第十三話
ポイントもよければお願いしますね
「あっはっはっはっ! こりゃいい、傑作だぜ!」
「私としては笑いごとじゃ済まない気がしますよ、ライザさん…」
クリムさんが外出中の最中、私は突然の来訪者――ライザさん――を迎えて樹海の温泉が壊されて水量が低くなった原因の説明と謝罪を同時にしていた。ライザさんはこれに怒る様子もなく「それ見たことか!」と自分の予想通りだった事に笑っている。
「ふぅっ…久々に結構笑ったぜ」
「それで大丈夫なんですか? 元から温泉を利用していた方々にはどう納得してもらう気ですか?」
私は自分が直接ではないとはいえ、温泉を盗んでしまったことに申し訳ないと思いつつ、ライザさんに良案を求めた。まだ会った事がない者が大勢ですが、いずれ会うかもしれない人達です。
これにライザさんは「心配いらねえぜ?」と胸を張りながら私に言った。
「嬢ちゃんが気にすることじゃねぇよ。こんなのはまだ軽い方だし、別に完全に温泉の流れをこっちに持ってかれた訳じゃねぇからな。族長達は多少ごねるかもしれねぇが納得せざるを得ないと考えるだろう」
(あれで軽い方なんですか…)
私は驚くと同時にクリムさんによって被害を被った人達へ祈りを捧げた。
それに聞くところ、温泉源に出来た穴は丁寧にもクリムさんが『形状固定の魔導』という術をかけて作ったらしく、穴を塞ごうにも魔導的作用が働いて妨げられてしまうらしい。亜人達にとっても打つ手無しの状態でもあるそうだ。
「いやーあいかわらずクリムの傍にいると楽しいことが尽きなくていいわ」
ライザさんは腰掛ける椅子に背中を預けてだらんと首を上に向けた。
「…楽しいにも限度がありますよ」
私は大胆なライザさんの考えに呆れを感じた。
「だってなぁ…クリムが来るまでの樹海ってのは陰湿で強者が覇権を日々争う単なる魔境でしかなかったもんだしよぉ」
「え、クリムさんが来る前での樹海ですか?」
そうなると、この森が出来上がるより前の時代の話でしょうか? そうなれば当時はエレイシアはおろか、私さえも生まれていませんね。
私はその当時の話をライザさんから興味深そうにテーブルから前のめりになりつつ聞いた。
「ひどいもんだったぜ? 種族間での領域の奪い合いは日常茶飯事。それでも安いくらいだ、俺の種族である人狼の中でも一番の強者であれば束ねる者に関してはお構いなしな下剋上が起こり回っていたほどだ」
ライザさんは相変わらず笑いながら話してはいますが、その内容は当時の壮絶さを鮮明に思い浮かばせる物でした。
「そこで現れたのがクリムだ。あいつは知らぬ間にここに居を構え始めた。当然人間なんかにやる土地はないと怒り狂う亜人や魔物達はクリムの元へと向かったが…昔はこんな家じゃなかったって嬢ちゃん知ってるか?」
そういえばこの家はドワーフ達に再建築させたとクリムさんが言っていた気がする。聞き覚えのある内容に私はうなづいてライザさんに話を続けてもらった。
「もちろん結果は予想の通りクリムの圧勝だ。この時あいつははっきりと「ここは俺の縄張りにする。文句があるやつは直接相手してやろう」と言ってたらしいぜ?」
何たる俺様宣言でしょうか。樹海に元から住んでいた者にとっては途轍もない存在が住み付いたと危惧していたに違いありません。私はクリムさんならそれくらいやりかねないと認識した。
「あれから数十年、何千もの挑戦者が現れたが、誰としてクリムを負かした者は現れることはなかった。惜しいところまでいったやつはいるようだがな。実は俺もそんな挑戦者の一人でもあったんだ」
「えっ、本当ですか?」
ライザさんは私に自慢するかのように誇らしげに言い出した。
「俺はこうみえても昔はかなりの荒くれ者でよぉ…気に入らないやつがいれば力づくで従わせるどうしようもねぇやつだった」
今としては言いたくない事なのでしょうか? ライザさんは声のトーンを低くして話を続けた。
「自分より上でふんぞり返っているやつが気に入らなくていつも種族の中ではつまはじき者とされていたもんだ。そんな頃にふとクリムの噂を聞いたのさ。「この森のどこかにはめっぽう強い魔導士が住んでいる」ってな…」
目の前で気性の荒さなど微塵も感じさせないライザさんから知らされる過去と照り合わせても、私にはとてもじゃないですが信じ切れなかった。
「それで、戦いに行ったんですか?」
「もちろんっ! クリムの結界の抜け方を知るには少し時間がかかったが問題はそんなことじゃなかった。『時期』がまずかったんだ…」
「時期?」
「あぁ、その時クリムは大規模で大切な実験を家の外でしていてな。そこに俺が現れて身勝手にも実験途中にかまわず襲ったものだからその…失敗する羽目になっちまって……」
