独りぼっちのお姫様
回覧板先生企画【二文百物語】の参加作です。
〇駄文・超展開・表現不足多々ありますのでお気を付けてm(_ _)m
〇ホ……ラー……?←
〇感想とか下さればとっても嬉しいです!
ではせめてお楽しみ下されば幸いですm(_ _)m
私は、怯えながら伸ばされた腕を弾いた。
まるで冷たい水にまるごと腕を突っ込んだような冷たい感触。
思わず子供のような悲鳴を上げて、更に後ずさる。
外は雨。それも豪雨。
だからこそこんな暗くてジメジメとした、しかし妙に豪華な空家に雨宿りさせてもらおうと勝手に上がらせて貰った。
しかしいざ入ってみれば、入口は閉ざされ窓は開かず、床にはおびただしい数の真っ黒な手が私を掴もうと迫って来ていて。
「い、いやあぁ……っ!」
なりふり構ってなど居られなかった。
床に、壁に、天井に、色々な場所から伸びてくる腕から懸命に逃げる。
床を踏むたびに生物を踏んだような気色悪い音が響き、こちらに迫ってくる腕を弾くたび真っ黒な液体が身体に媚びり付いて取れなくなる。
素直に、怖かった。
外で雷が鳴り響き、雨というよりは既に滝とすら形容できるだろう勢いの水の音が更に私を追い詰める。
どれだけ力を込めても窓は割れる事は無くて、扉は開く事は無くて、もう安全な場所など何処にもないかに思えた。
「怖い、なによこれ……!」
ズルズルと、ジュグジュグと、背後から迫る気色の悪い音。
この家が妙に広いのがせめてもの救いだった。
もしこれが狭い山小屋のような場所だったらと思うと、寒気が走る。
走った場所から、踏みしめた場所から、意思をもってたくさんの“手”が迫る。
時には肩を掴まれ、足を掴まれ、手を掴まれ、その度に力づくで跳ね除けた。
その度に身体が冷たさで震え、気づいたら怖さと寒さで歯の根があっていなかった。
怖い。
一体何時間走り通したのだろう、と時計を見たけどまるで壊れたかのように秒針すら動いていなかった。時間すらも分からない。更に私は追い詰められる。
どれくらい、家の中を走っただろう。
どれだけ押しても引いても空かなかった部屋の中、一つだけ鍵が空いているのが分かった。
またあの手が出てくるんじゃないだろうか。
しかし、すでに大量の黒い手はすぐ近くまで迫っていて逃げ出せない。
私は、意を決してその中へ飛び込んだ。
「―――……」
それは誰かの寝室だったのか。
貴族のお嬢様が寝るようなベッド、高価なのだろう化粧品が並ぶ鏡、たくさんの服が並ぶクローゼット。
しかし、ただの部屋では無かった。
鮮血。
まるでついさっき何かをズタボロに引き裂いたような真っ赤な血が、部屋のあちこちに媚びり付いて綺麗な部屋を真っ赤に染めていた。
「あ、あああああ……」
例外なく真っ赤に染まっている鏡に、自分の姿を移す。
怯えて、今にも泣きそうな顔。
同時に、鏡に付着していた血液が真っ黒に染まった。
私は気づく。
あの真っ黒な腕は、この得体のしれない誰かの血から生成されていたのだと―――
「っきゃあああああ!!」
恥も外聞も無い。
思い切りドアを蹴り開けて、刹那に迫ってくる腕を踏みつけて走る。
足はもうその液体で真っ黒だ。
振りほどく過程で手も大方黒く染まった。
その手はまるで、先程から自分を掴もうと迫ってくる手を見ているようだった。
*
「はあっ、はあっ、はあ……」
走り回っていたら階段を発見し、夢中で二階へ上がってきた。
二階はまだ黒い腕が来ていないらしく、先程の鮮血のような要素も無い綺麗な通路だった。
油断は出来ないが、耳を済ませながら息を整えゆっくりと歩く。
一応通路の最中の扉も引っ張って見たが、全くびくともしなかった。
「…………」
この空家はなんなのかと考えを巡らせる。
自分の帰り道にある空家。確かに豪邸だが、ここに誰かが住んでいたという話は聞いたことがない。
というか、自分の家の帰り道にこんな物があっただろうか?
