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第二十七話

「竜の発情期は何年に一度だ?」


「四年です」


「ハーピィが主に好む使用武器の種類は?」


「弓矢と…吹き矢?」


 常人にとっては想像を絶するスパルタ教育はいよいよ基礎力をどれほど伸ばしたかを確認する試験へと突入した。


 俺自身が一問一問と問いかけ、その問題の答えをシェリーが述べるといった簡単な試験だが、答えた回答が正解かを教えないので次から次へと進む問題にシェリーは内心揺れているに違いない。魔物一種類ごとに覚えておかなくてはならない知識をしっかり身につけているかがこの試験を乗り越える鍵となるだろう。


 そして、自分を信じる事、疑わないこと。


「リザードマンの治癒能力の原理は?」


「異常的細胞分裂活性化」


 そろそろ百問を越す頃合いだ。あともう少し…。


 踏ん張れよシェリー。


「スコーピオンの外皮は硬さの尺度でどれくらい。ならびに同硬度の鉱石といえば?」


「7.5です。そして、えっとぉ…クリスタル?」


 おや、残念。尺度は正解だが、鉱物が不正解。正しくはジルコン。ちなみにクリスタルは少し下の7が尺度。硬い殻の外皮を持つスコーピオンは武器を扱う者にとっては難所となる砂漠の魔物だ。

 

 ぽつぽつと誤認識が見つかるからまだまだだな。


 正解と不正解の回答が俺達の間で延々と飛び交っていたが、ようやく終了。最後の一問。これはお試し的で解けなくても構わない内容にしてみよう。


「人間と魔物、これら二つの根本的な違いは?」


「ぁ、うーん……」


 魔物にも人間と同じ行動をする者もいれば、人間にも魔物以上に残虐な性格の持ち主もいる。同じようで違う。そんな摂理を一言で表すと必ずしも辿りつく物がある。

 

 哲学的な意味も込めれば人間と魔物は表裏一体。


「わからないか?」


「もうちょっと待ってください。あと少しで思い出せそうなんです」


 …とは偉そうな事は言うが、感覚的に一般で人間と魔物は違うと誰もが考えるから形ある答えを持つやつなど物好きぐらいだ。そんな事を考える必要がないからだな。


「あぁ、思い出しました!」


 闘争、欲望、習性、これら全てを総称して呼ぶと出てくる言葉。


「何が何でも成そうとする自我(エゴ)の強さです!」


 ――それこそが自我。

 

 人間の欲望など可愛い物だ。面白おかしく成そうとして真剣身が無く、いつかは諦めようと安易に奔るくらいである。

 

 だが、魔物は欲望を満たすためなら容赦はしない。争いを求むならば危険を冒してまで人間の里を襲撃し、腹を満たすためなら得物を捕らえるまでどこまでも追い続けようとする。

 

 そんな生き様こそが人間と魔物を隔てる壁だ。


「これで終了だ、結果はしばらく後に伝える。それまでは好きにしていいぞ」


「終わったあぁぁぁ……」


 長い緊張からようやく解かれたシェリーは腰かけた椅子に背中をズシンともたれかかった。


「どうですかクリムさん。私合格になります?」


「急がせるな。そう判断するのは後だと先に言った筈だ」


 期待した眼差しを俺に送ってくるが、ここで教える訳がない。


「まだ待て。そう決めるのはお前の出来具合を良く解析してからだ」


「…間違えたかもしれない回答が何度もあったのですごく気になります」


 不安が募っているらしいが、それに限らず結果は変わることはない。シェリーに出来ることは一つ。とりあえず祈っておけ。


「あ、その間に洗濯物干してきますね」


 こう言ってシェリーは思い出したかの様子で椅子から立ち上がり、外へと出ていった。


 やれやれ、こういう時ぐらい休んでおけってのたくっ…。知ってるんだぞ、お前が毎晩寝る間も惜しんで学習していたのは。頑張るのはいいが、お前はただの人間だ。俺のように睡眠や食事を必要としない身体に出来る訳ではないんだから、これが原因で倒れてしまっては俺も困る。


