第十四話
まだ序の口…これから……
これまでにもちょくちょく名前が出ていた『カサンドラ』さんのご登場です。皆様、盛大な拍手を。
――ってぶっちゃけR-18にならないようにするのがかなり大変な作者です。正直迷います。
明日と今日を同時に知らせる日の出が暗闇で冷え切った大地へ再び温もりを授ける役目を果たす。それは大怪鳥の住む地、嵐吹き荒れる荒野も例外ではなかった。
身を切り裂くほどの疾風は収まり曇り空からはコロイドの光が差している。砂埃は一粒も見えず明快な荒野の景色。これまでと同じ場所だとは初見の者にはとてもじゃないが信じられないだろう。
「んっ、んーっ!」
俺はストレッチをして所々の身体にできたコリをほぐしていた。大怪鳥の雷撃はすさまじいが、威力を抑えてくらうとほどよいマッサージになるんだ。多少くらいすぎると逆に筋肉が張って痛くなるが…やれやれ、『年寄り』に過度の刺激は毒だっていうのに。
「ぷはっ! さてと、中々いい戦いだったぜ?」
俺の足場にしている場所。それは大怪鳥の腹だ。大怪鳥は腹を上に向けて仰向けのまま白目を剥いてのびている。そこを俺はクッション代わりにして腰を下ろしている。
「それに目的の品も得れたことだしな」
俺の右手には大怪鳥の涙がたっぷりと詰められた瓶が握られていた。
ここで間違ってはならないのは俺は討伐に来たわけではない。飽くまで素材採取としてここへ赴いたのだ。半殺しは仕留めるよりも困難を極める。力加減を間違えると採取どころの問題ではなくなってしまうからな。
色々と大変だったな。奮う気持ちを抑えながら戦うというのは…。
何度やっても慣れるものではないが、必要である以上は我儘を言うつもりはない。だが、今回は半日もかからずして終わったから元が取れるだろう。あと、せっかくだから大怪鳥のトサカに生えてる金色の毛をいただいておこう。何、心配するな。数か月ほどハゲに悩まされるかもしれないが、次に来る頃には生え変わっている頃だろう。さっそく俺はナイフで丁寧に剃り上げていく。
こうして、トサカ部分を中心に大怪鳥は頭にその名の通り鳥肌を露出した見るに堪えない姿へと変わっていく。次に目覚めたら怒り狂うか消沈するのは確実だな。負けたら文句は言えんのだよ。
「あー疲れた。久々に仮眠でもとっておくとするか」
眠気はまったくないが、横たわって意識を落ち着かせるのも偶にはいいだろう。魔力を多く使った。回復には少し時間がかかるが、満身創痍という訳ではない。俺は大怪鳥の羽毛で覆われた腹の上に寝転がった。
「…………」
静かに寝息を立てて体力と魔力の回復に努める。ローブが少し焦げて饐えた匂いが漂ってはいるが、さほど気にするものではない。そのまま意識を静かに落としていく。そうするつもりだった。
「おや、来訪者か…」
この時、俺の左腕に付けている腕輪が点滅を始めていた。
実はこれも魔道具。これは森の結界に何者かが触れるとその異変を受信して知らせる役割を果たす。やってくるのは魔物と亜人が中心。大抵の者は赤霧の森にかけている幻覚の魔導によって樹海の出入り口にまで戻されるのだが、ライザのように鋭い能力を持つ者ならば通過できる可能性は飛躍的に上がる。だからこそ、そういった存在に対する対策でもあった。
しかも色によって侵入者の力量を測ることも可能な優れ物だ。だからこそ俺はこの結果に危機を感じていた。
色は強い順で赤、青、緑だ。
よく来るライザならば中堅レベルを表す青色を示すが、
「……おいおいおいっ! 嘘だろっ!?」
腕輪の点滅は『赤』を示している。それも点滅が激しくてかなり危険な存在であると知らせている。
「まさか、もう来たのかよっ!?」
もはや寝てはいられなかった。俺は一気に起き上がって帰り支度を始めた。
この点滅具合になるほどの存在を俺はよく知っている。あぁ、よく知っているとも…。だとするとシェリーとエレイシアが危うい!
「くそっ、ふざけるな!」
俺は急いでローブに物質変化の魔導をかけて翼に変化させ、空高く跳び上がった。魔力の消費が著しく多いが、出し惜しみをしてられなかった。『あいつ』だけはやばい! 俺なら対処しようがあるが、シェリーではどうしようもない相手だぞ。
――忙しい時にやってきやがって! もしも俺の『物』に手を出したらただじゃ済まささねぇぞ!
