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学校戦争  作者: 蓮月ミクロ
入学式以後
10/10

さっきの味方は今の敵

「じゃあ此花は戻ってるね! 部活見学は来週からだから待ってるよー! アディオスアミーゴ始君達!」


 そう云って此花は大きく手を振りながら三人の元を立ち去っていった。相変わらずだよなぁ、という佐波の呟きにそうだねーと海輝が頷く。


「……何て云うか、その、個性的な人だね」

「根は良い人だから……多分。それにしても始、此花先輩からすっごい気に入られたねぇ」

「そうなの?」

「いつでも頼りにしてー、なんて初めて聞いたよ」

「確かにな。ま、始の人柄に惹かれたんだろ。なんたって始は天使だからな」

「やめてよ佐波……!」


 しごく真面目な顔から云われた言葉に顔を真っ赤にして否定しかかる始。そんな友人の姿を可愛いなぁと思っていた海輝であったが、はっと我に返って壁に掛けられた時計を見た。


「やばっ……もう新入生歓迎会、始まっちゃうよ!」


 彼女の言葉に佐波も慌てて自身のケータイ画面を開く。


「10時50分まであと2分……くそ、こうなったら正面突破するぞ海輝! 数人の上級生くらい、俺達二人で何とかなるだろ!」

「仕方ないわね……うん、覚悟は決まった」

「何云ってるの二人共!?」


 指の関節をべきばきと鳴らす二人をどうやれば止められるだろうか、と始が思案していた所に、彼にとってはベストタイミングで武者教師が例の独特な靴音を響かせながらやってきた。


「お前達、何をしている。もう歓迎会が始まるぞ」


 佐波が小さく舌打ちをしたが、幸運にも高齢教師の耳に入ることはなかった。


「今、戻りますよ……」


 周囲からの視線に苛立ちを覚えつつ、始と海輝の手を引いて自分の席へと帰っていく佐波。


(やっぱ大人は面倒臭い……)


 心の中で棘が刺さったようにごちながら。


 ………


(始まるな……新入生歓迎会……)


 時計の針の進みを一つ一つ見守っていた知多は、長針がもう少しで12とぴったり重なるという直前のところでふと瞼を重ね合わせた。


(まったく、こんなことをしている場合じゃないというのにこの学校は……)


 無意識の内に握り拳に込められた力が強くなる。


(俺も霜越さんに着いていけばよかった。こんな馬鹿げた企画に参加させられるんだったら、向こうで情報収集していた方が何倍も得だっていうのに……)


 心の中では緊張と苛立ちの入り混じった言葉を吐き出すが、公衆の面前であの冷え切った顔は決して見せはしない。


 あくまで周りの生徒に違和感を持たれないよう、眠たそうな振りをする。


 そんな知多に一人の生徒が背後から忍び寄る。


(……? 誰だろう)


 勘の鋭い知多はすぐにその気配を察知したが、敢えて振り返らずに相手が自分に何の用なのかと姿勢を崩さずに待ち構える。


 その誰かは知多に声を掛けることもなく、そのまますっと前の方へと過ぎ去ってしまった。


(いや、違う……)


 一瞬のことだったのでその時は知多も気付かなかったが、その誰かは彼のブレザーの左ポケットに何かを入れていったようだった。紙の端が顔を覗かせている。


(情報委員会の生徒かな? わざわざこんな真似しなくてもメールで済ませればいいのに、村里先輩じゃあるまいし……)


 指先で紙を摘んで中身を広げ、そして知多は何故相手が手紙というわざわざ面倒な方法を取ったのかを知った。


『英知、ピリピリしすぎ! 殺気立ってるぜ? もうちょっと気ぃ抜いてリラックスしとけよ。生徒会からの挑戦状、受けてやろーじゃん!』


(葉月かよ……)


 思わず頬が緩んでしまい、慌てて表情を引き締める。この性格に合わず几帳面そうな丁寧な字体は、確かに彼の友人の筆跡だった。


(あいつもそういうの、よく気付くな……というかあいつくらいか、俺の考えてることが仮面の裏の裏まで分かるような奴は)


 手紙に続きがほんの数文字だけあったので、暖まった瞳でそれを読む。


『PS. 午後7時から六角先輩の家でパーティー』


(なんとまぁ抜け目のない……)


 親友の目論見通りに緊張のほぐれた知多。手紙を折り畳んでポケットにしまい、穏やかな気持ちで新入生歓迎会の始まりを待つのだった。


 その安らぎもあと数分で完全に崩れ去ってしまうことになるのだが。


 ………


 ステージに上がったのは、先程スピーチを披露していた副会長・端野五樹。


「えー、それではこれより私達生徒会による新入生歓迎会を始めます。説明は自分、端野五樹が務めさせて貰います。どうぞよろしく」


 まばらな拍手の中に混じっている、一般生徒からの不安や訝しみの声。


(あーあ、始まんなくてもいいのに……)

(可哀想だな、新入生……)

(いや、他人の心配をしている余裕はないぞ。何でも今年は全校生徒が巻き込まれるらしい)

(はぁ!? ちょっと、何だよそれ!)

