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学校戦争  作者: 蓮月ミクロ
序章
2/10

それぞれ

 後書きに各回の登場人物を載せていきます。

「はーじめっ!」


 自分の名前を呼ぶ声に久流始が振り返ると、そこには彼の幼い頃からの親友である鷲尾佐波がこちらに向かって手を振っていた。手の動きに合わせて少し癖のある髪がふわふわと揺れている。


 佐波からの呼びかけに、始は明るい笑顔を浮かべて手を振り返した。


「おはよう、佐波!」

「はよ。やっぱ始に似合ってるな、朝中の制服」


 朝一番からの友人の誉め言葉に、始は照れ笑いしながら言葉を返した。


「佐波だって似合うよ? ……あ、海輝も来た!」

「おっはよー、二人共。制服着てると何となく成長したねって感じー!」


 佐波とは別の道から走ってきた、長髪をポニーテールに結い上げた快活そうな少女。彼女もまた二人の親友、今井海輝だ。


「よう、海輝。お前もブレザー似合ってんじゃん」

「……も、ってことは、先に始にも云ったんだ? 相変わらずだよねぇ、佐波のハジコン」


 年齢に見合わない大人げな苦笑を漏らしながら、海輝はくるりと丈の短いスカートを翻して始の方へと振り返った。


「今日からいよいよ朝中に入学だねー、始。何だかわくわくしちゃうよね?」

「うん、他の小学校からもたくさんの生徒が来るしね。新しい友達いっぱい作りたいなぁ」

「……始ってば、かーなり呑気だねぇ」

「へ?」


 海輝の微妙な笑顔に、始はどういうことなんだと首を傾げる。視線をずらすと佐波も何故か海輝と同じような表情。まるで無邪気な子供を暖かく見守るような、そんな保護者の眼差しだ。


「一応、訊いとくけどさ……朝焼中学校がどんな学校かは知ってるよね? 佐波から説明受けたよね?」

「う、うん。他の学校と比べて多少は荒れてるけど、偏差値はかなり高い進学校だって……」

「佐波の阿呆!」


 始が言い終わらない内に、海輝は突然佐波に向けて鋭い鉄拳を繰り出した。始の目には追いつかないほどのスピードだったが、佐波はそれを間一髪でかわして彼女に不平を言う。


「あっぶねぇな、いきなり何すんだよ!」

「佐波がちゃんと始にあの学校の説明ができてねぇからだよ! 何甘っちょろい説明してんだ!」

「しっかり説明役をこなした俺は悪くない。だが天然良い子の始にも非はない。全ては情報制限が異常に厳しい朝中が悪い」


 しれっとした顔で海輝の追求もかわす佐波。始にはもはや二人の会話の意味が分からない。


 目を白黒させる始に、海輝は溜息を一つ吐いてから口を開いた。


「あのね、始。朝焼中学校は関東地方の学校戦争の中心なんだよ? いくら進学校だろうが、あんな学校にはまともな奴はほとんどいない……っていうか頭おかしい奴しかいない場所なのよ、あそこは」


 ………


 2100年代に入って、日本……いや、世界の学校情勢は大きく変化した。


 21世紀末に国際連合で可決された、子どもの権利条約の内容に関する事項の改正。


 それは「小中学校の生徒は自己防衛の為に銃刀等の所持、及び使用を許可する」というものだった。


 21世紀中盤では大人の小中学生に対する暴行が急激に増加し、遂には殺人事件にまで発展するケースも多く出てきた。原因は少子化対策による子供の増加と悪化する経済情勢。問題がいよいよ世界規模で深刻化し、身の危険を感じたある子供の集団が自分達を守ってくれと国に訴えを出した。


 その最終的な結末が「子供自衛法」という馬鹿げた条約の誕生だったのだ。


 あらゆる国がその条約を取り入れていった。それほどまでに子供殺しの事件が多発していたのだ。


 条約は確かに子供達を守ることには成功した。しかしそれと同時に、当然の結果といえばそれまでだがある問題が出てきた。それが「学校戦争」である。


 武器を手に入れた子供達は最初の内は大人しくしていたが、その内に彼らは自分達を虐待してきた大人に暴力を向けるようになる。それが原因で大人が怪我をしても、法律上では問題なしと見なされている為に裁判では絶対に勝てない。


