頭の螺子は緩んでおりませんか?
「おはようございます、村里先輩」
「……ん」
生徒玄関で同じ委員会の後輩からの挨拶に返事になっていない返事をする村里。
(何で知多がここにいるんだろ……)
ふと、そんなことを軽く疑問に思った程度である。
「……何で玄関にいるのか、ですか?」
「さすが知多……正解……」
「今のはほぼカンでしたけどね。ちょっと友人を待っているんですよ」
「そうなんだ……入学式には遅れないように、ね……」
「お気遣いどうも、です。では……」
「あ、ちょっと待って……」
村里からの珍しい引き止めに、知多は少し動揺の色を見せる。
「……何ですか?」
「明後日、臨時委員会があるから忘れないでね……詳しいことは後で手紙回しとくから……」
「……あぁ、はい。そうですね、メールじゃ情報漏れますしね」
「ん……引き止めて悪かったね……」
そう言い残して例の覚束無い足取りで去っていく村里に一礼をすると、知多は緊張が解れて小さく息を吐いた。村里はあのように何を考えているのか分からない人だが、変に相手に緊張感を抱かせるのだ。委員長や生徒会の人間なんかは皆、独特のオーラを持っている。
時計をちらりと見て、知多はこそりと呟く。
「……葉月が学校来るの遅くて良かった。村里先輩に図書委員と一緒にいるところなんて見られたら、色々とややこしいもんね……」
………
「はよーっす……て、何してんです? 海外先輩」
「おう、20分前に噂してた図書委員君じゃん。見て分かんだろ? 悪人退治さ」
「そうっすか……てか今日の人格は比較的まともなんすね、良かった。じゃ、ちょっと友達待たせてるんでー」
「情報委員会と喧嘩すんなよーじゃーなー」
「無理でーす。ではー」
そんな会話が海外と後から来た二年生との間で行われてから数分後、英起達はようやく海外から解放された。英起達に挑発を掛けてきていた上級生達はほとんどが海外の手慣れた動きによって文字通りお縄についている。校門前で目立つよなぁ、これって人権侵害とかじゃないのかなぁと綾麻は彼らに哀れみの目を向けながら考えていた。助けてやる気は毛頭無いが。
「お疲れさん、ありがとな。助かったぜ新入生」
「いえ、こっちこそあの時は助かりました」
入学式早々、もめ事起こすとか真っ平だからな……。英起をちらりと見て綾麻は思った。そんなの、うちの姉貴じゃあるまいし。
「じゃあ、俺達はこれで……」
「ところで」
綾麻がせっかく綺麗に話をまとめて退散しようとしたところを、何故か英起が口を挟んできた。またこの人は余計な真似を、と一斉に非難の目が彼に向くが、当然というかいつもの事ながら本人はそれにまるで気付いてなんかいない。
「その人達、これからどうなるんですか? 教務室にでも連れてくんですか?」
「ははっ、そんな生温い! 決まってんだろー?」
からりとした笑顔を浮かべたまま海外は、
「校内裁判にかけてから地下階で処刑すんだよ」
「……」
「……」
激しい沈黙を綾麻達が強いられているのと反対に、英起は「へぇー」なんて呑気な声を漏らしている。どういう神経してんだこの人は、という綾麻の心の中での突っ込みが彼に伝わるわけもなく。
「そんなわけだから、お前等も痛い目見たくなけりゃ校則はきっちり守れよー? じゃ、また入学式でなー」
「……どうもでした」
英起を除いた全員が訓練された軍隊のように見事なタイミングで頭を下げた。
………
四階教室練の一年四組の教室。
「そういえば、この学校の生徒会ってどんな人達なんだろうね」
鞄を机の上に置いて黒板に書かれた日程を一通り見終えた始が、ふとそんな質問を佐波と海輝にぶつけた。三人の他にはまだ一人の生徒も来ていない。
始の思いつきにも等しい質問に、二人は打ち合わせでもしていたかのように完璧なタイミングで口を揃えて答えた。
「イカれた変態共の集まり」
………
入学式の一週間前、朝中の特別練に位置する四階のとある一室。
「こっから飛び降りたらきっと、風とか感じられて気持ちいいんだろうなぁ……」
「その発言かなり危険です、五樹先輩」
窓から身を乗り出しかけていた少年の首根っこをひょいと掴んで引き戻す、少年より一つ年下の眼鏡をかけた真面目な雰囲気の少女。猫のような体勢になった少年が残念そうな顔をする。
「おいおい何で止めるんだよぉラナァ」
