特殊能力者への祈り――――ラインヴァルト・カイナードはいかにして悪魔と契約したのか―
アルフレア大陸ヘルズコミナ共和国・ラトビニュア帝国戦役の最終局面は、空前絶後の総力戦と化していた。
圧倒的な物量差に押さえられ、ヘルズコミナ共和国首都ヘルムートは、
もはや陥落寸前だった。首都を包囲するラトビニュア帝国軍は、雇った傭兵団と正規軍合わせて200万の軍勢が、徐々に輪を縮めていた。
悲鳴と銃殺と爆音の狂奏曲は絶え間なく、容赦なく鳴り響き、街を人を根刮ぎ破壊し、殲滅している。
老若男女、ラトビニュア帝国に敵対する総てを根絶やし――――。
依る大儀さえ手に入れば、総ての人種は残虐になれるという見本地の光景が、至る所で発生していた。
――――そのある場所。
「糞っ、生き残ったのはこれだけかよ?」
掃射を終え、合流した仲間の生存数は彼を入れて三人しかいなかった。
この街区でラトビニュア帝国正規軍の防衛線へ徹底的に浸透し、しらみつぶしに撃破していく工作をしていた傭兵団「ワイルド・ハント」特殊武装機動猟兵大隊「アイスファントム」第4小隊は、彼等を残して ほぼ全滅していた。
傭兵団「ワイルド・ハント」本隊は、今頃安全地域へと離脱している頃だ。第4小隊は、本隊の離脱時間を稼ぐために捨て駒に等しい任務を与えられていた。
もはやどうすることも出来ない。敵軍はまたすぐにでもやってくるはずだ。
特に、ラトビニュア帝国正規軍とラトビニュア帝国陣営に雇われた傭兵団、その中でも「アイスファントム」第4秘密小隊「スリーピングスコーピオン」隊長ラインヴァルト・カイナードに関しては、殺しても殺しても殺し足らないほど敵意と憎悪を抱いている。
降伏などしても、その場でなぶり殺しされるだけだ。
「「ドラゴンスレイヤー」は?」
1人の男―――黒色の頭髪と日焼けをした肌で、二重瞼の眼の騎馬騎士のような精悍な風貌の男性、眼の瞳は青銅色―――ラインヴァルト・カイナードが憔悴した声で尋ねる。
「先ほど、隊長が装甲車に向けて使ったのが最後の一本でしたよ。
これはいよいよ、俺達の終わりが見えてきましたね」
苦笑い気味に軽機関銃を手渡してくるノームの隊員をきつく睨むが、それ以上何もしない。
俺達の終り――――――、そう、ここでの傭兵としての仕事は終了と言うことだ。
首都ヘルムートが敵に蹂躙され、味方が軒並み戦死し、傭兵団「ワイルド・ハント」本隊はここが潮時と 判断し、混乱に乗して戦線離脱。
「まあ、第4小隊は敵味方からも嫌われているから捨て駒にされましたけど、でも、最後の最後は傭兵らしいというか、兵士らしいというか、そんな格好良く闘り合いたいですね。
どうせ降伏したら処刑されるし、逃げようとも逃げられやしないし」
「・・・・そうかな。ジャレッド、パトリック、アリシアの三人なら
こんな状況など屁とも思わずに闘ってるさ。クレメンス。そっちのお前もそう思うだろ?、ローデス」
ラインヴァルトは、先ほどから何も話しかけてこない半獣人の隊員に尋ねた。
その三人は、第4秘密小隊「スリーピングスコーピオン」の各分隊長の名前だ。
「あ・・・その・・・・」
怯えを隠さない表情で、視線を彷徨わせるローデスと言う名前の隊員。
第4小隊に配属されなければ、この様な地獄を経験しなくても済んだことだろう。
これでも、この隊員は敵正規軍兵士と傭兵を女だろうが子供だろうが、
まったく容赦のない闘いを繰り広げていた。
それはラインヴァルトもだが、それ故にラトビニュア帝国正規軍などからは蛇蝎の如く憎まれている。
また、味方の厭戦的な正規軍将兵と脱走傭兵の隠密に処刑などの非合法工作も行っているため、事情を良く知る一部の味方側からも意味嫌われている。クレメンスが言った「嫌われている」とはその様な意味だ。
「ここでの仕事が終わったら・・・我々は・・・第4小隊はどうなってしまうのでしょうか?」
ラインヴァルトは、その質問に明確な返答ができなかった。
「・・・・・」
「僕は、第4小隊のみんなを家族や友人と思っています。いったい、この先・・・」
