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学校戦争  作者: 蓮月ミクロ
序章
3/10

序章の序章

 スクールバッグから新品の内履きを取り出して履き、始達は玄関の壁に掲示されたクラス表を見に行った。


 表を見た瞬間に三人の中に訪れた一瞬の沈黙。


 そして__次に浮かぶ満面の笑顔。


「……良かったぁ! あたし達みんな、同じクラスだね!」

「これで腐れ縁も七年目に突入だな」

「クラス替えの制度はないだろうから、よっぽどのことがない限りずっと一緒だね」


 学校戦争が始まって生徒同士の関係が薄くなってしまった為に、今ではほとんどの中学校が三年間クラスの一貫を通していた。


 ちらりとケータイの時間表示を見た佐波が「まだ時間は余裕みたいだ」と云った。このご時世、ケータイの持ち込みを禁ずる学校の方が少ない。


「荷物置いたら、軽く学内でも見回るか? どうせ暇なんだしさ」

「えっ……でも、未だ危険じゃない?」


 眉を潜めて云う海輝の言葉に首を傾げる始。


「危険って? 広すぎて迷子になる、とか?」

「迷子になんのは始だけよ……そうじゃなくて、新入生のくせに生意気してんじゃねぇって意味不明な理由で喧嘩ふっかけられるかもってこと」

「別にいいだろ、いざとなれば俺とお前が始を守ればいい話だし」

「そうだけどさぁ」

「……守るって」


 困ったような笑みを作る始。別に自分、そんなひ弱な人間ではないのだけど。


「……そういう話はさ、教室でしよう? まずは佐波の云う通り鞄置きに行こうよ」

「んー……そだね!」


 そういう海輝の顔は、いつものように明るい笑顔に戻っていた。


 ………


「うぅ、本当に広い学校……」


 新入生の安楽夢女は、スクールバッグを両手で持ちながら校内を彷徨っていた。


「方向オンチって自覚はあるけど、これはさすがに迷っちゃうって……」


 独り言をぶつぶつと呟けるのも、周囲に全くと云って良いほど人の気配がないからだ。


 ポケットから買って貰ったばかりのケータイを取り出す。7時20分。やはり学校に着くのが早すぎたのかもしれない。夢女は自分の住むアパートが学校から遠く離れた場所にある為、普通の人よりも早めに登校しようと6時に家を出ていたのだ。


「これなら、玄関で会ったあのハイテンションな先輩におとなしく案内されとけば良かったかなぁ……」


 後悔、先に立たず。こうなれば本で読んだ壁伝いに歩いていくという噂の迷路必勝法を実践してみるか……と決意しかけた矢先。


「どうしたの?」


 突然の背後からの問いかけに夢女ははっと身を縮こませた。すると、後ろの人は彼女の怯えを察知して小さな笑い声を発した。


「そんなに怖がらないで、別に迷宮のミノタウロスってわけじゃないんだから」

「へ……?」


 心を落ち着かせる柔らかな物言いに、夢女は少しだけ緊張を解いて後ろをそっと振り返った。


 そこにいたのは、上級生らしき一人の少年の姿。


「どうも」

「ど、どうも……?」


 少年は右目の下に黒いダイアのペイント、刺青のようなものを入れていた。体格はその年にしては少し小柄だが、制服の紐リボンが紫色をしているから三年生なのだろう。夢女達一年生はリボンは青、二年生は深紅。これはローテーションで続けられている。


 特徴と云えば目の下のペイントくらいだろうか。なかなか整った顔立ちをしているが、長めの前髪が顔に影を落としてどことなくアンニュイな印象を与える。白い肌は少し病的なくらいだった。


