第3章 二〇〇〇年六月十日
「おはよー」
「おーしげる、おはよー」
昨日とは違ってみんなが積極的に話かけてくる。こいつらはこいつらなりに気を使ってるのだろう。
「昨日の体育どうだった?B組に勝てたのかよ?」
「おまえいねぇのに無理だよ。ただでさえB組バスケ部多いのに」
「俺の重要性がやっとわかったか。これからは俺をあがめろよ」
大丈夫、いつも通り笑える。
チャイムが鳴った。その瞬間、一人で席に着く瞬間どうしようもないものが体の奥底から湧き出してきた。
「ほれ、授業はじめるぞ」
一時間目はまえどぅの古典だった。
「先生、俺おなか痛いから保健室行ってきます」
俺は逃げ出したかった。いち早くこの空間から逃げ出したかった。
「・・・おまえ、大丈夫か」
まえどぅは俺の気持を理解してくれたんだろう。クラス全体がその瞬間に妙な空気に包まれた。この空気自体が俺には耐えきれなかった。
「治ったらちゃんと戻ってこいよ」
保健室に行く気はさらさらなかった。どこかで時間を潰して適当に教室に戻るつもりだった。
「どこ行くかな」
わがN学園は田舎の中高一貫校で、体育館は3つ、グランドが2つの他、サッカー部専用のサッカーグランドまであり、敷地内には寮も完備されている。ようは、馬鹿でかいわけだ。生徒が一人授業中にほっつき歩いたところで見つかる可能性はゼロに近い。隠れるところはいくらでもある。
悩んだ末にサッカー部の部室にきた。部室と言っても、築三十年は経ってるであろう粗末なプレハブ小屋だ。定位置のベンチに腰をおろして昨日からのこと考えた。
正確には昨日までのことだった。美沙がいた時の楽しかった記憶だけを頼りに時間を過ごした。今の状況は考えたくなかった。いや、まだ現実が信じられなかったのかもしれない。
「十一時か」
携帯で時間を確認した。いつもつけている、誕生日美沙にもらった時計は今日つけていなかった。もらってからつけない日はなかったが、どうしても朝つける気にはなれなかった。
マナーモードの携帯が突如震えた。
(そろそろ戻ってこいってまえどぅが言ってるぞ)
前原からメールだった。
私立の進学校では保健室に行った生徒は履歴が残り確認される。もしも確認がとれなかった場合、すぐに生徒指導室行きだ。
昼から授業に復帰した俺は特になにも問いただされなかった。後から聞いた話だが、まえどぅが大分かばってくれていたらしい。
授業が終わって部活に行って、家に帰って寝て、また次の日が来て。
何も変わらない生活が始まった。止まっているのは自分だけかもしれない。その時はそんなやりきれない気持でいっぱいだった。何も変わらない。人が一人死んだくらいでは何も変わらない。