嘘吐きと休息
「__では、これで私からの激励の言葉を締め括らせていただきます。新入生の皆さん、これから有意義な学校生活を送れるよう、日々成長していって下さい」
盛大な拍手に見送られながら、副生徒会長は壇を降り立った。始業式はいよいよ最後のプログラムを残すばかりとなっていた。
明瞭なアナウンスの声が一人の人物を指名する。
『新入生代表、新庄英起』
「はい」
一切の緊張が感じられない落ち着いた声で返事し、席を立って壇上へと登っていく英起。その姿は年齢に見合わず堂々としている。
いや、単にマイペースなだけかもしれないが。
(さてさて……上級生の方々は、あいつの顔見てどんな反応するのかね)
英起の心配よりも先輩の反応を楽しみにしている稜麻。それは愛佳達も右に同じだ。
(何たって、町を歩けばほぼ全員の女子が振り返る我らが新庄英起だもんな。あ、でもどうだろう。朝に会った村里先輩って人がかなり美形だったから、意外とそういうの慣れてんのかな)
美形という種族を一種の見世物のように考えている稜麻。おまけに英起は中身まで面白いから、余計に惹きつけられる。面白すぎて迷惑なくらいだ。
稜麻の先程の予想に反して、壇上に上がった瞬間に体育館にざわりと小さなどよめきが広がった。そこには稜麻達とは反対に、「村里章と同じ位の美形がいたのか」という驚きも含まれている。
してやったり、と心の中でガッツポーズをする稜麻達を余所に、英起は一礼してスピーチを始めた。
………
「朝焼中学校の皆さん、こんにちは。新入生代表の新庄英起です。
今日、この歴史ある名高き朝焼中学校に入学出来たことを、僕達はとても誇りに思います」
(ま、確かに高名っていったら高名だよな……)
英起の言葉がどうにも皮肉にしか聞こえない佐波は、無表情とそう変わりのない薄笑いを顔に浮かべる。彼は式の途中から眠くなって、注意を受けない程度に顔をうつむかせていた。よって、彼の僅かな表情の変化は誰にも気付かれない。
人の「声」を覚えるのが得意な佐波は、アナウンスの言葉は聞いていなかったもののそれが英起の声だなと顔を上げずとも察した。
「小学校を卒業したばかりの僕らにとって、この学校は正に未知の世界とも云うべき場所です。期待と同時に不安も感じています」
(ほとんどの生徒が不安だらけだろうな)
「分からないことが僕達にはたくさんあります。だからこそ先輩方や先生の云うことをよく聴き、物事を知ろうとする探求心を持って勉強にも部活動にも全力で当たっていきたいと思っています」
(中でも学校戦争に力を入れていきます、だろ)
あれ、おかしいな。
佐波ははてなと首を傾げる。……俺、何でこんなに英起の云う事に突っかかってるんだ? こんなの俺らしくないな……。
よく分からないが、佐波の頭は英起の言葉一つ一つにいちいち毒のある突っ込みを吐き出していた。どういうことだろうかと軽く伏せていた頭を上げて壇上を見ると、その答えは一瞬にして導き出された。
(……あ、成る程ね)
英起の徹底された無表情を見て、すんなりと納得する佐波。
(嘘しか云ってないから胸に突っかえたのか)
本人もこの学校に対して自身が云ったような好感情は抱いていなかった、というわけだ。恐らくは「自分と同じ理由」で無理にここに進学させられたのだろう。それを察した瞬間、佐波の中で英起に対する不思議な親近感が沸いてきた。
(まあ、嘘吐きなのは俺も同じだし……)
(この学校が大嫌いだって気持ちもよく分かる)
けれども佐波には、朝焼中学校を好きにならなけ
ればいけない事情がある。
前の方の席に座る友人のぴんと背筋の伸びた後ろ姿を見ながら、今度は優しく目を細める。
(始がこの中学に入ったからには……頂点にまで登らせてやりたい。始がトップに立つ学校なら、そう悪いもんでもない)
(でも、やっぱこんな所を好きになるのは難しいし、それに始に汚い所は見せたくないから……)
強い決意を込め、小さく息を吐く佐波。
(……俺達が三年になるまでに、ゴミ掃除は済ませておかないとな)
英起の虚飾が張られたスピーチは続いている。
………
朝焼中学校の裏口から丁度出たばかりでいた霜越は、体育館の方から割れんばかりの拍手の音を聞きつけた。時間的にもうすぐ入学式も終わりだ、きっと新入生代表の言葉が締め括られたところだろう……。