「まだ我慢してろよ、カサンドラ!」
俺は最凶にして最悪な知り合いを止めるべく高速飛翔した。
◆◇◆◇
太陽の光溢れる青空の下、私は洗濯物を干している。これだけいい天気だ。いつも使っているベッドのシーツも日光消毒しなければ損でしょう。思えば洗濯なんておばあ様から教わって以来、大した回数を重ねていませんでしたね。
身分上、私の手を煩わせるのは恥とされているからさせてもらえなかったんです。友人であり、使用人として私に仕えてくれたケティも「私の仕事を取り上げないでください」と言ってた気がする。
そんなの違う。たとえ自分がどんな存在になろうとも一人の人間であることは変わりはない。自分にできることは自分でやる…おばあ様から教わった人としての意義となる一つだ。私は人は支えられるからこそ生きられるという事実を何よりも知っている。でもその支えは命令されて成る物ではありません。自らの意思で互いを支え合うことが大事なんです。
「はい、おしまいっと」
最後の洗濯物を私は干し終えたところで空になった籠を持ち上げ、家のテラスに向かう。そこには揺り籠の中ですやすやと眠りにつくエレイシアがいた。しかも揺り籠にはエレイシアだけでなく、その上にはあの三匹の妖精が佇んでいた。
ちなみにですが、この揺り籠は前に浴場を作ってくれたドワーフの皆さんがサービスとして作ってくれた物です。ダンゴウシに気に入られるようなエレイシアの今後の生き様が誇らしい物となるように、と祝いの印として送られてきました。枝編み細工での技巧を凝らした逸品でもあります。
「ありがとうね、ボー、ヤン、キキ。エレイシアの子守りをしてくれて」
「エレイシア友達!」
「楽しかった!」
「おやすみおやすみ!」
私は洗濯干しの間でエレイシアの面倒を見てくれた妖精達にお礼を言った。
この時、私は妖精達に対して名前を呼びましたが、これは本当の名前ではありません。クリムさんとアリス様によれば、妖精は下位には名前を与えられず有相無相の存在として見られるのが当たり前。それゆえに名前は持たない。中位に進化することで名前を授かるのはようやくだそうです。
ですが、私はそんなの気の毒だと感じてしまった。妖精達は確かに今ここにいる。この事実は否定しようがない。この三匹が今後いろんな経験を経て中位に成り上がれるかはさすがの私にも分かりません。
だからこそ、自分と三匹との間で呼び合える柄として独自で名前を考えたんです。もちろん勝手に考えた名前だから妖精には種族としての真名にはならないので掟に背かないかぎりは良しとなった。クリムさんは「別にバレなきゃいいんだよ」と言ってましたが、さすがに守るべき物は守っておきましょうよ…。
「そうだ、これから新作としてパイ作りに挑戦するんだけどよかったら食べていかない?」
「甘くておいしい?」
「もちろん行くよ!」
「食べる食べる!」
三匹の妖精――ボー、ヤン、キキ――は揺り籠の上ではしゃぐ。そんな光景を私は微笑ましく眺めた。
「いっちばーん!」
「あーずるい!」
「待て待てー!」
このまま妖精達は家の中へと一足先に入っていく。
――さてと、頑張ってくれたあの子達のためにも自分も頑張りますか。
私は嬉しそうに笑いながらエレイシアを揺り籠から抱き上げた。
その時だった。自分の身体が異変を感じ取ったことに気が付いたのは…。一言で言うと猛烈に寒気が全身を走っていた。いや、『悪寒』と言った方が正しいですね。温かい陽光が足りないと思えるくらいに空気が変質を迎えた。
「……ぁっ」
私が真っ先に気が付いたこと。それは視線…。
先ほどから何者かが自分を見つめてきている気がする。ですが、私はこの視線の主がどんな者かは判明できていない。
でも感じるんです。
自分と違う息遣いまでもが聞こえてきそうな感じが…。
何者かの餌場に迷い込んでしまったのかと錯覚するほどの恐怖心が…。
「…戻ろう!」
私は即断しました。一刻も早く家に戻らなければならないと…。
このままだと確実に危険な目に遭う。直感もこう示していた。
エレイシアを守るように強く抱きしめつつ、家の扉へと駆け足で向かった。その間が長く感じるくらいに雰囲気は異質な物と化していた頃合いを狙って――
「あら、こんにちは」
――そこへついに『根源』が現れた。