なんで、雨に濡れて雷も鳴ってきた帰り道にこんな都合の良い場所が存在していたのだろうか?
(夢を、見てるのかな)
だとしたら悪夢だ。
絶対にそうだ。
もし目が覚めたら、そうじゃなかったとしても此処から出る事が出来たらたくさん美味しいものを買って帰ろう。
家に帰れば父さんも母さんもいるはずだから。
「…………」
長い廊下が終わった。
目の前には一層豪華な扉がある。
ドアノブを回してみて、空いている事に気づく。
また鮮血が散らばっていたりするのだろうか―――そんな嫌な予感を抱きながら、私は扉を開けた。
「――――え?」
鮮血は無かった。
代わりに簡素な十字架がたくさん立っていて、ドラマなどで良く見る箱が数個並べられていた。
一般的に棺桶と呼ばれる物だった。
「え、え……どうして……っ」
そして私は見てしまった。
私のちょうど目の前の十字架、恐らく墓と呼ばれる物であろうその十字架に刻まれた名は、
私の名前だった。
「――――」
棺桶から、墓の真下から、もう嫌という程見慣れた真っ黒な液体がドロリと落ちた。
私は反射的に後ろを向いて、ドアを開いて廊下に出た。
――真っ黒な手で埋めつくされたその廊下へ。
「嘘っ…………!」
呆然と仕掛けたところで自分の足を見る。
未だ乾かない真っ黒な液体が靴の中にまで浸水している。
しまった、と思わず私は舌打ちした。
あの腕はどうやら、この黒い液体さえあればどこでだって現れるらしい。
「っ―――」
後ろの扉の中もそろそろ黒い腕で埋めつくされる頃だろうか。
戻る訳にはいかない。
私は恐怖を抑えて、再び走りだした。
踏み付ける度に起きる奇妙な水音。
そのたびに黒く染まる自分の身体。
一体この腕は何をしたいのだろう。
私を捕まえて、何がしたいんだろう。
「分かんない……わかんないよ……!」
どうして私が、こんな目に。
腕を弾くたび、踏み付けるたび、黒く染まっていく自分の身体が怖かった。
まだそこまで走っていないはずなのに息が切れ始めた。
結構自分でも知らない内に限界が来ているのかもしれない。
「誰か助けて……!」
思わず豪雨の振り続ける外に手を伸ばして――その姿が妙に自分を襲ってくる腕と酷似している事に気づいて、何故か心が傷んだ。
*
――黒。
黒。
黒、黒、黒。
黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。
……黒。
「…………」
いつの間にか、無意識の内に立ち止まっていたらしかった。
私は何処まで走ってきたんだろう。
もうこの家の中は何もかも真っ黒で、もう自分がどこを走っているのかなんて全然わからなくなっていた。
床に目を落としても、ずっと深い黒が広がるばかり。
外は未だに強い雷雨が続いているから、日の光が全く差し込まない。深夜だと言われても納得できる暗さだった。
「…………?」
そこで、ふと気づく。
私の周りで気味悪く動く腕が、あれ程執念に掴もうとしていた私を掴んで来ない。
まるで何かを探すように、ズルズルと私の周りを這いずっているだけだった。
「もしかして……?」
この腕は何か動いている物を掴もうとしているだけなんじゃないだろうか?
