新しい仲間達
「ねぇ佐波、生徒会長にさせるとか無茶なこと云って……僕に何をさせたいっていうのさ……?」
さすがに耐えきれなくなって始が困り切った声色で尋ねる。佐波が口を開きかけたが、そこで一人の女子生徒が教室に入ってきた為に「後でな」と小さく言葉をかけた。
「それより始、新しい友達欲しいんだろ?あの人に話しかけてみれば?」
「……急に話変えたね」
「ほら、一番前の席に座った……って、海輝が先に行ってるし」
「あはっ、海輝も友達好きだもんね」
「海輝が女子の間で普通に馴染んでるのが妙に不自然に感じてるの、俺だけ?」
「何それー、海輝に言いつけるよ?」
始と佐波の目線の先には、いつの間にやら穏やかそうな女子と楽げに談笑している海輝の姿があった。
………
どうにかして一年四組のある四階校舎まで辿り着けた夢女。教室には既に数人の生徒達がいるらしく、廊下にいた夢女の耳にまで話し声が聞こえていた。
(一年四組……どんな人達がいるのかなぁ)
友達できると良いけど。期待と不安の入り混じった心境で教室の戸を開くと、教室の後ろの方で会話をしていた三人の男女がちらりと夢女の方を見た。
(わっ、何か雑誌に乗ってるような人達みたい……)
夢女が彼等を見た時の第一印象はそんなものであった。それぞれが違った個性的な雰囲気を持っていて、三人共がよく整った顔立ちをしていた。美形とか格好いい人は同じ所に集まりやすいのだろうか、などと教室に来るまでに会った人々の顔を思い浮かべながら考える。どこまでも平凡な自分としては羨ましいと軽く落ち込む。ちなみに、彼女は自分が周りからどう思われているのかについては全くの無自覚である。その点においては始と似ている。
(……入り口で立ちっぱなしは変な人だよね。えっと、自分の席は……あぁ、やっぱり一番前か)
安楽という名字のせいで、夢女は大体はいつも席や並ぶ順番は前の方となる。教師の目に付きやすく、得をするのは早く終わらせてしまいたいテスト返しの時くらいである。
自分の席について鞄を机の上に置くと、突然に誰かが後ろから彼女に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、その鞄についてるキーホルダーってペンタゴンのだよね?」
「えっ……?」
その問いかけに驚いて後ろを振り返ると、先程まで後ろの方が談笑していた内の少女の一人が目をきらきらと輝かせながら夢女の顔を見つめていた。急な問いに思わず夢女が言葉に詰まっていると、少女はえへへとはにかんだ。
「ごめんごめん、いきなりでビックリさせちゃったよねー。人見知りじゃなさすぎるのがあたしの欠点でさ。ん、あたし今井海輝っていうの!」
「あ……えと、安楽夢女です」
「夢女、ね。あっ、あたしのことは海輝って呼んで! 敬語キャラじゃないならタメでいいよー。ちゃん付けは照れ臭いからNGで」
「えっと……じゃあ、海輝?」
「うん、宜しくねー」
「……こちらこそ!」
屈託のない笑顔をこちらに向けてくる海輝に、夢女は好感を感じていた。そういえば鞄のキーホルダーについて訊かれたんだっけ、と話しかけられた時の最初の言葉を思い出す。
「キーホルダー……だっけ?」
「あ、うんうん! 夢女ってペンタゴン好きだったりする!?」
先程から会話に出てくる「ペンタゴン」とは、米国で生まれた五人組バンドグループの名前だ。デビューしたのは数年前だというのに、現在では世界的に有名なバンドグループとなっている実力派集団である。日本ではまだそれほどメジャーなバンドではなかったが、洋楽好きの夢女はデビュー当時から彼らの大ファンであった。
「CDとライブ映像のDVDは全部持ってるよ」
「うっわぁ、本当?! 嬉しいなー、同学年のペンタゴン好きに初めて会ったよ! あたしも先輩からの薦めで好きなんだ。グッズ持ってるって事は……もしかしてライブ行ったの?!」
「うぅん、さすがに海外までは行けないよー。これはネット注文で買った奴。来日ライブとかあれば絶対に行くんだけど……」
「じゃあさ、機会が来たら一緒にライブ行こうよ! ねっ、これ約束だよー?」
気が付けば夢女は、海輝の明るい笑顔につられるようにして自然と笑みをこぼしていた。
………
「あーあ、早めに教室つくはずだったのに……」
「何で俺を見る。英起、お前だろ原因」
「えー、綾麻のお姉さんのせいじゃないかぁ?」
「……適当な思い付きで正解っぽいことを云うな」
「裕麻さん、だっけ。朝中の副会長サマ」
「本っ当にあの人と綾麻似てないよねー」
