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学校戦争  作者: 蓮月ミクロ
入学式以後
7/10

今時の中学の入学式事情

 主人公が一切出てきません。

 多分、真面目に過ごしてたと思います。

「全校生徒、起立」


 教頭の声掛けにさっと訓練された軍人のように颯爽と立つ生徒達。新入生は入学したてだからいいとして、普段はイカレた上級生らは教師側が運営する行事には真面目で品行方正な生徒として取り組むのだ。何とも図々しいというか、要領が良いというか。


 体育館には朝焼中学の生徒と教師陣、そして目だけで数えられる程度の新入生の保護者が集まっていた。親元を離れてこの学校に通う生徒は数多く、この御時世で子供の為にわざわざ入学式まで足を運ぶ親もそうそう見られない。そのことに対して、当の本人である新入生達は特に何の感慨も無いのだが。


 それを冷たい家族関係、と一概に云えないのがこの時代であるのだ。


「これより2138年度、朝焼中学校入学式を行う」


 その言葉に続くピアノの音に合わせて、生徒達が壇上の校章を掲げた旗に向けて礼をする。


 それらの様子を学校の屋上からじっと見ている者が居ることに気付かずに。


 ………


「相変わらずの猫被り野郎共で」


 嘲笑を含む声で呟く一人の少年。


「よくまぁ、そんな打ち合わせしてたみてぇにきっちり動けるもんだよ……はっ、下らね」


 無風状態に近い広々とした朝焼中学の屋上。少年は手すりにもたれ掛かりながら「ふわぁ」と大きく欠伸をした。


 少年の名前は輪立優次。この朝焼中学校の三年生である。


 ワックスで固めたつんつんの頭とラフに制服を着崩した容貌はただの街のごろつきといった感じだが、彼の場合は更に異常性を強調させるものがあった。


 一つは腰元のベルトにぶら下がる、大量の鍵。古臭い物から新品同様の物まで多種多様な鍵達がじゃらじゃらとチェーンの代わりにとでも云うようにひしめいている。しかもそれだけには収まらず、優次の羽織る制服のジャケットの裏にはびっしりとカードキーと思われるカードが収められていた。


 そしてそれ以上に彼を危険たらしめていたのは、その手元と足元。


 優次の「四つの首」は鎖で拘束されていたのである。


 鎖というより手錠と表した方が正しいだろうか。囚人や犯罪者が身に付けているような無骨な拘束具が優次の体の動きを制限していた。しかし鎖にはそれなりの長さがあり、慣れているのか歩くことに関してはあまり支障はないようだ。


 支障がないと云っても、普通の人間と比べれば動きにくいのは見ていて明確であったが。


 一言で表すとしたら、色々な意味でじゃらじゃらした人間だ。


 金属塗れの拘束男は、これ以上となく自由を満喫している顔で屋上の床をじゃらじゃらと転がる。


「あー、やっぱ転がると鎖が食い込んで痛ぇ。その内痛くない鎖とか開発されねぇかな……」


 馬鹿なことをぶつぶつ呟くその姿は明らかに狂人としか見えないが、これでも今日は落ち着いている方なのである。


「式があと40分はかかるだろ……そしたら休憩挟んで一年共の歓迎会、か。俺らん時は全員屋上からバンジージャンプとかやらされたっけ……紐がちゃっちいから時々切れたりして……うーん、よく死者が出なかったよなぁ。有り得ねぇだろ、クッション代わりに潜水用プール使うとか」


 ホントに昔から狂ってやがんの、と云いながらも優次の顔には思い出を懐古する穏やかな笑顔が浮かんでいる。相変わらず体はじゃらじゃらと鎖の音を鳴らして。


「歓迎会が終われば後は一気に四月も終わって……そしたら中間考査が来る前に今年の「アレ」が発表されんだよな……」


 じゃらん、と一息で起き上がって再び手すりにもたれかかる優次。その目には未だあどけない顔をした新入生達の顔が映っている。


「かわいそーに」


 穏やかさは影を潜め、にやりと唇を裂いて鋭く尖る犬歯がぎらりと光る。


「今年は荒れまくんだろーな、朝中……。

 __久流の奴、かわいそーに」


 ………


 全校生徒の名前の確認が終わり、今は桝田校長の話となっていた。


 長年に渡って手の掛かる生徒達を指導してきた老練な女教師の話は、どれだけ長くとも聴いていて決して眠くなるようなことはない。カリスマ性に溢れる彼女の言葉をほとんどの生徒が集中して静かに聴き入っている。