ライザさんは少し震え始めていた。それが恐怖からによる物だというのは明らかであった。
「クリム、本気で怒らせちまったんだよ」
「えっ、本気?」
「そう、本気でだ。いつものおふざけや八つ当たりの意味を込めたのではなくて本気と書いてガチと呼ぶくらいに」
「うわぁっ……」
私は思わず絶句した。さぞかし恐ろしい目にあったに違いないとライザさんに同情した。
さらに話を聞くには、何でも最初は有無を言わせずに物理的にフルボッコにされ、終わったら無理やり治療されて次に魔術でフルボッコにされ、また終わったら無理やり治療されて今度は魔導でフルボッコにされ、最初の物理的フルボッコに戻る。
この繰り返しが延々と続けられたらしい。ライザさんが泣こうが喚こうが血も涙もない鬼のごとく、クリムさんは当時のライザさんを苛め抜いたそうだ。
「おそらくクリムを本気で怒らせたのは俺を含めても数えるくらいだろうな。まぁ、ある意味では誇れる行動だ」
「それは誇りとは言いません。一種の自殺体験です」
私にはそうとしか言いようがなかった。
「まぁ、そんな事もあってか今の俺はこうしてクリムの情報係として動くようになったって訳だ」
「させられているの間違いでは…」
「…それ言っちゃいけねぇよ嬢ちゃん」
認めたくない事実なんでしょうが、ライザさんは口を詰まらせながら私に小さく抗議した。
「やっぱり昔もめちゃくちゃな人だったんですねぇ。クリムさんって」
「本人いわくあれで普通って言うもんだから参るぜ。でもな、クリムの存在があったからこそ樹海には以前のような荒々しさが無くなるようになっていったのも事実だ」
「ひょっとして暴れられるとうるさいという理由からとか?」
「ご明答!」
真実はこのような事でした。
誰かが争っているとその場所にできる実験素材に傷がつくからの理由で闘争を起こす筆頭を黙らせ、住む場所が狭くて仕方ないと言うと強引に土地を開発させて住居問題を一気に解決させ、ある物の所有権でごねていると是非を言わせずにそれより良い物を与えてそれを持っていく。
「あいつはな、利己主義でもあるがただの『弱い者苛め』だけは絶対しない主義なのさ。全てに何か考えがあってこそ行動を始める」
「どうしてクリムさんは素直に手を差し伸べようとしないんですか?」
話を聞いているとクリムさんは自らの手で何者かの危機を救っている訳ではないことが私には分かった。
「自分に得が無いから差し伸べたくないんじゃない。差し伸べてはいけないと考えているのさ。他人の手で救われた者はその後もその者の手が差し伸べられると期待してしまう。これはクリムにとって『堕落』でしかないと考えているのさ」
「堕落…」
ならばどうして自分の助けにはクリムさんは応じてくれたのだろうか?
助けばかりを求めて自分自身は何も大した事をしていないのに…。
考えれば考えるほど分かりませんでした。最初で言った何かしらの得があるからこそ…とか? クリムさんはどちらの方で考えていたのでしょうか。そもそもクリムさんは私達一般の人間としての考えで動いているかどうかも怪しい限りです。
「誰もクリムという存在は知ることは出来やしないんだよ嬢ちゃん。たとえあいつの本名を知ろうが、生まれを知ろうが、今のあいつには何の関係もないんだ。それは心中でも言えることなのさ」
ライザさんは遠い目をして窓の外を眺めている。
「俺達にとってクリムってのはいわばこの樹海という名の青空にポツンと漂う浮浪雲そのものなのさ。形を変え、何者にも変化し何者にも縛られぬ興味の尽きることはない存在」
私がライザさんの視線と同じ場所を見てみると綺麗な青空と小さな雲があった。
「そんなやつがこんな樹海に風を起こして騒がせるっていうんだ。そりゃあ楽しくて仕方がないのさ」
嬉しそうなライザさんの顔に私はやっとわかった気がした。この樹海に住むほとんどがクリムさんを好いているのだ。なれなれしく話しかける者がいればよそよそしくする者もいた。それは嫌悪の感情でしたが、決して憎悪の感情から生まれた態度ではありませんでした。きっと心のどこかではクリムさんを認めようにも普段のクリムさんの態度が邪魔をして認めきれないのかもしれない。妖精の里で出会ったリーネという子もそんな一匹なのだろう。
私は羨ましく思った。こんなにも多くの存在から好かれるクリムさんの存在を…。
「よしっ、固い話はここで終了として…嬢ちゃん、クリムの研究室に興味はねぇか?」
「へっ……?」
ライザさんは唐突に悪戯小僧のごとく笑みを浮かべてこちらへと詰め寄ってくる。