(もー、聞いてないっつーの……)


 地獄耳の五樹にはそれらの言葉が聞こえていたが、敢えて注意せずに話を始める。


「この企画は新入生が一日も早く朝焼中学校に慣れてくれるように計画されたもので、皆さん朝焼中学校の校風などを知っていただければ幸いです。私達上級生もその為に微力ながらも協力させて頂きます。この会は他学年とも親睦を深めるという目的も持っています。ですので、どうぞよろしくお願いします」


(スッゲー大嘘……)


 げんなりとした顔でステージ上に目を向ける佐波。英起なんかは背もたれに身を預けて寝かけていたので、後ろの生徒が慌てて彼を起こしていた。


 朝中を嫌う、なんとも彼ららしい反応である。


「……前置きはさておき、今年度の歓迎会の内容を説明していきたいと思います」


 ごくり、と上級生達が喉を鳴らす。


 そんな光景を見下ろす形で目撃した五樹は、周囲に気付かれない程度に唇の端を持ち上げた。


「今年度、生徒会が計画したのは……


 『鬼ごっこ』


 ……です」


 全校生徒の目が点になる。


 ……鬼ごっこ? 鬼ごっこってあれか、幼稚園児なんかが公園でやってるアレのことか?


「新入生の皆さんには、これから公開する人々を同学年または他学年の仲間と協力して捕まえてもらいます」


 ステージの中央にスクリーンが降りてくるのと同時進行で、生徒会役員が体育館の分厚いカーテンを閉めていく。辺りが暗くなった所で、一人でパソコン操作をしていたラナは画像をスクリーンにアップした。


 そこに映し出されたものに、多くの生徒が大きく息を飲む。


「皆さんに捕まえてもらうのはこれらの生徒……朝焼中学校の10の委員会の頂点に立つ者、即ち10人の委員長です」


 ………


 体育館での五樹の言葉は、校内放送を通じて保健室にいた鷲尾深織の耳にも当然入ってきた。


(……鬼ごっこ)


 ずり落ちそうになった眼鏡を抑え、彼女は今日一番に重い溜息を吐いた。


(また奴等は馬鹿げた真似を……何が協力だ、何が親睦を深めるだ)


「……すまぬ、これから少し部屋を留守にする。ここにいても君に迷惑をかけるだけになろう……」


 薄っぺらいカーテン越しに深織は「その子」に声をかける。彼女の声に反応して、もぞもぞと布団のシーツをたぐり寄せる音がした。返事こそないが深織にはそれだけで十分だった。


「まぁ、ここに来る生徒も少ないさ。そこまでして歓迎会に積極的な奴もいないだろうし……」


『補足させていただきますと、委員長が一人も捕獲されなかった場合は新入生のみならず委員長と生徒会役員を除いた生徒全員が「罰ゲーム」を受けてもらうことになります。逆に委員長が捕まった場合は、その委員長一人に対して「責任」を果たしてもらいます。具体的な内容は見てからのお楽しみ、というわけで』


「……」


『委員長全員を捕まえた新入生、または逃げ切った委員長にはきちんとご褒美が出ますので、皆さん頑張って下さいねー』


 棒読みな応援に深織の額にうっすらと青筋が浮かんだように見えたのは……はてさて、幻覚であったのだろうか。


『制限時間は11時から1時丁度までの2時間、学校のチャイムが鳴り終わるまでです。会場は学校の全敷地内。委員長を捕獲する際にはいかなる手段も許可するといたします。

 あ、そうそう。抜け駆け予防策として1時を過ぎるまで朝焼中学校から出ることは堅く禁じさせてもらいます。校門前などには生徒会役員がいますので、脱出者と判断された生徒は「罰ゲーム」を受けて貰います。

 捕らえた委員長は体育館で待機する生徒会のところにまで連れてくるように。なお、一度捕らえられたら再起は不可能とします。連れ帰るまでが鬼ごっこですので、最後まで気を抜かないように。

 質問のある生徒は……はい、いませんね。御理解が早くて助かります。

 ……そろそろ、よろしいでしょうか』


 そうして、


『委員長は今からどうぞご自由にお逃げになって下さい。ただし何度も云うように、学校からは出ないように。敷地内であれば何処へ行こうとも構いません。時間になったら生徒達が追っかけてきますから、なるべく体育館から遠くに逃げることをお薦めします。


 では__鬼ごっこ、開始』


 朝焼中学校の生徒会長・宝洲嘉彦の計画した新入生歓迎会の企画「鬼ごっこ」__もとい、バトルロワイヤルが始められたのであった。


 

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