヘレネの行動にアリシアは涙目で叫びながら逃れようとしているが、がっしりと捕まっていて逃げられる様子はない。


「くんかくんかすーはー! んーいい香りだわぁっ! んふふし、あ、わ、せえぇぇぇっ!!」


「助けてままあぁぁぁっ!!」


「ア、アリシアに何するんだー!」


 助けを求めるアリシア。あまりの突然さに飛んだ意識を一足先に取り戻したヤンが飛びかかる。

 

(あ、顔の部分はまずい。視界に入れられるのが第一にまずい)


「妖精! あーんこっちも小さくてかわいいわぁっ!」


「アッー!!」


 結果、頬ずりされる対象が二つに増えるだけだった。アリシアとヤンはヘレネの二の腕に拘束されてじっくりと愛でられる。

 

 俺はこの一人と一匹の犠牲を忘れはしないだろう。気が向いている隙にエレイシアを隠すように抱いて回収しておく。産毛の中でボーとキキが若干怯えながらヘレネに捕まったヤンの様子をうかがっていたが…。


「とりあえずお前だけは助けてやる。いくら手加減してるとはいえ、アルケニーの力で人間の赤ん坊を抱かせるのはちょっとまずいんでな」


「あぅっ……」


 甘ったるい声と二つの悲鳴を背に俺はリビングから去った。しばらくすればヘレネの欲求が収まるからその時に再びまとめの話をすればいい。そういやこの前加工した糸があったな。あれで一仕事頼んでみようか。シェリーの服でも新しく作ってもらうのもいい。あいつ、最初に着てきた一着しか持ってないからな。






 洋裁仕立屋『アラーニェ』――。


 三姉妹による絹より上質な布で仕立て上げた衣服をご提供させて頂きます。

 

 ですがご注意を。三姉妹を目当てに店を訪れなさるのはお止めになられた方がよろしい。


 長女ヘレネ――。


 かわいい物に目がなく、特に小さな子供を見ると暴走する小児性愛者(ペドフィリア)


 次女レヴィア――。

 

 つまみ食いはお手の物、下手な色男より女にモテる確立が高い同性愛者(レズビアン)


 三女ロスメルタ――。


 絶賛片思い中、渋めのおじ様がストライクゾーンな中年性愛者(オジコン)






 お客様には御贔屓はなさいません。対等の関係を以て仕事に取り込ませて頂いております。


 ですが、恋愛ごとには難しい相談となりますので回れ右をお願い致します。

変態の娘はやはり変態だったという訳です。

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