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第二十三話

 俺は研究室から適当に繕った自分自身で書き記した魔物の研究書と図鑑を本棚から重ねながら取り出していき、リビングで椅子に座っているシェリーのテーブルの前で重々しい音を響かせて置いた。


「これで基礎だ。これ全部を一週間以内に頭に叩き込んでおけ」


「いやいやいやっ! 無理ですって私そんなに頭良くないですよ!?」


 教本となる資料の山にシェリーの顔が青ざめていくが、俺は甘やかすつもりはない。それに時間が二つの意味で惜しいのだ。俺の研究自体を何度か止めることになるし、アリシアが成体となる期限が不明確な以上、事を急ぐのは必須だ。なのでチマチマと教養を身につける程度なやり方では間に合わない。


「一週間後に俺からの試験を受けてもらう。これで合格できなきゃ全部がパーになると思って挑め。いや、どうせだから思う必要ない。合格以外考えるな」


「その前に知恵熱どころではない苦痛でショック死しそうです…」


「廃人になる寸前になったら助けてやる」


「それ以外は良し!? 私の人権はっ!?」


「今のお前など価値のある人間であるかすら怪しいな。はっきり言ってウジ虫以下にやる人権はない」


「ひどいっ!」


 俺が提示した分を頭に吸収しておかなければ俺がいくら教授してもその内容を刻むことはない。何事も基本が大事。単に何倍か早く終わらせるだけの話じゃないか。この問題は本人にやる気があるかの話だ。道楽意識はシェリーには無いだろうが、自分がいかに追い詰められた状況下にあるかを理解してもらわなくては困る。


 さっそくシェリーは資料を開きだして中に記載されている膨大な内容を手記や暗記で学習していく。

 

 汚すなよ? 一冊だけで年月をどれほどかけたかお前には想像できないくらいに作り上げている代物だ。市販で売られている代物とは比較にならない内容を記しているからむしろ見れる事自体貴重な体験だと思え。


「うぐっ、む、難しいです…」


「文章で覚えるな。魔物自身になってみてその特性を真似るようにして学べ」


 なぜこうするのか? なぜああなるのか?


 生物について学ぶ際には相手の気持ちになって考えるのが効率的だ。本能的で心など持たないのもいるが、そういうところは本人の想像で補えばいい。魔物の本能を無しとして各々には生きるべくして思考しながら行う行動もある。

 

「文章は全部を流して読むんじゃない。重要な部分を単語として捉え、これを一つずつ理解しろ。飽くまで早く読み上げようと考えるな」


「…はい」


 これぐらい教えておけば後はシェリーの頑張り次第だ。さて、俺は俺としてやるべきことをしておこう。


 そろそろやつも治療を終える頃だろうしな。


 俺は資料と睨めっこをしているシェリーを背に一旦研究室へと戻り、貴重物を納める秘密の隠し場の入口を開けて中に入っていく。(おびただ)しい今では存在が希少な物や存在自体が危ぶまれる代物が納められるこの隠し場。部屋の一角には青白い光を発光させつつ、泡を発泡させる液体に満たされたガラスケースがひそかに置かれている。


 中にはカサンドラによって重傷を負った妖精のヤンが入っており、その姿は重傷前と変わらぬ五体満足の形で静かに浮かんでいる。妖精の治療である最終段階として霊的物質濃縮剤に浸して存在力を安定させる方法であり、もはや時は満ちた。


 今こそ目覚めさせる時だ。俺は廃液してそのまま人形のように力無く倒れ込むヤンを摘み上げ、研究室の方へと出た。

 

 まだ眠っている、いわば仮死状態になっているだけだ。これに必要となるのが『あれ』だ。


「…ふん」


 俺は指を二本突き出し、それをヤンの胸元に沿えるようにして置き、風の魔術の応用として電撃を溜めていく。威力を上げ過ぎると消し炭になりかねないのでここだけは慎重に…。魔力の上昇を緻密に計算し、目標となる目分量に達した所を一気に解放した。


 その瞬間、ヤンの身体は陸に打ち上げられた魚のように跳ね上がり、しばらく軽い痙攣が続いていくが…問題ない。妖精の身体は小さいが、人間と違って意外と頑丈でもあるのだ。