一つ後輩の涼透という人物に作ってもらった学校のマスターキーで扉をロックし、取り敢えずはほっと一息を吐く霜越。ドアノブの指紋をわざわざ拭いたりするなど、後始末を入念に行う。基本的に裏口の使用は一般生徒には認められておらず、わざわざ生活委員が保健委員などと連携をとって毎日こんな細かい箇所まで調べ回るからだ。自分がここを通ったことがバレたら後で色々と面倒になる。
(そういう生真面目さは、出来れば他のところで発揮してほしいもんだよな……)
所持品を落としていないか周囲をチェックしながら、今度は嘆息を吐く。
(人材は他校に比べれば豊富なのに、そのほとんどが才能の無駄遣いばっかしやがってさ……知多や涼を見習えっつーの。ま、俺は涼と直に会った事は一度もないけどよ)
見えない所で何気に暗躍している情報屋、涼透。あの情報委員会を上回ると云われる人脈と情報網を持っている、学校の……いや、下手をすれば街の人間ですらほとんどその姿を見た事がないという半ば都市伝説化しているような人物だ。容姿はおろか性別や経歴なんかも不明な後輩を、霜越は頼もしくも少し不気味に思っている。
(このマスターキーだってアパートの郵便受けに送られてきたんだしな……いつの間に俺の家の住所を知ったんだ、あいつ。ネットでやり取りしてるけど教えた覚えなんかないぞ……)
一通りの後始末を負え、足早に学校から離れていく。彼の行く先は朝焼中学と最も近い距離にある、この街で二番目に有名な鷹掟中学校……ではなく、その道の途中にあるコンビニだ。
(朝飯、まだ食ってなかったしな。腹が減っては偵察は出来ない、ふざけて缶コーヒーとあんパンでも買っていくかな……あ、牛乳でもいいか)
冗談のつもりで考えていた購入品が、財布の事情で本当になってしまったというのは……また、別の話。
………
『以上を持ちまして、2138年度朝焼中学校入学式を終了いたします。
__続いて、新入生歓迎会に移行します。準備の為、今しばらくお待ち下さい』
入学式が終わっても、そのまま無事に教室に戻れるわけではない。生徒会執行部による(名ばかり)新入生歓迎会が待ち受けているのだ。
しかし長時間の行事の連続は生徒側から大きな不満と具体化された批判が(教師の方へ)来るので、20分程度の休憩を挟む。この間に生徒会は恐ろしき歓迎会の最終確認と準備を行う。
一時間半近くパイプ椅子に座らされていた生徒達は背を伸ばし、束の間の休息を近くの席の者と雑談に明け暮れる。二、三年生はこれから何が行われるのかコンセプトは察知していたので、今後の心の準備というのも含めて。
………
「え、てか今年の一年ビジュアル良い奴多くね?」
「特にあのクラス、一年四組! イケメン比率が半端ないんですけど!」
二年生女子の方から聞こえてきた会話に、うとうと現実と夢の境目をさまよっていた此花はふと耳を澄ませた。眠気覚ましになる話題だといいけど。期待してた新庄英起君も、見た目が凄いだけであんまし面白そうじゃなかったし。
(一年四組は新庄君の……ん、それにコール君のクラスじゃん。あははっ、相変わらず見た目だけは優等生だねー)
制服の着こなしをきっちりとした一つ年下の親友の真面目そうな姿を見つけ、彼の姿を涼透にも見せつけてやりたかったと思った。涼さんは例によって絶賛登校拒否状態だもんなぁ。あのインドア不良、外出も年に数回とか有り得ない。
普段から美形を見慣れており、また彼女自身も整った部類に入る顔立ちをしていた為に、同級生達のようにミーハーには騒がない此花。
「新庄君だっけ、さっきスピーチしてた男子! 村里先輩並に美形なんだけど! あ、でもその前の方にいる天然系な子も良いなぁ。小動物っぽくて」
「あたしはその天然君と話してる、ちょっと髪が癖っ毛な感じの……」
「あ、今笑った?」
「そうそう! 超ストライクゾーンなんですけど!? やっばいなぁ、放課後にちょっと呼び出して……」
「そこの二人」
突然彼女達の会話に入ってきた、凛としたやや低い声の持ち主。女子二人は口を閉ざし、此花も物珍しそうな目でそちらを振り返る。……あぁ、やっぱり深織先輩じゃん。保健委員長をこんな所でお目にかかれるとは。
彼女達の視線の先には、制服の上から何故か白衣を纏った三年生の女委員長の姿があった。
