第十一話
木々を切り、それらを木材へと成形してからパズルの部品のように形を加工して組み立てていく。石を四角に切り、大理石のようになるまで表面を研磨して綿密に並べる。
他にも色々な工程が見えるが、ドワーフ達によって浴場造りは着々と進んでいった。その際に出る作業の音がいくつも重なる事で一種の音楽にも聞こえてくる。見ていて飽きない光景でもあった。
「でもクリムさん、あのドワーフ達とはどうやって知り合ったんですか?」
ふとシェリーが疑問に思ったことを俺に聞いてくる。
ドワーフ達を呼び出す際に使った矮土の喚鐘はドワーフとの友好の記念品。ならば俺とドワーフはどんな切欠を機に出会うことになったのか興味を持ったんだろう。
「昔、魔導の実験素材を探していた時に偶然ドワーフの住処である洞穴を見つけてな…」
当時、そこで問題ごとが発生しており、ちょうど探していた実験素材にも影響を及ぼす危険性があったのでお互いの利害の一致によって解決してやった。それに感謝したドワーフが今後も俺の力になりたいとして贈ったのが矮土の喚鐘な訳だ。
「でも、そこでいったい何があったんですか?」
その問題ごととは何なのか? 興味を持ったシェリーがさらに奥へと話を進めようとする。
「…くだらないことだ。お前が聞く必要はない」
だが、俺は話すのも面倒だという風にしてこの話題を締めようとする。それでもシェリーは聞き出そうとしてくる。聞くなと言われると余計聞きたくなるという物だろうか?
しかし話すワケにはいかない。この問題は色々と『深い』んだ。
「そんなこと言わないで教えて――」
「そうですぜ、話してやってくだせぇ」
いつのまにか俺達の近くに来ていた親方が唐突に話しかけてきた。おかげでシェリーが少々飛び跳ねるほどに驚いていたが。
「おやいけねぇ、驚かしてすまんねぇ……姉さん」
「い、いえ…」
「そうだ、自己紹介してなかった。あっしの名はモリアって言いやす。どうぞこれからも御贔屓に」
親方――モリア――は小さな背なりの見事な礼をシェリーに尽くした。
モリアはドワーフ達の住処の中で一番の高齢者であって熟練の職人だ。彫金、鍛冶、建築なんでもござれとすさまじい技量と知識を携えている。リーダーシップを発揮するのも常にモリアなので、同じ住処のドワーフ達からは親方の名称で好まれてもいるドワーフ種族の代表の一人だ。
「話の腰を折ってすまねぇ旦那、だが姉さんにもあの出来事はあっしも知っておいた方が良いと思うんです」
「それはかつての鬱憤を晴らすためか?」
「とんでもねぇっ! あっしらドワーフは当時ではそりゃあ怒り狂ってたけどよ、今は見解をキッチリと変えてますぜ!」
俺を目の前にしても堂々とした態度でモリアはこちらのモノ言いに反論した。
「ほぅ、たとえば?」
「旦那があえて壊した『あの場所』にも明日を食い繋ぐために仕方なく働いていた人間もいたってことですよ」
「仕方なくでお前達はあのまま奴等を許して死に絶えるつもりだったとでも言う気か?」
「そこまでは言っちゃいねぇっ! ただあんなことは悪い事だと後世のためにも語り継ぐほうが大事だとあっしらにも人間達にも当てはまる物だって気付いたんです」
議論は激しさを増した。俺的に要約をまとめてみるとこうだった。
俺は腐った物はすぐさま丸ごと切り捨てるべき――。
ドワーフはそれでも腐った部分だけを取り除いて生かしてやるべき――。
非情と温情の二つの感情が両者の間で反発し合っていた。
「いつまでも過去を引きずっちゃあ前へは進めませんぜ?」
「だから過去を忘れろとでもお前達は言うのか? 過去はいわば記録だ。消すことも忘れることもできない一生つきまとう存在だぞ」
このままでは埒が明かない。そこへ、唐突に話を終わらせる切欠となる言葉を言ったのは俺の方だった。
「モリア、今はそう綺麗事を言えるかもしれないが再びあんな事になったらその時にお前は人間を許せるとでも言えるのか?」
「それは、その……」
「お前の考えは一度濁りを生じればその際に生まれる怒りや憎しみ…出し場に困る結末が待つだけだ」
これにモリアは何も言えなかった。現実的な見解での意見を言い放った俺に対する有効な意見が思い浮かばなかったからだ。
怒りや憎しみは自然に消滅することは極稀にしかない。たいていはどこかで根強く生き続けて再び爆発するのを今かと待ち続ける。この俺でさえ…。
