三つ巴の不時着(ランディング)
「……チッ、不発か」
少佐は、手にした十四年式拳銃の遊底を二度引き、排莢された金色の薬莢が湿った草の上に落ちる乾いた音を聞いた。
視界を覆うのは、帝都の防空壕で見たような暗闇ではない。見たこともないほど巨大なシダ植物が、粘り気のある熱気を帯びて生い茂る、異様な緑の海だ。
九四式六輪自動貨車のボンネットからは、白い蒸気が無念そうに噴き出している。
荷台に積まれた一三〇億円相当の「日輪の遺産」——日本の未来を繋ぐはずだった金塊は、今はただ、ひっくり返りかけた車体を地面に繋ぎ止める重石でしかなかった。
「……お主、何奴だ。その奇妙な鉄の獣を操る妖術師か。それとも、薩摩の隠密か」
背後から突きつけられた冷徹な声に、少佐はゆっくりと両手を挙げた。
振り返ると、そこには時代錯誤な浅葱色のダンダラ羽織を纏った男が立っていた。抜き放たれた白刃が、雲間に浮かぶ「二つの月」を冷たく反射している。男の足元には、南部盛岡の雪を思わせる、鋭利で泥臭い殺気が渦巻いていた。
「私は大日本帝国陸軍の少佐だ。……薩摩の隠密ではないが、出身は鹿児島だ。貴公、その格好……まさか、新選組か? 映画の撮影所でもあるまいに」
「しんせんぐみ……? さつま……?」
男の眉間に深い皺が寄る。鯉口を切る音が静寂に響いたその時、二人の間に、場違いに明るい電子音が鳴り響いた。
『ピロリン♪』
「あー、マジ最悪。電波一本も立たないんだけど。ここ圏外? てか、おじさんたち、コスプレのクオリティ高すぎ。それ自撮りしていい? 映えるわー」
二人の武人が呆然と視線を向けると、そこにはトラックのタイヤに腰を下ろし、淡く光るガラスの板——スマートフォンを見つめる少女がいた。
短いスカートに紺色のセーター。ルーズソックスを履いた足元には、どこかのアパレルショップの紙袋が転がっている。
「……娘、貴様。その格好は何だ。どこの女学校だ」
少佐が困惑しながら問うと、女子高生は面倒くさそうに前髪を払った。
「JKだよ、見ればわかるでしょ。……てか、おじさん。その腰のテッポウ、本物? 130億とか言ってたけど、それ強盗の隠し金? だったら私、通報するよ。あ、警察も繋がんないんだった」
◇
新選組の男が、刀を構えたまま震える声で呟いた。
「……江戸は、どうなった。将軍様は……」
新選組の男が、絞り出すような声で問いかけた。女子高生は、面倒くさそうに前髪を払い、スマホの画面から目を離さずに答える。
「え、江戸? 江戸なんてもうないよ。今は東京。あ、でも歴史の授業でやったわ。江戸時代って、超昔に終わったんでしょ? 徳川さんとか、もう教科書の中の人だし。今は総理大臣がやってるから」
「……きょうかしょ? 徳川の世が、終わっただと……!?」
新選組の男が、誇り高き魂にヒビが入ったような顔で絶句する。 対照的に、少佐は冷徹な眼光を少女に向けた。
「娘。貴様、東京が……帝都が、どうなったと言った。陸軍はどうした。戦争の結末はどうなった」
「えー、戦争? ああ、昭和のやつ? あれ、日本負けちゃうんだよね。マッカーサーとか来て。でもその後、なんか経済でめっちゃ頑張って、今はアニメとかアイドルとかすごいよ。あ、でも最近は物価高くてマジ詰んでるけど」
少佐の指が、十四年式拳銃のグリップの上で凍りついた。 自分がこのトラックに積み、命を懸けて隠匿しようとしている「日輪の遺産」は、敗戦後の日本を再興させるための、文字通り最後の希望だ。それが、未来の小娘の口から
「負けたけど、今はアニメがすごい」 という、軽薄な一言で片付けられた。
「……負けた、だと? この金塊を、……一三〇億を費やしてもか」
「てかおじさん、130億ってそんなにドヤる額じゃないよ? 某通販サイトの社長とか、一回宇宙行くのにそれくらい使ってたし」
「……うちゅう……? 社長……?」
少佐は自分の握りしめた軍票(十円札)を見つめた。 新選組は一分銀を見つめた。 女子高生は、電波の入らないスマホの、残高ゼロの画面を見つめた。
「……新選組。貴公、さっき『江戸が消えた』と嘆いていたな」
少佐が、自嘲気味に吐き捨てた。
「案ずるな。私の信じた『帝国』も、どうやらこの娘の時代では、ただの紙の上の昔話に成り下がっているようだ。……貴公の刀も、私の銃も、未来では『こすぷれ』の道具に過ぎんらしいぞ」
「……ふん。ならば、この『ひのもと』ではない異世界とやらで、どちらが真の武士か、はっきりさせるのも一興かもしれんな。……薩摩の末裔よ」
◇
「……おなご、少し静かにしてくれぬか。向こうから、何やら『不浄な気』が近づいておる」