綺麗に切りそろえられた前髪と、それとは反対にふわっとしたショートカットの黒髪。フレームの薄い眼鏡の向こうの切れ長の瞳は、彼女の知性の輝きが詰まっているように見える。やや高めの身長だが体型はすらっとしていて、モデルのようでもある。
「入学式早々、あまり問題を起こさないでくれよ。彼等は未だこの学校になれていないんだ。しばらくはそっとしておいてくれ」
「あっ……は、はい! 勿論です!」
「何にもしませんって、先輩!」
深織の言葉に二人の女子は顔にぎこちない笑みを浮かべて、そのまま距離を置くようにそそくさと立ち去っていった。心なしか、他の二年生も冷たい空気を漂わせる彼女と一歩離れた位置にいる。
しかし怖いもの知らずな此花は、周りの空気を完全に無視してあっさりと深織に近付いていった。
「こんにちは深織先輩! 珍しいですねわざわざ先輩ご自身から下級生に指導するんて! もしかして弟に手を出そうとした虫を追っ払おうとしたんですか!?」
ちょっと癖っ毛な髪の男子、つまり佐波に遠くから視線を投げかける此花。鷲尾深織は疲れた顔で後輩の問いに答える。
「相変わらずの早口だな、此花。聞き取りにくい……お前からの質問だが、私は別に佐波個人を守ろうとしたわけではない。あいつと仲の良い始と海輝が馬鹿な連中からとばっちりを受けないよう、先手を打っておいたまでだ」
「まったまた! 弟思いな優しいお姉ちゃんキャラのオーラが滲み出てますよ先輩!」
「……」
深織が沈黙する間に、その場の気温は恐らく2℃は低下したと思われる。此花は自分がチキン肌になっていることに気が付き、実は半分は本音混じりの茶化した口調で冷たく重い静寂の世界を粉砕した。
「きゃ! そんな怒んないで下さいよ先輩! 目つき悪くて泣いちゃいそうですよ! 可愛い後輩の可愛いジョークじゃないですかぁ!」
「冗談はお前の頭と言葉遣いだけにしてほしいものだ」
「酷いっ! っていうか先輩誰ですハジメ君って!? 海輝ちゃんならお友達ですけど!」
「……久流始。生徒会が現在最も注目している一年生だそうだ」
深織の言葉に此花は一気に真顔になった。本気で驚いた時に、此花は本来の自分に戻る。
「……私の情報網には入ってきていませんが」
まともな彼女の口調にはきはきとした声は、普段のものと比べて非常に聞きやすい。深織はその質問にきゅっと眉をひそめた。
「私だって昨日、裕麻と話していて偶然知ったんだ。何度か会ったことはあるが、この学校の生徒にしては珍しくまともな奴だぞ」
「でもでも! あの佐波君と海輝ちゃんと仲良しって事は只者ではないですよ! ていうか先輩このレア情報勝手に売りさばいていいですか!?」
再び独特な口調と垢抜けた笑顔に戻る此花。それを見て白衣の先輩はやれやれと頭に手をやる。ここで溜息を吐こうとしないのは、彼女が「溜息を吐くと幸せが逃げる」という迷信をいい子に信じていたりするからである。
「……止めたところでお前の口は塞がらないだろう。いいさ、自由に値段を付けるが良い。私も最近お前から情報をもらっていたしな」
「わぁ嬉しい! さすが先輩太っ腹ぁ! 情報代を踏み倒しやがった村里先輩とは違って借りは返してくれる人なんですねー!」
無意識に此花の皮肉がふんだんに振る舞われた言葉に、まるで苦虫を噛み潰したような顔になる深織。
「あいつと比べられてもな……他人を信じるなとは云わないが、村里だけはのっけから疑ってかかった方がいいぞ」
「分かってますよぅ!」
少しだけふてくされた顔になる此花。きっと何度も煮え湯を飲まされてきたのだろう。そちらの方面での頭は良いはずなのに、何故そんなに何度もあの無表情美形に騙されるのやら。
「……じゃあ、私はそろそろ自分の席に戻ろう」
「どっちの席ですか?」
「保健室の方だ。奴らが何をしでかすのか分からない以上、最大の警戒は怠らないつもりだ」
「でも何だかんだ云って死者は未だ出ていないじゃないですか!」
「死者が出るかもしれない時点で異常なんだよ」
「仕方ないですよ! だって今は泣く子が気絶する学校戦争の時代なんですから!」
「何だそのキャッチフレーズは」
くすり、と弟に少し似た笑顔を残して深織はこれから地獄となるやもしれない体育館を出ていった。
鷲尾 深織(ワシオ ミオリ ♀)
朝中の3-5。保健委員長。白衣を纏うクールビューティー。佐波の姉。
やっぱり不有言実行でした。
でもキャラは深く掘り下げられ……あ。
主人公入れるのまた忘れた。