『あの』少女のことにはケジメを付けてある。だが、それよりはるか昔に師を奪ったやつらは別だ。やつらは私利私欲のためだけに師を弄んだのだから…。心を壊し、失った大切な物を必死で取り戻そうとして禁忌を冒してまで作った『悪魔』を師はすんでの所で過ちに気付き、廃棄しようとした。なのにやつらは師の思いも関係なく欲望のままそれを奪い取ろうとした、だから俺に託されたんだ。
(その結果が今の俺なんだがな…)
何も言えず沈黙するモリアに話は終わりだと言わんばかりにして俺は踵を返した。
俺は『ひょっとして』や『もしかすると』などという希望は抱こうとは思わない。待つことでは何も変えられない。何も起こりはしない。自分から掴みとらなくてはいけないのだ。たとえ自分自身の運命、果ては命さえも――。
こうして、一悶着が起きたことなど忘れるかのように浴場は完成の間際を迎えていた。気を材料に込めながらのモノ創りを得意とするドワーフにとって道具の扱いは巧みで本来ならば一日以上はかかりそうな建造も順調に進んだ。
「いい腕だ、地脈の有効性を十分に発揮できる造りだな」
「へへっ、こう旦那に褒められるとドワーフとして冥利に尽きますぜ」
俺とモリアは先ほどの出来事などもう忘れたと言う風にいい顔をして話し合っている。
『あれはあれ』、『これはこれ』だ。いつまでも同じことでいがみ合っては支障が出る。なので一時保留という形だ。本力を上げての討論は見聞を高め、必要となった日にまた今度だな。
「そうだ、今回の報酬だが…こんな物でいいか?」
俺は懐に手を入れてそこから取り出したのは琥珀色に輝く物だ。拳くらいの大きさで中々の代物である。今回の働きに見返る報酬にはこいつで十分だ。正直言ってお釣りが来るくらいの代物だぞ。
「おぉ! こいつは縞琥珀の塊じゃねぇですか!?」
モリアはそれを両手で受け取るや、かなり興奮した表情で太陽にかざすように持ち上げた。モリアの顔に黄金色の光とその間に縞の影が当たっている。
「えっ、縞琥珀ってあの縞琥珀ですか!?」
「ん、シェリーも知っているのか、これの事?」
「もちろんですよ! 三大宝石の一つである波紋蜂蜜塊の原石として有名な品じゃないですか!」
シェリーもまた興奮した表情でモリアの持つ縞琥珀の塊に視線を集中している。
この世でもっとも至高の宝石として名高い三つの宝石。
鮮血水晶――。
竜の血が化石化して濁りとなる細胞等が死滅することで現れる純粋の曇りなき赤色の水晶。
二重金剛石――。
永遠の輝きといわれるダイヤモンドが長年に魔素を吸収したことで太陽と月の光により色を別々に変える摩訶不思議の金剛石。
波紋蜂蜜塊――。
太古の木の樹液が年輪を重ねるように質の違う層ごとで色を変えて固まった珍しい縞模様を生じた琥珀。
モリアの手にあるのはまさしく三大宝石のカッティングされる前の原石の一つ。発掘や採取の難易度はもちろん、加工の難しさゆえにその価値は宝石として測り知れない程だ。特に波紋蜂蜜塊は加工の難しさが希少さの理由を定評され、熟練の職人でも十個加工して一個成功するのが珍しいくらいだ。
「縞琥珀はカッティングの力加減を少しでも間違えるとたちまち縞模様に沿って簡単に割れてしまう。火山地帯にある黒雲母並みに繊細な原石だ」
「つまり、これをお宝か石屑に化けさせるのはあっしらの腕しだいってことですかい」
「どうした、怖いか? それが嫌なら別の報酬に変えてもいいが?」
「いいやっ! 見事に加工しきってみせますぜ!」
俺は挑発的な言葉を投げつけるが、モリアは「その挑戦に乗った!」と言わんばかりの勢いだ。この間、シェリーはモリアの持つ縞琥珀に目が釘付けになっていたとか…。やはりシェリーも宝石に興味を持つのは女という訳でか。俺にはよく分からんが…。宝石ってのはそんなに魅力的なもんかね? 魔導の触媒を考えるならもっと良いのがあるんだかな。
◆◇◆◇
その後、無事に浴場は完成しました。モリアさん一同は最後の片づけを終え、一斉にダンゴウシ車の荷台に乗りこむや、来た道へと去って行きました。クリムさんに「またのご利用をお待ちしてますぜ!」と言い残して。
「それじゃあ行ってきますね?」
「おぅ、行ってこい」