 大人は次第に子供達を自分から離れた所に置きたがるようになり、その願望は子供の人口が圧倒的に多い「子供都市」を生み出すこととなる。


 子供は既に自分達の力に味を占めており、大人という標的が居なくなった後も新たな「敵」を求めた。


 それが学校ぐるみでのものに移り変わっていき、最終的に学校同士が戦いに明け暮れるという異常事態に陥ってしまったのである。


 本人達は「向こうが戦争を仕掛けてきたから報復しただけ」という、子供だからこそ通じる幼稚な言い訳を表に張って。


 そんな子供達の馬鹿げた学校戦争は、2138年の今もなお続けられている。


 ………


「今まで小学校で散々習ってきたでしょ? あたし達が今日から通う朝中っていうのは、そんな戦争の中心にもあるような学校なんだよ……? 友達できるかなんて云ってる場合じゃあ……」


「え、どうして?」


「……え?」


 始の不思議そうな顔に、海輝は彼以上に目を丸くさせる。


「どんなに危ない学校だろうと、そこにいるのは僕らと同じ境遇の人だよ。だから普通に仲良くなれるんじゃないかな? 海輝が云うほど、そんなに酷い学校じゃないかもしれないし」


 虚を抜かれた顔になる海輝に、それまで黙っていた佐波がくつくつとおかしそうに笑い声を漏らす。


「ほら、云っただろ? 始は天然なんだから」

「……ますます惚れちゃうわー、始」


 頬を赤らめて呟かれた海輝の言葉は、どうやら始の耳には入らなかったようだ。相変わらず子犬のようにきょとんとした顔のまま彼は云う。


「それに、何だかんだ云って海輝も期待してるよね? 新しい友達欲しいって。だってさっき、僕に向かって楽しみだって云ってたし」

「ん? ……あぁ、そういう意味じゃ無かったんだけどね……まあいっか。よしっ、じゃあ朝中までさっさと行きますか!」

「走るのはめんどいからパスなー」


 うっすらと目の下にくまを浮かべた佐波は、そう云って大きく欠伸をしながらも足の歩調を僅かに速めた。


  ………


 朝焼中学校、三階教室練。


 二年二組の教室内の窓側の席に座った茶味がかった髪の少年に対して、梟のように大きな目を輝かせた少女は唐突に口を開いた。


「ねぇねぇ知多君! 今年の一年生で誰か面白そうな秘蔵っ子の情報ない!? 此花ちゃんはカレー屋さんの10辛並の刺激に飢えてるのですよう!」


 異常なハイテンションで早口にまくし立てる同級生の言葉に、知多と呼ばれた少年は「聞き取りづらいよ」と苦笑を漏らす。


「大体、そんな簡単に情報を売るわけにはいかないよ。俺だって情報委員会の一員なんだから」

「ケチ! そういう知多君の所の委員長様はいっつも此花から情報根こそぎ強盗してくんだよ! 酷いと思わない!? こっちだって情報屋としてそれなりに名前が通ってるっていうのにさ!」

「あぁ……ごめんね。委員長、そういう人だから」

「さっさと卒業しちゃえばいいのに!」

「今日は入学式だろ?」

「そうだけど!」


 小麦色に焼けた健康そうな腕を組んで、酒次此花はむぅと頬を膨らませる。そんな彼女の子供のような姿は無邪気で可愛くも見えるのだが、クラスの人間はあまり此花に関わろうとはしない。勿論それは此花の奇抜な性格のせいである。


 クラスメイトどころか学校全体からも距離を置かれている彼女に遠慮なく近付く数少ない人間の一人、知多英数は「そういえば」と話題の中心から変人と名高い彼の委員会の委員長を退場させた。


