表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

作者: 柳葉うら

(ごめんなさぁぁぁぁい!)


 エヴァリア王国のセイレム辺境伯家の領主邸にある応接室で、私――辺境伯家の次女ウィルマ・セイレムは、目の前にいる見目麗しい貴公子に心の中で盛大に土下座した。


 その男性は、太陽を彷彿とさせるような優し気な金色の瞳に、綺麗に整えられた艶やかな赤色の髪が印象的で、白いシャツとジャケットとスラックスを纏う体は均整がとれていて、何もかも完璧だ。

 

 彼は先日、私の姉のルイーズの婚約者となったばかりの、公爵家の嫡男のコンラッド・ロスチャイルド様。

 年齢は私の二つ年上の二十歳で、姉と同い年だ。

 

 私はいま、姉の身代わりとなってコンラッド様と話している。

 

 私は姉と顔立ちと背格好が似ており、髪も同じで黒髪だが、瞳の色が違う。

 姉の瞳は緑色だが、私は水色だ。

 瞳の色くらいなら、自分の魔法でどうにかできる。

 

 幸か不幸か、私たちは王都に出るまでの道筋で災害が起こったり魔獣が暴れたりしたため、王都の社交界にはうんと小さな頃に一度だけ顔を出たことしかなかったから、社交界で私と姉の顔を知る者は少ない。

 それに、大抵の貴族は王都にある貴族学園に通うのだけど、国境に接するセイレム辺境伯家はもしものことが起きても当主を欠かさないよう、子どもは全員、幼い頃から国境警備や魔獣討伐を実践で学んでいるため、私たちは貴族学園に通っていない。

 

 おかげで、釣り書きに添えられた肖像画でしか姉の姿を知らないコンラッド様は、私を姉だと信じ切っている。

 

()()()()()、ようやく会えて嬉しいよ。王命とはいえ、この度は縁談を受け入れてくれてありがとう」


 コンラッド様は、心地よい低音の声音でそう言うと、令嬢たちの憧れを詰め込んだような容姿端麗なご尊顔を破顔して私を見つめてくる。戸惑う私にくすりと微笑むと、私の手の甲にそっとキスをした。


(なんだか、いい香りがする……コンラッド様がつけている香水の香りかしら?)


 ちらとコンラッド様を見ると、コンラッド様は一瞬だけきょとんとした顔をしたが、すぐに瞳を蕩けさせた。


(ううっ、笑顔が眩しい。肖像画で見た時は精悍な顔立ちだったけど、私はどちらかというと実物の柔和な雰囲気の方が好き……って、私、なにを言っているの!?)

 

 危うく姉の婚約者に惚れてしまうところだった自分を叱咤する。

 

 こんなにも素敵な人を騙していると良心が痛むから、できることなら、実際に地面に顔を擦り付けてコンラッド様に謝りたい。そうできたら、どんなに気が楽だろうか。


 まだ一言二言しか言葉を交わしていないが、コンラッド様は優しくて紳士的な印象だ。

 それなのに、コンラッド様はいままで結婚どころか婚約すらしていなかった。

 

 聞いた話によると、コンラッド様が頑なに結婚しようとしなかったらしい。

 そこで、コンラッド様の叔父に当たる国王陛下が痺れを切らして、王命によって今回の縁談を決めてしまったのだ。

 

(コンラッド様は、どうしていままで結婚しようとしなかったのかしら?)


 結婚に乗り気ではないように見えるが、昔は違っていたのだろうか。

 それとも、他に理由があったのだろうか。


(気になるけれど……お姉様が知る前に私が知るのは良くないわよね)


 そう思うのに、どうしても気になってしまう。

 心の中で悶々と考えていると、不意にコンラッド様に呼びかけられる。

 

「顔色が悪いように見えますが、少し休みますか?」

「い、いえ! とても元気ですのでご安心ください」

「それならいいのですが、もし体調がすぐれない時は、すぐに仰ってくださいね」


 にこり、とコンラッド様に微笑まれる。とにかく顔が良いので、その笑顔に見惚れそうになってしまう。

 笑顔が柔らかくて上品で、本当に素敵。


 いや、性格も素敵で所作も綺麗だから、顔だけではなくて全て良い。完璧だと言える。

 

「コンラッド様、よろしければ、庭園を案内させてください」

「ありがとうございます。それでは、手を」


 コンラッド様が私に手を差し出してくれる。私がそっと手を乗せると、優しく握ってくれた。


(指の形が綺麗! 手が大きい! 温かい! そして、近づいたから良い香りに包まれる!)


