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第十九話

これでカサンドラ編終了です。

「げほっ、ごほっ、ごほっ…あー(けむ)てぇっ!!」


 全てが終わったところで結界を解けば、焦げて()えた匂いが漂う煙が俺の気管支に入り込んでくる。匂いは感じなくともほとんど二酸化炭素や窒素ばかりで酸素など見込まれない気体は俺の肺に拒絶反応を引き起こした。


「あーぁ、どうやって修復すべきかなぁ…」


 摂氏一万度を超す光の熱はカサンドラの巣だけではなく、巣が張りついていた木々までもが消滅した。光が触れた場所には何も残る物は無い。例え直接触れた場所ではなくとも、余波によって炭化は免れずに消し炭であった。


 だが、この結果は俺にとっても得策とは言えない。森にかけてある結界は森に生える木々を触媒として術式を構成しているからだ。今回の攻撃によって結界の支柱ともいえる存在を自ら消してしまったのだから自業自得としか言いようがないが、改めて現状を理解すると気が滅入る。


 また結界をかけ直すしかあるまい。まだ余っている木々を移動させて少し範囲が狭くなるが新しい形での結界術式を構成するのがやるべきことだ。ちゃんと分配を均一にしないと結界に『むら』が出来るから簡単そうに見えて意外と難しいんだよな。


「それと、今度こそくたばったか?」


 俺はカサンドラがいた場所に近づいて探索を始めた。一部だが消し炭となったカサンドラの身体が散らばっている。

 

 これで本当に終わりだといいんだが…あいつにそんな甘い考えは通用しないか。


「げぼおっ! がはっ! ぎいぃぃぃっ!!」


「…本当にしぶといやつだな」


 地面から生えてきた脚を予想してた通りに軽々と避けてその場から距離を取る。土が盛り上がって見慣れた蜘蛛の脚が現れてくるが、もはや満身創痍に近い。


 カサンドラはどうやらとっさに地面に潜って俺の魔導を避けていたようだ。だが、威力は想像以上に凄まじく、例え地面に潜っていようが身体をほとんど熱に持っていかれたというところか。


「グゥ…ディム……」


 カサンドラが生まれたての小鹿のような足取りで俺に近づいてくるが、人間部分は半分が焼け消えており、蜘蛛部分は腹を少し残して脚二本が千切れかけて皮一枚で繋がっている感じだ。高温の熱は傷口を焼きつくして血を流すことはないが、今なお激痛に苦しんでいる筈だ。

 

 これでも死なないとは…大した生命力だ。アルケニーという種族は一応吸血種として有名だから獲物の命そのものを体液に乗せて吸いつくし、それを生命力に変換するから死ににくい。こいつが今なお生きているのはその特性のおかげと言ったところか。


「まだやるか?」


 さすがに死ぬ寸前の激痛は感じる暇がないのか、カサンドラの身体は回復を求めている。現に傷口から泡が吹き出し自然治癒を始めている。


「ぎいだわ…ざずがに…ぎい…だ……」


 カサンドラの顔に笑いが浮かぶ。だがどこか無理をしている感じがはっきりと見えた。もう立つことが限界なのか、身体が沈んで地面にへたり込むように落とした。その傷ならしばらく活動は無理だろう。


「どどめ…ざじなざいよ……」


 満たされたと言わんばかりの表情でカサンドラは俺に言った。


「いや、趣味じゃない」


 もう終わりだ。


 俺は理由もなく追いつめて殺すことは絶対にしない。これ以上動けぬというのなら後は相手の趣向に任せるだけだ。俺はさっさと立ち去り家へと戻ろうとする。


「う"ふふ、ざんごぐなごごろはもでいないどいうづもり?」


 後ろから(ただ)れた声帯で喋るカサンドラの声が異様に響いて来る。


「ぞれに…わだじがばげものならあなだはいだいなにがしら?」


 これに俺は足を止めた。


「…何が言いたい?」


「に"んげんであるどあなだばじぶんでいう"けど…」


 ――どこの誰が化け物を簡単に殺せるような男を人間だと保障してくれるのかしら?


 化け物は普通の人間には手に負えない存在。

 

 ならばその化け物を(ほふ)る存在は一体何なのか?