そんな希望的観測が正しいのかは分からないので、何か確かめられる物が無いか慎重に探す。
こんな非常識な場面にあって、何故か冷静になっている自分に少し首を傾げた。
ポケットに小銭があった。
五円玉だった。そういえば私、そもそもノートが無くなったから買いに行ってたんだっけ。
そのノートは今頃真っ黒な液体の中に埋もれているだろうけど。
「えいっ」
ためらわずに軽く投げてみる。
すると液体の中からズボッ、と音を立てて腕が伸び、五円玉を掴んで引っ込んだ。
「…………」
暫くすると液体の中に寂しそうに落ちている五円玉。
もう他の腕も興味が無いのか、また何かを探すようにズルズルと動き始めた。
「やっぱり、動く物に反応してる……?」
けどそれだけじゃ駄目だ。
ずっとここに至って無事な保証なんて無い。
あの墓だって不気味だし、この手を形成している液体の元々が血だとするなら一体誰の血なんだろう。
そもそもここはどんな場所なのか、わからないと出られない。
「……」
深呼吸。
同時に、私の真下にいる腕が反応した。
更に同時に、私は走り出した。
「――――!」
すかさず私を掴もうと襲いかかる腕。
躱し、弾き、踏みつけ―――何故かそれに罪悪感が湧いてきた。
「……ごめん」
何に対してなのか、自分でも分からない謝罪を口にしてみる。
一瞬だけだがその言葉に腕の動きが止まったかのように見えて――また襲いかかってきた。
その手はやはり、先程外へ手を伸ばした自分の手に似ているような気がした。
「何処か、他に部屋は……!」
鮮血部屋、棺桶部屋と来たら今度は何がくるだろう。
ホラーにありがちなゾンビとか出てくるんだろうか。
勘弁して欲しい、私はこういう怖いのが苦手だから。
「っ……!」
払い、蹴り、潰す。
入れそうな部屋が現れるまでそれを繰り返した。
黒い液体で滑り落ちそうになるのをどうにか堪えながらもう一度二階にも上り、棺桶部屋以外の全てのドアノブを回して確認してみた。
が、しかしびくともしない。全てかけずり回ったが二階にはこれ以上部屋は無いようだ。
(落ち着け、まだ見てないところがあるはず……!)
一階はもう最初の内にほとんど見て回った。あの鮮血部屋以外は開かない。
二階は今見た通り。確か雨宿りする前に少し見たこの家の階数は二階建てだ。これ以上階段が見つかる可能性はほとんど無いだろう。
とすれば二階はもう行く必要は無い、一階で何か探した方が良い!
「ごめん、ごめんね……!」
踏み付けるたび、跳ね除けるたび、口から勝手に漏れ出す謝罪の言葉。
それがこの腕の動きが一瞬でも止まる事を祈ってなのか、それとも心からの物なのかは自分でも分からないけど。
何故かこの腕が、とても寂しそうに見えて、ただ只管に助けを求めているように見えて。
もしかしたら自分が死んでしまうんじゃないかと思えるこの状況で、何故か私は――恐怖とはまた別の涙を流していた。
「うっ、う……!」
怖いのも当然あるけど、それ以上に何故か悲しくて。
何を求めているのかも分からず、ただ只管に私を掴んでくる腕を振り払っている様は、私がこの腕の助けを拒否している気がして。
精神が追い詰められて、知らず知らずの内に幻想を見ているのかもしれない。この腕は本当は私に危害を加える気が無いんだと、そう思いたいだけなのかも知れないけど。
ただ只管に湧き上がってくる罪悪感に私はどうする事も出来ずに、口から謝罪を繰り返すしか無かった。
*
肺が痛い。
どうも走りすぎたらしいのは自明の理。もし今子供に襲われたらやられる自信がある。
しかしその使い果たした体力に見合う発見を、私はした。
「地下……地下なんてあったのね、この家……」
見つけたのは偶然。懸命に部屋を探して走り回っていたら、地下への階段がある入口の取ってに躓いてこけかけた。
我ながらこの緊迫した状況に見合わない発見方法だと思う。
しかしその入口を開けた瞬間、私を掴もうとしていた手が急激な変化を起こしたのも確か。