 なにもかもが完璧なので一つ一つに感激してしまうが、あまりジロジロと見ていると不審に思われそうなので目を逸らした。

 

 どきどきと心臓が早く脈を打つ。繋いだ手から、その振動がコンラッド様に伝わってしまいそうで怖い。


(なにか、別のことを考えて気を紛らわせよう)

 

 私は、身代わりをすることになった経緯を振り返った。

 

 このとびきり素敵な縁談が姉のもとに舞い込んできたのは、二週間前のこと。

 国王陛下から直々に手紙が届いたのだ。

 

 その手紙を読んだ姉は、『私は騎士として領民たちを守りたいから、にこにこしてお茶ばかりしている公爵夫人なんて柄じゃないわ☆』と置き手紙を残して失踪してしまった。

 置手紙に気づいたメイドからその手紙を受け取り、中を読んだ私と両親と兄は、揃って青ざめた。

 

 王命に背くことは許されない。

 理由によっては許されるかもしれないが、姉の置手紙に書かれている内容を許される内容に変換することができない。変えようがなくて超難しい。

 

 悩んだ両親は、私に瞳の色を魔法で変えて、姉の身代わりをするように言ってきたのだ。

 

 このことは、すべて姉の想定の範囲内だろう。

 姉はきっと、私がコンラッド様と結婚した後に戻ってくる算段のはずだ。

 そうして、「ウィルマが私の代わりに結婚してくれたから、私はこれからウィルマとして生きるわ! 自由だわ~!」なんて言いそう。想像できてしまった。


 姉は自由奔放な性格だが、無計画なまま行動に移すことはないし、ちゃっかりしているのだ。


(とはいえ、手紙が来たその日のうちに姿を消したから、今回はそれほど綿密に計画していないと思うのだけれど……)


 ひとまずは、この顔合わせが終わった後に、捜索状況を確認して、次にコンラッド様とお会いする時までに見つけなければならない。

 

「そういえば、ルイーズ嬢には兄のアンドレ様だけではなく妹さんがいるんですよね?」

「は、はいっ!」


 ドキーン、と心臓が跳ねて口から飛び出しそうになる。

 そうです。妹がいるんです。そして、その妹が私です。


 ……なんて、声に出して言えないので、心の中で呟く。


 先ほどからずっと、バレてしまったのではないかと、緊張で心臓がドキドキしている。

 この顔合わせが終わるまで、私の心臓が持つのだろうか。 なんだか、無理そうな気がしてきた。

 

「妹はあいにく、私兵団が実施している泊まり込みの特訓に参加しているためいませんが、私と同じ黒髪で、瞳は水色です。今度紹介させてください」

「黒髪に水色の瞳……ですか。ええ、ぜひ、ご挨拶させてください。妹ができて嬉しいです」


 と、コンラッド様は義妹になる私を気にかけてくれている。

 本当にいい人だから、こうして騙していることが、やはり後ろめたい。

 コンラッド様と話す度に、罪悪感に殴られている。

 

(お、お姉様ぁぁぁぁ! 早く戻って来てぇぇぇぇ!)

 

 どうか、私の心が罪悪感で打ちのめされる前に連れ戻されてほしい。

 身代わりでこんなにも素敵な人と結婚したら、バチが当たりそうだ。

 

 次の顔合わせまでには王国全土を調べる勢いでお姉様を探し出そう。私の心の平穏のためにも。


「コンラッド様、こちらが我が家自慢の庭園です」

 

 庭園に辿り着いた私は、コンラッド様に姉の昔話を思い出しながら、姉を演じて庭園を紹介した。


 まずは、屋敷寄りの花壇に植えられている水色の花を見てもらう。

 小さいベルのような形のこの花の名前はフローズン・リリーと呼ばれており、気候や土に含まれる魔力の兼ね合いで、この地でしか咲かない花だ。

 

「この花は、セイレム辺境伯領にしか咲かない種類なんです。良かったら、記念に持って帰ってください」

「ありがとうございます。それでは、一輪いただけますか?」

「もちろんです」


 私は魔法でフローズン・リリーを一輪手折り、コンラッド様に差し出す。

 

 コンラッド様は両手で受け取ると、手の中でくるりと花の茎を回して、優しい眼差しでフローズン・リリーを眺めた。

 そうかと思うと、魔法の呪文を唱えて花に保存魔法をかけると、ジャケットの胸ポケットに差し込んだ。

 