「死ぬ気ですか貴方は。……もう、会長も笑ってないで何か云ってやって下さいよ」
テーブルに肘杖をついてくすくすと魅力的な笑みをこぼしていた少年は、糸目を緩めてラナと呼ばれた少女に無責任な一言を放った。
「放っといて良かったんじゃない? 面白いし」
「あぁもう、裕麻先輩がいないと歯止め役がいなくて困る……!」
「裕麻が別にまともだとは思わないけどねぇ」
「私達生徒会がまともじゃなくてどうすんです!」
ばんっと勢い良くテーブルを叩くラナだが、彼等は特に悪びれもせず同時に欠伸を漏らした。
そう。何とも緩い空気を醸し出す彼等は、この朝焼中学校の生徒会なのだ。
生徒会長の宝洲嘉彦、副会長の端野五樹と深江裕麻、それから書記長の押尾灯火と会計長の飛沫ラナ。主な生徒会役員はこの五人である。
毎年、生徒会役員は二学期末の十二月上旬に選挙で決定される。この学校は他校とは違い、生徒からだけでなく教師一同からも投票を受け付けていた。少しでもまともな人選が通るように、だ。
2138年度は初の一年生からの五役輩出があったが、それは頭の螺子の外れた人間ばかりが生徒会に入っていくのを恐れた教師一同と一部の正常な思考を持つ生徒達が半ば強引にその一年の生徒に白羽の矢を立てたのだ。もはや説明する必要はないだろう、その生徒会役員もとい生贄となったのが現在では二年生となった飛沫ラナである。
貧乏くじ体質だと周りからはよく評されるが、彼女はそれを決して認めようとはしない。自ら厄介事に首を突っ込んだんだ、自分はそんな可哀相キャラじゃない。それがラナの言い分である。ただしその事を泣き顔のような顔で語るのだが。
「相変わらず堅ぇよなー、ラナはよ。そんな風に眉の間にしわ寄せてっと取れなくなるぜー?」
「放っといて下さい!」
ぷいと頬を膨らませてそっぽを向くラナ。そんな彼女の様子が面白くて、宝洲はまたくすりと口元に手を当てる。
「ラナ、知ってる? 五樹はこれまで三階から何度か飛び降りてるけど、一度も大きな怪我をした事はないんだよ。……四階は知らないけどねー」
「何ですその自殺志願者のドッキリエピソード的な体験談は!? というか会長もその場にいらしていたのなら止めてやって下さいよ!」
「だってあの時の五樹、面白かったから」
「ラナ、その場のノリってモンがあんだよ世の中」
「……何だか私、頭痛がしてきました」
頭をゆるゆると左右に振りながらラナはテーブルの周りを囲む椅子の一つに腰掛ける。「大丈夫かー」などと自覚の無い台詞を云いながら、五樹は風になびくラナの亜麻色の髪を見て窓を閉める。一瞬、名残惜しげに窓の下に目線を送って。
「俺さぁ、将来は宇宙飛行士になりたいんだよ」
「……何を急にロマンチストになってるんです」
ラナの突っ込みを無視して、五樹はつらつらと自分の夢を語っていく。
「宇宙に憧れがあるんじゃないんだよ。ほら、向こうに行って帰ってくるとき、すんげぇ遠かった地面が段々近付いてくんだろ? あれがたまんなく快感なわけ。何って云うかなぁ……地球と一体になれるような気分にでもなんのかね?」
「知りません。私に訊かないで下さい」
「ラナは男のロマンが分かってねぇなー」
「分かりたくもありませんよ……そもそも、そんなことにロマンを覚えるのは落下マニアの先輩くらいでしょう」
「えー。じゃあ嘉彦はどうよ、同じ男として」
にこやかな表情を崩さぬまま宝洲は答えた。
「五樹の頭は意味不明」
「あーっ! 人のこと言えねぇくせにお前! 先月の他校の卒業式で「面白そうだから」とか云って戦争し掛けてやがったくせによぉ」
「わー、それ懐かしいねぇ」
宝洲の頭に虫がわいてるとしか思えない発言に、ラナは当然ながらさすがの五樹も肩をすくめる。
「イカれてるぜ、お前。楽しけりゃ全て良しとか情報屋の涼透じゃあるまいし」
「涼に会ったことがないから云えるんだよ、その台詞。僕はどんな状況でも楽しもうとする人間だけど、あいつは自分が面白くなければどんな手を使ってでも無理矢理に面白くさせる奴さ。快楽主義とはよく云ったもんだよ……うーん、どちらかというと裕麻と似たタイプかなぁ?暇潰し屋の真骨頂ってところが」
「でも涼透って不登校じゃん。あいつの親友の酒次此花なんかはインドア不良なんて呼んでるけど」