まるでこの入口が開くのを待っていたかのように、周辺の液体が凄い勢いでその入口の中へ侵入して行ったのだ。
「なんなのかしら……」
きっと私は核心に迫ってる。
この現象の謎に迫っているという確信があるからこそ、私はその一歩が踏み出せなかった。
この先は本当に怪しい。
これまで動く物を掴むだけでそれ以外の事をして来なかった腕が、突然意思を持ったかのようにこの中へと入っていった……つまりこの先にはこの腕が求める何かがある。
チラリと後ろを見る。
この周辺の腕は全部この中へ入っていったらしい。久々に黒の無い空間を見た気がする。
「……」
コンコン、と近くにあった窓を叩く。
当然ながら割れない。
今度は……恐らく三回目だろうか、自分の持てる全力を使って右ストレートを叩き込む。
ガァアアアンと音が響いたが、やっぱり割れない。
しかも三度深刻なダメージが拳に響いた。
「~~~~ったぁ……うん、入るしか無いわね」
やはり脱出を考えるには前に進むしか無いらしい。
どんな事があっても平常心を心がけられるように深呼吸して、私はその地下への階段を降りた。
「…………」
腕が通った後だからただでさえ暗い空間が更に真っ黒になっている。
私以外に誰も居ないはずなのに一定の間隔でついている蝋燭についてはもう考えない事にした。
考えすぎると、深読みしすぎると怖くなる。
私がこの空家で学べた数少ない人生の教訓だ。
「はぁ……」
でも怖い物は怖い。
大体勘違いも甚だしいのだ。助けを求めている真っ黒な腕。そんなホラーと見せかけたファンタジーチックな物語が実在する訳が無い。
けどそう思ってしまうのは、やはりあの腕が自分の腕に似ている事に気づいたからだろうか?
―――……助けて……!
そう呟いて思わず窓の外に手を伸ばしたあの時。
その手は、この真っ黒な液体で出来ている腕にとても酷似している。
そうだ、こんな階段で襲われれば最悪落ちて死んでしまう。気を付けなくては……。
「あれ?」
そういえば。
私は今までずっと考え事をしながら歩いていたのに、なんでこの真っ黒な腕は私を掴みかかって来ないんだろう?
もし動く物を掴んでくる、という予想が正しいのならまっ先に私に掴みかかってくるはずなのに。
腕の形を作って、奥へ奥へ進んでいくだけ。
この先にそれ程までに求めているものがある、のだろうか。
「……」
……怖い。
今更ながらにして足が震え出した。
疲労と恐怖、重圧による物だって事はすぐに分かったけど、その連鎖から抜け出す事は出来なくて。
「もし、出れなかったら……出れなくなっちゃったら……」
父さんと母さんには二度と会えないどころか、学校の皆とも会えなくなる事は当然。
小さい頃夢に見てた恋もできなくなって、友だちとの何でもない買い食いだってできなくなって、新作のゲームを買うことも出来なくて。
冷静に考えたのは幾度と無くあったけど、それはあくまでここから出る為の方法を考えていただけ。
出られなかった時の事を冷静に考えてしまったのは、これが初めてだった。
「……っ!」
そんなのは嫌だ。
でられなくなるのは嫌。
だから出なきゃいけない。
けどこの先に進むのも、嫌。
嫌だ。
絶対に嫌。
イヤ、嫌、嫌。
「嫌、ばっかりじゃ、なんにも解決しないわよ私っ……!」
思わず座り込んでしまった。
階段の最中で座り込んでしまうなんて、父さんがいたら邪魔になってしまうって怒られてしまいそうだ。
母さんがいたら優しく慰めてくれるのかな。友達がいたら、先生がいたら――
「もっと親孝行しておけば良かったかも……」
出られなかったら、を考えると、本当にキリが無くて、泣いて。
“それ”に気づいたのは、ちょっと遅かった。
「え?」
もぞり、と自分が降りてきた階段から。
蝋燭の明かりもかき消して、巨大な腕が―――私に向かって、手を伸ばしていた。
「――――――」
戻る?