「とても綺麗な色ですね。この花が好きになりました」


 イケメンは花が良く似合う。もともと美しいのに、花が添えられると神々しさまである。あまりにも眩しくて、目が潰れてしまいそうだ。


(眼福だけど、見過ぎると動悸が止まらないから危険ね)


 私は他の場所を案内するフリをして視線をコンラッド様から外して、姉がよく休んでいる木の近くへと歩み寄る。


 姉は自由時間があるとここに腰かけて、庭園を眺めていることが多いのだ。

 

「この木の下が好きで、よく腰かけています」

「なるほど、立派な木なので、この下にいると落ち着きますね」


 コンラッド様は木の幹に優しく触れる。フローズン・リリーに対してもそうだが、コンラッド様は植物に対しても丁寧に接しているから、心から優しい人だと思う。

 私の中で、ますますコンラッド様の好感度が高まっている。

 

「ルイーズ嬢は、この庭園で過ごす時間が好きなのですね。話を聞いていると、この庭園への愛情を感じました」

「ええ、陽の光を浴びて、植物を見つめる時間が好きなんです」


 姉の言葉を思い出しながら、慎重に答える。


 私はどちらかというと室内で本を読むことが好きだが、姉は庭園でそよ風を感じながら景色を眺めることが好きだと言っていた。

 この庭園が好きで、私兵団での訓練も真摯に取り組む姉が、結婚してどちらも手放さないといけないのは、同情する。


 剣を持つ公爵夫人なんていない。

 公爵夫人とは社交界を取り仕切る貴族の要となる人だ。剣よりも言葉と情報が武器になるのだ。


 わかっているけれど、姉のことを思うと、少しでも姉にとって過ごしやすい結婚生活にしたいと思う。


「あの……結婚後も、たまに剣に触れてもいいでしょうか? 幼い頃から鍛錬をしていたので、触れなくなると、不安になってしまいそうで……」

「もちろん、かまいませんよ。私も気晴らしに鍛錬をすることがありますので、よかったら手合わせしていただけますか?」

「……! ぜひ!」

「共通の趣味があってよかったです。いまから結婚生活が楽しみになりました」

 

 ズキリ。

 コンラッド様の笑顔を見ていると、先ほどまでとは違う胸の痛みに襲われる。

 まるで、傷ついた時のような痛みだ。

 

 姉の結婚後の生活が良い方向へと変わったのだから、いいことなのに。

 コンラッド様が姉と同じ趣味を持っているし、結婚生活を楽しみにしてくれているのに。


 まるで、自分がコンラッド様と一緒に過ごせないことを、寂しくて悲しいと思ってしまうのだ。

 

(……コンラッド様はお姉様の婚約者なのよ。だから、これでいいのよ)


 私は邪念を吹き飛ばすように、頭をぶんぶんと横に振った。コンラッド様がきょとんとした顔で見つめてきたから、笑顔を見せて誤魔化す。


(いまは、こうして目の前にいるから、気になってしまうのかもしれないわ。コンラッド様はお父様やお兄様とも、私兵団にいる男性騎士とも違う雰囲気の方だから、一緒に話していると新鮮で、気になってしまったのね。でも、この顔合わせが終わったら、いまの想いも消えるはずよ)


 だから、自分の役目に集中しよう。

 私の役目は、この顔合わせを無事に終わらせて、その後姉を見つけて、今度こそはコンラッド様と会ってもらうこと。

 

「すみません、少し考え事をしていました。――さて、次は私がよく妹と一緒にお茶をしている場所を案内しますね」

 

 私はコンラッド様の手を引いて、ガゼボへと案内する。


 白く塗られたガゼボの中には、花や植物の意匠を透かし彫りしたテーブルとイスがある。

 私と姉は、ここでよくお茶をしているのだ。

 

「私はそこのイスに座り、妹はあちらのイスに座って、鍛錬のことや、家庭教師の先生のことなどを話しています」

「妹さんと仲が良いのですね。それに、ここは美しい庭園を見ながら休憩できるので、良い場所で、私も好きになりました」

 

 ふっと微笑むコンラッド様が美しくて眩しいので、私は思わず目を細めそうになる。


「ルイーズ嬢、もしよろしければ、ルイーズと呼んでも?」

「え、ええ。ぜひそう呼んでください」

「ありがとうございます。私のことは、ぜひコンラッドと呼んでください」

 