そろそろ会話に着いていけなくなってきたラナは、早く裕麻先輩達が帰ってこないかなと密かに溜息を吐いた。裕麻と灯火は入学式の後にある新入生歓迎会の道具類を買い出しに出ていたのだった。
「……それにしても、あの子が朝中にやって来るまであと一週間なんだねぇ」
ふいに聞き覚えのある言葉の断片が耳に入ってきて、ラナは宝洲の方に目を向けた。きらきらと目に幼い子供のような輝きを灯す彼を見て、やっぱり「あの話題」かと認識すると同時に不満げな色を顔に出してしまう。
「……会長、最近はあの子のことばかり云ってますね。そんなにあの子が来るのが楽しみですか」
「そりゃあもう、楽しみなんてものじゃないよ? 僕はあの子がここに来るのを、それこそ一年生の時からずうっと待っていたんだからね」
「嘉彦のアイツに対する執着心は並大抵のもんじゃねぇんだよ、ラナ」
軽く苦笑に近い表情を浮かべて五樹が云う。
「下手したら本人よりもアイツの事知ってんじゃね? なんたって昔から可愛がってた弟みてぇな存在なんだからよ」
「弟……そうだね、そんな感覚に近いかな。本人は僕のことをどう思ってるかは知らないけど」
「へぇ。お前がそーゆーの分かんないって珍しい」
「あの子は天然だからねぇ。急に思ってもみなかったことを言い出すんだよ。だから面白くて好きなんだけどね」
「……ふぅん、そうですか」
淡々と返答するラナの仏頂面を見た五樹が、彼女の心境を察して慰めもせずけらけら笑う。
「何だよラナちゃん、アイツに嫉妬?ジェラシー?」
「……」
肯定はしないが否定もしないラナ。「そろそろ業務に戻りましょう」と云って書類に手を伸ばす。
「乙女だねぇ、ラーナちゃーん」
「放っといて下さい……」
「ま、お前もアイツに会ってみれば多少は嘉彦の気持ちが分かるって。俺でも素直に好感持てる奴だからさ」
そう云って五樹もラナに倣いパソコンの電源を入れる。ただ一人、嘉彦だけは上機嫌に鼻歌を歌いながらくるくると無意識にペン回しを始める。
「あぁ楽しみだ、早く一週間後にならないかなぁ……入学式の日まで待ってるからね、始」
………
「ちょっと二人共……どういう意味? それ」
当然ながら狼狽の色を隠せない始に、二人は一つ重たい溜息を吐く。
「……えっと、説明したくない?」
「そうじゃないけど、さ。あいつらは本当、どう説明していいのやら……」
というか始と関わらせたくない、という佐波の呟きは小さすぎて誰の耳にも届かなかったけれど。
急に据わった目つきになった海輝が、悶々と悩む佐波の代わりに口を開く。
「云った通り、この学校の後ろめたいところが凝縮されたような連中よ。会長は朝中四天王の一人だし、副会長の二人だってほとんど自分の為にしか動かない最低野郎。あぁ、書記長の灯火は兄貴繋がりでまだ親交があるとして……会計長はまともそうに見えて会長のシンパだし」
朝中四天王って何だろう。シンパってどういう意味だろう。脳内で疑問符が大量生産されるが、始は取り敢えずは海輝の話を聞こうと質問を飲み込む。
「……とにかく、普通じゃない人達なんだ?」
「そりゃもう、世間の一般常識がまるで通用しない奴らだもの。けどちょっと頭とか見た目が良いからって周りからちやほやされて、生徒達の憧れの的みたいになってさー。始の方が断然良いっつーの!」
「いやあの海輝、最後のは違うから恥ずかしいから」
「安心して始。私達が始を必ず生徒会長の座まで送り届けてあげるから」
「何でそんな話に飛んじゃうの?! え、ちょっと佐波、何とか云ってあげて!」
すると佐波はきょとんとした顔で始を見つめ返す。
「何云ってんだよ始、冗談でもなんでもないぜ?」
「……え?」
「この学校に入学したからには、絶対に始をここの頂点にまで上げてやる。そんで俺達は始を下から支える土台にでもなるからさ、心配無用だ」
「……えぇ?!」
自信に満ち溢れた顔の佐波にぐっと肩に手を当てられ、始は何も云うことができずに口をぱくぱくと動かすばかりであった。
留文 葉月(ルモン ハヅキ ♂)
朝中の2-6。図書委員会に所属。根っからの熱血漢。知多の親友。
宝洲 嘉彦(タカラズ ヨシヒコ ♂)
朝中の3-1。生徒会長。楽しければ全て良しの馬鹿。
端野 五樹(タンノ イツキ ♂)
朝中の3-6。生徒副会長。落下マニア。大事なこと以外に関しては口が軽い。
飛沫 ラナ(シブキ ラナ ♀)
朝中の2-8。生徒会の会計長。眼鏡の真面目キャラ。