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私は今も、アルベニア王国の神殿にいる。
「大聖女」という肩書きは、すでに返上した。
その代わりに、新しい役職が作られた——「王国医療顧問」。
聖なる力ではなく、医療の知識を持った実務者として、正式に働く立場だ。
ルカスが私の助手になった。
私は自分が知っていることを全て教えた。
薬草の使い方、傷の洗浄、感染の予防、産後ケア——現代医療の基礎を、この世界の言葉に置き換えて。
「先生が積み上げてきたことを、私たちが引き継ぎます」とルカスは言った。
先生、と呼ばれた時、少しだけ泣きそうになった。
魔族との協働も少しずつ進んでいる。
魔族側は王国よりも医療面で進んでいたらしく、看護人と呼ばれる者たちと医療知識の交流をしている。
*
ヴィルとは、月に一度は会っている。
交渉の場で。あるいは、中立の街の小さな食堂で。あるいは、野原の真ん中で、二人でただ話すために。
夢の庭園には、今も行く。
でも今は、現実でも会えることを知っているから——夢の中の時間は、焦りではなく、純粋な喜びに満ちている。
「今日、ルカスがまた薬草を間違えかけた」
「懲りない男だな」
「でも、気づいて自分で止めたの。成長してるわ」
「カオリの弟子だな」
「うれしいような、複雑なような」
「複雑というのは?」
「私の悪いところも、ちゃんと受け継いでそうで」
「——悪いところとは」
「考える前に動くところ」
「それは悪いところではない」とヴィルは言った。
「少なくとも、君においては」
「魔王様にそう言ってもらえると、光栄ね」
「魔王様と呼ぶな。ヴィルと呼べ」
「ヴィル」
「……なんだ」
「ありがとう」
「何の礼だ」
「全部」
彼はしばらく黙って、それから静かに言った。
「……私もだ」
*
夢の庭園の薔薇が、今までで一番美しく咲いていた。
「きれい」と私は言った。
「そうだな」とヴィルは言った。でも、彼は薔薇ではなく私を見ていた。
「薔薇を見てよ」
「見ている」
「私を見てるじゃない」
「どちらも、きれいだから同じだ」
私は呆れて笑った。
「——そういうこと、さらっと言うのね」
「事実を述べているだけだ」
「魔王様はそういうことだけ饒舌になる」
「それほど、事実が語りかけてくるということだ」
夜風が吹いて、薔薇の花びらが一枚、テーブルの上に舞い落ちた。
「カオリ」
「うん」
「来年の追悼の日——一緒に、丘に行きたい」
「……二人で?」
「そうだ。私の民と、君が助けた人間たちの、両方のために」
私は花びらを見つめた。
「うん」と私は言った。
「一緒に行こう」
「約束だ」
「約束ね」
庭園の月が、今夜は特別大きく見えた。
夢の中の時間は、いつか終わるかもしれない。
でも、現実の時間は——これからも続いていく。
それでいい、と思った。
夢の中でしか会えなかった人と、現実で隣に座れるようになったのだから。
偽者の聖女は、本物を手に入れた。
それは奇跡ではなく——ただの人間が、泥まみれで、嘘をつきながら、それでも正直でいようとして、ぐちゃぐちゃのまま前に進んだ結果だった。