 どことなく、はにかんだでいるようなコンラッド様が、可愛らしい。

 もしかすると、姉と打ち解けるためにも、思い切って提案してくれたのかもしれない。


 そんなコンラッド様に大切にしてもらっている姉を、羨ましく思う。

 

(……そう思ってしまうほど、私は、すっかりコンラッド様に惚れてしまったのね……)


 胸の中にもやりと広がる、姉への羨望と嫉妬の間のような感情のせいで、息が苦しくなる。

 こんな思いを、姉に抱きたくない。

 それに、コンラッド様を騙し続けることも、もう止めたい。


(事情を話せば、コンラッド様は理解してくださると思うし、国王陛下に告げ口もしないでくださるのではないかしら?)


 誠心誠意をもって説明して、コンラッド様の隣は、姉にちゃんと返そう。

 こんなにも素敵な人を騙していたくないし、姉には早く引きあわせて、幸せになってほしい。

 自由を愛する姉は今回の結婚を逃れたとしても、いつか貴族の義務として政略結婚するだろう。その場合、コンラッド様のように思いやりのある御方の隣にいた方が、姉は過ごしやすいはずだ。

 

 それでも、心はもやりとした感情や不安に揺れてしまう。

 私は両手を胸の前で握りしめた。

 

「コンラッド……お話があります」

「どうしましたか?」

「私……、本当はルイーズではなく……妹の、ウィルマです」


 言い切って、そろりとコンラッド様の顔を見上げる。

 意外にも、コンラッド様は別段驚いた様子もなく、穏やかな表情を浮かべたままだ。

 

「……そのことでしたか。もしかして、婚約を取り消してほしいといわれるのかと思って、身構えてしまいました」

「え、ええと……?」

 

 意外にも気にしていなくて、私は頭の中が疑問符でいっぱいになる。

 そのことでしたかって、……あまり気にしていないように見えるのは、気のせいだろうか。


 困惑する私の背にコンラッド様の片手が触れると、ぐいと引き寄せられてしまった。

 間近に迫るコンラッド様の、引きこまれるほど美しい顔に、私の心臓はまた悲鳴を上げ始めた。

 

「最初から、あなたがウィルマで身代わりだってことには気づいていましたよ。私があなたの手の甲にキスしたときに、一瞬だけあなたの魔力が揺らいで、瞳の色が水色に変わりましたから。釣り書きにつけてくれていた肖像画に描かれていたルイーズ嬢の瞳の色は緑色だったうえに、セイレム辺境伯家にはもう一人、黒髪に水色の瞳の令嬢がいると伺っていたので、すぐにそれらの情報が結びついたんです」


 きっと、コンラッド様の唇が手に触れた時の動揺と緊張で魔力が揺らいでしまい、一瞬だけ魔法が解けてしまったのだろう。

 

(わかっていたのに、どうしてずっと優しく接してくれたの?) 

 

 コンラッド様はいまも、とろりと瞳を蕩けさせて、親指で私の目元を優しくなぞっているのだ。

 その指の動きの甘やかさとじれったさに、ドキドキとしてしまう。


「魔法を解いていただけますか? あなたの瞳を見たい」

「は、はい……」


 私は変身魔法を解除する呪文を唱えた。

 ひゅるり、と私の周りに小さな風が起こると、コンラッド様は目を見開いた。きっと、魔法が解けて、瞳の色が水色になったのだろう。


(あれ? なんだか、コンラッド様の眼差しが変わったような?)


 先ほどの柔らかな眼差しとは一転して、どことなく捕食中のような獰猛さを感じる。

 じっと見つめられていると落ち着かなくなり、コンラッド様から離れようとしても、意外にもしっかりと引き寄せられているせいで身動きがとれない。


 ひとまず、私はコンラッド様から視線を逸らした。


「あの、なぜ気づいたときに指摘しなかったのですか?」

「あなたをようやく見つけたので、どうにかして長く一緒にいたくて黙っていました。それに、あなたとであるなら、このまま婚約を続けたいと思っていましたから」

「わ、私を……?」

「そう。私がずっと探していた、名前も知らない令嬢――美しい黒い髪に水色の瞳といった手がかりしかなかったから、なかなか見つけ出せなかったのですよ」

「探していたって……私たちは、初対面ではないのですか?」

「ええ、私たちは十年ほど前に一度、会っています。十年ほど前、王都にある公爵家のタウン・ハウスで開かれたパーティーに、参加しましたよね?」

「はい、幸いにも無事に王都へ出られたので、兄と姉と三人で参加しました。たしか、魔獣が現れて、パーティーが一時騒ぎになりましたね」

「そうです。あのとき、パーティーの余興として連れてこられた魔獣が檻から飛び出して暴れました。その魔獣が私に飛びかかってきたときに、あなたが私を魔獣から守ってくれましたよね?」

