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第十八話

 いつの間にかカサンドラが家を揺らしたり叩いたりしてくる事は無くなっていた。俺は慎重さに配慮しつつ家の扉の前に立つ。念のために森の結界に仕掛けてある探知の魔導を遠隔で発動させ、家にいたまま外の様子を調べた。


「むっ……」


 ここで感じたのは雑音、乱視。まるで埃が大量に舞っていて明確な情報を与えてくれない。


「なるほど、策を講じたか」


 俺は壁際に隠れつつ、杖で静かに家の扉を開けた。建て付けが悪い所など一切ないこの家の扉から軋む物音は出ない。ゆっくりと顔半分を出口から出して外の様子をうかがってみた。


 その先にあったのは一面の『白い糸』。庭が曇りガラスで濾したように変貌した庭の姿。木々、浴場、家、地面、それら全てに白い糸はへばりついている。目で見てもとても粘着質な物だということが確認できた。


 扉を開けたことで自分の身体にも異変が少々起こっている。僅かだが徐々に魔力を奪われている。


「俺の庭を巣に変えるとは…終わったら誰が片付けるというんだまったく……」


 俺はそれを気にすることもなく、愚痴を言いつつ警戒しながら家から出た。神経を張り巡らせ、そよ風さえも産毛ではっきりと感じるくらいに集中力を高めた。

 

 カサンドラの糸は魔力を吸い続けるが、ここで取り払おうと安易に考えてはいけない。確かに俺もすぐさま大規模な火の魔術で焼き払いたいが、魔術や魔導を使う素振りを一瞬でも見せようものならやつは襲ってくる。音も姿も見えてはいないが俺には感じられる。カサンドラの息遣いを、俺を見て微笑んでいるあの顔を…。


 まだ昼になったばかりなのに糸は高所にまで張り巡らされていて日の光を十分に差し込ませてはくれない。曇り空の時みたいに薄暗い感じだ。むやみに視線を外す訳にはいかないが、もうじき太陽が雲に隠れ始める。家の扉はしっかり閉めているから結界は十分に作動している。シェリー達は襲われる心配はしなくていい。


 さぁ、どこから来る? 蜘蛛は獲物が巣にかかった際に暴れる時の振動で獲物を見つけるといわれてはいるが、アルケニーをそんな単純な魔物と考えている者がいようものなら馬鹿を見るだろう。


 アルケニーは巣を作るからこそ獲物が取れるんじゃない。巣へ『誘い込む』からこそ獲物を取れるんだ。


 あいつらは生まれながらの捕食者だ。生まれて間もない子供の頃でさえ大の大人を仕留める能力を携えているくらいだ。その中でも特にカサンドラはずば抜けている。アルケニーの子供時代での生態は野蛮極まりないと聞くからな。


「おい、こそこそと隠れてないで出てこいよ。無駄な時間を俺は極力浪費したくない主義なんだが…」


 あいつらは一匹の雌から何百匹と小さな子供で生まれてくる。

 

 そして、子供達は生きるためにその同胞を喰らう。いわば生き残りレースをする。ある成長時期まで生き残ったアルケニーこそようやく認められるんだが、その数は十数匹程度だ。


 こんな生態を持つアルケニーとして生まれたカサンドラはどんなことをしたか…。あいつはなんと全員を喰らいつくしたんだ。他の生き残りなど一匹も残さずカサンドラだけが生き残った。成長時期など関係なく、最後には自分の親でさえ腹の中に収めたと聞いた。


 カサンドラにとって家族など自分の踏み台にしか思ってなかったらしい。


 イかれてる、あぁホントイカレテルよあいつは…。


「クゥリィムゥゥゥッ!! あっそびーましょおぉぉぉっ!!」


「おいおい、俺は遊ぶ暇がないんだぞ?」


 どこからかカサンドラの声が響いてくる。俺をしっかりと狙っているのだろう。そんなに俺の命がほしいというのか?

 

 ――くだらない、まったくもってくだらない。


 命という物は元より物ですらない。俺を殺してもお前は何も得られはしない。だが、俺の身体を玩具にして遊ぼうものなら…。


「いいだろう、遊んでやるっ!」


「あはっ!」


 そう叫んで俺はさっそく首を狙ってきたカサンドラの爪を避けて後ろに大きく引いた。振り返った視線の先にはカサンドラが糸を糸疣(しゆう)、いわば糸を出す部分から長く出して先ほどまで俺が立っている場所でぶら下がっている。どうやら上から音を出さずに静かに糸を伝って下りてきたようだ。なかなかやるじゃないか。脚を振ってきた際に起こした風を感じるまで全然気付かなかったぞ。


「あーあ、残念。あともうちょっとだったのだけど…」


 ぶら下がったままぷらぷらと脚を力無さげに振るが、全然残念とはかけ離れた笑みをしているのを見た。俺は喋る暇も与えさせないようにさっそく糸に有効な火の魔術を行使した。

 

