乙女ゲーっぽい世界に転生したんだが、現実は物語の様には進まなかった
今日は卒業パーティーである。
なにせ私、第一王子が開くパーティーなのだから国で一、二と言える豪華なものになっている。
我が国の学園は14歳から18歳まで、王侯貴族が顔繋ぎや貴族社会を学ぶ場であり、成人後の職務に必要な知識や技術を学ぶ場であり、婚約者を見つける場ともなっている。
かく言う私には前世の記憶なる物が存在し、これまで様々な場面で助けられている。
前世は日本という国の平民であったが今より豊かでより優れた教育を受けていた様だ。何より我々王侯貴族が平民の事を「楽な生き方」だと思うのに対し、日本の平民はそうではなかった。時間に、仕事に追われ、我々と変わらない環境に置かれていた様だ。
さらに、ここがどうやら前世に読んだ物語に酷似した世界であるらしい事も。
パーティーは華やかに始まり、一時の歓談が終わったタイミングだった。
ピンクブロンドの髪色をした小柄な少女がこちらへと駆けてきた。
「殿下、今日もマーガレット様が私を虐めるのです」
彼女、マリアは私にそう訴えて来た。
「またか・・・」
私はやれやれとその内容を聞いた。
私の記憶が確かなら、物語において私は少女の訴えを聞き憤り、我が婚約者を呼びつけ婚約破棄を宣言するはずである。
「マーガレット!」
私は婚約者を呼びつける。
「殿下、如何なさいまして?」
現れたのは豪華な出で立ちをした見るからに高貴な少女である。
それもそのはず、彼女は侯爵家令嬢なのだから当然であった。
物語では主人公たるマリアの視点から彼女を評するのでプライドが高く高位貴族らしい高慢な価値観を有した鼻持ちならない人物として描かれている。
「マリアが君に虐められたと訴えられた」
私は物語の様に婚約破棄を叫ぶ事はしなかった。
「また、ですか。マリア、貴方はご自身の立場を弁えては如何ですの?あれだけ教えてもまだお分かりにならなくて?」
マーガレットも怒るでもなく、どちらかと言うと諭す様にそう問いかける。
「わ、私は弁えております。しかし、それでもマーガレット様が!」
涙ながらにそう訴える。
そこへひとりの人物が現れた。
「また、泣かされているのかい?マリア」
物語において私と並ぶ「攻略対象」であるエリック侯爵令息である。
「エリック様!」
マリアはエリックへとマーガレットに虐められたと訴えるが、彼も苦笑しながら私を見るばかり。
物語であれば彼も婚約破棄劇に加わりマーガレットを糾弾していたと記憶している。
「マリア、それは君のためを思っての事なんだよ」
物語とは違い、エリックもまたマリアを諭す。
「おやおや、何をやっているのかな?」
さらにひとり現れる。
彼もまた「攻略対象」のひとり、アンドリュー伯爵令息である。
「アンドリュー様!」
マリアは彼にもテンプレートな説明を行うが、反応は変わりない。
「それは、我々にはどうする事も出来ないよ。仮に事実だとしても」
アンドリューはそうマリアを諭す。
「な、何故ですか?いつもはお優しい御三方なのに・・・」
マリアがそう問いかけるが、それは仕方の無い話である。
「いつも言っているでしょう?訴える筋が違いますの」
マーガレットが困り顔でマリアにそう言う。
「マリア、貴女は殿下や御二方の寄り子家の娘ではありませんのよ?」
もう、何度も同じ話をしているであろうマーガレットが不憫になってくるが、私たちが口出す場面ではない。
物語におけるビックスリーこと、私、エリック、アンドリューは常にマリアを守るナイトの様な存在として描かれていた。
しかし、現実は前世の物語のようには行かない。
なにせ貴族社会というのはとにかく難しいのだ。
物語であれば私が彼女を助け、エリックやアンドリューもそこに加わるはずであった。
「リネット様に訴えてもマーガレット様に従えと言われました。私、どうすれば!なぜ誰も助けてくださらないのですか?」