戻らない?
出られなかったらどうする?
……なんてバカな事を私は考えてたんだろう。
戻れない、出られないじゃない。
出るしか、行くしか無かったんだった、私。
「いやああああああぁぁぁああああ!!」
けどやっぱり怖い物は怖くて、自分でも驚く程の大きな悲鳴を上げて階段を凄い勢いで降りていく。
ゾゾゾゾゾゾゾゾ、と不気味な音を立てて迫る巨大な腕。
残念ながら、流石にこれは助けを求めているとはとても思えなかった。
あれに飲まれたら溺死か圧死の二択だろう。そんな死に方は嫌だ。あれが元々誰かの血であるなら尚更である。
「―――――っ!扉!?」
走るというか、もうほとんど飛び降りながら下ってゆく先に見えたのは扉。
これであの扉が空いてなかったら、自分は恐らく背後に迫る手に圧迫されて終わりだろう。
もう賭けるしかない。
完全に扉の前に立つ前に、ジャンプ。
そのまま体制を整え――蹴った。
……そう言えばスカートだったと一瞬躊躇ったけど、もうそれこそこの状況では無用な心配だった。
「(ガッドォンッ!)開いたっ!」
蹴り開けるや否や扉を掴んで巨大な腕が迫る前に扉を締める。
扉の外で巨大な水音がした。
凄い勢いで迫ってきていたから、恐らく扉にぶつかって液体に戻ったのだろう。
「あ、危なかった……」
心を再び落ち着けて目の前を見て――思わず息を飲んだ。
流れるような金髪。
お姫様が纏うような服。整った顔立ち――その眼にはめ込まれた、ガラス玉。
見とれてしまうような顔立ちに伝う、真っ赤な液体。
そんな『人形』が、私の目の前に座っていた。
『ようこそ、お客様』
「!? しゃ、喋っ……」
赤い涙を流すガラス眼の人形が、微笑みながら口を開く。
『この場にお客様が来るなど幾年振りでしょうか。この屋敷は私の自慢の家で、皆様とても優しく下さるのですよ』
「皆、様……?」
『家族がみな死に、独りになった私の為に幾度と無く友達を連れてきて下さるのです。辛いときは涙を拭いて下さいました。頭を撫でてくださいました。確かにその姿かたちはおぞましい物であるのかも知れませんが、目の見えなかった私には関係ありません。何にせよ、彼らは私の唯一の家族でした』
おぞましい物。家族。涙を拭き、頭を撫でる。
まさか、その家族って――あの、手?
『私が死んでからどのくらい経ったのでしょうか、それはもう分かりません。しかし私は病で亡くなる際に彼らと二つの約束をしました』
「約束……」
『私の意思を人形に移してくれるように、そして……私が亡くなってからこの館に訪れた人に、私を壊してくれるように』
息が止まった。
何故彼女はそう言うのだろう。せっかく人形の体とはいえ、一度は亡くなった生命をもう一度貰って、尚且つそれを他人に壊させるなど。
『私は独りでいるのがもう嫌です』
そんな疑問を粉砕するように、赤い涙を流したまま人形は強く言った。
『せめて死ぬときくらいは誰かに看取られながら召されたい……私は愚か者です。とても親切な方々がいるのに、他の誰かに、生きている方に看取られたいなど』
「あなた……」
『だからお願いします。見ず知らずの方にこのような願いをするなど不敬も重々承知しています……が、私は本気です。どうか、私を壊してください』
彼女を壊せば、ここから出られる―――?
違う。なんか、違う
そんなのは本当の解決法なんかじゃない。
でも漸く分かった。この腕を作っている真っ黒な液体の元は、この人の血の涙だ。
多分なんらかの理由で視力と家族を失って一人になって、今の状況が完成したんだ。
恐らくこの不気味な手が私を掴んできたのは、私を此処に運ぶため。助けを求めているというのもあながち間違いでも無いけど、彼女が家族だというこの手は本当にそれを望んでいるのだろうか?