がやがやと騒ぎながら自教室を目指して歩いていく英起達であったが、既に多くの生徒達が四階に集まっていた為にそれほど浮き立つことはなかった。ただ、やはり英起の目立ちすぎる容姿は主に女子生徒の視線を集めていたけれど。
(本人はその辺、ある程度は自覚してるんだろうなぁ……)
校門前ですら見られなかった若干疲れの色が浮かぶ友人の表情を見て、綾麻は内心だけで苦笑していた。英起曰わく、美形は損する場合の方が多いのだそうだ。こいつが云うと嫌味に聞こえないのだから不思議なものである。
「あーっと、ようやく到着」
彼等の教室(実際、英起と同じクラスだったのは綾麻だけであったのだが)、一年四組は戸や窓の方でかなりの人集りができていた。皆が教室の中を覗き込みながらひそひそと何か言い合っている。
何だろう、教室で何かが起こっているのだろうか。綾麻は思わず眉を潜めて歩みを止めたが、英起は「めんどい」と呟くと人混みを押しのけて戸に近付いていったので慌てて後を追う。そして英起は四組の教室の戸を何の躊躇いもなくがらりと開ける。
教室に入った瞬間に、綾麻はこのクラスの前に人集りが出来ていた理由を一瞬にして悟った。
(うわ、芸能事務所かよ四組……)
綾麻がそんな感想を抱いたのも無理はない。四組の生徒達は目につく者の全員が容姿端麗という言葉のよく似合う顔立ちをしていたのだ。男子も女子も関係無く、それぞれが独自の魅力を持っている。なるほど、これは人集りができるわけだ。
(……ま、さすがに英起レベルな奴はいないか)
日頃から見慣れている英起の恐ろしく整った顔をちらりと見て、そんなことを思いながら自分の席に着く綾麻。既に何人かの女生徒が英起の方へと目を向けている。英起自身はどことなく面倒臭そうだ。皮肉でも何でもなく、俺って平凡で良かった……。
鞄を机の横にかけると、近くのの席でケータイを弄っていたやはり整った顔立ちの男子が肩を叩いてきたのでそちらを振り返った。
「なぁ、お前ってあの目立つ奴の友達?」
「あぁ、英起のこと? んー、アイツとは腐れ縁って感じかね」
「ふぅん、そう……そういえばさ、随分と登校してくんの遅かったよな。朝に何かあったわけ?」
目の下にうっすらと浮かばせるクマとは対照的な好奇心に満ちた切れ長の瞳。けれども綾麻は彼の期待には応えず「特には」と当たり障りの無い答えを返した。色々あって説明するのが面倒臭い。
「あともう少しでチャイムも鳴るな。担任、今時古風な感じの堅い男性教師だってさ」
「よく知ってんな」
「二つ上の姉がそこそこに情報通でね」
「あ、お前も? 俺も姉貴いんの、同じく三年生」
「へぇ……じゃ、上の方は繋がりあるかもな。……そうだ、まだ名前云ってなかったっけ」
左胸のネームプレートを指差しながら、涼しげな笑みを浮かべて彼は自分の名を口にした。
「鷲尾佐波。朝焼小学校出身だ」
「おう。俺は深江綾麻、朝北出身。よろしくな」
「綾麻だな。うん、よろしく」
………
海輝が夢女も含めた多数の女子生徒と話していたのと同様に、始も彼の希望通りに周りの席の生徒達と談笑していた。最初はその中に佐波もいたのだが、しばらくしてから自分の席に戻っていた。今では綾麻と話している。
始にはどこか人を惹きつける魅力があり、男女問わずに多くの生徒が始の席に集まっていた。
「始ってさ、彼女とかいないわけ?」
「そんな、いないよ!」
「うっそぉ、じゃあウチと付き合ってくんない?」
「いや、あの、そんな突然……」
「おい始ー、せっかくの告白を無駄にするのかよ」
「モテる奴はいいなぁ」
「ちょっと皆!」
「あははっ、始ってば照れてるー」
「久流君カワイイー」
「うぅ……やめてってば……」
どうやら始のクラス内での位置付けはいじられキャラで確定されたらしい。実は遠目に始の様子を見守っていた佐波と海輝は暖かい微笑を口元に浮かばせた。二人にとって始が幸せであることは自分達の幸せでもあるのだ。ただし、
(始と付き合いたければ自分を通してからにしろ)
そう一瞬だけ目を据わらせたのだが。
「……?」
「ん、どうしたの?」
急に体を硬直させて視線を教室内にさまよわせる女子の姿に、始はきょとんとした顔で尋ねた。
「何かちょっと……誰かに見られてたような……」
「廊下の奴らじゃね? そろそろチャイム鳴るってのに大丈夫かね」
「あ……本当だ、もうそんな時間」
慌てて彼等が自分の席に戻っていくのを見て、廊下の生徒達も散り散りと各教室に帰っていった。数分後には学校は本来の静けさを取り戻し、四組の生徒はほとんどが自分の席に着いていた。ほとんどというのはまだ一人教室に着ていない者がいたからだ。丁度、佐波の前の席が空席だ。
