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亡霊と希望のダンス

 瓦礫の山から始まったラーヴェンの再興は、皮肉なことに、マサトという共通の重石を失ったことで「欲望の泥沼」へと沈み込んでいた。

 中央区クボタの配給所前。一人の人間の老婆が、列を横切ろうとした獣人の子供を、激しい罵声と共に突き飛ばした。

「どきなさいよ、この薄汚い化け物! 薬を飲まないでいいってことは、あんたたちの面を我慢しなきゃいけないってことじゃないわよ!」

 子供の父親が牙を剥き、老婆の首根っこを掴み上げる。周囲の人間が加勢し、瞬く間に「広場」は血生臭い衝突の予感に震えだした。

 そこにルカとゼフが駆け込んだが、民衆の憎しみという巨大な壁の前では、二人の叫びもかき消されるばかりだった。

「――うるさいわね。せっかくのお茶の時間が台無しだわ」

 静かだが、鼓膜を直接刺すような冷徹な声。

 広場を囲む建物の二階、窓際で紅茶を啜っていたのはルシェだった。彼女は黒基調のゴシック制服の袖を整え、耳元で大量のシルバーリングをジャラリと鳴らす。

「『漆黒のブラック・ドーム』」

 彼女が掌を動かした瞬間、老婆と獣人の親子を隔てるように、漆黒の影の壁が急激に隆起した。衝突していた双方の勢力が、強制的に引き剥がされる。

「だ、誰だ!? 何の真似だ!」

「名乗ってあげる義理はないわよ、モンキーさんたち。……そこから一歩でも出ようとしたら、影のトゲで全身に風穴を開けてあげるから。覚悟なさい」

 ルシェは不敵な、あるいは極悪ないじめっ子のような笑みを浮かべ、長い黒髪を跳ね上げた。彼女は誰かを助けているのではない。ただ自分の「静寂なわばり」を乱した者への嫌がらせを装って、一方的な殺戮を止めていた。

「ルシェ! 君も来てくれたのか!」

「勘違いしないで、ルカ。……あー、面倒。アイリス、あとのバカ共は任せたわよ」

「了解ーっ! やっほー皆、盛り上がってるー!?」

 ルシェの影から、氷の結晶を撒き散らしながらアイリスが舞い降りた。スポーティギャルウェアに身を包み、雪豹の太い尻尾をブンブンと振り回す。

「やばくね? 喧嘩とかマジ体力無駄じゃない? 熱いのもだるいからさ……全員、カチコチになって思考停止しよっか!」

 アイリスが指先を鳴らすと、興奮した暴徒たちの足元が瞬時に氷結し、転倒。冷気で物理的に熱を冷まされた人々は、あまりの温度差に立ち尽くす。

「……楽しさは、まだ分からない。……けど、こういう冷たい景色、ラベルの貼りがいがあるねっ!」

 広場がアイリスとルシェの魔法で制圧される中、騒乱に乗じて火を放とうとしていた煽動者の前に、一人の少女が立ちはだかった。

「……す、すみません。……そこ、燃やさないで……。火、もう十分間に合ってる、から……」

 狼耳を不安げに倒したネフェリシェだ。彼女は大きな真鍮の杖を胸元で抱きしめ、おどおどとした動作で、杖を煽動者の方へ向けた。

「私……何にもないけど、火の粉を止めることだけなら……落第はしてない……はず、ですから!」

 彼女が杖を叩きつけると、建物に燃え移ろうとしていた炎が吸い取られるように消滅する。ネフェリシェは感謝をされる前に「役に立ててますか!?」とルカの方を向き、彼に頷かれると真っ赤になって煙を噴いた。

 背後からは、逃げ遅れた負傷者を素早く治療するセオと、それを護衛する影があった。

 鋼鉄の手甲を装着したハクア。彼は何も語らず、暗闇の中で誰にも気づかれないほどの精密さで、武器を隠し持った者たちの腕だけを、細い鋼線でピン留めしていく。

「……ニア、そこは右だ」

「うん、ハクア! ……あ、そこ。悪い気配、透けて見えたよ。バーンッ!」

 ハクアの背中に張り付いたニアがM1911の銃口を向け、暴徒の凶器を正確に弾き飛ばす。二人の間に「契約」ではない、もっと粘り強く依存に近い温かさが流れているのを、フィラは広場の反対側から見守っていた。

 フィラはマントを脱ぎ捨て、旧政権の将校服の上に地味な市民用コートを羽織っていた。だが、腰にいた紅鳴だけは変わらない。

 彼女は自分に投げつけられた「人殺し」の言葉を無表情に受け止め、それでも暴徒たちの進撃を身体一つで止める。

「……自分には、説得する言葉などない。……だが、王がいない世界でも。人は、隣人を斬る理由を自らで見つけなければならない。……それが嫌なら、退け。自分は、退かない」

 亡霊たちが、かつてのマサトの『腕』としての機能を超えて、バラバラな意志で希望と踊り始めている。

 それは英雄たちの凱旋ではない。それぞれが自らの罪や不全を抱えながら、自分勝手な理由で平和の破片を拾い集める、ひどく不器用な再建だった。

「……ヴェロニカさん、見ないの?」

 広場を見下ろす静かなカフェ。そこには、腕時計を確認しながらコーヒーを嗜むヴェロニカの姿があった。オッドアイを輝かせ、支配者という役職を捨てた彼女は、もはやこの争いにも介入しない。

「支配も投資も、今の私には過大評価オーバーキルよ。……あの少年の物語がどう転がるのか。一番高い席から、見物させてもらうだけ。……懐中時計がなくたって、退屈な時間だけはたっぷりあるのだから」

 ルカは、そんな彼女たちや仲間の姿を見回し、唇を噛んだ。

 解決していない問題は、山積している。獣人差別。マサトの行方。再建の綻び。

 それでも。

 かつての殺戮人形たちが、こうして生身で立ち、迷い、不格好に誰かを守ろうとしているその姿こそが、自分が死ぬ気で奪い返した「明日の正体」であると確信していた。


 崩れかけの世界というフロアで、ルカたちは再び足を踏み出した。

 曲もリズムも滅茶苦茶だが、一秒一秒が、自分たちだけの不純な熱気に満ちていた。

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