雨の日の記憶5――やがて、雨は上がり
――夢を、見ていた。
目が覚めると、僕の隣で毛布から顔だけ出し、リサがおかしそうに肩を揺らしていた。
「ねえ、ユウって、寝てるときがいちばんかっこいいよね」
くすくす笑う。戸惑っていると、体を起こして僕の肩にそっとあごを載せた。いたずらっぽい目をしてじっとこちらを見ている。
「だって、すごく優しそうな顔してるもん」
肩に手を回し、小さな体を引き寄せた。「それって、褒めてないよね」「うん、全然褒めてない」無邪気に笑う。
髪をそっとなでる。すると、リサは気持ちよさそうに目を閉じた。
雨の中、ずぶ濡れのまま立っていたリサのところへ行き、僕は傘をさしかけた。傘を受け取って歩き出した彼女は突然倒れ、僕は抱きかかえて部屋に戻った。濡れた服を着替えさせ、ベッドに寝かせると、リサはすぐに静かな寝息を立て始めた。安心しきった、穏やかな表情をしている。あの日別れて以来、こんな表情を見るのは久しぶりだった。胸のなかに何かがくすぶる。
ふと気がつくと、僕はベッドサイドの椅子で居眠りをしていた。今のは、夢……。目の前のベッドに寝ていたはずのリサの姿がない。慌てて、まわりを見わたす。
「リサは、どこ?」
僕の横には彼女が立っていた。
リサは……もう一度口を開きかけて、慌てて言葉を飲み込んだ。彼女――みずきは、ひどく悲しそうな目をしていた。
「彼女は……もう、いないわ」「え?」「私が、追い出したの」
みずきは僕から目をそらした。声がかすかに震えている。
「まだふらふらして具合が悪そうだった彼女を無理やり……彼女は、もう一度あなたと話をさせてほしいって言った。でも、私はそれを許さなかった。とにかくすぐに出ていって――そう言って、荷物と一緒に外へ……」
涙で言葉が途切れる。彼女はふいに居間へと歩きだし、ゆっくりとソファに座った。彼女の後を追って居間へと来た僕の目に映ったのは、たたまれてソファの上に置かれた僕のトレーナーだった。さっきまでリサが着ていたものだ。
「どうして、そんなこと……」
僕は彼女に尋ねた。
「……彼女は、まだすごく調子が悪そうだったから、また外で倒れているかもしれない。今なら、まだ近くにいるはず。だから早く彼女を……探しに……」
みずきは、僕から顔をそむけたまま、声を詰まらせた。
沈黙のすき間に、雨音が静かに流れ込んでくる。
僕は、ソファのまわりをゆっくりと回りこんで、彼女の隣に座った。
「どうして、そんな嘘つくの?」
みずきは静かに顔をこちらに向けた。
「嘘……だよね。追い出したなんて」
リサはさっき、自分のことは心配しないでと僕に言った。彼女にかぎって「もう一度話したい」なんて言うわけがない。それにあの、ソファの上にたたんで置かれたトレーナー。
リサは、独特な服のたたみ方をした。どうしてあんなふうになるのかいつも不思議だった。それを見て僕はすぐに気づいた。リサは自らの意思で服を着替え、トレーナーをたたんでソファの上に置き、出ていったんだ。きっと、みずきのことなどお構いなしに。
「僕はもう、リサのことは追いかけない。信じてほしい。だから……」
彼女の背中に手を回した。一瞬、彼女は不安そうに僕を見た。もう一度、背中に回した手に力をこめる、すると彼女はそっと、僕の胸に顔をうずめた。肩が震えている。
わかっていた。彼女はいつもまわりに気を遣い、大人しくて、やさしい。自己主張もあまりせず、穏やかに微笑んでいる。でも、本当は芯が強くて、しっかりした女性だ。そして、激しい思いを内に秘めている。人には言えない寂しさも。
そんな彼女に、僕はずっと甘え続けていた。でも、これ以上彼女を悲しませるようなことはしたくない。
「……だから、僕のそばにいてほしい」
朝から降り続いていた雨は、いつの間にかやんでいた。
さっき言葉を交わした彼女――リサの存在感は圧倒的だった。彼の心にずっとい続けた女性。いつも、私を不安にさせていた存在。でも。
――ユウのこと、よろしくね。
彼女は私にそう言った。すいこまれそうな瞳。きっとリサはもう彼の前に現れることはないだろう。そして、彼は私に「そばにいてほしい」と言った。それでいい。たとえ、彼が彼女を忘れられないとわかっていても。
「映画、観ようか」
彼はテーブルに手際よく飲み物などを並べて、こちらを振り返った。
「うん」
彼の隣に座ると、大きな手が私の髪をそっとなでた。目を閉じる。このまま、この時間が続けばいい。もう、いらない。あんな痛みも、寂しさも。