(何かの拍子でプツンとなってしまわなければならないんだが…)


「んっ?」


 その時、赤霧の森の結界に反応が表れた。いつもとは違う人物がこの家を目指している。人間ではないのは確かだ。


 俺は気や魔力の性質を結界越しで検査し、情報を受け取っていく。


「あぁ、あいつか。珍しいな…」


 結果、俺の家に来るのが比較的珍しい部類の人物である者だと判明した。


「待てよ…そういやあいつの姿って……」


 こんな調査の結果からある不安が俺の頭を過ぎた。そうしているうちにもその人物は俺の家へと正確なルートを通じて向かっていた。

 

 ある不安、それはその人物がシェリーに鉢合わせてしまう事だ。…と言うより現在進行形でこのままいくと、今外で洗濯物を干しているシェリーに出遭うだろう。


「…まぁ、いいか」


 別にあいつ自身にはやつと違って害などまったく無いことだし。たとえ外見がやつそっくりであろうとも、中身は信じられないくらいに違う。よくもまぁ、あんなやつから生まれたと考えるとはっきり言って生命の神秘を覚えるな。



◆◇◆◇



 洗濯物を立て掛けた棒に張ったロープに一枚ずつかけていき、消毒を兼ねての乾燥として日光を浴びせる。

 

 この家には基本的洗濯物は少ない。クリムさんの物はクリムさんが魔術や魔導で綺麗さっぱりに汚れを落としているので私達の洗濯物が主だ。自分のペースを崩されるのが嫌いで研究室に籠りがちなクリムさんに洗濯物をどうにかして欲しいなどと直接頼める訳もなく、別になんでも他人に任せるというのは私にとっても納得いかないのでこの家で役割を持てる以上、文句はありませんでした。

 

 ――自分のできることは自分で率先して行う事。たとえ何者でもあっても…。

 

 大好きな祖母が幼い頃から言い聞かせてくれた言葉。私という人格となる元はほとんどが愛しい家族の心によって作られたといっても過言ではありません。


 それが周りの一部の人間に『誇りを捨てた一族』と蔑まれる要因になろうと、これだけは絶対に変えるつもりはない。


「ふふふ~ん、ふんふんふふ~ん」


 鼻歌を歌いながら私は水で湿った衣服を広げてロープにかけて固定。今日は風が強くないので固定具が外れて落ちてしまうような事態は起きないでしょう。偶に落ちているのを見ると洗い直しとなるから気が滅入りますが…。


「さてと、これでお終いかしら」


 最後の一枚をかけ終わった所で“ぱんぱん”と手を叩き、ロープにかけられた洗濯物達の全貌を見渡した。


 綺麗に横一列に並んだ規則正しい形だ。微風でゆらゆらと揺れるその様は一種の模様。作業のノルマを終えたら洗濯物を運ぶ際に使った籠を抱えて元に戻るつもりです。

 

 最終確認を終えた私は家に戻って次の作業を考える。とりあえずはアリシアや妖精達が時間のある都度に面倒を見てくれるエレイシアのご飯を用意するとしましょう。


 この頃、エレイシアはお乳を真剣に飲まずに遊び飲みをするようになってきました。ですので、乳離れをして赤ん坊専用としての離乳食を食べさせています。離乳食の作り方は初めは知りませんでしたが、以外にもクリムさんが知っていたので作り方を教えてもらった。

 

 寂しい物です。赤ん坊としていつも自分にべったりと甘えていたエレイシアが少しづつ私から離れても大丈夫になった傾向が現れてきているのですから…。成長してきたという点では嬉しいのですが、エレイシアへ愛情を多く注いできた私にとっては少し出来なくなると思うと残念で仕方がありません。


「よしっ!」


 いけません、そう弱気になってどうするんですか。


 我が子の成長を見守るのも親としての務め。時が来るまでじっくりと愛していけばそれでいいではありませんか。あまり羽目を外し過ぎると逆にこちらが子離れできなくなるかもしれません。中々難しい物ですね。