「知らないな。そんなこと。どうせあれだ。捕虜になれば、戦勝国のラトビニュアが偉そうに、俺達傭兵を悪魔だの非人道的だなと偉そうに裁いて処刑台に送るのさ。戦友。
傭兵団「ワイルド・ハント」も、俺達の事を「その様な名前の者は、我が傭兵団には存在していない。
またその様な小隊も存在していない」とラトビニュア正規軍とそっち側に雇われた傭兵団に説明文書を送るだろうな。まったく嬉しすぎて涙が出てくるぜ」
クレメンスが苦々しげに吐き捨てる。
「だから、俺は投降なんてしない。戦友らを骨の欠片も残さずに魔術や砲撃で吹き飛ばされたんだ。戦友らの仇を――――」
最後までクレメンスは言えなかった。側面からの銃声が連続する。
咄嗟に伏せたラインヴァルト、ローデスは難無く逃れる事が出来たが、
クレメンスは、第一射で頭を吹き飛ばされ、続く一斉射撃で全身を蜂の巣に変えられる。
「糞がっ!!」
また1人、第4小隊隊員があっけない最後を遂げた。
ラインヴァルトは、怒りや絶望の念を抱くことはなかった。抱けば瞬く間に死神に捕らわれる。
ラインヴァルトは故郷スタンブルクに残してきた愛する妻と息子のためにも、この様な所で死ぬわけにはいかない。
だが、状況が状況なだけに生き残れる可能性は零に近いが、傭兵団の義務を果たすことだけを考えている様な余裕はない。
「ローデス、聞こえるかローデスっ!!」
弾幕から逃げのびるため、倒壊しかけたビルらしき陰に転げ込んだ、
ラインヴァルトは、力の限り聞こえるように1人の名を叫んだ。
だがそれに応えるのは5分ほど間隔を置いて、砲弾が落下し閃光と轟音と
爆炎を撒き散らした。
その砲撃により吹き飛ばされたローデスの上半身が、ラインヴァルトのすぐ足下に転がってくる。
血と臓腑の焼ける臭いが、細い路地を充満する。広がってくる血の海に
力無く膝をつきそうになるが、辛うじて踏みとどまる。
「嗚呼・・ラインヴァルト隊長ぉ・・・・」
ラインヴァルトがゆっくりと膝をつける。
「すみません・・・僕は・・・あまりお役に立てませんでしたぁ・・・」
もう一分と保つ事はできないだろう。ローデスは微笑んだのを見て、
ラインヴァルトは彼の手をそっと握る。
「ラインヴァルト隊長・・・・、教えてください・・・、本隊は・・・
こうしている間にも装甲車の音、銃撃は続いている。
ラインヴァルトは、ローデスが助からない事は理解していた。この場所に
高度な治療魔術を使える隊員もいない。この状態では神であろうと救えない。
ならば、今、傭兵であるラインヴァルトがするべき事は銃を握り、敵兵の息遣いに耳を傾けるか、さっさと戦線離脱するかのどれかなのが・・・。
死に逝く戦場の中で、ローデスは切れ切れの言葉で問いかける。
「・・・・恐らく、他の隊員はしぶとく生き残っているし、本隊も救援に来るさ」
ラインヴァルトは短く告げた。助けには絶対に来ないと確信をしているが、これからあの世に逝く者に真実を知らせるよりは、安らかに逝かせるべきだと考えて出鱈目な事を言う。
「それなら・・・・安心・・・です・・・ね・・・・なら・・・ちょっと、休んでも・・・いいですか?・・・・少し疲れ・・・ました・・・」
天を仰ぐラインヴァルトの腕の中、第4小隊隊員ローデスは静かに息を引き取った。血と泥で汚れているものの、微笑を浮かべながら。
「ああ、そうだな。ローデス。ゆっくり休め」
呟くラインヴァルトの表情には、苦笑を浮かべている。
「今にすごく格好良い本隊の戦友達が、こんな状況を全てをひっくり返して、俺達を救援に来てくれるさ!!」
ラインヴァルトは、軽機関銃の弾倉が装填されている事を確認すると、一気にビル陰から躍り出た。
「ここからは誰も先には行かせねぇっ!!、傭兵を舐めるなよっ!」
叫びは無意識に、そして喉も張り裂けんばかりの大声だ。
ローデスが息を引き取った時点で、ラインヴァルトは生きて妻と息子の元に帰還する事を諦め、隊員の仇を討ち糞ったれな死に様で終える方を選択した。
生き残って夜な夜な魘される様な事にはなりたくないためだ。
雄叫びを上げて突撃するラインヴァルトの思考には、妻と子供の貌が浮かんでいたゆえに、続く展開を
