悔しいなあ……
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日課の訓練を終えて、部屋に戻る。
シャワーは既に浴びたし、今日はもう他にする気力がない。
「負けた、なあ……」
今思えば先生以外に全力で戦って負けたのは初めてな気がする。
いや、そういうことじゃないこの気持ちはそんなことでこんな気持ちになってる訳じゃない。
「ああ、クソっ」
ジャージ姿のままベッドに倒れこむ。
反転し、天井を見上げて……
なにも出来ずに負けた。
得意の接近戦、これ以外には出来ないという接近戦でだ。
これだけはと思って努力してきた。
けど負けた……これ以上ないってくらいに。
「情けないよな本当」
先生に負けてもここまで情けないわけじゃない。
師であるだとか俺よりも圧倒的に強いとかそれだけが理由じゃなくて。
きっと俺は、心のどこかであの刀さえなければという浅ましい想像をしてるんだろう。
だからこんなに情けないんだろう。
情けない、本当に情けない。
負けは負けだ、今はこんな風に落ち込むよりも強くなる努力をするときじゃないか?
そう思える、そうすべきだと理解している。
けれど体が、心が、鈍い。
「本当、情けないな」
「どこが情けないの?」
「……さ、き?」
聞こえる声はすこしくぐもっていて、ああそうか、岬は隣の部屋だったか。
薄いコンクリートが隔てるその先、岬はきっとそこにいるんだろうと思う。
体を起こして壁によりかかる。
コンと壁が音を立てたのを聞いた。
「だから、どこが情けないの?」
「あのさ、おれさ、驕りだとは思うけど――接近戦なら負けないってそう思ってた。
勿論先生は例外だけども、だけどそれ以外の人には負けないって、そう……思ってた。
だけどさ、今日まけたよ。
情けないよな、得意のことで負けて――負けた言い訳を探して!
でもさそれを言い訳にすることも出来なくて!
あまつさえここで弱音を吐いてる!」
心の吐露。
それに対して幼馴染はいう。
「……それがどうしたの?
努力したもので負けたら悔しいのはあたりまえでしょ?
得意なもので負けたら悔しいのは当然でしょ?
それは、他人から見れば情けないと思うかもしれないけど、私は知っているわ。
神くんが努力していたその姿を。
だから悔しがっていても情けないだなんてこれっぽっちも思わない。
いえ、違うわね――今はまだ思わない。
そうね今日くらいはずっと悔しがっていてもいいと思うわ。
でも神くん、明日は努力するんでしょ?
次は勝つんでしょ?
私はいつも努力している神くんが悔しがるのを、情けないだなんて思わないわよ。
だから私が神くんを情けないだなんて思うのは神くんが努力するのをやめた時。
そのときは例え誰に勝とうが何をしようが私は神くんを情けないと思う。
だって私はしっているもの。
努力し続ける神くんをしっているもの……」
壁から背中に暖かさが伝わってきた気がした。
あるいは岬も壁に背中を預けているのかと思い。
「……ありがとう」
伝わらないかどうかという小さな声。
ああでも伝わったみたいだ――コンという音が聞こえた。
壁をノックする音。
別にこういうことが前にもあったわけじゃない、だからこれは単なる予想だ。
――きっと岬は頬を赤く染めているんだろうな
根拠は何もない、だから予想と呼ぶのもおこがましい妄想だ。
けれど同時にきっとそれであっていると思う。
鈍かった体と心は戻り、それと時を同じくして暖かさが壁から離れたような感じがして。
「悔しいなあ……」
だからそうつぶやいた。
考える、どうすればよかったのかを。
冷静に考えれば手も足も出ないわけがない。
強化魔術は同程度――あちらには単に斬魔刀という付属がついているだけだ。
考えれば考えるほどこうしたほうがよかったというものが思い浮かんでくる。
だから前向きにその考えを頭に刻んでいく。
何故思いつかなかったかのかと悔しくなる。
けれど前向きに、その悔しさを糧として。
そうして違和感に気づいた。
そこから一つの推測に至った。
――――――――――――
疲れが意識を闇へと誘い。
そうして俺は闇へと落ちていく。
落ちていきながら思う。
俺が急に強くなるだとかそんなことは在りえない。
俺は天才ではないからだ。
認めた上でそれでもと俺は思う。
――斉藤先輩、次は俺が勝ちます。
そうして意識は闇に呑まれた。
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