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初めての大敗

 降り続く雨は、すべてを拒絶するように冷たかった。

 ラーヴェン郊外、補助電波塔の鉄骨が複雑に絡み合う足場の上で、ルカは瀕死のゼフを抱えて立ち尽くしていた。

 作戦は、完璧なはずだった。セオが提供したバックドアを使い、ノアの停止装置をメインサーバーに接続する。そうすれば、この一帯の洗脳電波は止まり、父やミラたちの家族を救い出す「最初の灯火」が灯るはずだったのだ。

 だが、現実はあまりにも残酷だった。

「――ねえ、怖い? 私のこと」

 頭上から降りてきたのは、死神の囁きよりも甘く、そして無機質な声だった。

 ルカが顔を上げると、雨に濡れた鉄骨の上に、シャルが静かに舞い降りていた。

 白い翼を大きく広げ、水晶の角を淡く発光させたその姿は、夜闇の中で浮き上がる宗教画のように神々しく、同時に悍ましかった。彼女の指先には、再び凝縮された星の光が集まっている。

「……シャル……! どうして、邪魔をするんだ!」

「シャル、お仕事してるだけ。……マサト、悲しませたくない。それだけ」

 シャルは感情の欠落した瞳でルカを見下ろすと、躊躇なく指先を向けた。

 閃光。

 ルカが反応するよりも早く、シャルの放った『星穿ち』が、すでにぼろぼろだった電波塔の制御パネルを粉々に砕き散らした。火花が散り、ノアが命懸けで持ち出した停止装置が、無残な鉄の塊へと変わる。

「あ……ああ……!」

 ルカは崩れ落ちた。唯一の希望が、一瞬の光で焼き切られたのだ。

 背後からは、内務省の増援部隊のサイレンが迫っている。逃げ場はない。

「ルカ……逃げろ……早く……」

 腕の中で、ゼフが掠れた声を絞り出した。シャルの狙撃によって肩を深く焼かれた彼の体からは、熱い血が雨に混じって流れ続けている。

「何を言ってるんだ! ゼフを置いていけるわけないだろ!」

「……いいから。……俺は、もう……ダメだ」

 ゼフが、震える手でルカの襟元を掴んだ。

「ルカ。……俺、お前に……ずっと、言わなきゃいけないことが……あって……」

 ゼフの瞳に、今までにない必死な光が宿った。

「六年前のあの日……本当は……俺……」

 ゼフの唇が、ルカの耳元で震える。

 それは、彼が一生をかけて墓場まで持っていこうとしていた秘密か、あるいは、たった一人の友に伝えたかった最後の遺言か。

 だが、その言葉がルカの心に届くことはなかった。

「――はい、おしまい」

 シャルの声とともに、凄まじい衝撃波がルカたちのすぐ側で爆発した。

 爆風が二人を吹き飛ばす。ルカは地面に叩きつけられ、視界が真っ赤に染まった。

「……ゼフ!? ゼフ!」

 泥にまみれながら叫ぶが、返事はない。ゼフは数メートル先で、ピクリとも動かずに横たわっていた。その瞳は閉じられ、言いかけの言葉は、雨音の中に完全に溶けて消えてしまった。

「……あ、寝ちゃった。……つまんない」

 シャルは翼を羽ばたかせ、ゆっくりとルカの目の前に着地した。

 彼女はルカの絶望に満ちた顔を、不思議そうに覗き込んだ。そのアイスブルーの瞳には、哀れみも勝ち誇った悦びもない。ただ、目の前の『星』が消えかかっているのを眺めるような、空虚な観察だけがあった。

「ねえ、ルカ。なんで泣くの? ……悲しい、って、どんな感じ? シャルに、教えてよ」

 ルカは言葉を失った。

 目の前にいる少女は、人間ではない。感情という概念さえ持たない、ただの美しい破壊兵器だ。そんな存在に、すべてを奪われたのだ。

 作戦は失敗。親友は生死を彷徨い、父を救う手がかりさえも失った。

 これ以上ないほど完全な、そして惨めな大敗だった。

「……嫌だ……こんなの、嫌だ……!」

 ルカは泥を掴み、叫んだ。

 雨は依然として激しく降り続き、ルカの慟哭を塗り潰していく。

 シャルの白い翼が、雨夜の中で美しく翻った。

「……バイバイ、ルカ。……また、次も、シャルが勝つね」

 シャルはそのまま、夜空へと消えていった。

 後に残されたのは、煙を上げる電波塔の残骸と、冷たい土の上で動かなくなったゼフ、そして、初めて自分の無力さに打ちひしがれた、一人の少年の叫びだけだった。

 革命軍、初めての大敗。

 それは、マサト王が築き上げた独裁という名の壁が、いかに高く、そして冷酷であるかを、彼らの魂に深く刻み込む夜となった。

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