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第二十五話

 赤みがかった霧が蔓延(まんえん)する森を疾風の如く駆け抜ける人影。正体は人狼のライザ。今回も情報受け取り主であるクリムの元へと向かっていた。人間とは比べ物にならぬ運動能力を誇る人狼から生み出される瞬発力は瞬く間に景色を置き去りにするほどの速度を維持していた。静止するという意思など持たぬかの疾走は障害物となる樹林を簡単に抜けていく。


 そんなライザは今、目を瞑っていた。理由はこの森に漂う幻覚を見せる霧。赤霧の森を訪れた者を拒むようにしてその眼を通して偽りの道筋を映す。これを防ぐには至極簡単、目を開けなければいいという話である。例外としての方法がもう一つあるが、これには希少な力が必要になるため除外される。


 暗闇を歩くというのは恐怖を伴う。何時、障害物にぶつかるか、何者かに襲われるかと気が気でない恐怖。そんな恐怖はこの地では何倍ともなって襲ってくる筈だ。それにも関らずライザが疾走できるのは人狼が持つ嗅覚に秘密があった。

 

 ライザはこの森の正解順路をクリムに教わってから事あるごとに自分の臭いを付けるマーキングしていた。マーキングの重なりはライザにだけしか見えない指標となり、その臭いを辿ることによって正解順路を見つける事を可能とした。


「よっ! はっ!」


 おまけにこの森を抜けることはもはやライザにとって朝飯前だ。余裕のある動きをしつつ、何時しか樹林の枝や幹に飛び跳ねるように移動した。ライザの強靭な脚力は手を使わず木の上に登れる技術をも可能としている。


 正解順路も終盤となった時に最後のしめとしてライザは巨木の右へと飛び跳ねた。重力で足が落ちる前に限界まで引かれた足のバネによってロケットダッシュを行い、障害となる樹林を飛びながら潜り抜けた。


 クリムの庭へと抜けてきたライザは宙で一回転した後、地面へと着地する。


「おしっ! 今回は二秒縮まった!」


 今まで記録も測ってたりしていた。ライザは自己新記録を出したことによって気分上々。ただ移動するのもなんだからとライザなりに思いついた遊び方である。


 ようやく目を開けた先には見慣れた者、変わった者、見知らぬ者がクリムの家の庭で集まっていた。クリムとシェリーは身構えながら向かい合っているのを何かと疑問に思いつつ、ライザは手を大きく振って呼びかけた。


「おーい、何してんだー?」


 前と違い、色々と変わったメンバー達を眺めつつ、なるべく自分のペースを崩さないようにして近づいていく。


「ライザさん、こんにちは」


「おー今日も元気そうでいいな嬢ちゃん」


「要件は何だ? 言い終わったら早く帰れ。邪魔だ」


「…お前は大概相変わらずだな」


 調和と辛辣の言葉を同時に受けつつも、ライザはペースを崩さぬよう必死に取り繕う。

 

 次には傍でクリム達を見学していた子供達を見据えてみた。


「よう、エレイシアの嬢ちゃん。ちゃんとママのお乳飲んですくすく育っているか?」


「はへぇっ!」


 赤ん坊としての反応で相変わらずのエレイシアの頭を軽くなでてやると、毛並みの整ったライザの腕の毛をエレイシアは手揉みしてくる。前にクリムのトラップで全身の毛という毛を刈り上げられたライザは苛烈さを極めた努力により、どうにか人前に出れるくらいの毛を伸ばすことに成功していた。努力というのは具体的にはどんなものかはライザの意思を尊重して敢えて伏せておこう。


「ボーとキキは分かるが、お前誰だ?」


「ひどいなぁライザ。私だよ! ヤンだよ、ヤン!」


「鈍い鈍い!」


「頭悪いぞ!」


「うっせぇ! 余計な御世話だ!」


 ライザは自分の知るヤンが大きく変わっている事に正直度肝を抜かれつつあった。

 

 妖精の掟というのは赤霧の森を含む樹海に住む亜人達にもそれなりに知られている。ライザも例外ではない。勝手に妖精の進化に関わって大丈夫なのかとクリムに視線を向けてみるが、まるで気にした様子がなかった。クリムの事だからまたうまくやるだろうとライザは自己完結することにした。

 

 そして、最後の一人だが、初めて出会う。


「…名前は?」


「アリシアだよー!」


 姿から植物の魔物、アルラウネだということは分かる。だが、何故に魔物を手元に置いているのかライザにはクリムの意図が分からなかった。ライザの知るクリムは魔を研究対象として見る傾向が大半だ。

 

