間章――魔法使いの少女
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「……嫌、だな」
城を囲む石垣にそって歩きながら恭介はそうつぶやいた。
そうだと、恭介は思った。
嫌なのだ。
――い、一週間で、一週間だけでいいんです
嫌なのだ。
今日で一週間、今日で終わり。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――そう、嫌だ。
斉藤恭司の息子、斉藤恭介としての思いではない。
自分自身からくみ出される気持ち。
……友達、だからだ。
初めての友達、初めての遊戯。
ああ、そうだ。
それが一週間で終わるなんてことに耐えられない。
そう恭介は思った。
ふむ、と恭介はつぶやく――どうやら考えているうちにたどり着いたようだ。
足を速める――視界の先には門があり、そこを越えれば彼女がいるはずだ――そして彼女遠藤 黒百合がそこにいた。
いつもの待ち合わせの場所。
いつもの待ち合わせの時間。
――既に結末は決まっている。
「おはよう、恭介君っ」
「黒、ゆ……り?」
笑顔で笑って挨拶する黒百合に、しかし恭介は困惑の声を出す。
黒百合が身につけるは着物――これは別段おかしなものではない。
だからおかしなものはそれではない。
ごくりと恭介はつばを飲んだ。
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人人人人人ひとひとひとヒトひと。
――対魔術が組み込まれた軍服を着込んだ軍人が黒百合の後ろに控えていた。
正門から覗くだけでもその人数は50を超え、もしそれが全て魔術師だとするならばそれは既に一軍というべきものだった。
「いつも通りにきてくれたね?」
「……どういう、こと」
だよ、とは続かなかった。
黒百合の後ろ、軍団の最前列にいた人物――斉藤恭司を見つけたからだ。
「……あはは、約束の日、だからね」
「…………」
恭介には目の前の現状が理解できなかった――否、しなかった。
――い、一週間で、一週間だけでいいんです
必死な言葉――何故一週間だったのか。
沈黙、黒百合も恭介も何も言葉を発しない。
あたかも言葉を出してしまえば何もかもがこわれてしまうかのように。
「……恭介」
「は、い」
だから恭司は口を開いた。
「彼女は魔法使いだ……言っていることが分かるな?」
「……分かり、ません」
恭司は言葉をつむぐ。
「彼女は視覚を、触覚を、感情を他者と共有することが出来る魔法使いだ……言っていることが分かるな?」
「……っ、分かり、ませんっ」
その返しに、恭司は控えていた黒百合の後ろから恭介の前へと歩み出て、
「武蔵には英雄がいる――1対1を繰り返すのならば文字通り一騎当千の英雄がな。
こちらも英雄を当てれば勝てないわけではないだろう、しかし勝てないかもしれない。
かの英雄さえ落とせば形勢はわが国に傾く。
こちらの英雄が落とされれば形勢は武蔵に傾くだろう。
だから、確実に勝たねばならない。
そして彼女は共有の魔法使い。
言っていることが分かるな?」
「分かり、ませんっ!」
――分かってたまるものかと恭介は心の中で吼えた。
――嫌なのだ。
――今日で一週間、今日で終わり。
――嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――そう、嫌だ。
――斉藤恭司の息子、斉藤恭介としての思いではない。
――自分自身からくみ出される気持ち。
……友達、だからだ。
ここにたどり着く前、最後に考えたこと。
今日、言おうと。
一週間限りではない、ずっと友達でいようと。
「大和は魔法使いの少女を殺し、死の瞬間を英雄に共有させることで英雄を討つ――言っていることが分かるな?」
「っ、分かりませんっ!」
「……大和は武蔵に兵の質で勝り、武蔵は大和に兵の数で勝る。
だが英雄が一人いるだけでそれは代わる。
兵の質で劣ることになり数でも劣る。
はっきり言おう、現状において大和は武蔵に負けている。
劣勢だ――ああ、認めようとも」
恭司の言葉に周りの兵士がざわめく。
当然だ、その言葉は中将斉藤恭司の言葉だったのだから。
「これしか方法がないなどというつもりはない。
他にも方法はあるだろう。
だがな恭介――それを探す事はできない。
そんな希望にすがることは出来ない。
そんな希望に国民の命を賭けることは出来ない。
ここに人の感情を差し込むことは出来ない。
こうすることが最善の方法だからだ。
もし、大和がこのままでも勝てるのならばこんなことは言うまい。
だが人が足りない、錬度が足らない。
故にこのままでは勝てぬ。
そしていずれはこの大和にも戦火は及ぼう。
だから繰り返すぞ恭介。
ここに人の感情を差し込むことは出来ない。
こうすることが最善の方法だからだ」
次回で終わり……の予定です