エレイシアをクリムさんに預け、私は早速浴場の初入場といきました。浴場の建物はまず短い階段を上ることから始まる。四方八方が滑らかに加工された木材を使用した構造。
「あ、なんか良い匂いかも…」
微かですが爽やかな香りがこの場を包んでいた。多分この木材が香りを漂わせているに違いありません。ドワーフの職人としての粋なこだわりが入って早々に感じられた。
そのまま上がって目の前に現れたドアを躊躇無く開けると、今度は空気が変わる。ドアの先はただの脱衣所なのですが、自然の中に自分がいると錯覚できるほどに清涼な空気が私の身を包んでいる。
「わぁ……」
思わず私は子供のような声を上げる。向こう側にあるドアがようやく浴室へと繋がる物だと分かるくらいに水音が滴るのを聞きつつ、待ちきれない興奮のまま、私は少し早く服を脱ぎ出した。備え付けられていた脱衣入れに服を入れ、少し肌寒い空気を直に感じながら“ごくり”と唾を飲み込んで意を決し、浴室へのドアを思いっきり開けました。
その瞬間、肌寒さを消し飛ばすには十分なほどの熱気が私の前方から襲いかかった。ですが、それを不快感に感じることは無かった。むしろこの熱気に包みこまれることが快感となった。
「ふわぁ……」
決定打でした。私の顔は完全に緩みきって顔がとろけるかのような表情に変化する。熱気と湯気に包まれた視界を目を凝らして見てみると、研磨を施されてつるつるな石板が浴室に満遍なく敷き詰められ、そこに岩風呂として窪んだ場所にかけ流しの天然温泉が張っている。
「エレイシア、悪いけどお母さん先に楽しんじゃうね」
今回、エレイシアも温泉に一緒に入らせようと思ったがそうはいかなかった。クリムさんに止められたからだ。何でも赤ん坊には温泉は早すぎるらしいです。温泉の成分が赤ん坊の肌に刺激が強すぎてどうなるか保障できないとのクリムさんの判断だ。
だから私だけでの楽しみとなった。クリムさんに預けた際に見たエレイシアの寂しそうな顔には何だか罪悪感が生まれましたが…。
早速、私は岩風呂へとゆっくりと足から入っていきます。温泉特有の成分が私の肌をピリピリと刺激しつつ、少し熱めの温泉に少しずつ浸かっていく。
「ふぅ、まさかお風呂をこんなに楽しみに思う日が来るなんて思いもしなかったなぁ」
私はふとここに来るまで入っていたお風呂のことを思い出した。
無駄に広く豪華でしかなく、とても疲れを取る場所とは思えない湯あみ場――。
ですが、私にとって『牢獄』としかいいようのないあの場所で心と体を癒せた数少ない場所。
「…だめだめ、こんなことなんて考えなくてもいいのよ」
顔を振ってその思い出を雑念と決めて振り払うべく頭を軽く横に振った。
「エレイシアはあんな人達に絶対渡さないと決めて全てを捨てる覚悟でここで来たのに…」
その決意を無得に扱おうならば『あの子』に申し訳立たない。あの牢獄から逃げ出すことに成功させてくれる礎となった親友。
「ケティ…私、これで正しかったと思っててもいいんだよね……?」
迷ってしまったら全てが終わってしまう気がした。だからこそ、強引にでも自分の心の中に言いつけるよう判断の正当性を貫いた。この現状が最良の選択であることを信じて…。
温泉に浸かって日々の疲れが一気に取れていく中、私はふと思った。
「それにしても、クリムさんって女性に興味ないのかな?」
妖精の里での豊穣祭で起きた裸騒動で私は不本意にもクリムさんに裸を見られてしまいましたが、私を見た時のクリムさんの顔は眉一つも動かさなかった。あそこまで露骨に無反応にされてしまうと自分には女としての魅力が無いのかと疑ってしまいそうです。
こう言ってはなんですが、私は一般評価として水準は高い場所に位置する容姿だとされてるんですが…。
「むぅ……」
なんだか悔しくなった私は湯の中で胸を両手で寄せ上げた。
――うん、垂れてなんかない。形は綺麗な方だ。
色々と自分自身の身体を調べている中、私はハッとした。そもそも自分は何でこんなことを考えているのだろうか?
「やだ、これじゃあ私がクリムさんに裸を見られたいと期待しているみたいじゃない」
私はたちまち顔を真っ赤に染めた。温泉で逆上せたんだと信じたかった。しだいに沈んでいく顔の口からブクブクと泡を立てつつ、私は心の中で静かに悶えた。
「あぶぶぶぶぶ……」
このままだと本当に逆上せてしまうのは明白でした。
次回から戦闘描写がちらほら出す予定です。