 姿が見えていればこっちのものだ。


 余計な警戒を解いていく。その時、俺の第六感が何かを知らせた。


「……っ!?」


 反射的に俺は後ろに振り返ってカサンドラへ放とうとした火の魔術をカサンドラとは逆の方向に放った。

 

 するとどうだろうか? あるはずのなかった糸が近づいて俺を絡め取ろうとする寸前だったのだ。火が糸を焼いて消し炭にしたことにより、それは防がれたが、カサンドラに背を向けてしまったことを危惧して顔だけでも向けた。

 

 目の前にはカサンドラが脚を四本ほど突き出して俺を串刺しにしようと向かってくる寸前であった。


「うぉっ!?」


 慌てて杖で爪部分には触れぬよう脚部分で叩き落とし、手の空いた左手で魔力を込めた拳をカサンドラの腹に突き立てた。だが、女の軟肌に見えてもかなりの質を誇るカサンドラの肌はゴムのように柔軟性に富んでおり、そう深くは突き立てられなかった。ただ距離を離すためだけになったが、それでも少しは儲け物だろうが…。


「ひどいわ、いい女の身体は優しく扱うものよ?」


「あいにく、俺はフェミニストではないんで期待するなよ」


「うふふっ、それもそう、ねっ!」


 まるで効いた様子のないカサンドラを眺めつつ、俺は先ほどの奇怪な現象を解析していく。

 

 糸がまるで意思ありげに俺の方へと来ていた。まるで俺の移動する場所が分かっていたと言わんばかりに…。おかしい、カサンドラは糸を張り巡らせられても自由自在に動かすことはできない筈だ。たとえカサンドラの身体から出てきた物だとしてもだ。まさか俺の魔力を吸って俺と対極的な引力を持ったのか? いや、魔力同士は引き合わない。たとえあるとしてもこれほど強くは出来ない。


(考えろ、考えなければ道は出ない!)


 俺は推測を重ねに重ねていく。


「あらぁクリム? ひょっとして私の糸がまるで勝手に動いたことを不思議に思ってるのかしら?」


「…ちっ」


 そこへカサンドラから俺の疑問を当てられ少々不快感に陥るが、この会話自体何かの罠かと警戒しながらカサンドラの言葉に耳を傾けた。


「でもだーめ! 手品はタネを明かさないことがお約束よ」


(この女、俺をおちょくりやがるというのか!)


 怒りかけた俺の顔で眉間に皺が寄るよりも前に俺は視界の端に光で反射する物を見つける。またしても糸。今度は俺を左右から挟みこむように迫って来た。


 それにしてもカサンドラめ、一見ただ囲うようにデタラメに糸を張り巡らせているかと思いきや…違う。俺に飛行手段を与えさせないように巣を作り上げてやがる。


 俺は大きく飛んで迫る糸から逃れるが、上にも糸が張り巡らされている。このまま勢いに乗ると突っ込む。俺は杖で魔力の陣を描き、空中で足場を作り上げて足で跳ね戻った。


「ほ~らほら、逃げられるかしら? アハハハハ!!」


「くそ、このままじわじわと弱らせていくつもりか!」


 魔力は今だ奪われ続けている。まだまだなんとか余裕を保ててはいるが、ここままではジリ貧だ。いっそ危険を承知で大火力の火の魔術を行使するか? いや、準備に時間がかかって先にやられかねない。だが、このままではカサンドラの思う壺だ。

 

 森の結界に仕掛けてある探知の魔導も糸が邪魔して使えない。自分で見て探れって言うのか! ほとんど透明に近くて俺でも判別するのにやっとだというのに。…ったく、蜘蛛の糸なんだから白い色にちゃんとなっていろ!


 この時、俺は閃いた。


「色?」


 色が付いてれば見えやすい…色…光……そうか!


 俺は一種の策が頭の中に浮かび上がった。


 今だ奇妙な現象で一人でに迫ってくる糸とカサンドラの猛攻を凌ぎつつ、俺は次の魔術の行使を準備した。


「また火を出す気かしら! でもむだむだ――」


 カサンドラが何かを言っているが、俺は気にせず準備完了となった魔術を行使した。


 それは水の魔術――。


 本来なら周囲の水を集めて水塊を出現させて敵にぶつける物だが、これに俺は振動の魔導を付加させていく。


 ここで俺は師が雑学程度で教えてもらった事を思い出していた。


 あらゆる物体には人間の目では捉えきれぬほどに小さい粒――原子――が数え切れぬほどに大量に集まって形をなしているとされる。これは水にも概要しており、厳密には違うが原子ではなく水という性質を持つ小さい粒――分子――が集まって形をなしている。これら原子や分子の互いの集まる力は相当強く、容易に性質や状態が崩れることはほとんどないとの事だ。


 そこで振動というのは震える力、いわば高速の力が小規模で起こる物でありながらその威力はすさまじい。先ほど言った原子や分子の集まる力を解いてしまうくらいに…。


 つまり、水を分子にやや近い状態――気体、いわば霧――に変えた。巨大な水塊は一瞬にして濃霧へと変化していき、周り一面を露で濡らしていく。

 