予想していたわけでは無論なかった。
敵の砲弾か味方の砲弾か――――それとも両方なのか分からないが、天が爆発かと思うほどの衝撃と光が覆った。
ラインヴァルトは、砲弾ではありえないレベルの破壊力が付近で炸裂したのを悟った。恐らく攻撃魔術系の威力だ。
「(一体・・・何が・・・・)」
ラインヴァルトがいた街区が、ただの焼け野原と化していた。
隊員の遺体も敵の部隊も、残らず吹き飛んでいる。
「(これは・・・なんの冗談なんだよっ!?、まさか・・・味方を巻き添えにしてまで攻撃魔術を・・・・)」
視覚と聴覚が正常な機能を取り戻すまでかなりの時間を要したがそれで、現状を把握する事は出来た。恐らく敵か味方かは分からないが、この街区を攻撃魔術で吹き飛ばしたのだ。敵も味方も関係なく。
ラインヴァルトは即死は免れたというだけで深い傷を負っていながら、敵軍の凄まじい攻勢に戦慄を覚えた。
「・・・ごふっ!!」
爆風で飛ばされてきた鉄骨やコンクリ塊が背中と脇腹に刺さり、骨折と裂傷も相当数な数で負っているのが、激しい痛みでわかる。
吐血が止まらない所を見ると、確実に内臓が潰れている。
「畜生・・畜生っ、俺は――――」
こぼこぼと出る吐血のせいで、発音が出来ない。
焼け野原と化した街区を装甲車を伴ったラトビニュア帝国正規軍と傭兵団、4個連隊規模が鬼の様な形相を浮かべ、隊列を組み進撃してくるのが見える。
苦痛と怒りで叫び声を上げたが、身動き出来ないほど体力を失っていた。
残っているのは強靭な精神力だけだが、それも枯渇してしまいそうだ。
ラインヴァルトは、平和、静けさ、そして責めさいなむような苦痛から
解放を約束してくれる暗闇の誘惑に屈服しそうになる。
闇黒と沈黙の壁が降りて来ようとしたとき、ラインヴァルトの耳に、何かが聞こえた。
「(――――――――)」
そして、無意識に背骨が削られるような嫌な感覚を身体を走り抜けた。
近くの瓦礫の場所で、黒い輝きの陽炎が立ち上がる姿をラインヴァルトは見た。
それは、人の姿に見え、馬の用にも見え、魚の用にも見えたし鳥にも見えた。
そして、そのどれでもないような気もしたが、それはとてつもなく嫌な感覚を覚える。
はたして、瓦礫を踏みしめながら現れたのは――――
白金の髪に右眼の瞳が藍色、左目の瞳が金色のをした華奢な身体の少年の姿が現れた。
服装は魔術師がよく着用しているフード付きの軽装だ。
それを眼に留めて、ラインヴァルトの身体は小刻みに震え出す。
「――――――――」
歯の根が合わないる出血多量で意識が朦朧としているが、身を走り抜ける
悪寒は別の所に原因がある。その少年が放つ悪意と鬼気が原因だが――――
それ以前に、ラインヴァルトを戦慄させた事実があった。
ラインヴァルトは、この者を知っていた。
もとい知っていたというより、良く戦場怪談や都市伝説類で聞いたことのある者だ。
それらはほとんど噂程度のものだが――――――――中には本物がある。
その本物の中の一つが、今、命の灯が消えんとしているラインヴァルトの眼の前に現れた。
普通の人としては、関わることはなく、また関わってはならない者――――――。
それに対する見解はそれぞれで異なる。
崇めるべき対象として、ある者はそれを「王」と呼び――――
討伐すべき対象として、ある者はそれを「獣」と呼び――――
仮初めの信仰対象として、ある者は「神」と呼ぶ――――
その者は、数多の眼、数多の耳、数多の貌を持ち――――
数多の場所、数多の時間と共に存在する者――――
魔術師にはできないことを実現させる能力を授ける者――――名は――――。
「・・・・怪人・・サトゥルヌス・・・・」
ラインヴァルトは西部スタンブルク地域だけで「怪人」と奉られている
呼称で呟く。
そのあまりにも現実離れした状況に、怒り狂うべきなのか、泣き叫ぶべきなのか、判断出来なかった。
いっそ、正気を失えばどれほど楽な事だろうか。
「(我をこの場所へと呼んだ汝よ――――汝は、我から授かろうとしている
力を使い、眠りを解き闇を纏い、暴虐の嵐が荒れ狂う戦場へと怯まず進み、荒れ狂う鉄鎖をうち砕く覚悟はあるか?――――)」