「がぐずひづよう"はないわ。あなだは私と同じ存在、いわば“化け物”だわ」


 回復がしだいに追い付いてきたのか、カサンドラの声ははっきりと聞こえる程に不調が消えつつあった。もう声帯の修復が完了しかかっているのか。さすがに早いな…。


「だから恐れられ、孤独になるのよ。あなたの存在は世にとって『劇薬』…軽く表に出るべきではない者。現に付き合っている者達はあなたに遠慮とかを向ける者が大半なんじゃないかしら?」


「おい、これ以上不快な言葉を聞かせるな。その口縫い合わせてやろうか?」


 警告をするが、カサンドラの口は止まらない。


「私もそう…あなたと同じ劇薬、それもとびきりの毒よ。私がこんなスタイルを選ぶのにはあなたの存在が必要不可欠だと思っているわ」


「…どういうことだ?」


「あなたがいるからこそ私は楽しめるの。狂うほどにおかしく生を満悦できるのはあなたという劇薬に対抗してみたいという私の好奇心が生み出した産物」


 カサンドラは不気味な笑みを俺に向けている。


「俺はお前のように無駄な生を過ごした覚えはない」


「けど、あなたも私も(ルール)に縛られて生きたつもりはないでしょ?」


「ここでは俺自身が法だ。必要最低限は俺自身が決めている」


「我儘な人…それにあの子、シェリーっていったかしら? 随分と慕われているそうね?」


 情報が早いようで…抜け目ない奴だ。


「それがどうした」


「果たして、あなたはあの子に本当の姿を見せているのかしら?」


「…………」


 俺は痛い所を突かれた事により、言葉を濁した。いささか口が固くなった。


「暢気な人間の娘ね…あなたは人間以上の存在となり、不老の身体を手に入れた。けどその為にあなたが犠牲にした人間の存在の有無を聞く場合、果たしてこれからも同じ対応をあの娘はしてくれるかしら?」


「てめぇっ!」


 俺の不老には好喜で語れぬ過程がある。不老というのは身体が老いることがないのを意味するが、俺の場合は寿命を多く持っているからこそ肉体の若さを保っていられる。


 ではその多くの寿命はどこから持ってくるか? 


 それは、他者の生命力――。


 …言い訳はしない。たとえやむを得なく、自分の意思ではなかったとしても、俺は何十人もの命を自分の寿命に変換させて取り込んだのは事実だ。

 

 だからこそ俺は人殺しだけはもうしないつもりだ。命に支障が出るような実験をシェリー達にも行ってきたつもりはない。


「だからあなたはあの娘を迎えたのでしょう? 仮面を被りつつ、それでもあの娘から温もりを感じてみようと考えたんじゃないかしら?」


「違うっ! あの女はただ俺の結界を破れた! それに俺は興味を持ってここから始まった! それ以下の何でもない!」


「嘘ばっかり。だって私からあの娘達を取り戻そうとした時のあなたの顔……」


 ――今までにないくらいに感情的な怒りの顔だったわよ?


 俺のカサンドラが嫌いな理由はこんな所でもある。俺自身が知りえない考えまでもを探りこんでくる。自分の知らない部分を他人に知られたり当てられる事は俺には大っ嫌いだ。


「嫉妬しちゃうわぁ…。あなたをそこまで変えるほどの影響力を携えているシェリーって娘に」


 カサンドラの言葉は負の意思がありありと伝わるが逆に嬉しそうだ。


「でも同時に残念。初めて出遭った当時にあなたが見せた冷酷、非情、さらに非道さが薄れてしまったことが。今回であなたは丸くなってしまったのがはっきりと分かったのよねぇ…」


「…もう終わりだ」


 カサンドラの話をこれ以上聞く事は止めることにする。このまま聞いていると心以外にも何かを掻き乱されそうだった。


 俺は俺の法に従う。死ななかったのならそのままでいい。いや、俺の信念として絶対に…特にこいつだけは殺してやるものか。

 

 殺しはしない。だが生かすつもりもない。


 そうする事に決めた。


 俺は魔導として極意に位置する技――転移の魔導――を行使。


 この魔導は言葉の通り、物や人を任意の場所に瞬間移動させる物だ。準備として陣が二つ以上必要であり、描いた場所を移動先としてあらかじめ決めておかねばならないが、その手間と苦労の見返りはお釣りが出るほど便利さは高い。


 この術式を完成させるにはかなりの失敗を重ねたものだ。陣に入れた物だけを転移させる筈が、周りの景色の大半までもを巻き込んだり、たとえ転移を成功させたとしても実験として使った素材や動物がぐちゃぐちゃに混ざり合った形で転移先に現れていたりとか…。