 なのにまるで家族のように手元に置いているのだ。あのクリムが…。


「ママー、名前言えたよー!」


「うん、えらいえらい」


「えへへっ!」


 シェリーとアリシアのやり取りでライザは何となく理解した。どうやらこの状態はシェリーが一枚噛んでいるらしい。魔物を育てる理由はシェリーにあるのだと…。


「こいつらを物珍しく見るのは別にいいが、要件は何かはっきりしろ」


「やれやれ、そう急かすなよ」


 色々と考えるうちにクリムから情報の提示を急がされた。ライザはここで自分の役割を認識して務めを果たすべく、樹海に住む者達から預かった情報を口伝で受け渡す。あまり苛々させると酷いとばっちりを受けるというライザならではの経験からの判断だ。


「じゃあ伝える。遠い西の地の森で人間の冒険者達が大規模な討伐活動を行ったらしく、そこから逃げ伸びた亜人や魔物が俺達の樹海に押し寄せてきている」


「西…」


「ん、どうした嬢ちゃん? 何か心当たりがあるのか?」


「……いえ」


 あからさまに何か隠していると分かるが、本元での理由はわかっているのでシェリーの考える原因とは少し違うかもしれない。


 どうやら更に西の地にある人間の大国が北の地にある大国と戦争を仕掛けようとしているらしく、大規模討伐はその陣地の確保、戦力人員の選抜であるとのことだ。話に出た森は北の大国と繋がっているらしく、徐々に追い詰めようという魂胆だろう。

 

 ライザには情報収集では余計な好奇心は出さないようにしているルールがある。シェリーがいるからこそ口には出さないが、実質ライザにとっては別段赤の他人である人間が勝手に戦争を起こしてどれだけ滅ぼそうが関係ない。


 確かに人間には恨みはない、だが許す訳ではない。いわば無関心に近い。だが、樹海にまで手を出そうものなら話は別だ。西の森が駆逐された影響による間接的な問題ならまだ目をつぶろう。

 

 それでも直接来ると言うのなら、ライザ自身も昔に戻る覚悟を持つ。


 亜人の中で特に強いと言われている三大種族。

 

 岩をも軽々と持ち上げる怪力と刃物を通さない剛体を誇る人牛(ミノタウルス)族――。


 疾風の如く駆け足と巧みな武器の扱いを可能とする器用さを誇る人馬(ケンタウルス)族――。


 そして、実力はこの二種の中間ながらも集団戦には最大限に実力を発揮する戦闘種族。集団戦だからこそとは言えども、単体でさえも他の二族には後れを取らない。


 これこそが『人狼(ワーウルフ)族』――。


 日々の糧を殆んど狩りに費やし、血を好む凶狼の顔を持った亜人。そういう事ならライザは色々と特殊なのだろう。いや、実際は散々とクリムに心を折られまくったからこその今の結果でもある。


「あと、ちょっとまた定例が出た」


「まさか、『牛丼』と『種馬』がまた喧嘩をおっぱじめたのか?」


「だから、ブンバッハ様とケイロン様をそんな呼び方するんじゃねぇよ!」


 しれっと酷いあだ名で樹海の代表の一角とされる二人を呼び捨てにするクリムにライザは頭が痛くなった。


「誰ですか?」


「ミノタウルスとケンタウルスの族長の名前だよ」


 知らぬ名が出た事により、シェリーが疑問を感じた所でヤンが耳打ちをして名前の正体を教えてやる。


「んで、喧嘩の内容は今度はなんだ? 前回の『どっちが肉体美』議論みたいな奴だったら正直聞きたくないんだが…」


「その、な…族長達…久々に宴会開いててなぁ……」


 ライザは言いたくないのか、口籠っていた。


「最初は他愛ない会話だったんだが、内容が族長達の孫自慢になるとそれは火が付くわ付くわでどんどん燃えあがってなぁ…」


「果ては殴り合いに発展して族長同士での冷戦、か?」


「おっしゃるとおりです」


 もはや話す必要がないくらいに当たり前的な内容だったのか、クリムは簡単に言い当ててしまった。


 ライザもいくら自分の孫が可愛いからってヒートアップしすぎだと二人には呆れ果てていた。冷戦状態の二人から伝聞を聞く際はさすがに肝を冷やした。伝聞内容が終わったら一人でも仲間を集めようとライザを巻き込もうとする始末だったから急いで逃げかえって来た事実がある。


「はぁ…あの家畜どもが……」


 クリムは頭を押さえてため息を付く。

 