 そんな一応ある程度の常識を持つ彼らと太く一線を引いている村里章は、校長の話も馬耳東風にしていた。


 簡潔に云うと、寝ていた。


「……すぅ」


 儚げな美少年と名高い彼の天使のような寝顔は、とんでもない程の破壊力を持つ。いつものことながら周りの女生徒達は校長の話に全く集中できない。


 教師達もこくりこくりと彼の頭が揺れているのに気付いてはいたが、誰もがそれを見て見ぬ振りをする。一般教師と委員長クラスの生徒とでは、圧倒的な立場の差があるのだ。何とも理不尽で下らないご時世、世の中である。


(校長の話、早く終わんないかなー)

(アキ君の寝顔、スッゴい写メりたいんだけど)

(これは反則だよねぇ……)


 三年二組の女子生徒が口だけを動かして村里の話題について静かに盛り上がる。その話は伝染病のように他クラスにも広がっていき、遠く離れた八組の方にまでそれは及んでいた。


(ねぇねぇ、あっちのクラスの子がアキ君の寝顔写メ送ってきてくれたよー!)

(えぇ!? ちょ、早く見せて!)

(うわぁ……やっぱりアキ君、美形過ぎでしょ)

(これには誰でも惚れちゃうわー)


 八組の女子がひそひそとやり取りする中、列の前の方ではある現象が起こっていた。とある男子生徒の周りが異様に冷気を帯びてきたのである。


 しかし前の方の様子には気付かない女子達は、村里の事をアイドル扱いで無言に話している。


(でも、よく二組の子は写メ取れたね)

(フラッシュとシャッター音消して盗撮したんでしょ、きっと)

(アキ君にはそこまでやる価値ある!)

(何でアキ君ってここまで綺麗な顔してんのかなー)

(そこら辺の女優なんかよりよっぽど美形だよね)

(彼女いるのかなぁ……)

(いるとしたら、相手も相当の美人じゃなくちゃ!)

(てかアキ君の独り占め禁止だから!)


 男子生徒の冷気が強まる。いや、むしろそれは殺気に変わる。前後や隣の生徒は彼の顔を伺うことすら出来ない程、極度の緊張を強いられていた。


(アキ君って頭もいいんでしょ?)

(去年の全国模試で一位だったんだって!)

(わっ、天才美少年じゃん)

(高嶺の花って奴?)

(マジでアキ君愛してるー!)

 一人の女子がそう口を動かした瞬間、



 __バチィッ__



(……)

(……)

(……。えっ?)


 村里の寝顔が表示されていたケータイが、突然に火花を散らして画面が真っ暗になってしまったのだ。


(な……はぁ? どうなってんの!?)

(ヤバいよ、武者の奴来る! 早くケータイしまいなって!)

(アキ君の写メがぁ……)


 あたふたしながらポケットに熱くなったケータイをしまい込む女子生徒。武者教師がやってきた頃には取り澄ました顔で何事もなかったように椅子に座っていた。この辺は朝中の三年生、良くも悪くも切り替えが早い。


 さすがに火花の鳴る音は大きかったようで、村里の瞼がぱちりと開いた。


(……よく、分かんないけど……)


 ごしごしと目元をこすりながら、重たい頭で村里は思考を張り巡らす。


(僕が寝てる間に……八組の女子のケータイが壊れたっていうことは……)


 人気ラーメン屋の客の出入りのように回転の速い村里の頭脳は、即座にある一つの答えを導き出すと同時に彼の端正な顔を僅かに歪ませた。


(……響語の仕業か……)


 ちらりと八組の先頭の方に視線をやると、村里にとって一番の天敵と云うべき存在の後ろ姿が溢れんばかりの殺気を放っているのが分かった。


 青傘響語。


 朝焼中学校の図書委員長であり、そして村里の唯一無二の「敵」である人物である。


 ………


「何やら三年生の方で騒ぎがあったようですが……大丈夫でしょうか?」


 体育館のステージ脇の控え室の中、生徒会が新入生歓迎会の準備を行いながらこそこそと話をしていた。生徒会のみ、入学式の最中といった所でもこのような特権が認められているのだ。