天使のような美声で語りかけてくる。
「あ・・・・ぁぉ・・・・」
こぼこぼと出る血泡のせいで、発音が上手くできない。だが、その自分の気持ちはまだ決まってはいなかった。
生きるか死ぬかの時点で、よりによってまさか戦場怪談などで語られている人外が、自分の目の前に現れるとは思ってもいなかったためだ。
もし、この事が分かっていたらそれなりの選択を用意してはいただろう。
ラインヴァルトは、その様な状況だからより悩んだ。
未知の力を手に入れて、死んでいった戦友達の仇と安らぎを得るか―――。
その未知の力で、傭兵団、いやもとい第4秘密小隊に勝利をもたらすか―
その未知の力で、家族に祝福をもたらすか―――――。
しかし、人外の者が気前よく何の代価もなしに力を授けてくれるわけがないのたが、サトゥルヌスという 人外の戦場怪談などからは、何を捧げれば良いのかは囁かれてはいない。
ラインヴァルトが聞いた噂では、その力で「特殊能力者」として覚醒すれば、残りの人生を、「連合警備隊特殊能力者管理保安部」なる部署で規則管理され大幅な活動自由規制をされるという噂だ。
各大陸連合警備隊にはその様な部署は存在はしていないらしいのだが・・・もちろんラインヴァルトもその様な部署は聞いたこともないため、たんなる怪談類の類だと思っていた。
人外サトゥルヌスに遭遇するまでは―――――
「(汝は―――聖なる血にまみれ、無限に続く戦場に幾千幾万の屍を築き固め、勝利の旗をひらめかせる覚悟はあるか?)」
再び美声で語りかけてきた。
一瞬、脳裏に妻の貌と息子の貌が過ぎった。
眼の前にいる者は紛れもなく悪魔の類に違いないが―――――妻と息子の為にも生き残るなら、ラインヴァルトは・・・・
「・・・・寄越せっ・・・、悪魔だろうが・・・天使だろうが・・・
今の俺には・・関係が・・・ねぇっ!!・・・・その力を・・俺に寄越せっ!」
瀕死の人間が、人外の者に対して偉そうに言えるのは、少なくともラインヴァルトぐらいな者だろう。
「(ならば、汝に闘う武器を与えよう―――――チカラ付きて眠る時には、絶えざる光で照らそう――――これにて契約終了なり―――――)」
ラインヴァルトは、右頬で、耳から顎にかけて鋭い刃で突き刺されたような激痛を感じた。
「(それは契約の証なり――――起ち、行け闘いに――――)」
曇天の空から、一筋の雷光がラインヴァルトに向かって落ち衝突する。
轟く雷鳴、辺り一帯が発光する。
雷光に打たれたラインヴァルトの身体が光に包まれた。
それは痛いというレベルではなかった。まるで皮を剥がされているような・・・その激痛に比例して、何処か遠くの方で鼓動が聞こえてくる。
その音は止まらない。頭の裏側に、何か別の心臓が出来た感触。
「(なんだ・・・これは・・・?――――ぁ――――)」
ギリ・・・ギリ・・と少しずつ骨が削られていく。
しかし、それと同時に別の心臓が活性化していのを感じる。
痛みはすでに限界を超え、この場でのたうち廻りたいほど追い詰められている状況だが、その一瞬、耳元で何かか囁いた。
「(――――――――――――)」
だが、ラインヴァルトは、それが何を言っているのかわからなかった。
不明様なノイズめいた囁きを聞き取れる余裕がない。
全身の痛みはなお激しくなり、ブレーカーが落とされたかの様に視界が遮断された。
その暗闇の中で音が響く。
ガツガツと身体を突き破りかねない鼓動の音が、ノイズと合わさり、言語めいたものと変わっていく。
何処かの国の鎮魂歌かそれとも革命歌か――――――――
内側から溢れ出す意味不明な言語の羅列がラインヴァルトの脳を駆けめぐり、正気を保ってはいられない状況だ。
痛みの激流に抗うように、必死になってすがっていた理性を―――――
「(づぅ―――――ぁぁあっ!!!)」
放してしまった。
ラトビニュア帝国軍正規軍及び傭兵団は焼け野原になった街区を前進しようとしたとき、突然前方に雷光が落ち、稲光の目映さに眼を焼かれて、
一時停滞した。
「いったい・・何が起こったんだ!?」