そう言って私たちを見るマリア。
しかし、彼女の言う「助け」は我々の価値観とは違うのである。
マリアの男爵家の寄り親であるリネット伯爵令嬢がマーガレットに従えと言う以上、我々には安易にそれを覆す力はない。
私やエリックはより高位に位置するが、だからと言ってリネット伯爵令嬢の意向を無下にしてよい訳では無い。
リネット伯爵令嬢ひとりの話にとどまらず、侯爵家や王家と伯爵家の問題に発展しかねない。
それを示す様に物語の第二幕において、断罪されたマーガレットが悪魔召喚を行い私たちに復讐してくる事になるのだが、そこでマリアの家族は惨たらしく惨殺された事が語られている。
確かに物語としては面白かった。
しかし、現実となった今、第二幕を現実的に解釈したならば、侯爵家に何の相談もなくマーガレットを断罪し、追放を言い渡した私に対して侯爵が怒り蜂起し、寄り親の話を聞かずに王家に阿ったマリアに対し伯爵家が報復として男爵家を処断したのではないか。
それを英雄伝の様に物語として紡ぐに当たり、マーガレットを悪魔として描いたと考えれば、辻褄が合う。
「マリア、君に悪さをしていたのが誰か知っているかい?」
私は泣きじゃくる彼女に問いかける。
「マーガレット様の取り巻きの方々です!」
そう断言してくるが、マーガレット本人は困り顔で私を見る。それはエリックやアンドリューも同様だ。
「なぜ、そう思ったのだ?」
そう問えば、様々な場面で嫌がらせをされた際にマーガレットが近くに居た。或いは犯人と思しき者たちと居るのを見たという。
なるほど、間違いではない。
物語の始まりはマリアが入学してしばらく後、たまたま私とぶつかる所から始まる。
現にそのような出来事があり、私と彼女は知り合う事になったのだが、今のように親しくなるのはそれから一年後であった様に思う。
何やら困っていた彼女に声をかけ、時々話しかける関係になった。
その時点でそれが物語の成り行きに近いと気づいた私はマーガレットに相談していた。
そして、マリアの生い立ちが物語のそれと同じかを調べてみれば、確かに物語通りであった。
彼女は男爵が外で作った愛人の子であり、市井で育っている。幸運な事に母が商人の娘とあって教養もあった。
男爵はリネット伯爵令嬢と年の近い子がおらず、マリアを急遽呼び寄せ男爵令嬢として学園に入学させていたのである。
よくある下位貴族の見栄や派閥内力学の為にそうした訳だ。
そんな無理やり派閥に組み込まれたマリアがよく思われているはずもなく、明らかに浮いた存在となっていた。
そんな彼女が私に近づけばどうなるか?
物語の成り行きを危惧した私はマーガレットに話を持ち掛けた。
確かにマーガレットは高位貴族らしい価値観を持っているが、それは下位貴族や平民を虐げる、いわゆる「悪役令嬢」のそれではなかった。
結果、私に声をかけたマリアは案の定、リネット伯爵令嬢の寄り子たちから嫌がらせを受ける。
将来の王妃として教育を受けてきたマーガレットは陰ながらにマリアを助け、被害の緩和に動いたのだが、それがマリアからは嫌がらせの親玉に見えていたのである。
それら対策を行っていくうちに、マーガレットの名前を騙る輩が出てくる様になった。
「酷かった頃にマーガレットを見掛けたのは私の指示だ。私に近付いた君へ制裁を加える伯爵家の寄り子たちから君を守る為に、彼女に動いてもらっていた」
そう言うと驚くマリア。
「そんなはずは・・・、現にマーガレット様に命じられたと聞いた事もあります!」
マリアは私にそう訴える。
「そうだね。その後、その生徒を見た事はあるかな
?」
マーガレットの名を使う生徒は確かに居た。マーガレットや我々の配下がそれを耳にした生徒は良くて休学措置となり学園を去っている。
私の婚約者の名を騙るバカ者への措置としては穏便なものだが、私に出来るのはそれがやっとであった。
