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第二十六話

「あの…本当にごめんなさいライザさん。つい嬉しくてうっかり……」


「い、いいってことよ嬢ちゃん。()ぎ取られるのを本気で覚悟したが大事には至らなかったんだ」


 やりすぎました、本当に申し訳なく思っている。

 

 私はライザさんが来るまでの間、クリムさんによる『アイキ技辞典』の実践をその身で受けていた。おかげでちょっとしたショックで若干ハイになっていたのです。


 何ですかあれ? 人があんな風に吹き飛ぶだなんて聞いたことがないんですが…。


 私は自分の力がクリムさんによって意のままに操られたかの不思議体験と同時に何度もこの身を地面に叩き付けられるという地獄体験を味合わされる羽目になった。脳が見事にシェイクされて時々吐き出しそうになったのも一度や二度ではない。

 

 だからこそ決心する。二度とあんな特訓受けるものか、と。


「よし、じゃあ『遊び』が終わったところで次のステップに入るとしようか」


 そうする前にこの煉獄から無事抜け出せるのかを心配するのが先らしい。私はクリムさんへこの世の終わりを体現した表情を向けて心で訴えた。…とは言え、甘さなど微塵も持たない今のクリムさんには尚更であった。


「おいおいクリム、いささかやりすぎじゃねぇのか? いくらなんでもそれはないだろ」


 この時のライザさんは私にとって後光が射し込む神に見えた。あぁ、あなたが神ですか…。


「じゃあお前も付き合うんだったら早く終わるんだが?」


「嬢ちゃん、頑張ってくれ」


 前言撤回、神はすでに私を見捨てたらしい。


「いやですよ! もうぐるんぐるんは断じてしませんからね!」


 子犬のように震え、子供のように駄々を捏ねる姿は事情を知る者ならば、私なりの必死の抵抗であると理解できるだろう。ですが、そんな抵抗はこの人――クリムさん――には薄い土壁と大差ないくらいに頼りない物だ。逃げ腰のまま後ずさりしている私に対し、クリムさんは物体浮遊の魔導を行使して一気に元の場所へと戻した。


「心配するな。次は比較的安心な方だ」


「あなたが安心という言葉を言いますか! 一度辞書を見てもらうのをお勧めしますよ!」


 私はクリムさんに常識を問う言論を投げつけるが、効果は無いまま体が浮かばされた状態で連れて行かれようとしていた。


「ライザ、ちょっと出かけてくるからそいつらの子守よろしくな」


「はぁっ?」


 いきなりの子守依頼にライザさんも戸惑っていた。情報通達の役割を担うライザさんではありますが、本人にとってはそこまで受け持つ義理はない。さすがに唐突すぎると追いつかないし、何よりライザさん自身も都合という物がある。


「何、今から数時間だけそいつらの相手をしてればいいだけだ」


「おいおい、冗談だろ?」


「俺が冗談を言うと思うか?」


「無いな」


「分かればそれでいい。じゃあ行ってくる」


「…って、俺は承諾した覚えねぇぞ!」


 着々とライザさんが引き受ける方向のまま話は強引に流れていった。横暴だと訴える前にクリムさんは私を脇で抱えていた。


「な、何するつもりですか? 物凄く嫌な予感がしててたまらないんですが…」


 軽々とがっちり抱えられた佐多氏の身体にはもはや抜け道など存在しない。後ろからライザさんの叫ぶ声が聞こえる中、クリムさんが何やら呪文を唱えた。超高速で聞き取れない詠唱が私の耳の中を通り過ぎたと思いきや、詠唱はすでに終わっていて、次にはクリムさんのローブが風一つない天気の中、独りでに広がっていく。

 

 前にも見たことがある光景だ。そんな事が私の脳裏に思い浮かぶ前に行動は早かった。


 クリムさんは私を抱えたまま一度しゃがんで力強く地面を蹴り、空高く飛んだ。ここからは慣性のごとく、更なる天空へと舞い上がっていく。クリムさんのローブが変化の魔導によって変化した翼が空を力強く()ったのだった。


 どんどん離れていく地上の景色に私は一瞬言葉を失った。恐怖心による物だ。超高速で滑空していく私の身体には突風や寒さは受けず、息も普通に吸える。


 でも、怖い物は怖い。


「ひゃあぁぁぁっ!!」


 正直言って死んだ方がましな気分でいっぱいでした。地面から離れる際、ライザさんが何やら叫んでいた気がするが、まったく聞こえなかった。

 

