5 let it be (そのままでいい)
日向 拓人は、いつも窓際の席でぼんやり外を眺めていた。
昼休みの教室では、誰かが笑い、誰かが走り回り、誰かがため息をついている。
そんな中で、ひときわ静かな子がいた。
白石あかり。
目立つタイプではない。
でも、花瓶の水を替えたり、黒板消しを洗ったり、誰も見ていないところで小さな仕事をしていた。
ある日、拓人が声をかけた。
「なあ、それ、誰かに頼まれたの?」
「あ、ううん。気になっただけ」
「真面目だな」
「そう? きれいな方が気持ちいいでしょ」
あかりは笑った。
その笑顔が、春の陽みたいに柔らかくて、拓人は思わず目をそらした。
***
土曜の午後。
ショッピングモールの吹き抜けに、1台のストリートピアノ。
拓人は練習を兼ねて、時々そこへ弾きに来ていた。
ピアノだけが、自分の気持ちを正直にできる場所だった。
その日、ピアノの前に座ろうとしたとき――。
「ちょっと、あんたさ。何、いい子ぶってんの?」
聞き覚えのある声。
視線を向けると、あかりがクラスの女子たちに囲まれていた。
「別に……いい子ぶってなんかないよ」
「うそ。先生の前ではニコニコして、陰では優等生気取りじゃん」
「やめてよ」
あかりが小さく言った瞬間――ぱしん。
乾いた音が広場に響いた。
頬を押さえて立ち尽くすあかり。
周りの人たちは一瞬見ただけで、すぐに通り過ぎていく。
拓人の胸の奥が熱くなった。
気づいたら、ピアノの椅子に座っていた。
何も言えない代わりに、彼は指を鍵盤に置いた。
流れ出す音――Let it be。
静かに、やさしく、でも確かに。
「そのままでいいんだよ」と伝えたくて。
最初のフレーズで、あかりが顔を上げた。
涙が頬を伝っていたけど、目の奥に光があった。
ピアノの音が止むと、あかりはゆっくり近づいてきた。
人々のざわめきの中で、彼女の声だけがはっきりと届いた。
「……拓人くん、今の、私のために?」
「さあ、どうだろ」
拓人は少し照れくさそうに笑った。
「でも、そう聞こえたなら、それでいいと思う」
あかりは、頬に残る赤みを隠すように髪を耳にかけて言った。
「ありがとう。……嬉しかった」
「ううん。俺こそ。あかりは、あのままでいいと思うよ」
そう言って、拓人はもう一度だけ鍵盤を叩いた。
最後の和音が響き、二人の間にやわらかな沈黙が降りた。
吹き抜けを抜ける風が、二人の頬を撫でた。
――Let it be。
そのままで、いい。
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アイデアを出してAIが書きました。