諦めが肝心
「悪ぃ、遅れ……ったぁ!?」
ばたんと生徒会がいる控え室のドアが開かれたと同時に、部屋に足を踏み入れようとした少年の頭すれすれの所を何かが猛スピードで駆け抜けた。
__ドスッ__
扉に突き刺さったソレは、ごく普通のシャープペンシルだった。先端がのめり込んで扉に小さなひびが入ってしまっている。
「ともちゃん、遅い」
毛先をくるくると弄りながら、裕麻が艶めかしい声色での言葉と笑みを少年……押尾灯火に向けた。
「今、何時だと思ってる訳? 大遅刻よ。カップラーメンの麺が伸び過ぎて別の物体に昇華するほどよ。本当にアンタ何様のつもり?」
「だから悪かったって! つかペンは投げるもんじゃねぇだろうが!」
「あらゴメンナサイ。直接刺せばよかった?」
「抉る方がいいんじゃね?」
「イツ、それナイスアイディア」
「怖い事云うな! お前らが云うと洒落にならん! なぁラナちゃんや、この不良共に一言云ってくれよー」
「押尾先輩うるさいです。遅刻した人間が偉そうにこの部屋に入ってこないで下さい。二酸化炭素が増えますから」
「どうしてラナはいつも俺にだけ冷たいの!?」
「熱くなりたいんですか? 分かりました。ちょっと教務室から熱湯でも借りてきます」
「あ、調理室の方が近いぞ」
「バケツ二杯分が丁度いいかしらねぇ」
「お前ら酷い……」
お兄ちゃんは悲しいです、という灯火の呟きに女子二人は「取り敢えず黙れ」と突っ込みを入れる。
そんないつもの様子をくすくす見ていた宝洲であったが、室内の時計を見て椅子からゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ時間だ。メンバーも全員揃ったし、始めてもいいね?」
会長の問い掛けに、
「うーっす」
「オーケーよ」
「準備完了です」
「いつでも大丈夫!」
四人は一斉に頷く。
「じゃ、やろっか」
宝洲は綺麗な笑顔を浮かべる。
「新入生歓迎会の幕開けだ」
………
ケータイを見ていた佐波は「よし」と呟いて画面を閉じると、海輝を連れて始の元に向かった。自分に近付いてくる親友二人の姿に気付いた始は椅子から立つ。
「どうしたの、佐波も海輝も一緒に」
「よし、教室戻るぞ始」
「……。えっ」
「帰ってキャンディ食べよー」
「……えぇっ!? ちょっと二人共、未だ歓迎会が始まってないよー!?」
自分の手を引いて足早に体育館を出て行こうとする二人に抗議の声を上げる始。数人の生徒がちらりと彼らに視線を寄越す。
「勝手に出ていったら先生に怒られちゃうよ!」
「大丈夫、責任はあたし達が取ってあげるから」
「せ……責任?」
「要するに……邪魔者は排除するってこと」
「さらっと物騒な事を云わないで! ねぇ二人共、せっかく学校側が僕らの為に時間を割いてくれてるんだから、ちゃんと参加しようよ!」
うるうると輝く純粋な瞳で見つめられ、思わずうっと始の手を掴む力を弱める二人。下手に回りくどいことを云ったりしない、そんな始の直球な態度に二人は一番弱いのだ。
駄目だ、と佐波が頭を振る。今回ばかりは墜と……落とされてたまるものか。
「始。これから奴らがするのは、歓迎なんて名ばかりの本当にヤバい会なんだ。お前をあんなものに参加させる訳にはいかない。俺達はお前を思って云ってんだ……頼む、云うことを聞いてくれ」
真摯に懇願してくる佐波に、今度は始がたじろぐ。佐波の切れ長の瞳からつい目を逸らして、ぼそぼそと質問返しという逃げ道を取る。
「そんなに……一体、何がそこまで」
「言葉にするのもおぞましいもんさ。深織から話は聞いてんだけど、何でも昨年は春休み中に問題起こした生徒の身柄を預かって……その、公開処刑をしたらしい」
「……処刑? しょ、処刑って何!?」
