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ゼフの告白とミラの秘密

 地下拠点の奥、医療用ポッドの微かな駆動音だけが、死を待つような静寂の中に響いていた。

 ルカはポッドの横で、半透明の蓋越しにゼフの顔を見つめていた。シャルの『星穿ち』によって負った傷は、医療ポッドの再生機能をもってしても、完全には塞がっていない。ゼフの顔色は紙のように白く、時折、苦しげに眉を寄せるたびに、心電図の波形が危うく跳ね上がった。

「……ルカ……そこに、いるか……」

 不意に、ゼフの瞳がかすかに開いた。焦点の合わない目が、必死にルカの姿を探している。

「ゼフ! ああ、ここにいる。喋るな、今は安静に――」

「……いや、今、言わなきゃ……もう……二度と、言えない気がするんだ」

 ゼフは震える手で、ルカの腕を掴んだ。その力は驚くほど弱く、けれど、逃れられないほどの切実さを伴っていた。

「六年前の、あの日……。俺、お前に嘘をついてた……」

 ルカの心臓が、嫌な音を立てて鳴った。第25章で、死の淵の彼が言いかけた言葉。

「広場で、マサトの連中が電波を放った時……俺、お前を連れて逃げたよな。……でも、本当は……俺、見てたんだ。お前の親父さんが……エドさんが、どうしてお前を俺に託したか」

 ゼフの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

「エドさんは、反政府運動のリーダーの一人だったんだ。……マサト王の計画を、一番最初に見抜いて、止めようとしてた。……でも、あの日、親父さんは俺を呼んで、こう言ったんだ。『ルカを頼む。あの子の記憶だけは、汚させないでくれ。俺たちの戦いを忘れさせて、普通の少年として生きさせてくれ』って……」

 ルカは、言葉を失った。父さんは、被害者ではなく、最初からマサトと戦っていた戦士だった。

「……俺、親父さんの頼みを守りたかった。だから、お前が洗脳電波で過去を忘れていくのを、黙って見てた。……お前が何も知らずに笑っているのを見て、俺は……俺だけが覚えている罪悪感から、逃げてたんだ。……ルカ、俺はお前のせいで生きてる。……そんなの、罪だよな」

 ゼフの告白。

 それは、親友を「普通の日常」に繋ぎ止めるための、あまりにも重すぎる愛の鎖だった。ルカを守るために嘘を吐き、ルカが「戦う理由」を思い出さないように祈り続けてきた六年間の苦悩が、今、血と共に溢れ出していた。

「……そんなの、罪なんかじゃないよ、ゼフ」

 ルカは、ゼフの手を強く握り返した。

「ありがとう。……僕を、今日まで守ってくれて。……でも、もう大丈夫だ。父さんの意志も、君の苦しみも、全部僕が引き受けるから」

 ゼフは、満足げに微かな笑みを浮かべると、再び深い眠りへと落ちていった。

 ルカがその場で崩れ落ちるように膝をついた時、部屋の隅でずっと気配を消していたミラが、静かに歩み寄ってきた。

「……ルカ。私も、隠していたことがあるの」

 ミラの手には、セオの端末から抜き出したと思われる一枚のディスクが握られていた。

「……第5章で話した、私の母さんのこと。……私、革命に参加した本当の理由は、母さんを探すためだけじゃない。……母さんが『どこに』いるか、確信があったから」

 ミラがディスクを起動させると、ホログラムの画面に、政府の機密文書が展開された。

『第七施設・強制被験者リスト』

 その最上段に、ミラの母親の名前があった。そして、そのすぐ下――。

「見て、ルカ。……この名前」

 ミラの指が指し示した場所。そこには、ルカたちが戦場で何度も対峙した「敵」の名前が記されていた。

『被験体番号:012。本名:エヴァンジェリン・ルサルカ・レヴィアタン。現呼称:イヴ』

「イヴ……!? あの、水色の髪の竜人が……被験者?」

 ルカは驚愕に目を見開いた。マサトに従う忠実なメイド。感情を削られ、冷徹に任務をこなすあの少女が、実は強制的に魂を書き換えられた「被害者」の一人だったのだ。

「……母さんも、きっとイヴと同じ場所にいる。……第七施設の深部、『処理室』と呼ばれるエリアに」

 ミラは俯き、長い髪で顔を隠した。

「……私、一人でも行くつもりだった。母さんに会って、連れ戻すために。……でも、今のルカなら、一緒に行ってくれる……そう思ったの」

 ミラの秘密。それは、母への愛という名の、孤独な復讐心だった。

 ルカは、ミラの震える肩に手を置いた。

「……一人で行かせないよ、ミラ。……父さんも、ミラの母さんも、そして……イヴも。みんな、あそこから連れ戻そう。……もう誰にも、大切な人を奪わせない」

 地下拠点の冷たい空気の中で、バラバラだった少年たちの運命が、一つの太い線へと収束していく。

 ゼフの告白がルカに戦う意味を与え、ミラの秘密が、敵の中にさえ「救うべき魂」があることを教えた。

 

 その時、拠点のモニターが緊急警報を鳴らした。

 第七施設の警備配置が、大幅に変更されたという合図。

 ルカは立ち上がり、背後に置かれた父の形見のコートを羽織った。

 

「……行こう。……今度こそ、僕たちが『光』を奪い返す番だ」

 雨の夜が明け、薄暗い黎明がバーデ区の空を白く染めようとしていた。

 ルカ、ミラ、そしてセオとノア。

 残された者たちの、最後の戦いが今、始まろうとしていた。

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