白亜の揺籃——普通を踏み外した日
四歳を過ぎた頃、わたくしはようやく近所の子どもたちと遊ぶ機会を与えられました。
両親が、わざわざそう段取りをつけたのです。
「優秀な子ども」が孤立しないように、と。
集められたのは、同い年から少し上の子どもたち。
庭に布製のボールが置かれ、簡単な鬼ごっこが始まります。
走る音、笑う声、転んで泣く声。
そこまでは、よくある「子どもの遊び」でした。
けれど、些細なことから歪みは生まれます。
一人の男の子が、転んだ女の子を見て、わざと笑いました。
「わー、また転んだ! お前、いつも転ぶな!」
言葉の表面はからかい。
けれど、その声の高さと、笑い終わったあとの息の詰まり方が示すのは、別の感情でした。
(……心配、している)
彼は、自分が彼女に近づけば「変に思われる」のが怖いのです。
だから、笑う。
笑うことでしか、近づけない。
女の子の目には、悔しさの涙がにじんでいました。
唇が震え、拳を握る。
わたくしは、つい、口を挟んでしまいました。
「そんな言い方をなさると、嫌われますわよ」
男の子がこちらを見る。
女の子もこちらを見る。
「あなた、本当は転んだのが心配で、でも素直に『大丈夫か』と言えないのでしょう?」
空気が、凍りました。
男の子の顔が真っ赤になります。
「ちがっ……!」
そう叫びかけた彼の声が裏返り、そのまま泣き声に変わってしまいました。
女の子も、わたくしを見て涙をこぼします。
「きもちわるい……」
彼女はそう呟きました。
「なんでそんなこと、わかるの……?」
子どもたちの視線が、一斉にわたくしから離れていきます。
さきほどまでそばに立っていた子が、一歩、また一歩と離れる。
輪の外に「わたくしだけ」が取り残される。
(ああ)
わたくしは、その瞬間、理解しました。
大人たちは「すごい」と言いました。
けれど、子どもたちは「気持ち悪い」と言うのです。
真実を言うことは、必ずしも歓迎されない。
たとえそれが相手の利益のためであっても、です。
それでも当時のわたくしは、「言い方を変えれば良いのだ」と、まだ楽観していました。
問題は一年後、その楽観が粉々になる出来事が起きたことです。
◇
五歳になったわたくしは、正式な家庭教師をつけられました。
読み書き、計算、歴史、礼儀作法。
ひと通りのことを「前倒しで」詰め込まれる日々が始まります。
家庭教師は、地方ではそれなりに名の通った学者でした。
教授らしい細い指、手入れの行き届いた髭。
言葉の端々に、自負が滲んでいました。
「マリアベル嬢、学問というものはね、人間を正しく導くためにあるのです」
ある日の授業で、彼は一冊の寓話集を開きました。
「この話を読みなさい。そして感想を言ってごらんなさい」
物語は単純でした。
村を守る兵士が、怪物に襲われる。
勇敢な若者が立ち上がるが、恐怖から一歩引いてしまい、その隙に仲間が傷つく。
最後はなんとか怪物を退けるが、「勇気が足りなかった」と青年は涙を流す——。
読み終えたわたくしに、教師は得意げに尋ねます。
「さあ、この物語が教えてくれる教訓は何でしょう?」
「……勇気が大事、ですの?」
教師は満足そうに頷きました。
「その通り。恐怖に負けて退いてしまうと、大切なものを失う。
この寓話は“勇気を持て”と教えているのです。さあ、これを覚えて——」
そこまで聞いたところで、わたくしの口は勝手に動いていました。
「でも、それだけでは、足りませんわ」
教師の目が細くなります。
「どういうことかな?」
「この話で本当に問題なのは、“勇気が足りなかった青年”ではありませんもの」
わたくしは、本に描かれた挿絵を指でなぞりました。
「怪物が来るとわかっていたのに、村には避難路が用意されていませんでした。
鐘も、見張りも、指揮官もいません。
青年は、自分の判断で勝手に前に出て、勝手に引きました。
——これは、“勇気が足りない青年の話”ではなく、“指揮系統が崩れていた村の話”ですわ」
教師の顔から、すっと血の気が引いていくのがわかりました。
「だってそうでしょう?」
わたくしは続けます。
「怪物が来る前に、人を逃がす役目の人がいて、戦わない人を守る人がいて、戦う人を指揮する人がいて。
そういう準備があれば、この青年が一歩引いても、誰も傷つかずに済んだかもしれません。
それなのに、“青年の勇気”だけを責めるのは——」
わたくしは少しだけ言葉を探しました。
「……大人の責任を、子どもひとりに押しつける寓話のように見えます」
静寂が落ちました。
教師は口をぱくぱくと開閉させましたが、言葉が出てきません。
「そ、それは……教育的な……」
「教育的、というのは“都合が良い”ということですの?」
わたくしの問いに、教師の目が揺れました。
彼の背筋から、わたくしの見えない「色」が崩れてゆく音がします。
自信の灰色がひび割れ、その下から青と黒が混ざった濁りが顔を出す。
教師は突然、椅子を引きました。
「き、今日はここまでにしよう。マリアベル嬢、復習をしておきなさい」
その声はわずかに震えていました。
その日を境に、彼の様子は目に見えておかしくなります。
教科書に載っている「正しい答え」だけを繰り返すようになり、
わたくしが質問を重ねると、すぐに話題を変える。
やがて——彼は、辞表を出しました。
「申し訳ありません……わたくしの手には、とても負えません」
◇
家庭教師が去った数日後、母と父は夜更けまで話し込んでいました。
父は「もっと優れた教師を探そう」と言い、
母は「もう少し普通の子どものように」と願っていました。
扉一枚隔てた廊下で、わたくしは膝を抱えて座っていました。
声の抑揚、息の詰まり方、沈黙の長さ。
それらをひとつひとつ確かめながら、頭の中で結論を組み立てていきます。
(——この家の中に、わたくしを導ける人はいませんわ)
傲慢に聞こえるでしょうね。
でも、それが事実でした。
わたくしは優れているわけではありません。
ただ、「見えてしまう」だけなのです。
誰が何を隠そうとしているのか。
誰が何を恐れているのか。
誰がどこで諦めてしまっているのか。
そのすべてが、あまりに鮮明に「読めてしまう」。
すると、その次に生まれるのは——徹底した孤独です。
人の心が見えると言えば聞こえはいい。
けれど本当は、「誰も自分を必要としていない場所」が、早々に見えてしまうだけ。
廊下の冷たい石の上で、わたくしはぽつりと呟きました。
「——なら、せめて“使われる価値”くらい、持ちましょう」
神童だの、気味が悪いだの、天才だの、怪物だの。
どんな言葉で呼ばれても構いません。
価値さえあれば、盤上には置かれる。
駒としてであれ、置かれ続ける限り、捨てられはしない。
そのときのわたくしは、まだ知らなかったのです。
この“駒”という発想が、やがてひとりの辺境伯の目に留まり、
そして王都ギルドという盤上の中心へと、わたくし自身を押し上げていくことを。
ただひとつ、はっきりしていたのは——
生まれて五年。
わたくしはすでに、「普通の子ども」として生きる道を、完全に踏み外していた、という事実だけでした。