「見ていません」
少し考えてマリアがそう答えた。
「マーガレットの名を騙る不貞の輩は学園を去っているからね。昨年にはリネット伯爵令嬢にも話を通して、マリアは事実上マーガレットの配下として扱われている。最近は嫌がらせを受けなくなったのではないかな?」
そう聞いてみれば、少し驚く顔をしている。
「分かりまして?あなたは私の配下なのだから、恥ずかしい行いを咎めるのは当たり前でしてよ?」
ヤレヤレといった感じでマーガレットがそう口にした。
「し、しかしあまりにも厳しすぎます!」
マリアがそう訴えている。
「私の側付きとして後宮で働くにはまだ温いですわ。商家ではよかった行いも、宮殿では下賤な仕草とみられてしまいますの」
それを聞いたマリアは驚く。
「そ、そんな話、聞いてません」
それも仕方がないだろう。彼女は男爵にとっては学園でリネット伯爵令嬢のそばに付ける道具に過ぎず、卒業してしまえば用無しなのだから。
一度貴族令嬢となってしまえば簡単にポイ捨ては出来ない。それでは男爵家の外聞に関わる事になる。
かと言って、リネット伯爵令嬢につけたままとは行かない。
なにせ出自が出自のため、男爵家でもあまりよく思われてはいないのだから。
物語においては王妃になるという飛躍をみせるが、現実ではそう上手く事は運ばない。
如何せん舞台演目過ぎる話であって、前世の物語通りに事は運んでいなかったのだから。
正直な所、私が物語の記憶から懸念した事態は起きなかった。
しかし、物語とは違う事態の兆しが見えた事から、マーガレットがリネット伯爵令嬢に話を付けてマリアを引き取ったのである。
「あなたは、もしかすれば私を貶める道具にされかけていましてよ?気付いていないようですが、私の名前を騙った不埒者は、リネット伯爵令嬢の寄り子ではありませんの」
ハッキリ誰とは言わないが、マーガレットを貶め、宮廷バランスに食い込もうとする動きが見られた事から、マリアを放って置くのは危険と判断して我々で囲った訳だ。
マーガレットの言葉にさすがのマリアも気がつくものがあったらしい。
貴族間の力関係は把握していなくとも、商家育ちならば気がつく話であったらしい。
「まさか、私・・・」
そんなマリアに私は微笑む。
「終わった事は良いじゃないか。マーガレットにしばらく絞られるとは思うが、これからは女官として後宮の仕事に励めば良い」
私には前世の記憶がある。
これまで幾度も助けとなって来たが、唯一、物語の記憶だけはそのまま使えるものとはならなかった。
マリアが王妃となる物語は舞台演目としては人気が出るであろう。しかし、現実の貴族間の力関係においては実現不可能であった。もう少し放置していれば、不埒な貴族に利用されていたのだから。
物語の終幕において語られている王妃としてのマリアだが、現実世界の政策としては有り得ない様な提言を行い私が実施し、国が豊かになるらしいのだが、それは日本という国の価値観においてそう考えられたのだと、今なら理解出来る。私が奴隷解放や大規模減税、平民の権利向上などの政策を実施すれば、翻って民が苦しむ内乱に至り、果ては革命或いは他国の侵攻による亡国が待っている様にしか思えない。
現実にマリアを利用したマーガレット排除工作の方が、宮廷内の争いに終わる分犠牲は少なく済むほどだ。
とは言え、マーガレット排除はつまり、私の排除に繋がるのだから見過ごせなかった。マリアを保護した以上、彼女にも何か仕事をしてもらわなければ困る。
「わ、わかりました。が、頑張ります」
商人による争いも些か醜い場合があるため、マリアもその状況を想像したのだろう。青い顔をしながらマーガレットへと頭を下げている。
「やれやれ、卒業しても殿下の周りは騒がしいままのようですね」
アンドリューがそう茶化してくるが、私はそれを苦笑で受け入れるしかない。