 ライザにもわかる。勝手におっぱじめた喧嘩とはいえ、今後の伝聞に影響が起こらないか心配してるのだろう。


「おいライザ、だったらあの二人にはこう伝えとけ。「もし仲違いが収まらないなら俺直々にお前達のために宴会を開いてやる。だから…」」


 ――宴会の料理は『ステーキ』と『馬刺し』で良いよな? もちろん拒否権ないぞ。


「近いうちに行うから各自用意しておけと…」


「と、共食いパーティー…」


 何たる罰あたりな宴会だろうか。参加させられるブンバッハとケイロンにとっては地獄この上ない内容だ。


(本気でやる気だ、心の底から暴れる意図を思い浮かばぬまで徹底的に虐めぬく気だ、こいつ…)


 ライザはあまりのハードな内容に背筋がゾクッときた。これを後から当人達に伝えにいくとなるのだから…。伝えたら青ざめた顔をするのは必須に違いない。


「ま、まぁ…重要なのと言えばこれくらいだ! それじゃあ――」


「やっぱり待て」


 「あばよ!」と言う前に逃げようかとしたが、突如としてクリムに呼び止められた。


(えぇ分かっているとも。こう言う場合は絶対碌な事じゃないってな!) 


 ライザは冷や汗をかきまくる。


「そんなに警戒するな。ちょっとシェリーの特訓に付き合うだけだ」


「…へっ、特訓?」


 だが、以外にも告げられた内容はほとんどクリム自身が行う行動のパターンとは違った物だった。


「シェリー、今度は本格的な相手を使って練習してみるぞ」


「いえいえいえ! 怖いですから! 本気で練習するなんてまだ私には無理ですって!」


 シェリーはクリムの指示にぶんぶんと首を横に振りながら否定を続けているが、クリムの「さっさと始めろ」の一言で従順的な動きをしてライザの前へと立った。

 

 ライザには二人の話の内容がいまいち理解できないが、特訓というなら何か戦い的な想像が浮かび上がった。ライザの目の前に立つシェリーはガタガタと震えながら自分へと向き合っているが、まさか今からこんな怯えきったシェリーを攻撃させるつもりかと嫌な予想が浮かんだ。


「ライザ、お前は人間の町にいるような暴漢の役をしてくれ」


「え、なんで…?」


「これから出かけるんだ。時間が惜しいからシェリーを掴み上げるなり抱きつくなりしろ」


「何言ってやがるんですかあんたはあぁぁぁっ!!」


 思わずライザは人間としてどうなのかという内容を聞いて叫んで突っ込んでしまった。相変わらず詳しい説明を聞かさず、すぐに行動へと移させるその指示の仕方をどうにかしてもらいたい気がするが、クリムに逆らうと酷い目に遭うというトラウマがライザの次の行動を決めた。


「その、ごめんよ嬢ちゃん。なるべく優しくやるから…」


「あ、お願いします」


 調子の狂う中、うまく取り繕ってライザは行動に移った。抱きつくのはさすがに男としてあれだから、掴みかかる方にした。本気を出すと服を破りかねないので、人間が普段で出す程度の力にしてシェリーの襟部分を右手で掴み上げた。

 

 少々息苦しそうなシェリーの様子を見守りつつも、ライザは次に左手でシェリーの右肩を掴もうと手を伸ばした。


 そこでシェリーは仕掛けてくる。


 襟を掴んでいたライザの上腕、掌を左右交互に外側に捻るようにしてきたのだ。

 

 手首に強い痛みを感じると同時、先ほどまで優しくという概念を消して強引にでも手を振り解こうとしたが、手を捻ったと同時にライザの懐に入っていたシェリーが右手を瞬時に掌から離して苦痛で目を見開いているそのライザの顔目掛けて鋭い平手打ちをかましてきた。腕を振り解こうとする事に必死だったライザは女の力の平手打ちなど普段は軟風の衝撃だが、そんな衝撃を身体で受け止めれずこのまま地面へと仰向けに倒れこんでしまったのだった。

 

 だが、これで終わりではない。

 

 倒れてしまったライザに構わずシェリーは左手で掴んだままだったライザの右腕を大きく捻り、関節をきめてうしろへと回して固定してきたのだ。これにはたまらずライザも悲鳴を上げた。


「いででででで! う、腕っ! 腕が死ぬっ!!」


「で、できた…できましたよクリムさん!」


「ほぅ、中々上手く出来たじゃないか」


 痛みで叫ぶライザを余所にシェリーとクリムは互いに納得し合っていた。


 一方、ライザはこれには見覚えがあった。クリムが得意とした技――アイキ――。摩訶不思議な技で原理が分かっても実戦に扱えるのはごく一部の技。それでも、扱い方は難易度が高くて使い勝手が悪いとも感じた。だが、極めれば強力な武器になることは間違いない技だ。

 

 …そんなことよりも、


「ねぇ離して! ほんとに痛いのっ! 死にそうなんです! 離してくれたら何でもするからお願い!」


 この苦痛から一刻も早く解放されることが第一優先であった。

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