新選組の男——吉村と名乗ったその男は、南部盛岡の訛りを微かに残した穏やかな声で言った。彼は焚き火にくべる枝を探す手を止めず、ただ首を少し傾けただけだった。
森の奥から、地響きと共に現れたのは、体長四メートルはあろうかという巨大な トロール だった。岩のような皮膚に、粘つく涎を垂らした三つの目。異世界ならば村一つを滅ぼす災厄だが、この三人にとっては「話の腰を折る邪魔者」に過ぎない。
「ギャオオオオンッ!」
鼓膜を震わせる咆哮。女子高生が「うわっ、キモ! 鳴き声デカすぎ!」と耳を塞ぐ。
「……少佐殿。あれは、お主の『じゅう』というやつで仕留めるのか?」
少佐は、トラックの荷台に腰掛けたまま、煙草の灰を金塊の入った木箱の上に落とした。
「……断る。一発五銭の弾丸だ。あんな泥の塊のような化け物に使うのは、国家予算の無駄遣いというものだ。貴公がやれ。刀なら、研げばタダだろう」
「……はは、相変わらず薩摩の御方は合理的でいらっしゃる。……では、お国の家族に米を食わせるつもりで、一丁、片付けて参りましょう」
吉村は、ふらりと立ち上がった。北辰一刀流の構え。だが、その構えには殺気がない。ただ、日常の家事でもするかのような、恐ろしいほど自然な動きだった。
トロールが巨大な丸太を振り下ろす。
次の瞬間、空気が「裂けた」。
「——しっ」
鋭い呼気と共に、鈍い銀光が一閃した。
トロールの巨体が、まるで熟しすぎた瓜のように、音もなく真っ二つに分かたれる。鮮血が舞う前に、吉村はすでに刀の血を払い、鞘に収めていた。
「……お見事。北辰一刀流か。……やはり貴公らのような手合いを、明治の世に放り込まなくて正解だったかもしれんな」
少佐が冷淡に言うと、吉村は「へへっ」と人懐っこく笑い、再び焚き火の番に戻った。
「さて、おなご。さっきの続きを聞かせてくれ。お主の時代では、南部盛岡は……岩手県といったかな。そこでは、誰もが腹一杯、白い米を食えるというのは本当か?」
女子高生は、真っ二つになったトロールの死体には目もくれず、スマホの充電残量を見て顔をしかめた。
「だから、言ったじゃん。米どころか、パンもパスタも食べきれなくて捨ててるレベルだよ。……それより、吉村さん。今の、動画撮り損ねたんだけど。もう一匹来ないかな? TikTokでバズりそうだし」
「……ちくとく? 爆薬か何かか? それより少佐殿、さっきの『じゅうさんじゅうおく』という話、もう一度詳しく……。その金があれば、盛岡の冬を越すのも容易いのでしょうな」
「……馬鹿を言え。そんな大金を一気に市場へ流せば、インフレで南部どころか日本が破綻する」
異世界の怪物の死体が転がる傍らで、三人は再び、一三〇億円と白い米、そして充電残量の話に戻っていった。
◇「富」の価値が崩壊する瞬間
新選組(懐から天保通宝や一分銀を取り出して):
「これが拙者の禄……。この四角い銀貨一枚で、どれほどの酒と飯が食えるか。おなご、これを見よ、これが天下の貨幣よ」
女子高生(ジロジロ見て):
「えー、すごい! 本物の骨董品じゃん。あ、でもこれ、教科書で見たやつだ。 『和同開珎』 でしょ? 超ウケる、歴史の資料集から出てきたみたい!」
少佐(額に青筋を立てて):
「……娘。それは幕末の貨幣だ。和同開珎とは千年以上も差がある。貴様、学校で何を学んできたのだ……」
新選組(愕然として):
「せ、せんねん……? 拙者の給金は、千年も昔の古銭扱いか……? 徳川の世は、そんなに古臭いというのか……」
少佐(自らのカバンから軍票を取り出し):
「落ち着け。今の日本……いや、私の時代の日本にはこれがある。軍票だ。これこそが帝国の信用、大東亜の平和を支える……」
女子高生(チラッと見て):
「あー、なんかおじいちゃん家で見たことあるかも、その古いお札。でも私、今現金とか一円も持ってないんだよね。」
少佐・新選組:
「「な……!? 銭を持たずにどうやって生きているのだ!?」」
女子高生:
「これだよ、これ。この画面にバーコード出して、 『ピッ』 てすれば終わり。数字が減るだけだから、お金触る必要ないし。お財布出すのとかマジだるくない?」
新選組(腰を抜かす):
「……鏡に映った画に、ピッ、だと……? 妖術か、狐に化かされているのか……」
少佐(頭を抱えて):
「金が……数字だけで動く……? 信用とは、国家とは何だ……。我が軍がこのトラックで運んできた金塊は、未来では『ピッ』に負けるというのか……」
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