(黒板の名簿だと……古札って人か、知らないな)
始は六列ある内の一番後ろの席だったが、視力は人一倍良かったので普通ならシミにしか見えないような文字も難なく読めた。
(こういう学校は時間にうるさいだろうに……大丈夫なのかなぁ、古札さん……)
始の心配を余所にチャイムは時刻通りに鳴り、それと同時にがらりと教室の前の戸が開いて和服を着た白髪の老人男性が入ってきた。
……何て古風な、と数人の生徒が眉を潜める。竹刀持ってたら似合うんだろうなぁと英起なんかは思っていたが。老人は古臭い外見とは見合わないノートパソコンを片手に持っていた。
かつかつと歴史の本にでも載っていそうな形の沓で音を鳴らし、老人は教壇の前に立った。
「名簿一番、号令」
老人の嗄れているものの耳に入りやすい声で指名されて、夢女は慌てて云った。
「あっ……き、起立! 気を付け、おはようございます!」
おはようございます、と綺麗に揃った挨拶。老人はそれに満足したのか軽く頷くと、「着席」と声をかけてからパソコンに文字を打ち込んで前のホワイトボードに映し出した。最近では黒板を使った授業よりもパソコンなどの電子器具を使用することの方が多くなっている。
「武者瀧丸。今日から一年、四組の担任を務める」
必要最低限だけの自己紹介を済ませると、じろりと鋭い視線を空席の方へと向けた。
「……古札はどうした」
「まだ着ていません」
答えたのは教師慣れした佐波だ。武者教師はぴくりと片眉を上げ、元々不機嫌そうな顔を更にくしゃりと歪ませた。
「初日早々に遅刻か……古札め」
丁度その時、教室の外から焦るような足音が聞こえてきた。足音は段々と速く大きくなっていき、こちらに近付いて来ているのが分かる。ばんっと大きな音をたてて教室の戸が開かれると、そこには髪の毛を散々に乱した眼鏡の少年が息を切らして立っていた。
「すみません遅れました、古札頁屡です……」
芯の通った声でそう云うと、頁屡と名乗った生徒は険しい顔で睨んでくる武者教師の元へ歩いていき何かをぼそぼそと小さく云った。すると武者教師は呆れ顔で溜息を吐き、何故か「ご苦労様だ」と云って頁屡の席を指差した。頁屡はぺこりと頭を下げ自分の席に着いた。
ごほんと一つ咳払いをして、武者教師は話を再開し始めた。
「今から15分後、体育館前廊下に全員集合。名簿順で二列に整列しておけ。その後8時40分より入学式、内容は机の上に配布しておいたプリントの通りだ。途中で校長より名の読み上げがある為、自分の名を呼ばれたら言うまでもなく返事をすること。入学式終了後はそのまま生徒会による新入生歓迎会へと移行する。その後の予定はその時に云う。何か質問は?」
誰も挙手しないことを確認すると、武者教師は「以上」と話を締め括りそのまま教室を出て行ってしまった。数秒してざわりと話し声が教室に広まる。
「……あれが担任? てか人間?」
「何か色々ヤバそうなんだけど……」
「ま、朝中の教師やるならあの位が妥当じゃない?」
「あー……そうかも。多少は癖があった方が良し、か」
そんな中、佐波は自分の前の席に着いた頁屡の肩をぽんぽんと叩いた。
「なぁ、何で遅刻なんかしたんだ?」
振り返った顔は怜悧そうな顔立ちで、どうしてこんな真面目で頭良さげな人がと更に好奇心を掻き立てられた。綾麻もこちらに顔を向けて話を聞いている。
「あー……うん、色々と」
「色々って?」
眼鏡の向こうの瞳に困ったような色が浮かぶ。
「……登校中、他校の奴に絡まれてたところに街の警備隊がやってきてね」
うわぁ、と綾麻が露骨に顔をしかめる。そんな彼の反応に重苦しく溜息を吐く頁屡。
「その後は色々と警備隊に質問されてさ。適当に答えてたらヤバい遅刻だって気付いて……ま、相手が大したことなかったから怪我一つせずに済んだけど」
「大したって……」
「俺の見た目がいかにも優等生だからって油断してたのかもなー。うん、容姿だけなら真面目って自覚はあるから」
「どういう意味だよ?」
「いや、俺が単なる馬鹿だってことだから。……特に変な意味ではなく」
「はぁ……」
佐波と綾麻は不可解そうにしながらもその言葉に頷いたが、頁屡は特に変なことを云ったつもりではないらしく二人の反応にきょとんとしていた。
古札 頁屡(フルフダ コウル ♂)
朝中の1-4。真性の馬鹿。運動神経は良い。外見は利発そうなイケメン眼鏡。
武者 瀧丸(ムシャ タキマル ♂)
朝中の1-4の教師。古風な容貌と口調とは裏腹にパソコンを使いこなす。国語担当。剣道部顧問。
もしかしなくても、男キャラ多い……?
てかキャラが多い……?
これからもっと増やしたいんだけどなぁ。