 考えただけでも数え切れない失敗の数々だ。ようやく安定して実用性が確認できたのも発案して十年後も後のことだった。


「ガルナ海峡あたりで海水浴でもしてこい。そして二度とこの地を跨ごうとするな。次来たら喋られないよう歯と舌を根こそぎ引きぬいてやろう」


 ガルナ海峡――。


 この世界でもっとも深い海峡のことを示し、深さは五千メートルを超すとも言われている。


 暗にくたばれと言うような宣告だが、カサンドラは涼しげだ。


「うふふ、前回の火山口にぶち込まれるよりかはマシね。楽しんでくるわ」


 何度懲らしめようが、苦しめようが、カサンドラという辞書にこたえるという言葉はなさそうだ。直感だが、再び戻ってきそうな気がするのがありありであった。


 転移の魔導は行使が始まり、カサンドラの転移が始まっていく。ようやく厄介事が片付きそうで俺もなんだかほっとした。


「でも忘れちゃだめよクリム。あなたと私の本質はさほど変わらないって事を…。きっと私達は見えない何かで結ばれ、いつか互いを理解してみせる日がやってくるのよ。その日が来るまで私はあなたを愛しているわ」


「最悪の告白だな…当然返事はお断りだ。さっさと()ね」


 負けたな、殺し合いには勝ったが勝負には負けた。悔しいがこの事実は覆しようがない。なんて胸糞悪い事だろうか。


 やがて、カサンドラは陣の光に包まれ、光速の矢となって空へと消えていった。出来れば溺死してくれることを願う。神はこの願いを受け入れてくれるかどうかは不明だが…。






 カサンドラの転移を見送った後はシェリー達の様子を見に戻った。研究室の台ではシェリーが凄い熱を出して苦しみつつ、それに耐えている。

 

 そうだろう。今シェリーの身体の中では複合したカサンドラの毒に対抗しようと免疫が高活性しているところだ。そのために身体からの発熱が異常なほど高い。

 

 とりあえずこのまま研究室の台で寝かせる訳にはいかないので寝室へと連れて行った。


「熱い…寒いよぉ……」


「幻覚症状か」


 うわごとのように呟くシェリーの様子をうかがいつつ、面倒を見続ける。体温をちょうど良いようにするべくシェリーの周りの温度を魔導で調節したり、脱水症状といった症状を引き起こさぬよう管理を怠らない。






 シェリーの体調が安定し始めたのは深夜近い時間帯であった。その途中でエレイシア達も寝室に連れて来て異常がないか調べたが、特にないのでシェリーを見守っておくよう伝えといた。


 ヤンは療治中なので研究室で専用の場所に安置してあるが、もう手を出す事がないのでそのままだ。


 ここまでしていて俺は感じていた。俺自身が変わり始めていることに。普段の俺なら薬を与えたりするだけで危険な状態になるか死なない限りは放っておくような行動しか取らなかっただろう。決定的なのは俺が『本気』で一人の人間を心配していたと気付いた時だった。

 

 ――あぁ、悔しいかな…カサンドラの言った通りになりやがった。

 

 この二人は俺にとって損益的に特別な存在ではなく、感情的に特別な存在へといつのまにか認識を変えていたようだ。俺の知らぬ間に…。


「本当に…すみません…私…迷惑ばかりかけて……」


「だったら早く治せ。迷惑云々はそれからだ。余計な心配をかけるんじゃない」


 だが俺は仮面を被る。心を許してはならない。たとえ数日でどんなに近くで共に暮らしていようが、シェリーという存在が底なしのお人よしだと理解していようが…。


 彼女は結局のところ……人間だ。


 俺も自分自身がもはや人間とは呼べない存在に変わりつつあるのを感じている。だから人間を信じようとする心を失っている。無関心でいることが一番だと勝手に決め付けている。

 

 人間が化け物の心を知れぬように、化け物も人間の心を知る事はできない。


 自分は●●●●という人間としてではなく、クリムという人間もどきの化け物として生きるべきだとと考えていた。


 けど本当は違った。孤独を望んでいたふりをしていただけで、差し伸べてくる手を取ろうとするのを俺は恐怖していたんだ。必ずいつかその手は自分の元から離れていくという恐怖を…。裏切りという事実を二度経験した俺はそこに固定概念を埋めつけてしまっていた。


「本当に…ありがとう…ございます」


「…いいから寝ていろ」


 師よ、教えてください。俺にはこの仮面を外す資格はいつか与えられるとお思いですか? それとも、永遠という年月を以って数多(あまた)の人間を殺し、その命を吸収した化け物として生きる贖罪を課し続けるべきなのでしょうか?


 俺にはどうしてもわかりません。どうしても…『俺』という者を理解することができません。


 これは、人間としてごく普通の悩みなのですか? それとも…。


 分からない、分からない事が分からない……。 

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