 子供達の面倒を他人に任せるのはこの森に来てから初めてですが、ライザさんならば信頼できるし、任せても大丈夫だと私は思った。


 それよりも、他人より自分の身を心配しなくてはならないのではと薄々感じてもいた。



◆◇◆◇



 シェリーを脇に抱えたまま、俺は第二の特訓としてふさわしい場所へと飛んでいく。目指すは地脈の吹き溜まりとなっている秘境。俺の家も地脈の吹き溜まりを有効活用できるようにして建てられているが、今回向かう場所は過去探索した中で二番目に効き目のある地脈の吹き溜まりだ。当然、一番は俺の家だ。

 

「そろそろ着くぞ」


 脇に抱えたシェリーへと声をかけるが、返事は返らなかった。だが、身体が恐怖で震えているだけだから命に別状はないので、そのまま俺は目的地へと足を地に下ろした。


 見たところ、どこにでもある樹海の景色に見えるが、分かる者にとってはまったく普通とはかけ離れた特別な場所だ。清浄な気が満ち溢れ、この場にいる存在全てにその恩恵を与え、活性化を促している。


「とりあえず深呼吸しろ。ここの空気は吸うだけでも効果が表れる」


「あははははは……」


 引き攣った笑みを浮かべてその場にへたり込むシェリーに深呼吸を要請しておく。気分を落ち着けるのにも効果がある秘境の空気はシェリーの荒ぶんだ心を癒してくれる筈だ。それがたとえ恐怖だとしても…俺が原因なのは目をつぶっておきたい。


 心を鎮めるだけでなく、ちょっとした人体の自然治癒にも効果を発するので、今からの負荷対策も十分だからな。たしかにこれから始めることは最初に言った通り、比較的安心な部類だ。だが、油断していると命の危険に一番近い物だという見方もできる。


「よし、その場に坐禅を組め」


「…ザゼンって何ですか?」


「あぁ知らなかったか。東の地で精神統一するために行う修行法だ。この姿勢を以てお前にはこれから気を練り方を教える」


「気を、ですか? でも前に料理を教えてもらう際に話した筈では?」


錬気(ブリンジ)挿気(エンチャント)を一緒にするな。錬気は挿気より難度が高い技術だ」


「…錬気、挿気?」


 シェリーは俺の口から出た意味の分からない言葉に首をかしげた。学園では魔術や魔導については教わったが、さすがに気を技術的に扱う術は習う事はなかったようだな。

 

 気はこの辺りの土地では馴染みが薄い。これは過去、世界が二大国として覇を競い合う時代だった頃、『魔法』と『煉気術』という現在では失われた秘術を巡って人間が排他的運動を繰り返した末の結果だと歴史書では語り継がれている。

 

 それゆえに国ごとに魔法の名残である魔術や魔導、煉気術の名残である気功術が人間の持つべき力として人々に伝えられてきた。この土地では前者の事情だろう。


 俺は生まれはどっちかというと東側に近い。だからこそ、『家の都合上』で俺が魔術を学ぶことを両親は許さなかったんだよなぁ…。


 まぁ、今となってはどうでもいい話だ。魔術だろうが魔導だろうが気功術だろうが俺にとっては全て手段の一つでしかない。毛嫌いという理由だけで良い部分を取り入れようとしないのは進歩と成長しないも同然だ。こういう俺も求めに求めて、それに比例して何かを無くしていった。ままならないものだな、世の中というのは…。


「これは知識で覚えるよりも身体で慣れたほうがいい。姿勢はこう、足を組むようにしてだ…」


 今はシェリーのことに専念しよう。まず坐禅の姿勢を一から丁寧に教えていく。この日までに料理で活用していた挿気を今こそ錬気に応用する日が来たんだ。事前のやり取りなど無用になって楽だという物である。


「身体は力を抜け。自分の熱を皮膚で感じる感覚を思い浮かべろ」


 まずは基本、気を受け入れるに相応しい器へと変化させるのが大事だ。


「次は挿気と少し同じだ。身体に巡る気を感じて出口を臍下に作ってとどめてみろ」


 シェリーは順調に慣れた姿勢で気を操作していた。魔力分解能力者であるシェリーは常人よりも気を感知する能力が高いのは料理を初めて作った時でも判明済みである。もちろん魔力がないからだ。