「公爵家のパーティー……たしかに、人を助けました。でも、その助けた方が誰だったのかは、まったく覚えていなかったです……」


 あの時、私はドレスの下に隠し持っていた短剣を使って魔獣の眉間を攻撃して気絶させた。

 そこまでは良かったのだが、咄嗟に動いたせいでドレスがびりっと縦に破けて人前には出られない状態になってしまったので、その場からうちの馬車の中へと逃げ帰ったのだ。


「私は、それ以来ずっとあなたに焦がれて、あなたでないと結婚したくないと思い、縁談を避け続けていました」

 

 ですから、とコンラッド様が言葉を続ける。


「私は、『婚約者を騙すなんて酷いと』なんて言いませんよ。それに、()()()()()()()()()()、そんな資格はありません」

「騙す……? それは、どういうことですか……?」


 私はコンラッドの釣り書きに書かれていた内容を思い出してみるが、偽ることができる項目はなさそうだ。

 もしかして、釣り書きに添えられた肖像画の雰囲気が少し違っていたことなのだろうか。

 優しいコンラッドなら、そのような特に気に留めない点を敢えて騙していると言って、私を責めないでくれそうだ。


 そう思ったのに、コンラッド様の口から、意外な事実を聞かされる。

 

「実は私も、身代わりですから」

「えっ、身代わり?」

「はい、身代わりです」 

 

 コンラッド様はにっこりと微笑むと、魔法を解除する呪文を唱えた。

 そうして、コンラッド様の周りに緩やかな風が吹くと、コンラッド様の瞳の色が金から紫へと変わった。

 

「私は今日、従兄のコンラッドの代わりに来ていますから。本当の名はジェイデン・エヴァリアです」

「ジェイデン・エヴァリア様……」


 その名前を聞いて、私は頭の中が真っ白になった。

 エヴァリアとは、この国の名前だ。この国の名前を家名として名乗れる一族は王族のみ。


 そして、第二王子殿下の名前がジェイデンだった。


「まさか……第二王子殿下ですか!?」

「はい、もうすぐで大公となります」

 

(わわわ、私は第二王子殿下を騙していたのーっ!?) 

 

 王家への詐称罪に問われるだろうか、いや、それよりも先に、王命を従わなかった罪に問われそうで、想像しただけで震えてしまう。


 思いつく限りの罪状を頭の中に浮かべていると、第二王子殿下は私の心を読み取ったのか、「私も騙していたからお相子ですよ」と言うのだった。


「それでは、第二王子殿下はなぜ――」

「ジェイデン、と呼んでください」

「ですが……」

「ダメですか?」


 うるりとした眼差しを向けられると、なにも言えなかった。


「あの、ジェイデンはなぜ、身代わりに?」

「コンラッドは私の従兄なのですが、公爵夫人の座を狙った令嬢たちに幼い頃から囲まれ過ぎて女性恐怖症になってしまい、結婚を嫌がっていたんですよ。そこで、今回の縁談もこの顔合わせを逃げて破談にしようとしていたので、父上――国王陛下から、私が身代わりで顔合わせに行くよう命を受けたのです。すっぽかされるのは、相手の家に悪いと思ってのことだったのです。きっと、いまごろ宮廷騎士団の騎士たちがコンラッドを探していますよ」

「そうでしたか……じつは、姉も公爵夫人になりたくないから置手紙を残して失踪してしまいまして……」

「ははっ、似た者同士でしたか。もしかすると、顔を合わせたら二人とも意気投合するかもしれませんね」

 

 ジェイデンはとても楽しそうに笑う。本当に、私が身代わりになったことは気にしていないようだ。


「ところで、私とウィルマは似た者同士ですね?」

「そ、そうですか?」

「はい、お互いに身代わりとして会わざるを得なかった状況が似ているではありませんか」


 ジェイデンは片手で私を引き寄せたまま、もう片方の手で私の右手に指を絡ませると、そのまま私の指にキスをした。

 彼の唇が触れた指先から、じんわりと熱が広がっていく。

 