私はその声に足を止めてしまった。声がした方はテラスの階段付近。静かに視線を移すと見えてきたのは白い傘。いえ、白い傘を持っている誰かでした。
気が付かなかった。いつの間にそこにいたのかまったくわからなかった。テラスの段差でやや上から見下ろす形になっていて白い傘で身体が全て隠れている形にしか今は見えなかった。もちろん顔も…。
「初めて見る顔よね。クリムの知り合いにいたかしら?」
声は妙齢の女を示唆(する滑らかな物で同時に妖しげな雰囲気をまとっていた。女性はそのまま白い傘を持ったままテラスへと一段ずつゆっくりと階段を上がってくる。ついには同じ高さとなり、私と向かい合う形になった。
「あの、クリムさんのお知り合いですか?」
なんとか絞り上げて出した声で質問をしますが、私は女性の存在に見惚れていた。
艶のあるロングヘアーの黒髪。絶世の美女と言い表せる熟れた赤い唇を覗かせる顔の造型。着ている白のワンピースから浮かぶ世の男を虜にするようなプロポーション。
同じ女である筈の私でさえ、女性の容姿には唾を飲み込みました。
「知り合い、そう言えばある意味そうかもしれないわね。でも本人は否定をするかしら? うふふっ…」
女性は何がおかしいのか、笑いながら私の質問に答えてくる。
「それにしても、あなた…」
次には私の事をジッと見つめてきます。凝視するのではなく、口元を少し吊りあげて笑いながらです。
「な、なんでしょうか?」
この世の者とは思えないほどの美女とはいえ、私には得体のしれない存在に見えていた。女性はそのまま私をしばらく見つめると、次にはこう言った。
「なんだかとっても……『美味しそう』だわ。あなたって」
私は何を言われたのか理解できませんでした。美味しそうとはいったい何を意味しているのか…悪い予感しかしません。意識が気薄になりつつある中、
「ちょっとごめんなさいね」
「…………っ!」
私はありえない物を見た。女性がいつのまにか私の手を握っているのですから。もちろん、私は視線を女性から外した覚えはない。まるで瞬間移動をしたかのように一瞬にして自分の傍に立っていたのです。
予期せぬ光景を見せられた私は手を握られたまま硬直した。これに対し、女性は私の服の裾をめくり出した。私の腕が地肌を見せ、これに嬉しそうな顔をして女は、
「ん…ちゅるっ……」
私の腕を舐めてきたんです。
「ひうっ!?」
「うふふふ、思った通りだわぁ…」
女性は一舐めし終えると恍惚とした表情でそう言った。
まさか舐められるとは思いませんでした。私はしっとりとした女の舌の感触を地肌で味わいながら鳥肌を立てた。
だからこそ逃げる。腕を振り払い、一目散に家の中へと戻ろうと急いだ。女性に背を向けることになりますが、この際どうだっていい。異質な恐怖を感じた私は一刻も早く女性から逃げ出したかった。家の扉を素早く開けて入ろうとした…。
そう、したのですが――
「あらあら、いいのよ? そんなに怖がらなくても…」
「つぁっ!」
――家に入ったかと思われた瞬間、突如として私の右腕は女性によって掴まれた。前へ進もうとしていた私が急停止をするくらいに強い力でだ。およそ女性が出せるような力ではありません。その間にも私の右腕は女性によって握られていく。
そして、浮遊感を感じた。
自分が宙に浮いている。引っ張り上げられたのだと理解するのは容易でした。このまま私は家へ入るどころか外へとテラスを越えて戻されてしまったのです。
「きゃあぁぁぁぁっ!!」
落ちた衝撃で鈍痛を覚えつつも我慢はできる程度。そのまま抱いていたエレイシアに怪我がないかを確認してとりあえずの安堵をする。ですが、それは脆くも崩れ去った。
「ほら、怖がらなくていいのよ…」
女性が私の元へとゆっくりと近づいてくるのだ。
一歩ずつ、一歩ずつと確実に…。
その光景にたまらず「ひっ……!」と悲鳴を漏らした。
「震えているのね。大丈夫、すぐに治まるわ。だけど――」
女性はにこやかな笑みをして私へと迫ってきます。
「もっと聞かせて欲しいの。あなたのような綺麗な子の悲鳴、私はとっても好き…あぁ、たまらないわ。特に幼子のように泣き叫ぶ悲鳴が最高よ」
その笑みが友好的ではないのは明らかでしょう。温かみのない冷たい笑みが私を精神から拘束していく。
…逃げ場は無い。覚悟するしかありませんでした。