 さて、ここからが本番だ。気を引き締めないといけない。


「それじゃあいよいよ錬気の方法を教授する。話をする前に言っておくが、集中を絶対解くな。何が何でも集中しろ。集中すればできる」


「なんで集中という言葉を三度も言うんですか?」


「それだけ大事だという意味だ。始めるぞ」






「とりあえず渦だ。臍下に潮の渦があるイメージを持て。気を水として捉え、静かに少量込めていくのが重要だ」

 

「こ、こうですか?」


「よし、それぐらいで止めとけ。初めてなら少ない量で試すのが危険から遠ざけるのに役立つ定石となるぞ」


「あの、もし加減を間違えたら…」


「気が体内で暴走してたちまち人間爆弾の完成だ。おっと慌てるなよ? だから少ない量からだ。失敗しても少し体調を崩すだけだから安心しろ」


「危険があることには変わりないんですね…」


 少々げんなりとしているが何、死ぬ訳ではない。…とは言っても、俺とシェリーでは生死観がまったく違うから安心しろというのはひょっとすると厳しいのかもしれないが…。


 では続けよう。シェリーの体内では少量だが、練り上げられた気が放出を今か今かと形を保って待ち構えている。

 

 最後のしめとなるのがここだ。


「そうだな…簡単な使用法として素早く走れる方法にしておこう。スタートダッシュの構えを取れ」


「分かりました」


「あとはタイミングが全てだ。いいか、練り上げた気を一気に解放し、それを瞬時に足に出口を作ってブースターの力に変える。下手すると怪我するかもしれないから気を引き締めろ」


「はい!」


「練り上げた気の塊は膨れた風船と同じだ。これに針を突き刺す感じで力を一気に込めろ。これにより、逆流しようと気が暴れ始めるからうまく使え」


 シェリーは俺の指示どおりに動き、ゆっくり且つ強く力を込めた。

 

 すると、シェリーの体内で気が爆発を始め、瞬く間に出口を探そうと身体中を這いずり回っていく。出所を間違えると体で爆弾を爆発させるような物だから扱いが恐ろしいものだ、気功術は。


 これの習得のために俺が何度死にかけたか、思い出しただけでも震えが止まらない。


「いきますっ!」


 覚悟を決したシェリーが足に力を込めて解放と同時に跳ね出した。普通ならばスタートダッシュとして少し遠くへ飛ぶ程度の跳躍は錬気の力によって信じられない跳躍力を示した。


「うひゃあっ!」


 成果は上々かと思ったが、まだバランスが上手くいかないらしい。シェリーは勢いのまま殺しきれなかった力を前転という形を何度もしてようやく抑えた。


「うぷっ、気持ち悪い……」


「まぁまぁだな」


 初心でここまでやれれば後の伸びようが期待できそうだ。


 それにしても、シェリーは中々見どころがある。能力により魔力は一切持たない身だが、華奢な身とは反比例して高い教養力や理解力が全てを補えるほど発達している。人間としては上級な部類に入ると言える物だ一種の天才とでもいうのだろうか? 


 ――天才ねぇ…。


 人間が言う天才が『何を以て』天才と言うのか俺は考えてみた事もあるが、答えはくだらないのが大半だ。何せ誰もが生まれ持った力の事を天才と持てはやすのだからな。


 ではあれか? そういう力を持っているとわかった生後間もなく言葉も何もわからない赤ん坊でさえ天才と呼ぶ気か? その知識を教えた人間が大天才となる訳か? まったくもってアホらしい理論だ。


 天才というのはいわば個性。誰にも真似できぬ、何者にも縛られぬ力。そんな強い力を持ち、己が己であるとたらしめる自己を貫き通す者こそが俺にとっての『天才』なのだ。


 与えられる称号ではない。体現させる称号とでも言おうか?


「よし、これを今から百回連続で出来るのを目標で行くぞ」


「うえぇっ…目が回ってしまいます……」


「別に足だけとは言わないから手も使ってみろ」


 だからこそ、俺は人にちやほやされる程度の安易な天才でシェリーを終わらせるつもりはない。

 

 必ず開花させてみせよう。これこそ、教授者を担うことにしたこの俺の果たすべき義務だ。開花する前にしおれないよう手入れしていくのも義務になるかもしれんがな。薬の使い過ぎだけは避けなければ…。

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