正規軍兵士が口々で叫び始める。新手の攻撃魔術を受けたのではないかと、判断した指揮官らは補助魔術を唱えた。
しかし、2度目の魔術攻撃はなかった。
ラトビニュア帝国軍正規軍及び傭兵団は再び隊列を組んで前進した。
傭兵団の大隊が雷光が落ちた場所まで進んだ時、鼓膜を無気味な鳴動が震わせた。
傭兵大隊がそれが叫び声だと分かったのは、しばらくしてからだった。
だが、これほど怨嗟と赫怒に彩られた咆哮を耳にしたのは、初めてだった。
「をいをい・・・召喚獣までいるのかよっ!?」
大隊にいる傭兵の1人が呻き声を上げた。
そのあまりにも怨念に満ちた響きに、全員の動きが止まった。
傭兵らは最初地獄の底で蠢く死霊の雄叫びかと思ったほどだった。
そして傭兵大隊の前に、目の前に、全身を闘気を纏い、両眼を爛々と銀光を発した者が現れた。
その者の瞳は、闇よりも深い闇の奥底から、凄まじい雄叫びを発していた。
数多の激戦場を這いずり廻ってきた傭兵大隊は、その刹那誰も彼も恐怖という悪寒を感じた。
気づいた時には、誰も彼もが疾風となって、肉薄しようとしているその者に向けて銃を掃射していた。
だが、それらの銃弾はその者の影すら捕らえる事はできぬまま、逆にその者が手に持っていた自動式拳銃で、眉間に第三の目を開けられて死体と変えられていく。機関銃のような速さだ。
怒号と悲鳴が飛び交うが、誰もその者の進行を止める事はてぎない。
その者は、銃を持っていない手を前に出すと、ちりちりと焦げるような電流が空間一帯に広がらせ、
空間が陽炎のように揺れて弾けさせる。
そのぶれるような残像が、一つの物質―――――銃器を結像させていく。
その光景を見た大隊長が愕然とした声で言う。
「馬・・馬鹿なっ!?、いったい何者だっ、奴は!?、通信兵っ、
通信兵っ、至急司令部に繋げっ!!」
たった1人の正体不明の者による攻撃で、みるまに死傷者が続出した。
「衛生兵っ、衛生兵っ!!」
あちらこちらで衛生兵を呼ぶ声がする。彼等も応戦はしているのたが、
疾風となって肉薄する敵に、銃弾がまったく当たらない。
その動きは尋常ではない。
あまりの速さは、まさしく血に飢えた獣の動きだった。
――――どれだけ気を失っていたのだろうか。
ラインヴァルトは、曇天の戦場の空を見上げていた。
両手には自動拳銃を握り、血の臭いと硝煙が全身を包み込んでいた。
「(ここは・・・?、何処だ?、俺は何で独りきりで――――)」
気を失う前に、何かとてつもない不快で不気味で恐ろしい者を見たような気がしていた。だが、それが何なのか思い出せない。
それと、別に曇天の空を観たいために見上げてはいない。
だだ、見たくないから、逃避するように曇天の空を見上げている。
「(――――――――)」
地面をつたって手を塗らす、この粘っこい液体が何であるかは知っていた。
ラインヴァルトは下を見た。眼に飛び込んできたのは、殺戮の跡だった。
そこには、無数の銃弾の薬莢、血と肉塊と汚物の海――――――――
一体何人が犠牲になったのか、飛び散った傭兵や正規軍兵士の形も残っていない残骸を入れると、予想も出来ない。
「ぐっ―――――げえぇっ!!」
内蔵ごと身体が裏返りかねない勢いで、ラインヴァルトは吐瀉物を吐き散らした。
頭の中で無数の思考が乱反射する。
最悪な気分だった。
血臭に反吐の臭いが混じる。
「畜生・・・、これは・・・俺が殺っちまったことなのかよ・・・!!」
そして、思い出した。思い出したくもなかったが思い出してしまった。
「俺は・・・「特殊能力者」になったのか・・・」
呻くように呟く。
囲十メートルには、首や手足が血だまり転がっている。
自分の身体を見ると、怪我を負っていたはずなのに傷が見当たらない。
動くのもやっとのはずの瀕死だったはずなのに―――――。
ラインヴァルトは、その事を疑問に思う事も、惚けることもしなかった。
「特殊能力者」となったのであれば、一刻も早く、それなりの手を打たなくてはならないと判断し、体を翻してその場を早足に立ち去っていく。
だが、それもこの戦場から無事離脱してからになる―――――