「……あ、えっと……」


 どう話せばいいものかと夢女が狼狽えていると、少年はふわりと優しげな微笑みを浮かべた。それは存外に綺麗な笑顔で、不覚にも夢女は胸が高鳴るのを感じた。


「迷っていたように見えたから、ついお節介で声をかけたんだけど……違ったかな?」

「あっ、その通りなんです! この学校、とっても広いし本物の迷路みたいだから……」

「無理な増築を重ねていったせいで、こんな造りになったんだよ。……困ってるなら、僕が道を教えてあげようか?」

「本当ですか!? ありがとうごさいます! えっと……」


 夢女はネームプレートの文字を読もうとしたが、何故か少年のジャケットの左ポケットには本来あるはずのネームプレートが存在しなかった。


「……自分の名前が嫌いでね、つけていないんだ」


 夢女の不思議そうな顔の理由に思い当たって、少年は皮肉げに薄く笑った。


「名前が、嫌い……?」

「おふざけで作ったような、苗字も下の名前も馬鹿げたものさ。……だから、僕の事は名無しって呼んでくれるかな」

「え、名無しはちょっと……えぇっと、ウォル先輩……じゃ駄目ですか? アリアドネの糸玉から取って」

「……ん、まぁ本名よりはいっか……じゃあ、僕の名前はウォルってことで」


 ばりばり日本人だけどね、と笑うウォルは最初に見せた優しい雰囲気に戻っていて、夢女は無意識にほっと息を吐いた。


「あ、私の名前は安楽夢女です! ……ネームプレート見れば分かりますよね」

「夢女、ね。夢見る乙女だ」

「あぅ……気にしてるのに……」

「そうなんだ? 良い名前だと思うけど。あぁ、それより道案内だね。僕はまだこの練に用事があるから着いていけないけど……説明だけ、ね。

 ここから真っ直ぐ行って左に曲がった突き当たりに扉があるから、それを開くと渡り廊下。で、次の練を真っ直ぐ行って三つ目の曲がり角を右に渡ると教務室に行ける。後はそこで自分の教室を訊いていきな?」


 覚えられたか心配だな……曖昧に笑う夢女に「大丈夫だよ」とウォルは云った。


「僕の言葉はちゃんと、夢女の耳に入ったからね」

「……?」


 ウォルの不思議な言い回しが気にかかったが、相手も忙しいだろうと夢女は「ありがとうございました!」と丁寧に頭を下げてウォルの云った道筋通りに走っていった。


 彼女の後ろ姿を見送りながら、ダイアのペイントをいれた少年は小さく呟く。


「もう迷わないようにね……僕は迷子になった人の前にしか現れないから……」


 数分後、夢女は本当に教務室まで無事に着くことができたのだった。


 ………


 校門前、深江綾麻は実に困っていた。


「おい一年よぉ、生意気そうな面してんじゃねぇか」


 と、上級生に絡まれている英起をどう置いて逃げ……訂正、助けてやろうかと考えて。


 当たり前と云えばそうである。それなりの人数を引き連れた顔の良い新入生。そんな人間が絡まれないはずがない。


(おい綾麻、どうすんだ?)

(俺に訊くなっつーの……愛佳は?)

(私は相手に煙玉をお見舞いして逃げるのが一番楽だと思うけど)

(お前そんなもん持ち歩いてんの!?)

(いいえ、誰かこの中に持っていないかと)

(マナに訊いた馬鹿な綾麻が責任取れ)

(そうだ)

(その通りだ)

(同感ね)

(お前が云うな愛佳!)


 綾麻達がこそこそとやっている間にも、事の元凶である英起はきょとんとした顔で上級生達の話を……聞いているのかいないのか。


「ちょっと顔が良いからって調子乗ってると痛い目に遭うぜ?」

「俺らがそうならねぇよう周りに云っとくからよ、謝礼として……ほら、出すもん出せよ」

「最近は金持ちの坊ちゃんもこんな学校に道楽で来るんだろ?」

「てめぇも持ってそうじゃん、金……」

「おら、黙ってねぇで何か云えよ」


 上級生達にそう詰め寄られ、英起は何も考えずに綾麻達に向かってぼそっと云った。


「何かこの人達、漫画の冒頭で軽く出てくる三下の雑魚キャラみたいだね」

「ちょっ、おま……!」


(確かに誰もがそう思っていたけどさ!)