「う…ん……」


 しばらく待てば、ヤンから微かに漏らす声を聞き取る。これで問題ない。これを境にヤンの治療は終了となった。


 だが、俺としては一つ問題が…いや、俺自身には害は無いので問題にはならないが、ある意味問題となることがあるのだ。


 ヤンに施した施術は傷を塞ぐとかそんな代物ではない。要約してみれば『進化の秘術』でもあり、術をかけた者は特異的な順応性を身に付けるようになる。こう言えば傷を治したのはその副産物に等しかった。カサンドラの正真正銘とも呼べる爪からの毒を食らったヤンに相応しい治療法となればこうする以外方法はなかった。シェリーの方は比較的弱い毒だったからあの程度で済んだが、人間がカサンドラの爪からの毒を喰らえば毒蛇の毒で血が凝固するのとは比較にならない傷害を起こしてしまう。


 まず、毒に触れた血肉は腐食を始め、同時に血液中を廻って脳から毛細血管に至るまでスポンジ状に変化し、最後には溶解液に浸されたかのように身体の内側から溶かされていくという悪性極まりない障害が待っている。解毒剤などありはしない。おまけに反復効果によって一度症状を防ごうがいつ再発するかもわからない。


 だからヤンには身体を作り直してもらう事にした。これで問題となるのはアリスに今度この事で小言を貰う恐れがある事だ。

 

 あいつの話は長いからな。普段は無視すればいいが、俺自身が起こした問題ならば無得にできない。


「お、お…ぉ……っ!」


 こうしている内にもヤンの身体には異変が起きた。あの透き通った羽虫のような羽は薄く紋様が刻まれていき、身体から発する蛍光は一層に輝きを増していく。

 

 そう、進化している。下位妖精から中位妖精へとヤンは進化を遂げようとしている。普通ならば妖精の進化は自然にして促せるようにしなければならず、他人の手を借りて進化を促進させるのはもっての外だ。


 妖精の掟という物だ。これを破れば里を追放されるが、今回は特例だ。この処置は俺が勝手に行ったに等しい。「面倒事を増やすな」とアリスが文句を言ってくるのは間違いないだろうが、ヤンを救ったのは事実であり、処罰を受けさせる訳にはいかないだろうから議論必須である。

 

 今度、里へ行く時はリーネあたりにネチネチと責められるのは確実だな。あぁ面倒くせぇ…。


「治ったあぁぁぁっ!!」


 ヤンは“シャキーン!”と効果音が聞こえるかのごとくガッツポーズをした。


 やかましい! 下位妖精の頃もそうだったが、中位妖精になれば更に磨きがかかりそうな予感がしていたが、これ程とは…。やっぱり経験積ませてある程度、情緒をしっかりとさせてから進化しないとこういう所で影響が出てしまうのが問題だな。


「ありがとう、助けてくれて。やっぱりクリムは凄い人間だよ!」


 ヤンは中位妖精になったおかげで知性もそれなりに上がった。以前の一言的な話し方ではなく、会話的な話し方へと変化した。


「ボーもキキも無事でよかったよ。エレイシアもシェリーもさ! 本当にあのアルケニーと対峙した時は死ぬかと思ったからね。ああいう時の感覚ってのが『スリル』なんだからたまったものじゃないよ」


「ぺちゃくちゃと喋りすぎだ、少しは静かにしろ!」


「えへへぇ…ごめんなさい!」


 反省してないのが丸わかりな謝罪をヤンから受けるが、こういうハイテンションな奴にどうこういっても更に激しくなるだけだ。余計な行動を慎ませるのもなんだから相手を変えてもらうのが一番である。


「それより仲間達にも顔を合わせておきな。全員会いたがってたからな」


「うん! もちろんそうするさ!」


 そう言ってヤンは俺の元から離れて行った。以前より早くなった飛翔速度で…。落ち着きを求めるのは今のヤンでは無駄だろう。もう少し成長を待つ事にしよう。

 

 それともいっそこの家にシェリーの学習も兼ねて見守るか? 


 …止めよう、余計にうるさくなるだけで俺の気が落ち着かなくなる気しかしない。とりあえずヤンの治療で使った器具を洗浄しておくか。

 

 俺は水の魔術を行使し、大きな水玉を空中に発生させ、その中に器具を次々とぶち込んでいき、そこに風の魔術で水玉に方向性のある力を加えて渦を発生させた。激しい渦はたちまち器具の汚れを洗い流していき、使う前と同じ綺麗な状態へと戻った。洗い終えたら再び水の魔術を行使。最初にした水を集めるとは逆に水を弾いていく。普通に熱で乾燥させるよりも効率のいい方法だ。


