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雨の日の記憶

雨の日の記憶5――やがて、雨は上がり

作者: 小山らいか
掲載日:2025/11/11

 ――夢を、見ていた。

 目が覚めると、僕の隣で毛布から顔だけ出し、リサがおかしそうに肩を揺らしていた。

「ねえ、ユウって、寝てるときがいちばんかっこいいよね」

 くすくす笑う。戸惑っていると、体を起こして僕の肩にそっとあごを載せた。いたずらっぽい目をしてじっとこちらを見ている。

「だって、すごく優しそうな顔してるもん」

 肩に手を回し、小さな体を引き寄せた。「それって、褒めてないよね」「うん、全然褒めてない」無邪気に笑う。

 髪をそっとなでる。すると、リサは気持ちよさそうに目を閉じた。


 雨の中、ずぶ濡れのまま立っていたリサのところへ行き、僕は傘をさしかけた。傘を受け取って歩き出した彼女は突然倒れ、僕は抱きかかえて部屋に戻った。濡れた服を着替えさせ、ベッドに寝かせると、リサはすぐに静かな寝息を立て始めた。安心しきった、穏やかな表情をしている。あの日別れて以来、こんな表情を見るのは久しぶりだった。胸のなかに何かがくすぶる。

 ふと気がつくと、僕はベッドサイドの椅子で居眠りをしていた。今のは、夢……。目の前のベッドに寝ていたはずのリサの姿がない。慌てて、まわりを見わたす。

「リサは、どこ?」

 僕の横には彼女が立っていた。

 リサは……もう一度口を開きかけて、慌てて言葉を飲み込んだ。彼女――みずきは、ひどく悲しそうな目をしていた。

「彼女は……もう、いないわ」「え?」「私が、追い出したの」

 みずきは僕から目をそらした。声がかすかに震えている。

「まだふらふらして具合が悪そうだった彼女を無理やり……彼女は、もう一度あなたと話をさせてほしいって言った。でも、私はそれを許さなかった。とにかくすぐに出ていって――そう言って、荷物と一緒に外へ……」

 涙で言葉が途切れる。彼女はふいに居間へと歩きだし、ゆっくりとソファに座った。彼女の後を追って居間へと来た僕の目に映ったのは、たたまれてソファの上に置かれた僕のトレーナーだった。さっきまでリサが着ていたものだ。

「どうして、そんなこと……」

 僕は彼女に尋ねた。

「……彼女は、まだすごく調子が悪そうだったから、また外で倒れているかもしれない。今なら、まだ近くにいるはず。だから早く彼女を……探しに……」

 みずきは、僕から顔をそむけたまま、声を詰まらせた。

 沈黙のすき間に、雨音が静かに流れ込んでくる。 

 僕は、ソファのまわりをゆっくりと回りこんで、彼女の隣に座った。

「どうして、そんな嘘つくの?」

 みずきは静かに顔をこちらに向けた。

「嘘……だよね。追い出したなんて」

 リサはさっき、自分のことは心配しないでと僕に言った。彼女にかぎって「もう一度話したい」なんて言うわけがない。それにあの、ソファの上にたたんで置かれたトレーナー。

 リサは、独特な服のたたみ方をした。どうしてあんなふうになるのかいつも不思議だった。それを見て僕はすぐに気づいた。リサは自らの意思で服を着替え、トレーナーをたたんでソファの上に置き、出ていったんだ。きっと、みずきのことなどお構いなしに。

「僕はもう、リサのことは追いかけない。信じてほしい。だから……」

 彼女の背中に手を回した。一瞬、彼女は不安そうに僕を見た。もう一度、背中に回した手に力をこめる、すると彼女はそっと、僕の胸に顔をうずめた。肩が震えている。

 わかっていた。彼女はいつもまわりに気を遣い、大人しくて、やさしい。自己主張もあまりせず、穏やかに微笑んでいる。でも、本当は芯が強くて、しっかりした女性だ。そして、激しい思いを内に秘めている。人には言えない寂しさも。

 そんな彼女に、僕はずっと甘え続けていた。でも、これ以上彼女を悲しませるようなことはしたくない。

「……だから、僕のそばにいてほしい」


 朝から降り続いていた雨は、いつの間にかやんでいた。

 さっき言葉を交わした彼女――リサの存在感は圧倒的だった。彼の心にずっとい続けた女性。いつも、私を不安にさせていた存在。でも。

 ――ユウのこと、よろしくね。

 彼女は私にそう言った。すいこまれそうな瞳。きっとリサはもう彼の前に現れることはないだろう。そして、彼は私に「そばにいてほしい」と言った。それでいい。たとえ、彼が彼女を忘れられないとわかっていても。

「映画、観ようか」

 彼はテーブルに手際よく飲み物などを並べて、こちらを振り返った。

「うん」

 彼の隣に座ると、大きな手が私の髪をそっとなでた。目を閉じる。このまま、この時間が続けばいい。もう、いらない。あんな痛みも、寂しさも。 

 


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