「此花の友達が二人入ってくるんだよね。今井海輝さんと古札……頁屡、君? だっけ」

「さっすが次期情報委員長! 耳が早い!」

「候補、だけどね」


 机に頬杖を付いてにっこりと純粋な黒一色に染まった笑顔を浮かべる此花。


「此花は知多君を応援する黒幕になってあげるからね! そういえばそっか! 海輝ちゃんとコール君も今年から同じ学校か! 楽しみ楽しみ!」

「頁屡君って運動得意? だったらバスケ部に勧誘しておいてくれないか?」

「じゃあ情報お一つ下さいな!」


 会話、振り出しに戻る。数秒間の沈黙の後、知多は諦めたように小さく溜息を吐いた。この少女との会話は刺激にはなるが、大抵は主導権は向こうに取られてしまうのだ。


 椅子を軽く引いて、仕方ないなぁと白一色に染まった笑顔を浮かべる知多。


「まぁ、情報を無闇に悪用しない此花にならいっか。面白そうな一年生の情報、だっけ?」

「わっほーい! 知多君太っ腹ぁ!」

「ついさっきまで云ってたことと違うけど……」

「細かいことは水洗便所に流す! てか何云ったかちゃんと覚えてないしね!」

「はいはい。うーん、此花が気になりそうな新入生って云ったら……あの子かな」

「誰々!?」

「新庄英起君。何でも春休み中にそうとうヤバ目な事件を解決……というより処理したらしい、大物ルーキーって奴だよ。顔は俺のところの委員長似だってさ」


 ………


「クシュッ……」


 始達とは別の道から朝焼中学校を目指す五、六人ほどの集団。その真ん中辺りを歩いていた少年がいきなり素っ頓狂な声を発し、隣を歩いていた少年が声をかけた。


「どうしたー?」

「何か、急にくしゃみが……風邪かな?」

「普通の場合ならそうだろうけど、お前の場合は絶対誰かに噂されてたに違いない」


 少年の言葉に本人以外は全員うんうんと深く頷く。


「なんたって、春休み中のアレはなぁ……」

「元凶は英起の癖して、何で一番被害受けてねぇんだっつーの!」

「もれなく俺等がとばっちり喰らったしな」

「あたし達はまだいい方じゃない? あの事件の一番の被害者は間違いなく綾麻でしょ」

「「「……確かに」」」

「おい同情すんなお前ら」


 騒がしい友人達に一言文句を付けてから、綾麻はティッシュで鼻をかむリーダーの顔を見た。


(……見た目だけなら映えんのになぁ)


 新庄英起。彼を表すのに相応しい一言は「美少年」なのである。


 艶やかなストレートの黒髪。夜空を思わせる深い闇色の瞳。それらとは反対の滑らかな白い肌。そして芸術品とさえ感じられる、恐ろしく整った顔立ち。壁画に描かれた天使よりも綺麗な顔なんじゃないか、と綾麻はいつも思っている。


 それと同時に、やはり天は人に二物を与えないとも。


「無自覚な悪人って怖いもんだよなぁ……」

「ん、何それ。ドラマの話?」

「……聞き流せ」

「はーい」


 素直に返事をする英起に、綾麻はやれやれといつものように溜息を吐く。


 英起は頭の出来は良い方だ。しかし、その使い方が完全に間違っている。


 綾麻が初めて英起に会った時に云われた言葉は今でも一言一句の隅まで正確に覚えている。


『ねぇ、俺と暇潰しに他校に殴り込みに行かない?なんか評判悪いらしいし、そこ』


 ……で、ある(綾麻は全力で彼を止めたが、英起は単身で乗り込もうとしたので仕方なくついて行った。結末は思い出したくもないが、英起が無傷だったのは確かだ)。


 トラブルメーカーで悪運の強いKY男。それが綾麻の英起に対する評価なのだが、彼は今でも英起の友人であることをやめようとしない。例え英起にどんな目に遭わされようとも、である。


(英起には無駄にカリスマ性があったりするからなぁ……質が悪い。何となく放っとけないんだよな、コイツのこと。他の奴らも同じ理由で一緒にいるんだろうけど)


 呑気な顔をして歩いていく友人を守るような形で、綾麻達はいつものようについて行く。


 ………


「ここが朝焼中学校かぁ……よし、行こっか!」


 一見は普通の公立のような外見の校門前に着いた始達は、それぞれ形は違えどもこれから待ち受けているものに期待に胸を膨らませて学校に入っていった。

久流 始(クリュウ ハジメ ♂)

 物語の主人公。朝中の1-4。優しい性格で人望は厚いが、環境がアレだからまともな人は集まらない。


鷲尾 佐波(ワシオ サワ ♂)

 始の親友。朝中の1-4。頭脳派の切れ者。涼しげな外見を持ちクールで大人。


今井 海輝(イマイ ミキ ♀)

 始の親友。朝中の1-4。ポニーテールの元気印。三人の不良の兄を持つ。


知多 英知(チタ ヒデカズ ♂)

 朝中の2-2。朝中の中での数少ない常識人。情報委員会に所属。


酒次 此花(サカツギ コノハ ♀)

 朝中の2-2。テンション狂った典型的な危険人物。


新庄 英起(シンジョウ ヒデキ ♂)

 朝中の1-4。超絶美形の天然野郎。とにかくモテる。ムカつく程に空気読めない。


深江 稜麻(フカエ リョウマ ♂)

 朝中の1-4。英起のとばっちりをいつも喰らう哀れな奴。

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