「似た者同士で夫婦になると、良好な関係を築けると聞いたことがあります。――ですから、このまま私と結婚していただけませんか?」

「……っ」


 私が息を呑んだ、ちょうどそのとき。


「おい、ジェイデン! 俺の縁談をすっかり放り出しているぞ!」


 庭園の生垣から、赤髪に金色の瞳――先ほどまでジェイデンが変装していたときと同じ色彩の男性が、ガバッと顔を出した。

 その顔はジェイデンに似ているけれど、ジェイデンよりも少し精悍で、鋭い雰囲気がある。釣り書きにつけられていた肖像画で見た通りの姿と雰囲気だ。


(もしかして、この方がコンラッド様!?)


 仮にご本人だとして、なぜここにいるのだろう。

 コンラッド様は縁談から逃げたのではなかったか。


 困惑していると、もう一人、生垣からガバッと顔を出した人物がいた。私の姉だ。

 私の姉が、髪に木の葉をたくさんつけたまま、恐ろしい形相でジェイデンを睨みつけている。


「そうよ! 王命を放って、私の妹に手を出そうとしたわね!? 妹から離れなさい!」

「お姉様、どうしてここに!?」

「相手がどんな奴か見るために、ずっと屋敷に潜んでいたのよ。そうしたら、コンラッドも縁談がどうなったのか心配になって来ていたから、二人で使用人に変装して隠れて見守っていたのよ」

 

 あちこち探し回っても見つからなかったのに、まさかここの庭園に隠れていたなんて、まさに灯台下暗しだ。


「さあさあ、私の妹から離れてちょうだい」


 姉がジェイデンから私をべりっと剥がそうとしたが、ジェイデンが微笑みを浮かべながら私ごと身を翻して逃げる。

 

「いまはウィルマに求婚しているので、邪魔しないでください。それに、十年間ずっと焦がれ続けた人とやっと出会えたので、離れたくありません」

「~~っ!」


 ジェイデンが私をまた抱き寄せるので、ドギマギとした私は口をはくはくと開けたり閉じたりすることしかできない。

 そんな私に、ジェイデンは砂糖を煮詰めたような甘い眼差しを向けてくれる。おかげで、胸の中が甘くて苦しくて、しかたがない。

 

「ウィルマ、先ほどの答えを聞かせてくれますか?」

「……ぜひ、私と結婚してください」

「ああ、真っ赤になって可愛い。私を助けてくれた時のしなやかで美しい表情に惚れましたが、こんなにも愛らしい表情をみせられると、ますますウィルマにのめり込んでしまいそうです」


 ジェイデンは、どこか艶やかさのあるうっとりとした表情を浮かべると、あっというまに私の唇を塞いだ。

 まるで十年分の想いを伝えるかのように、じっくりと、唇を触れ合わせた。


 その後、私とジェイデンの婚約が決まり、姉とコンラッド様は馬が合ったようで婚約が無事に維持され、二人はもうすぐ結婚式を挙げる。

 

 ジェイデンと結婚した後、私は大公妃となり、大公領にある領主邸で生活することになった。

 そこは、私の実家よりも広い庭園があり、私が居を移す際にジェイデンが私の実家に似た景観にしてくれた。


 ただ一つ違うのは、大公領の領主邸にはガラスでできた温室があり、そこでは魔法で気候を調整してフローズン・リリーが植えられている。

 ジェイデンは、私が安心して過ごせるよう、庭園を整えてくれたのだ。


 私はいままであまりしてこなかった社交にも力を入れて、休みの日はジェイデンと手合わせをしたり、庭園で彼と一緒に二人きりの時間を過ごし、ゆっくりと愛を育んだ。


 それは、子どもが生まれても、二人とも年老いて、子どもに諸々の地位を譲った後も、ずっと続いたのであった。

 ジェイデンはいつも私を大切にしてくれて、そんな彼と過ごす時間は、幸せに満ちていた。



(結)

はじめまして。最後までお読みいただきありがとうございました。

明るいお話でお楽しみいただけるものをと思い、書き進めましたので、ウィルマの心の声やジェイデンの策略にニヤリと笑っていただけましたら嬉しいです。


もしよろしければ、ポイント・リアクション・感想・レビューなどで応援いただけますと幸いです。

次作の執筆の励みにします。


風邪など流行ってきていますので、温かくしてほっと一息をつきながらお体にお気をつけてお過ごしください。

それでは、新しい物語の世界でまたお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