「よし、こんなもんだろ」


 全ての処理が完了したところで器具を物体浮遊の魔導で重ねるように集めて俺の傍に浮かべ、使った水玉は薬液を捨てたりする処理箱へと入れた。俺は研究室の方へと戻るとさっそく器具を棚の中へと戻していく。

 

 長年の付き合いだ。何度も使い続けたこれらには俺としても多少なりとも愛着がある。

 





 野暮用が済んだところで実験は再開だ。今回は前に大怪鳥から刈り取った(たてがみ)の毛を使った実験であり、強度をいかに上げられるかの形質変化の方法を究明するのが目的だ。

 

 煌びやかに金色に輝く大怪鳥の毛は雷を蓄え、それを力に変えることで有名だが、その分いかに衝撃や熱に耐えれるかとして俺は注目している。ただ量が束ねた藁一束分しかないのが惜しいが、贅沢は言ってられない。


 試しに数本を使ってビーカーに入れ、同時にその中へオーガの骨油を入れ、とろ火で加熱してじっくりと染み込ませる処方を試してみる。オーガの骨油はそのままではえぐい匂いを放つだけの油だが、特殊加工して防具に使うと材料のしなやかさを保ったまま石のように硬い塗料へと変化するのだ。特殊加工とは言っても、本質は匂い消しなので他にも色々とできるが…。


 このまましばらく時間がかかるので他の実験も同時進行してみようと思ったが、ふとシェリーの様子が気になった。俺はあえて他の実験進行を止めてリビングへと向かった。


「あっ…」


 目の前の光景を見た時、俺は思わず声を漏らした。


「うぇへへへ……」


 燃え尽きている。真っ白にシェリーが燃え尽きている。

 

 口からは何だか魂みたいなのが出てる幻影が見えたが、生命反応があるので一応生きていることは分かる。だがしかし、ピクリとも動く様子がない。


「…おーい、ヤン。お前どこにいるんだ?」


「なにー? ここだよー!」


 リビングにはアリシアやエレイシアもいない。大方シェリーが寝室で遊んでいろと言ったのだろうが、ヤンだけはどこにいるのか一応呼びかけてみた。


 声は後ろから聞こえてきた。俺は振り返ってみるとそこには子供衆が一斉に寝室から飛び出してくる。エレイシアは空中浮遊を使ってうまくやって来ている。何だか上達してるな、まだ教えたこともないんだが…。これが天才という人種か。


「いやーっ! ママァァァっ!?」


 アリシアはシェリーの無残な姿を見るや慌てて近寄っていく。エレイシアもヤン達もまた同じだ。慕われているな、当然のことだとは思う。だが当の本人はピクリとも動かない。


「あーしょうがない。ちょっと退いてろ」


 そう言って子供衆をシェリーの傍から離させて、俺はテーブルに上半身を蹲せるシェリーの後ろに立った。

 

 これから行うのは至極簡単、先ほどヤンに最後で施した方法だ。指先をシェリーの右肩甲骨辺りに添え、最初のより弱い威力で電撃を貯めて一気に解放した。


「んひゃうぅんっ!」


 命に別状はない程度の電圧だが、感電したシェリーはたちまち椅子から飛び上がり、その反動で足をテーブルの端にぶつけた。おまけに足といっても何と脛だ。あれは痛そうだ。

 

 シェリーの悲劇はこれで終わりではない。脛の痛みに体が反射を起こして耐えようと足に手を飛ばした途端、そのまま頭を一気にテーブルに叩きつけた。さらなる痛みに後ろに飛んだおかげで今度は椅子が倒れ、同時に重力のまま床へとシェリーは後頭部を打ちつけた。


「ぬふうぅぅぅんっ!!」


 悶絶してる。どこを抑えればいいのかわからないくらいにピクピクと捻じれた操り人形のような姿でシェリーは震えている。

 

 しまった、喝を入れすぎたようだ。今度からはもう少し弱くしておこう。


 ――てなわけで、

 

「…とりあえず起きたのなら、さぁ、再開しようか?」


「鬼! 悪魔! 人でなし!」


 涙目でシェリーが何か訴えているが、聞き入れるつもりはない。

 

 だいたいお前は俺の弟子になるということがどういう意味か本当に分かって言ったのか?

 

 ならば改めて簡約して言ってやる。


 ――煮ても焼いても文句は言いません。


 言っておくが決して比喩ではないからな? 絶対に間違えんなよ。


 でないと痛い目どころの問題じゃないぞ。

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