「あん? 大した事でもねぇだろ」

「ラナは相も変わらず心配性ねぇ」

「先輩方に緊張感がなさすぎるんですよ……」


 二人の生徒副会長の返しに溜息を吐くラナ。


「っていうか、裕麻先輩はその恰好で大丈夫なんですか? 思いっきりそれ、校則違反じゃないですか。生活委員会に処罰されますよ?」


 ラナが机の上に座る女子の生徒副会長・深江裕麻にさり気なく注意を促す。


 何と云っても、まずパッションピンクに染め上げられた緩いウェーブのかかった長髪に目が行く。前髪はポンパドールに上げ、右耳からは黒を基調としたイヤリングが垂れ下がっている。


「制服も原形留めてませんし……」


 薄ピンクのシャツの釦は二つ開けられ、中学三年生とは思えない程に豊かな胸元が大きく強調されている。ジャケットの至る所には細やかなアレンジが施され、ぎりぎりまで短くしたスカートとニーハイの間には蝶のタトゥー。ついでに云うと履いている靴は学校指定の内履ですらない。


「良いのよ別に。校則を作るのは私達生徒会で、その校則を守るのが生活委員でしょ?」


 開き直ると云うよりもむしろそれが当然のことのようにさらりとラナの注意を受け流す裕麻。


「自分がルールとでも云いたいんですか……」

「今更ね」

「何でこんな自己中人間が生徒副会長なんかやってるんだろう」

「あら、ヨッシーやイツやともちゃんに比べたら私なんてまともな方だと思うけど?」

「生徒会の「普通」の基準がまずおかしいんですよ。あとヨッシーって呼び方は緑色の怪獣と被るのでやめていただけませんか」

「じゃあ……タカちゃん?」

「何でそうなるんですか」

「ラナの云う通りだよ、裕麻」


 二人の会話に入ってきたのは、話の中心であった生徒会長の宝洲嘉彦その人である。


「裕麻のその変なあだ名を付けてくる癖、いい加減やめてくれない? こっちとしてはいい迷惑」

「いいじゃない、ただでさえ会長さんは周りから浮いちゃってるんだから。可愛いあだ名で親近感持ってもらいましょ?」

「裕麻ってファッションセンスは良いけど、ネーミングセンスは壊滅的に酷いよね」

「褒め言葉だけ受け取っとくわ」

「自己中」

「ヨッシーに云われたくないわね」

「そして呼び方は元に戻るんですね……」


 訴えられても知りませんよとラナが云ったところで、全校生徒が集まっている方から盛大な拍手が鳴り響いてきた。どうやら校長の話が終わったようである。


「えっと……残るは五樹先輩のスピーチと新入生代表の言葉だけですね」


『続いて生徒副会長・端野五樹から新入生に贈る言葉です』


「ん、じゃあ行ってくるー」


 アナウンスが知らせたと同時に、ひらひらと片手を振って五樹が軽い調子で壇上へと上がっていった。その後ろ姿を見送って、ラナは「表舞台はちゃんと出来ますよね……」と呟いた。


「スピーチの原稿も三日で作って丸暗記したらしいわよ? イツは記憶力だけはいいものねぇ」

「暗記の出来る食パンでも持ってるのかもね」

「だから著作権に触れるような発言は控えて下さいってば……あ、そういえば」


 いつものメンバーが一人だけ欠けているのに、ラナはそこで初めて気付いた。


「押尾先輩って何処にいるんですか? 朝から見かけていないですけど」

「ともちゃんなら……」

 ピンクの髪をもしゃもしゃと掻き回しながら、裕麻は呆れた口調で答えた。


「寝坊したってメールがさっき届いたわ」

「生活委員会にお仕置きしてもらいましょうか」


 くすり、と宝洲がおかしそうに口元を綻ばせた。


 もうすぐ、入学式が終わろうとしている。 


 

輪立 優次(ワダチ ユウジ ♂)

 朝中の3-7。全身金属塗れの不良。


青傘 響語(アオガサ キョウゴ ♂)

 朝中の3-8。図書委員長。村里の天敵。


深江 裕麻(フカエ ユウマ ♀)

 朝中の3-5。生徒副会長。暇潰し屋の真骨頂。全く似ていないが稜麻の姉。




 これ以上はなるべくキャラを増やさず、各人を深めていきたいと思います。でもどうだろ。どうせ不有言実行かも。

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