 こういう時、本当に時と場合と状況を把握してから発言してほしいと綾麻達は心の底から思った。もしこの世に神様がいるとしたら、何故こんな常識力の欠落した馬鹿を産み出したのだろう? ……面白いからか? だったらこの世は終わってやがる。


 上級生達は当然ながら英起の発言に顔を真っ赤にして拳を振り上げた。


「てめぇ……ふざけやがって!」


 仕方がない、多少の暴力沙汰は諦めるか……きょとんとしている英起を除く綾麻達が溜息を吐いて覚悟を決めようとした時。


「ねぇ……校門前で何そんなに騒いでんの……?」

「邪魔だから退いてくんねぇ? つか目障り」


 唐突に彼等の間に入ってきた二人の生徒の声。その場にいた全員がそちらを振り向くと同時に、上級生達はさぁっと一瞬にして青ざめた。


「村里章と海外容子……」

「何で三大凶悪委員会の委員長が二人も……!」


 上級生達の言葉に僅かに眉をひそめたのは、眠そうな顔をしていた男子生徒……村里章。


「……訊きたくないけどさ、そのもう一つの委員会って……図書委員……?」

「他に何処があるってんだよ」


 答えたのは上級生達ではなく、村里の隣にいた不機嫌そうな顔の女生徒……海外容子。


「図書委員長の青傘響語、情報委員長の村里章、そんで生活委員長のあたし。三大凶悪委員会なんてよく謳われてんぜぇ?」

「……何で図書委員とウチが同格……」


 嫌そうに吐き捨てる村里の顔を、綾麻達はぽかんとした顔で見つめていた。


(……英起と同じほど美形の奴、初めて見た……)


 村里章の顔立ちは、綾麻達が慕う新庄英起に匹敵するほど恐ろしく整っていた。


 恐らくは地毛であろう柔らかなキャラメル色のふんわりとした髪。女性のように長い睫毛で飾られたとろんとした猫のような瞳。


 英起が天使のような美しさだとすれば、村里は芸術家が魂を込めて作り上げた最高芸術作品とでも云おうか。人間離れした美しさである事に代わりはないのだが、村里は触れたら消えてしまいそうな儚さがそこに存在していた。


 そんな儚げな美少年という形容詞がよく似合う男が眠たげな口調で上級生達に詰め寄っていく。


「……ま、図書委員の奴らのことはいいや……。それよりさっきさ、この新入生達にカツアゲしてたよね……」

「……はい」

「朝中の校則、第五条……他者への強引な勧誘活動及び迷惑行為等を禁ずる……君達の生徒手帳にも載ってるよね……?」

「……載っています」

「ん……その態度を見る限り、覚悟は出来てるみたいだね……海外、後はお前に任せた……御慈悲があるといいね、君達……」


 ぼそりと不吉な一言を最後に付け加える村里。そのままつい、と英起達の方に視線が注がれる。


「……大丈夫、だった……?」

「あ……はい、どうもっす」

「ありがとうございました」


 上級生達の身の変わりように内心呆れながらも、彼らは助けてくれた御礼に村里と海外の二人にぺこりと頭を下げる。


「ここは、こういう学校だから気をつけてね……特にそこの君……新庄英起君、だっけ」

「え、よく俺の名前知ってますね?」


 純粋に驚く英起を考えの読めないぼぉっとした目で見つめる村里。


「……君、多分すぐにこの学校じゃ有名人になるだろうから……僕と似た顔だしね……周りの君達も、英起君をしっかり守ってあげるんだよ……じゃあ……入学式の時、また……」


 最初から最後までほぼ無表情のまま、村里はふらふらと覚束無い足取りで玄関に向かって歩いていった。


「……大丈夫なんですか、先行かせちゃって」


 彼の後ろ姿を不安げに見守りながら、綾麻は海外に尋ねた。彼女は大したことでもないとばかりに平然と答える。


「平気さ、村里があんな感じなのはいつもだ」

「そうなんですか……」

「おう。それよりも新入生、こいつら縛んの手伝ってくんねぇ? あたし一人じゃ手が足りなくてよ」

「……」


 既に三人の上級生を本当に鞄から取り出した縄で拘束している彼女を見て、さすがの英起も「はい」と素直に返事をするのだった。






安楽 夢女(アンラク ユメ ♀)

 朝中の1-4。ひたすらに可愛い純情乙女。若干方向音痴。


ウォル(♂)

 謎。


須貝 愛佳(スガイ マナカ ♀)

 朝中の1-5。英起のグループで唯一の女子。英起と負けず劣らず天然ちゃん。


村里 章(ムラザト アキ ♂)

 朝中の3-2。情報委員長。超絶美形第二号。全国模試1位の天才。


海外 容子(カイガイ ヨウコ ♀)

 朝中の3-1。生活委員長。多重人格。

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