話を聞いている限り触れるだけで冷たくなるようなこの手はとても優しい何かに見える。私をここに連れてきたのだって彼女の願いを叶えるためなんだろう。
「ねぇ、この子の家族さん」
思わず座り込んで、いつのまにか目の前の液体に語りかけていた。
傍目から見たらただの精神病患者だろうな、と思いつつ真剣な表情を持って問いかける。
「本当にあなた達は、この子が壊れる事を望んでるの?」
あの棺桶部屋も恐らくこの手が連れてきた“友達”の亡骸が入っているんだろう。
その中に私の名前があるのがすっごく気になるけど、それはまあ置いといて。
「……」
黒い液体の反応はない……と思っていたら部屋中に散らばっていた黒い液だまりがズズズズズ、と聞きなれた不気味な音を立てて集合を始めた。
私の足元で二本の腕が生えて―――
「そっか」
器用に×印を作った。
というかこの子達本当に意思疎通が出来たんだ。思わず謝った時に反応したからまさかと思ったけど、あの時はもしかして逆に罪悪感を感じたりしてたんだろうか?
「……お姫様?」
『……わかってます。心の準備は終わっております、どうぞひと思いに』
彼女の中ではもう完結してしまっているらしく、合いも変わらずガラスの目玉から血涙を流しながら微笑んでいる。
どうしたら伝わるかな、と思って……また大事な事を思い出した。
(何故か私を掴もうと伸びてくる手が悲しそうに見えたのは、私を捕まえる事でこの子が壊されちゃうって分かってたから?)
壊されたくない、けど願いを叶えたい。
本当に仲がいいんだな、となんとなく思って、笑って。
微笑みながら泣いている少女を、抱き締めた。
『え……』
「落ち着いてね、お姫様」
もう名前が分からないからお姫様と呼ぶ事にした。
抱きしめると同時に、ずっと流れていた赤い涙が自分の肩に染みるのが分かる。
暖かくて、とても人形とは思えないくらい真っ赤な血の涙。
なのに彼女の身体は、彼女の家族と同じくらい冷たかった。
「あなたの家族はあなたと別れる事を望んでない」
『――……』
「こんなに身体が冷たくて、こんなに悲しそうに涙を流してる女の子を私も放っておけないから」
『あ……』
「あはは、でももうあんなでっかい腕に襲われるのは勘弁だけどね」
そこまで言ったところで急に肩の温かみがなくなった。
あれっ何か間違えた?と慌てていると、彼女は何かを堪えているかのように声を震わせて。
『ああ……なんという……!』
「お姫様……?」
『人とは……このような……このような、温かみを持っていたのですね……!久しく、忘れておりました……!』
お姫様の腕も私の身体に回される。
その腕もやっぱり冷たかったけど、私は彼女の背中を静かに叩いて次の言葉を待つ。
『暖かい……何という、優しい温かさ……!』
「ええ……人はね、あなたが思ってるよりずっと暖かいわ。だからこんなところで死んじゃうなんて勿体ないわよ」
『…………!そんな、私には恐れ多い言葉を……!私は自ら望んでこの身体になって、自ら望んでこの場にいるのに……!』
「何かできないか、一緒に探してあげるから。死ぬだなんて言わないで……彼らも悲しむわ」
『……―――……ありがとう……!』
チラリと自分の肩を見る。
お姫様の血で真っ赤になってはいたけど、それ以上その場に血が広がることは無かった。
彼女の目から流れるのはもう赤い涙じゃなかったから。
『ありがとう……ありがとう……!』
「……大丈夫よ、お姫様……あなたは一人じゃないからね……」
『………………ありがとう……!』
心の底から感動したような声と、彼女の目から溢れた透明な雫が床に落ちると同時に。
眩い閃光が視界を覆い尽くして、身体が浮くような感覚に襲われて――
意識が沈んでいくのが、分かった。
*
「――――……」
空が晴れている。
先程の豪雨と雷はなんだったのか、と尋ねれば「んなもん知るか」と返ってきそうな雲一つ無い空だった。
それなら1mmも雨なんて降らずにいて欲しいものである。
「あれ……ゆ、め?」
……あれ、何の夢だろう?