「どうせだから色々と見て行った方がいいと思うぜ? 人間にとってもかなり物珍しいのが置いてあるから楽しめるぞ」
「でも、クリムさんからは勝手に入らないようにって…」
いきなりそんな事を言われても私は反応に困ってしまいます。
「大丈夫大丈夫っ! 死ぬ訳じゃねぇんだから…ほら一緒に行ってみようぜ?」
やけにライザさんは私を研究室に行かせたがっている。何か意図がありそうですが、私にはまだそのところの区別が付いていなかった。それにクリムさんの研究室には少し入った事はありますが、全てを見た訳ではなかった。
人の物に興味が向くというのは人間としての性なんでしょうか。
私は決める。
「…ちょっとくらいなら」
こうして私達はクリムさんの研究室へと向かった。
さっそくドアには「入るな!」の看板がかけられていましたが、ライザさんは躊躇なくそのドアを開けた。ドアの先には何度か見たクリムさんの研究室の光景がありありと広がっていた。
「ささっ、まずは嬢ちゃんから入ってみろよ」
ライザさんは私の入室を促し、これに答えて恐る恐るゆっくりと研究室へと入った。相変わらず凄まじい量の研究資料や研究素材が置かれたり仕舞われたりしていて、私はしだいに物珍しさで目を輝かせて周りを見回していた。
だからこそ気がつかなかった。ライザさんが私を先に研究室に入らせた狙い。それと、足元に不思議な紋様が浮かび上がったことに…。
「やっぱり凄いですね。ライザさきゃあぁぁぁぁっ!!」
後ろへ振り返ろうとした瞬間、突如として私は何かに持ち上げられた。スカートを抑えつつ良く見てみると、床に現れた魔力で描かれた紋様から黒い腕が生えていた。しかもしだいに同じ紋様が床にいくつも現れてきて黒い腕もたくさん現れている。
「な、なんですかこれはあぁぁぁぁっ!!」
私は次々にこの黒い腕達に身体中を掴まれていき――
「うぇっ! ちょっとやめっ! やぁっはっはっはっはっあははははははっあっはっははははははははははは!!」
――全身を隈なくくすぐられていくのだった。
「はっはっはー! 悪いな嬢ちゃん! 実はクリムにこの前、没収された物があってよ。取り返したかったけどあいつの研究室ってのはそんな風にトラップを仕掛けているもんで先にかかってもらった訳よ」
「ライザさあぁぁぁぁんっ!?」
つまり、私はトラップ避けとしての捨て駒にされたという訳だ。
「きゃうっ! あ、ダメぇ! そこは…ひぅっ! ダメっ…だめったらぁ……!」
「おぅ、ビューティフォー……」
くすぐられる場所に指定はなく、『全身を隈なく』なので大事な部分までもが黒い腕によるくすぐり魔技に襲われていた。その際、私は妙に艶めかしい動きで抑えきれず嬌声を漏らしてしまう。
あれ、ライザさんどうして前かがみになっているんですか? 手もどこか抑えていて何だかおかしいですよ?
「ほんじゃま、さっそく失礼するわ」
もう発生するトラップは存在しない。
そう考えたライザさんは静かに研究室へと入ってきた。
果たしてそうでしょうか? 考えてください、ここはどこですか?
『あの』クリムさんの研究室なんです。この程度の防御で終わらせるとお思いですか? 短い間でもクリムさんならばこうするだろうな、と私には大方予想が出来るんです。
「さてとどこにうおぉぉぉぉっ!?」
結論、そんな事はありませんでした。
「ば、馬鹿なあぁぁぁぁっ! 二段対応だとおぉぉぉぉっ!!」
ライザさんもまた同じようにさらに生えてきた黒い腕によって拘束されていく。
どうやらクリムさんは研究室に一撃目のトラップを避けられた場合を考慮して何重にも仕掛けを施していたようです。裏の裏を適確に読み取るだなんて…やはり恐ろしい人ですクリムさん!
まだまだライザさんはクリムさんには敵わない筈ですね。あんな状況じゃあクリムさんを出し抜くなんて夢のまた夢です。
「ひいっ!」
このままライザさんも私と同じようにくすぐられてしまうのでしょうか?
そう思われましたが、それよりも凶悪なトラップが待ち構えていました。黒い腕が次々と形を変えていき、ライザさんの目の前には黒いハサミが沢山出てきた。
「や、やめろっ! もう刈られるのはやだっ! やめろおぉぉぉぉっ!」
ライザさんの切実な悲鳴も空しく、黒いハサミは“シャキンシャキン”と迫っていった。
「あっーーーー!!」
この日、クリムさんの家からは私達の悶え声と悲鳴が森中を響かせるのであった。
次回は作者が出していいのか壮絶に迷ったキャラが出ます。
ここで注意。
変態です! ドのつくほどの大変態がやってきます!
こいつによってR-18に小説の年齢制限が変わらないか心配なくらいです。
ちなみに生物学的にメスです←ここ重要