「分からねぇ。それ以上は話してくれなかった」
「新入生と問題生徒でロシアンルーレットやって負けた方は体育館の天井から宙吊りにされたんだよ!」
突然、会話の中に入ってきた甲高い少女の声。
三人がそちらを向くと、何が楽しいのかニコニコ笑顔を浮かべた二年生の女子が始達に向かって歩いてきていた。
「まぁ新入生で宙吊りにされたのはごくごく少ない数だったけどね!」
「「 酒次先輩! 」」
佐波と海輝の声がぴったりと重なる。
「わお! いいデュエットだね海輝ちゃん佐波君!」
「どうしたんですか酒次先輩、入学式みたいな堅苦しい行事に参加するなんて柄じゃないですねー」
「あんまり始に近付かないで下さいね? 先輩、変な周波数とか出てますから」
「君ら二人が此花をどう思ってるのかはよぉく分かったぜコノヤロー! ふんだ! 別に此花が危険人物だろうがいいもんね! てかてか貴方が噂の始君なのですね!?」
先輩の異様なテンションに驚かされっぱなしだった始は、また肩を跳ね上がらせてこくこくと頷いた。
「そ、そうです。一年四組の久流始です」
「自己紹介ありがと! 私は二年一組の酒次此花、女子バスケ部の部員だよー!」
「あ……バスケやっていらっしゃるんですか? 僕も入学したら入りたいなって思ってたんです!」
「キャ! 始君ったら女子バスケ部に入るのー!?」
「えぇっ!? いや、あの、そうじゃなくて……」
「邪魔しないで下さい、酒次先輩!」
始に急接近していた此花を引き剥がし、佐波がむすっとした顔で彼女をたしなめる。
「始は先輩と違って純粋無垢な良い子なんですから、変なこと云って悪影響を与えないで下さい!」
「佐波君ってば熱いね! いつものクールキャラが影も形もないね! まったく友達思いじゃのぉ!」
「はいはい、分かりましたから退いて下さい! 俺達は暇じゃないんですから!」
「むむっ? 何故に?」
佐波と此花が話している間、海輝がこっそりと始に説明をする。
「酒次先輩はあたしと佐波のメル友でね、見ての通りテンション高い人。あれでも一応、朝中では腕の立つ情報屋なんだけどね」
「情報屋って……中学生なのに……」
「このご時世、情報屋なんて腐るほどいるよ。学校戦争では情報も重用なんだからね」
「……そんなものなんだ」
「そういうものなのよ」
ぽかんとしている始と苦笑する海輝を余所に、佐波は苛々と此花と話を進める。
「始を新入生歓迎会になんて出させるわけにはいきません。だから始まる前に、さっさとここを出て行きたいんですよ。通してくれませんか?」
「通すのはいいけど無駄だと思うよ!」
「……どうしてです?」
「あれ見てみなよ!」
あれ、と此花が指差した先には体育館の入り口。その付近には数名の上級生が鋭い目つきで辺りを見回している。
「……あれ、まさか」
「生徒会の一員だね! 入学式が終わってからずっとあそこにいるよ! ちなみに他の出口も同様ね!」
「マジかよ……」
舌打ちをして佐波は恨めしそうに生徒会の方を睨みつける。
「強制参加かよ、歓迎会……」
「今年もぶっ飛んでるらしいから思いっきり楽しもうね! こういうのは楽しんだ者勝ちなんだから! そうだよね始君!」
にこっと此花は始に笑いかけ、握手の為に手を差し出す。
「この先色々と厄介事に巻き込まれちゃった時は此花に頼ってもいいからね! 此花はいつでも始君に味方してあげるよ!」
「あ……ありがとう、ございます……?」
「どーいたしまして!」
二人が握手するのを見ていた海輝は、ぼそりと呟いた。
「……その厄介事を持ってくるのは、きっと先輩だと思いますけどね……」
押尾 灯火(オシオ トモシビ ♂)
朝中の3-5。生徒会の書記長。典型的な弄られキャラ。