 俺の身体全ても、カサンドラの身体全ても、むろん、


「あら、あらららぁ?」


 『見えない糸』でさえ…。


 糸についた露は光の乱反射により白色を帯び始め、糸の所在を明らかにしていく。


「なるほど、そういうことか」


 おかげでカサンドラのトリックがようやく分かった。


「あ~あ、バレちゃった」


 カサンドラめ、何ヶ所か自分の身体と張り巡らせていた巣の糸をさらに見えない糸で結んでいやがった。つまり、カサンドラが身体に付けてるその糸を引っ張ったり緩めたりすれば任意に糸の移動を可能にしていたという訳だ。その姿はさながら操り人形師のようだ。

 

 だがもうそのトリックは効かない。もう俺が糸がどこにあるのか目でもはっきりさせたからな。


「どうした、タネのわかった手品ほどつまらない物はないぞ?」


「そうねぇ、遊びも飽きていた頃だし…」


 しだいにカサンドラのにやけ顔が剥がれていく。


「本気で戦いましょうか」


「その必要は無い」


 悪いが俺もぼやぼやしている暇はないんでな、一気に決めさせてもらう。


「お前、俺は水を使ったから次は火なんて使わないなんて思っていないよな?」


「……っ!?」


 その問いかけでカサンドラの顔が一瞬ぴくっと動いた気がした。


「まぁその通りなんだが…」


「まぁ酷い。期待させておいて普通に裏切るだなんてあなたらしい。上げて落とすのは当たり前なのね」


「ふん、言ってろ」


 笑うな、喜ぶな、はっきりいって気持ち悪い。


「ところで、静電気というのを知っているか?」


 俺はさらにカサンドラへ謎かけのように言葉を投げつける。


「それは物質によって頻度は異なるが二つの物体が擦り合う。つまり摩擦の力から生じるとても弱い電気とも言うな」


「ちょっと~私、勉強なんて嫌いなのよ」


「そう言うな、その正体は実は空気自体に何かあるんじゃないかって俺は研究の末辿りついてな…面白い物を見つけたんだ」


 俺は圧縮の魔導を行使。


 だがその規模は大きく自分の周りが真空になりかかるほどで終着点はボール程度の大きさに纏まるようにと対照的な物だ。


「だから、つまらない話は嫌いなの、よっ!」


 カサンドラは突撃してくる。それを俺は軽く避ける。正体不明の小細工を見破った以上、今のカサンドラの攻撃など目に見えている。戦いを遊びとして楽しんでいるその傲慢さが滲み出ている間に一気に片付ける。


「空気を加えて圧縮してとこれを何度も何度も繰り返すことを続けるとな…」


 なるべく平常心をよそおう。かなり精密な計算が必要で俺の脳がややパンクしかけている。やっぱりまだまだ改良が必要だな。早急に術式を構成しなければ。


 全てが終えた時、杖の先には紫色と青色に妖しく輝く存在が現れた。


「電気に似たこんな物ができあがったのさ」


「――――ッ!!」


 これの『ヤバさ』に気付いたのか、カサンドラは顔色を悪くした。

 

 ふん、痛みは好きだが、それを感じれず一瞬に消滅するのは嫌か。


「だが、俺はこうやってとどめるだけでも精いっぱいだ。とてもお前に向けて放てないな」


 その言葉に少し安堵したのかカサンドラは余裕が顔に現れ出す。


「そこでだ、電気は金属を一番にその次に何で通しやすいか…知っているか?」


 しかし、俺のこの言葉に再び顔を青くする。


「ま、待ちなさい! せめて前のような倒し方で私を殺して! こんなの無痛同然じゃない!」


「残念だが、俺はお前と違って楽しむつもりはない」


 その言葉を最後に俺は杖の先に集めた光を放った。そう、カサンドラの巣にだ。


 糸は所々でカサンドラの身体に連結しており、巣は全てが繋がっているのがほとんどだ。おまけにこれを目的に考えて電気を通しやすい『温泉水』でわざわざ糸を濡らしておいた。普通に集めると純水にしかならないからな…温泉掘ってて良かったよ本当に。


「じゃあな、カサンドラ。今度こそは死ねるか見物だな?」


 光は水滴を伝って一気に糸から巣全体へと広がっていく。その姿は一種の炎。当然、仕掛けによって繋がっていた糸からカサンドラへも高速にその炎は襲っていく。俺だけは水滴を考慮して結界で防いでおくから一応安全だ。


「ふざけるなあぁぁぁっ!! このまま終わってたまるか人間風情があぁぁぁっ!!」


 おーおー激昂状態を見るのは久しぶりだな。だがもう遅い。それと一言。


「人間をなめるな、化け物風情が」


 こうしてカサンドラは一気に灰をも残さぬ高温の光に包まれた。


 光の正体の名はプラズマ――。


 別の世界では第四物質と呼ばれている事をクリムはまだ知らない。

まだ続く……かな?

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