 もしかするとクリムさんの結果発表がそろそろ始まるかもしれないので、私は家へと足を進めた。


「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」


 足を止めた。突如としてかけられた聞き覚えのない声の主によって…。


 おもわず慌ててその主へと首を急がした。


「いや、こっちですこっち…」


 分かりやすく居場所を知らせる呼びかけがはっきりと聞こえます。視線をそちらに向けるが、“ばさばさ”と干されている洗濯物が視界を邪魔している。でもしっかりと見える。その奥に人影がしっかりと、だ。


「あ、すみませんね。すぐにそちらに行きます」


 中々姿が見えないでいる私の行動を気遣ったのか、声の主はわざわざ私の方へと近づいて来た。洗濯物が干されているロープ張りの棒を大回りし、ついにその姿は露わとなる。


「クリム殿はいますか? もしよろしければ呼んできてほしいのですが…」


 クリムさんの名前を知るに、知り合いである事は間違いありません。


 ですがこの時、私にとってそんなこと『どうでもよかった』。声の主の正体は女性。これもどうでもよかった。


 なら何が問題なのか? 答えは女性の姿にあった。


「…どうか、しましたか?」


  私にとっての『恐怖』そのものであるカサンドラその人であったからだ。


「…………」


 私は硬直した。声も出ずに頭の中が空っぽになる感覚に襲われていき、


「…きゅうぅぅぅ」


 このまま“どさっ!”と地面に倒れ込んで気絶してしまったのでした。



◆◇◆◇



「えぇっ? だ、大丈夫ですか!」


 カサンドラ?が心配そうにして慌てての傍へと近寄るが、反応はない。あまりの出来事にシェリーの潜在意識がブラックアウトしてしまったようだ。

 

 カサンドラ?は突然倒れたシェリーにどうすればいいのか途方に暮れた。


「あぁ、やっぱりこうなったか…」


 そこへ、忽然と姿を現したクリムが二人の元へとそう呟きながら近づいてくる。


「クリム殿! これは、その、えっと……」


「あー皆まで言わなくてもわかるから安心しろ」


 クリムは慌てるカサンドラ?を諌めてシェリーを両腕で抱きかかえた。


「どうやらカサンドラの姿がかなりトラウマになっていたんだな。これを機に少し慣れさせてみようと思ったが、時期が早すぎたか…」


 抱きかかえながらシェリーの顔色をうかがうクリムを後ろからカサンドラ?は疑問に思ったことを述べた。


「あの、クリム殿。先ほどから気になられていたのですが、どちらさまでしょうか。その佳人(かじん)は?」


「ただの居候だ」


 余計な突っ込みを気にせずと言わんばかりの簡略な説明でシェリーの紹介は終わった。


「そうですか。しかし、どうやら私のことを知っているような感じでしたが?」


「違う違う、お前じゃなくてな…お前の『母親』だ」


 ここで真実を明かそう。

 

 女性の名前はヘレネ――。


 何を隠そう、あのカサンドラの娘その人である。あの狂気に満ち溢れるカサンドラとは違い、人間擬態時のカサンドラとそっくりな姿をした淑女の雰囲気で覆われたアルケニー(人間擬態)であった。

 

 もし違いを見極める方法があるとするなら、この性格以外他ないだろう。


「…母が来られたのですか」


 話からシェリーの倒れた原因を察した女性――ヘレネ――は頭を抑えた。


「毎度毎度、こちらの愚母が迷惑をかけて申し訳ありません」


「まったくだ」


 娘として母――カサンドラ――の事を良く知るヘレネは何度目かわからぬ謝罪のやりとりをした。


「そんなことより、そっちの方はどうだ? 店は上手く経営できているのか?」


「あ、はい。私の洋裁は一部の方々に人気として知られるようになりました。これもクリム殿の援助のおかげですよ」


「そんなことはない。お前の努力による結果だ」


「恐縮です。それより、いつまでも抱きかかえておられるのも何ですから家に戻られては?」


「…それもそうだな」


 意外な来客によって、更なる波乱が巻き起こるのかもしれない。シェリーが起きた先に待っている物は果たして…。

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