なにかとても怖くて、けど悲しい夢だった記憶が――……
「…………」
玄関で雨宿りさせて貰った大きな屋敷を振り返る。
玄関の大きな扉には小さな張り紙で【Opening Sale】の文字。気付かなかったけどどうやら売り出し中らしい。
どうせ高いだろうからここに引っ越したいとかは流石に言わないけど、なんとなく気になって玄関の取っ手に手をかけ回す。
……開いた。
なんだかとっても不用心な売り物ね。
「あ……」
玄関に入ると、目にガラスをはめ込んだとても可愛い小さな人形が座っていた。
私の顔より少し大きいくらいのサイズだろうか。抱きしめるにはちょうど良いサイズだろう。
こっそり掴んで抱きしめてみる。
うん、とても素晴らしい抱き心地。これってこの家の売り物の一つなんだろうか?
「ん―……?」
それにしても可愛い人形だけど、何処かで見たことがあるような無いようなあるような。
ううん、無いかな。
もしこんな可愛い人形見たら、記憶に残ってるはずだもんね。
「よし、もって帰っちゃおう!」
こんな所に置いとくのも勿体ない。
今日もって帰ったら早速買ったノートを使って勉強して、お風呂に入って、少し遊んだらこの人形と一緒に寝よう。
とっても楽しみになってきたわ!よし、そうと決まれば早く家に帰ろうかしらね。父さんと母さんを心配させてもいけないし。
《……本当に……ありがとう…………》
「あら?」
今、誰かの声が聞こえたような気がしたけど。
気のせいだったのか、大きな空家を見渡しても誰もいなかった。
「気のせいだったのかしらね……よし、帰りますか!あなたも待っててね、家に帰ったら……まずは一緒に綺麗になりましょうか!」
忘れ物が無いか確認して、可愛らしい人形をノートの入っている袋に入れて、そっと空家の扉を閉めて。
私は気付かなかったけど、その時に小さな手っぽいのが小さくこちらに手を振っていて。
私が空家の扉を完全に閉めたと同時にその手もポチャン、という音と共に静かに消えて―――。
暗い空家は、静かになった。
字数(改行等含む):9807文字
制作開始:8/2 10:38
制作終了:8/2 14:29
投稿予約:8/12 7:00
10000文字……残り193文字の壁は……厚かったよ……\(^o^)/
ところで一応私(現在)受験生なんですが、なんで勉強ではなく小説に約4時間使ってるんでしょうね。解せぬ。
さて、ホラーとはとても呼べない意外なハッピーエンドとなってしまいました。「怖いの書きたいなー♪」と楽しく書き始めたのは最初の数行。
【無意識の内に立ち止まった~】辺りから色々と迷走し始めましたが如何でしたでしょうか。
色々突っ込みどころも存在するかと思いますが、バカな高校生の戯言だと笑って許してやって下さい。
結構知らず知らずの内に勉強の魔の手に追い詰められていたのかも知れません(´p`)ウボァー
何度「俺達の夏休みはこれからだ!」と打ち切りしたくなったか分かりません……って私の夏休みの話をしている場合では無かった。
回覧板先生、このような素晴らしい企画に参加させて頂きありがとうございます。たった二文指定されているだけでここまで難しい作品になるとは思いもよりませんでした。いい勉強になりました。
企画参加者の皆様、恐らく期限当日は死んでいると思うので失礼ながら先に申し上げさせて頂きます。お疲れ様でした!私も時間ができしだい皆様の作品も拝見させて頂きたいので、その際は是非感想を書きたいと思います。もし天破の名をお見かけしましたらよろしくお願いしますね!
それではまた会える事を祈って……(不吉
天破でした(´ー`)/~~